(4)ビッグデータ活用の注目事例 ビッグデータの活用による発現効果の推計を行う過程で実際の活用事例に関する情報を収集したが、国内外、業種、事業規模を問わず、様々な分野においてビッグデータを活用する取組が始まっていることがわかった。ここでは、各業種から代表的な活用事例を取り上げる。 ア 流通業における活用事例(株式会社アンデルセン) アンデルセンは広島県を本拠とするパンの製造・販売事業者であり、現在全国に71店舗を有している。製販一体体制のため在庫リスクを抱えることなく、また売り切れが発生し機会損失してしまうことのないよう、より正確な販売計画の策定が要求される。 そこで、同社ではANS(アンデルセンシステム)という販売管理システムを導入した。ANSはPOSシステムからの販売履歴情報を解析し、来店客数を関連づけるようにすることで、来店客数から商品売れ行きパターンを予測できるようにした。これまでは店長の経験で商品ごとの製造量を決めるしかなかったが、ANSによって店長の業務負荷が削減され、より精度の高い製造計画を策定することができるようになった。従来、自動車産業に代表される大規模な製造業で行われてきた厳格な製造計画の策定が、ICTの進展に伴い、比較的規模の小さいパン製造事業者においてもビッグデータの活用により策定可能になっている点が特色である。 2011年10月から2012年3月までの半年間で、ANSの導入店舗は1.1%の売上増加、非導入店は0.9%の売上減少という効果を得ており、この数字が同社におけるビッグデータ活用により発現している効果であると言える(図表1-3-3-23)。 図表1-3-3-23 (株)アンデルセンにおける活用 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) イ 製造業における活用事例(Vestas Wind Systems社) Vestas Wind Systems社はデンマークに本社を置く、風力発電機の設計・製造・販売では世界最大手の企業である。同社は既に30年以上の歴史を有し、67か国で45,000機の風力発電機を手がけている。また、同社は運用実績を重ねることにより風力発電を事業として成功に導くためのノウハウも蓄積している。 同社では、顧客である風力発電事業者の収益を極大化する目的から、同事業者にとって最適な風力発電機の設置場所を提案しているが、その提案にあたってビッグデータを活用している。言い換えれば、ビッグデータの活用により、風力発電機の製造だけでなく風力発電事業のコンサルタント業務まで実現している状況にある。 具体的には、天候、地形、潮の満ち引きといったデータをはじめ、衛星写真、森林地図、気象モデルなどを利用して、発電量の予測、設置面積や環境・景観上の影響を考慮した最適な設置場所の解析を行っているほか、稼働後の発電量の推移についても解析を行い、発電所の最適なメンテナンススケジュールの策定も行っている。 このように、大量かつ多岐にわたるデータを分析するため、同社ではスーパーコンピュータに加え、オープンソースソフトウェアであるApache Hadoopをベースとした並列処理ソフトウェアを導入した。このことにより、同社ではこれまで約3週間要した解析作業をわずか15分で行えるようになり、業務の効率化を実現した。これに加え、大量のデータに基づく的確な提案をよりタイムリーに顧客に対して行うことができるため、同業他社に対する競争力の維持、向上にも寄与している(図表1-3-3-24)。 図表1-3-3-24 Vestas Wind Systems社における活用 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) ウ 農業における活用事例(石川県羽咋市) 羽咋市は石川県の中部、能登半島の付け根に位置する人口23,303人(平成25年5月1日時点)の市である。同市では平成18年に地元の民間企業と連携して、人工衛星の画像データ等を活用することにより、米の食味を測定するシステム「羽咋市方式人工衛星測定業務」を開発した。 米国の商業衛星が撮影した刈り取り前の圃場の画像を主に活用しているほか、天候等により情報が不足する場合は無人ヘリコプターによる補足撮影も活用している。撮影には近赤外線デジタルカメラを使用し、撮影した画像の分析により米のタンパク質含有量を割り出し、地図情報への展開を行っている。一般的に美味しいとされる米のタンパク質含有量は6.5%以下が目安と言われており、同市では低タンパク米を収穫時に仕分け、ブランド化して販売することで好評を博している。 併せて、衛星画像を使った圃場解析サービスも行っており、解析したデータは施肥量の調整など、次年度以降の栽培にも役立てられている。 衛星画像の撮影並びに解析を安価に行うために、直接米国の商用衛星に撮影を依頼したこと、また、解析ソフトウェアを地元企業に開発してもらったことなどにより、従来は1,000万円以上かかるとされていた費用が数十万円程度と手軽に利用できるようになった。このシステムを活用することにより食味のよい高品質の米が安定的に収穫できるようになったため、ブランド米として販売を行った。この取組は、他の地域振興施策と相まって、生産者の収益向上のほか、移住者の増加、限界集落の環境改善といった効果も生んでいる。 羽咋市では他の地方自治体等に同システムを販売し、収益を得ている(図表1-3-3-25)。 