(2) ビッグデータ活用の注目事例 先述のように、ICTの進化によってデジタルデータを大量に生成・流通・蓄積する環境が整えられている中、生成・流通・蓄積されたデジタルデータを経営資源として活用し、新産業・サービスの創出や社会的解決の解決に役立てようとする動きが活発化している。ビッグデータの活用パターンと効果発現メカニズムを調査する過程(「3.企業等におけるビッグデータの活用状況」参照)で収集した活用事例の中から、興味深い事例をいくつか取り上げる。 ア 製造業における活用事例(マツダ(株)) マツダ(株)は広島県に本社を有する自動車メーカーである。新型エンジンの製造に当たって、燃費や熱効率の向上に必要な高圧縮率を実現するため、エンジンブロック鋳造後に行われる切削加工の精度を高める必要があった。そこで、鋳造後の個別の部品の形状を測定し、それに合わせて切削加工を行うこととした。 製造する部品単品ごとの製造作業の記録(約1万点)と品質を記録し、それらを分析することで設計部門に対して高精度の設計を要求でき、品質の向上と安定化につながったほか、万一、品質のばらつきが出た場合における材料・作業工程の改善にも役立てている。この結果、ガソリンエンジンとしては極めて高い圧縮率を実現し、燃費を大きく向上させた商品を開発できた(図表3-1-1-6)。 図表3-1-1-6 個別部品の加工データ管理に基づく部品の精度向上(マツダ(株)) (出典)総務省「データの高度な利活用による業務・サービス革新が我が国経済および社会に与える波及効果に係る調査研究」(平成26年) イ 農業における活用事例(本川牧場) 本川牧場は、大分県日田市に所在する乳牛・肉牛の生産牧場であり、乳牛・肉牛合わせて約5,000頭を飼養している。本川牧場は、従来より無線タグ(RFID)による個体識別や、牛に取り付けたセンサーから動態データを取得するなどICTの活用に積極的であったが、管理頭数の増加に伴い、平成20年よりSalesforce.com社のクラウドサービスを利用して一元管理を開始した。 具体的には、牛の個体情報や牛に対する作業の情報など200〜300項目にわたるデータを収集することで、牛の成育状況の「見える化」を図るとともに、これらのデータを分析することで健康に問題のある牛の検出や今後の牛の状態の予測、子牛の出生予定頭数の予測などを行い、牛乳生産量の予測と最適化、肉牛の出荷時期の予測と出荷最適化に結びつけている(図表3-1-1-7)。 図表3-1-1-7 個体の状態をクラウドで管理 (本川牧場) (出典)総務省「データの高度な利活用による業務・サービス革新が我が国経済 および社会に与える波及効果に係る調査研究」(平成26年) 本川牧場では、データの活用により、牛乳生産量が1日あたり2トン増加したほか、1日あたりの売上が約16万円増加した。また、計画生産量と出荷量とのズレを無くすことで廃棄ロスやペナルティの支払いを削減することができたほか、頭数増加に伴う牛舎の増加なども予測でき、中期的な投資計画の基礎となるデータも入手できるようになった。 ウ 水産業における事例((株)グリーン&ライフイノベーション) (株)グリーン&ライフイノベーションは、北海道大学が開発した漁場予測サービス「トレダス」事業を行うために平成22年に設立されたベンチャー企業である。 北海道大学では海洋空間情報を活用して、沿岸生物相・水産環境の健全化と高次活用の両立のための方策を研究していた。この研究成果を応用し、人工衛星からの画像から、魚の生息状況に影響を与える情報を解析し、魚の存在する海域を予測するシステム「トレダス」を開発した。現在は4種類の魚の漁場予測情報サービスを提供しており、地図情報として、漁船搭載の端末に配信し、漁船の行動をナビゲーションしている(図表3-1-1-8)。 図表3-1-1-8 衛星画像解析による漁場予測情報の配信((株)グリーン&ライフイノベーション) (出典)総務省「データの高度な利活用による業務・サービス革新が我が国経済 および社会に与える波及効果に係る調査研究」(平成26年) データに基づく漁場予測により、効率的な操業が実現できたことで、漁船燃料費を10〜20%削減したほか、CO2排出量を20〜30%削減するなど環境保全の効果も得られている。