3 「知力」の経路  伝統的な経済学の経済成長論では、理論面やデータ面での不備もあり、主に資本と労働のみの投入に注目し、生産性を決定する技術進歩は「天からの恵み」として自らの努力とは無関係に与えられると解釈し、それ以外の要素はやや軽視されてきた。これは、農工業社会を念頭に置いた経済成長のメカニズムを説明する上では、それほど問題でもないだろう。しかし、経済のサービス化や情報化の進展によって知識社会への移行が進むにつれ、パソコンやインターネット等の利用が不可欠となり、知識生産の比重も増したことで、労働者の技能の差を考慮する必要が生じてくる。また、経済成長を牽引するイノベーションは、研究開発等の自らの努力の程度によって決まるコントロール可能な変数と考えた方が実感に近い。  このような背景もあって、近年の経済学では、施設や設備といった物理的な資本にとどまるのではなく、ヒューマンキャピタルと呼ばれる教育・人材や知識・情報といった「人的資本12」や、ソーシャルキャピタルと呼ばれる国や地域の安心や信頼、ガバナンスの成熟度といった「社会関係資本13」に関心が集まっている。  ここでは、経済成長率に影響を与える要因として、前述の生産要素や生産性以外に「人的資本」や「社会関係資本」が一定の役割を果たす可能性がある14ということを前提として、順にそれらの経路を考察する。まず、人的資本による成長への影響を、「知力」の経路として検証する。 12 Romer(1986)やLucas(1988)等に始まる「内生的経済成長理論」がこのテーマを扱って以降、大きな注目を集めることとなった 13 Putnam(1993)がこのテーマを扱って以降、大きな注目を集めることとなった 14 「人的資本」と「社会関係資本」の双方の実証分析のサーベイとして、Temple(2001)等が挙げられる