図表1-3-3-25 石川県羽咋市における活用 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) エ インフラ(道路交通)における活用事例(株式会社NTTデータ) NTTデータは、災害時の異常検知や点検・補修の優先度検討等を目的に、各種センサーを用いて変位、加速度、ひずみ等のデータを収集し橋梁の状態をリアルタイムかつ継続的に監視するソフトウェア「BRIMOS」を開発した。 構造物の状況把握では、温度や気候により傾向が異なるため、長期間データを継続的に取得することが有効となる。よって、今後「BRIMOS」を活用することで、維持管理業務の参考となる解析の精度が向上すると見込まれる。 「BRIMOS」の活用により提供されるデータには、風向・風速、雨量等の気象情報や、ひずみをもとに算出した通行車両の重量情報も取得できる。気象情報については、通行規制を判断する際に必要なデータであり、重量情報については、画像データと組み合わせることで車両の特定が可能となり、重量制限をオーバーした車両の検知を行うことも可能となる。 将来的には、橋梁に蓄積したダメージを計算することにより、修復のタイミングに関するアラームを出すことも期待されている。 「BRIMOS」が活用されている事例としては橋梁で数件程度であるが、東京ゲートブリッジ(建設:国土交通省 管理:東京都)でも、「BRIMOS」の技術をベースとしたモニタリングシステムが構築され、変位、加速度、ひずみ等のデータを収集し維持管理に活用されている(図表1-3-3-26)。 図表1-3-3-26 (株)NTTデータにおける活用 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) オ インフラ(エネルギー)における活用事例(関西電力(株)) 関西電力では、顧客サービスの向上と業務運営の効率化に向けて、計量器や通信技術等の継続的な技術開発を行ってきた。そのことがスマートメーターやビッグデータ活用として話題に上るようになった。 同社では2008年よりスマートメーターの導入を開始し、2012年度末で1,300万件の契約件数に対して、190万台が導入されている。2023年度に全戸へ導入することが目標となっている(図表1-3-3-27)。 図表1-3-3-27 関西電力(株)における活用 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) スマートメーターの活用事例として、メーターからのデータがデータセンターに集約されることにより、時間帯ごとの計量が容易になり、サーバー側で時間帯別電力量の計算などを実施できるようになることが挙げられる。 同社ではこのデータを活用して、ウェブを通じ電力使用量や電気料金を見える化するサービス「はぴeみる電」を展開している。 また、変圧器等の容量については、現在は尤度(ゆうど)を持った設計としているが、スマートメーターの導入によって必要十分なサイズに縮小することができる。そのことによる効率化効果は、年間10億円程度と見込まれている。 カ 金融・保険業における活用事例@(Progressive社) 米国の自動車保険会社Progressive社は、自動車にM2M通信デバイスを搭載し、利用者の運転状況を常時監視する代わりに保険料を割引するサービス「スナップショット」を展開している。具体的には、自動車に通信モジュール付きの独自端末を設置し、当該端末から運転日時、場所、速度、急ブレーキの頻度といったデータが随時同社に送信され、同社では契約者の運転状況と事故リスクについて分析を行う。そして、6ヶ月間利用すると、契約者の運転特性に合った最適の自動車保険が提供される仕組である。安全運転を行う利用者にとっては、非常に割安な自動車保険が適用されることとなる。また、高リスク層への保険販売も可能となった。 自動車保険業界において、インターネット上で販売される安価な保険の登場により、各社では他社の商品との一層の差別化が求められていた。同社は本サービスの提供により、数年間で全米の自動車保険業界で第3位に躍進した。また、同社のような利用ベース自動車保険(UBI:Usage-based Insurance)の提供に際しては、米国は州ごとに保険に関する規制が異なることもあって競合他社の事業展開は遅れており、結果的に同社の「一人勝ち状態」となっているとのことである(図表1-3-3-28)。 図表1-3-3-28 Progressive社における活用 (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年) キ 金融・保険業における活用事例A(Climate社) 米国の農家・農作物専門保険会社Climate Corporationは、国立気象サービス(National Weather Service)がリアルタイムに提供する地域ごとの気象データや、米国農務省が提供する過去60年間の収穫量や土壌情報を活用して、地域や作物ごとの収穫被害発生確率を独自の技術で予測し、保険料の算定を行っている。 なお、国立気象サービスは、米国内の様々な気象情報を細かい地域単位で随時公開しているほか、National Digital Forecast Database (NDFD:国立デジタル予測データベース)というデータベースサービスを提供しており、地域単位で各種気象データの短期・中期予測や、竜巻・台風の発生予測などを行い、結果を公表している(図表1-3-3-29)。 図表1-3-3-29 Climate Corporationのサービス(農家向け保険) (出典)総務省「ICT分野の革新が我が国社会経済システムに及ぼすインパクトに係る調査研究」(平成25年)