また、漁業に関する知識・経験がなくても漁場にたどりつけることから、漁業入職へのハードルを引き下げる効果も期待される。 エ サービス業における活用事例((株)あきんどスシロー) (株)あきんどスシローは、昭和59年に設立された回転寿司チェーンを運営する企業であり、平成25年9月現在、全国362店舗を運営している。 同チェーンでは会計の省力化などのため、すべての寿司皿にRFIDを取り付けており、このRFIDの情報を利用して、一皿一皿の寿司の動向を把握している(図表3-1-1-9)。 図表3-1-1-9 RFIDによる個別商品管理に基づく需要予測((株)あきんどスシロー) (出典)総務省「データの高度な利活用による業務・サービス革新が我が国経済および社会に与える波及効果に係る調査研究」(平成26年) このことにより、寿司ネタごとの売上や廃棄の動向などが把握できるとともに、客が入店してから会計に至るまでの利用動向も把握することができるようになった。また、この情報を分析することにより、適切なタイミングで適切な寿司ネタを提供できるようになった。この結果、廃棄ロスを75%削減し、コスト削減を実現しているほか、コストを食材に振り向けることによって、顧客満足度の向上にもつなげている。 オ 運輸業における活用事例(イーグルバス(株)) イーグルバス(株)は埼玉県川越市に本社を置くバス会社である。企業等との契約により送迎を行う「特定旅客自動車運送事業」、「一般乗合旅客自動車運送事業」(路線バス、高速バス)、「一般貸切旅客自動車運送事業」(観光バス)を運営している。 同社では車載のGPSから位置・時刻情報、同じく車載のセンサーから乗車人員情報を取得し、便別・バス停別の平均乗車人員、便別のバス遅延時間、ダイヤ改正の効果確認などを分析し、便ごと、区間ごとの運行の正確性と収益性を把握したほか、乗客のニーズを把握するための乗客アンケート、運転士・管理者からのヒアリング、バスの運行データ、コスト、利便性などを考慮して運行ダイヤの「最適化」を行っている(図表3-1-1-10)。 図表3-1-1-10 センサーの活用によるダイヤ最適化(イーグルバス(株)) (出典)総務省「データの高度な利活用による業務・サービス革新が我が国経済および社会に与える波及効果に係る調査研究」(平成26年) このPDCAサイクルを繰り返すことで、乗客のニーズとマッチした収益性の高い運行ダイヤを実現し、収益性の低い路線でも乗客の増加による収益性の改善につなげることができた。 カ 広告業における活用事例((株)マイクロアド) (株)マイクロアドは、インターネット広告関連サービスを行っている企業である。主な事業内容としては、複数のサイト等の広告枠を管理する「アドネットワーク」事業、広告主の立場に立って、複数のアドネットワークに対して広告出稿を自動的に判断する「DSP(Demand-Side Platform)」事業、広告媒体(広告枠)の立場に立って、出稿する広告を選択する「SSP(Supply-Side Platform)」事業が挙げられる。 このうち、DSPは同社が広告主側のエージェントとして、費用対効果の高い広告枠を押さえるためのシステムである。あるユーザーがあるウェブページを見に行った際、当該ページ上の広告枠はオークションによって表示する広告が決められる(この広告枠入札システムがアドネットワークである)。広告主としてユーザーとウェブページの組合せによって、その枠への入札価格を決め、0.5ミリ秒以内に入札を完了させるシステムである(図表3-1-1-11)。 図表3-1-1-11 DSPの仕組み (出典)総務省「データの高度な利活用による業務・サービス革新が我が国経済および社会に与える波及効果に係る調査研究」(平成26年) DSPにおいては、ユーザーのブラウザに取得されたCookieに含まれるID、そのIDに紐づけられた当該ユーザーの行動履歴を用いてユーザーと広告媒体の評価を行い、広告の成約率を推定した上で、入札額を決定している。 同社では3億程度のユーザーに係るデータ(ID及び行動履歴)を把握して、入札額決定に活用しているが、データ活用により広告成約率の向上を実現したほか、広告成約に至るまでのコストを従前の10分の1から20分の1にまで削減することができた。