3 (3) 国内ビッグデータ活用事例 (3)国内ビッグデータ活用事例 以下では、これまでの分析結果を踏まえつつ、国内の企業等におけるビッグデータ利活用の事例を検討する。 ア ダイドードリンコ ダイドードリンコはコーヒー飲料を主力商品とする飲料メーカーである。データを活用することによって自動販売機にて飲料を販売する際の商品サンプルの配置を決定している。その際に、「アイトラッキング・データ 21 」を活用している。アイトラッキング・データとは、被験者が実際の自動販売機にて商品を購入する際にどこを見て、商品を認識しているのかを表すデータである 22 。これまでの消費者アンケート等のデータに加えて、アイトラッキング・データを加えたことにより、消費者行動に関するデータの種類を増やすことができ、分析の効果が上昇した。 その結果、これまで飲料業界で常識とされていた商品サンプルの配列(左上からZ字型に視線が動くために、左上に人気商品を陳列)を改める結果となり、データ分析の結果をもとに左下に注力のコーヒー商品を陳列したところ売り上げが増加した。図表5-4-3-22でみたようにデータ活用の効果があった企業等は、複数のデータを組み合わせた分析をしている割合が高く、消費者アンケート等のデータとアイトラッキング・データを組み合わせることによってこれまでにない知見と効果が得られたものと考えられる。 課題としては、販売データの集計に時間がかかるため、マーケティング分析のデータと販売データをマッチできていない点があり、自動販売機の販売データと連動できれば大きな効果が得らえる可能性がある。 イ 富士通 富士通は農業経営を支援するためのクラウドサービス「FUJITSU Inteligent Society Solution 食・農クラウドAkisai(アキサイ)」を2012年に提供開始した。農作物の栽培や施設園芸、畜産業務における生産活動や経営を支援するためのアプリケーションを農業生産者、JA、大手の流通業者、自治体などに提供している。 例えば、日本酒「獺祭(だっさい)」の製造元である山口県の旭酒造では、獺祭の原料となる酒造好適米(酒米)「山田錦」の調達安定化を目的として、山田錦の栽培における作業実績や圃場(田んぼ)の各種環境をセンサーデータとして収集・分析し、栽培成績の良かった作業実績を“ベストプラクティス”として活用している。 また、施設園芸では気象データから生育や収量を予測することにより、温室のコントロールを行い、無駄をなくしたりし、コスト削減につなげることができている。これはセンサーを活用したデータ収集により、複数のデータを組み合わせた分析が可能となった効果であり、図表5-4-3-22でみたようなデータを組み合わせた分析の有効性がうかがえる。 技術的な課題としてはセンサーの精度、耐久性、価格がある。温室内は温度・湿度が高く、農薬がまかれるためセンサーが壊れやすいという問題があるため、より安く精度と耐久性の高いセンサーが利用できるようになれば、費用対効果を高めることができる(図表5-4-3-25)。 図表5-4-3-25 センサーデータ等を活用した農業情報サービス(出典)富士通 ウ IHI IHIは1889年に設立された、航空宇宙エネルギー機器、建機など総合重機メーカーである。IHIは宇宙開発、気象観測、農業機械等で培った技術を活かした農業情報サービスの事業実証に取り組んでいる。リモートセンシングによる土地や生産物の情報、ローカルアメダスから気象データ、生産者の日誌、GPSデータなどを収集し、情報を農業生産法人などに提供している。2011年に北海道十勝・帯広市の「食と農業」を柱とした地域産業政策「フードバレーとかち」に参加し、帯広での取り組みを開始している。 リモートセンシングでは、専用のカメラで撮影した画像から植物の活性度合いがはっきり分かり、小麦などの農作物の生育状況を把握することができるので、生育の状態に合わせ、適切な作業を行うことができ、収量の安定化につながっている。図表5-4-3-19でみた「これまで把握することができなかった状況の見える化」、図表5-4-3-21でみた「多種類のデータを分析に活用すること」が効果につながったと考えられる(図表5-4-3-26)。 図表5-4-3-26 リモートセンシングデータ等を活用した農業情報サービス(出典)IHI エ 大阪ガス 大阪ガスは、近畿2府4県の約700万戸にガスを供給している一般ガス事業者である。そのIT部門である情報通信部に、分析力を武器としてビジネスに貢献する専門部署(ビジネスアナリシスセンター)を設置し、社内の関係部署に対してデータ分析によるソリューションを提案し導入するミッションを持たせることで、社内の様々な業務プロセスの改善につなげている。本センターは、データ分析の専門家であるデータサイエンティスト9名から構成されており、各メンバーは関係部署と連携して分析力による問題解決に取り組み、社内の様々な業務の効率化やサービス向上に大きく貢献している。 例えば、業務用車両の待機拠点を決めるにあたり、自動車メーカーが車載GPSで収集した詳細な渋滞データを活用することで、効果的な配置を実現している。図表5-4-3-19でみたように効果を得られている企業等は専門のデータ分析担当者がデータ分析をしている割合が高く、効果を得るためには高度なデータ分析や幅広いデータ利活用が可能となる専門人材が大切であると考えられる。 第5章まとめ 以上、我が国経済の中長期的な課題とICTの役割を整理した上で、ICT産業のグローバルトレンドとその中での我が国ICT産業のポジションを確認するとともに、IoTをはじめとするICTの進化が、ICT産業ひいては経済全体をどのように変えていくかを展望してきた。 少子高齢化と人口減少が進む中で我が国が中長期的な経済成長を実現していくためには、供給面での生産性向上等に加えて、需要面での新市場創出やグローバル需要の取り込みが必要である。この点第2節でみたように、我が国のICT産業は、通信レイヤーやICTソリューションレイヤーにおいて、国内需要の中長期的な飽和を見越したグローバル展開を開始しており、こうした動きは今後更に活発化していくと予想される。これまでICT産業の中では比較的地域性が強く働いていたこれらのレイヤーでも、これからは本格的なグローバル競争が始まる可能性がある。 併せて、通信レイヤーと上位レイヤーとの付加価値の源泉を巡る「競争」も、今後ますます活発化していくだろう。第2節でみたように、現在のICT産業の構造はスマートフォンを中心としたものとなっており、モバイル向けOSを掌握するグーグル、アップルの2社が主導する形となっている。今後、IoT化の動きが本格化し、「スマートフォンの次」が模索されつつある中で、どのレイヤーの企業が主導権を握るかが注目される。IoT化の進展によるゲームチェンジは、我が国の通信機器・端末産業が再び競争力を獲得する好機ともなり得るだろう。 中長期的には、IoT化の進展とビッグデータ利活用の進展は、製造業とサービス業との区別や、ICT産業とそれ以外の産業との境界を相対化していくだろう。企業が生み出す付加価値の源泉は、データの取得・分析を通じたソリューションの提供にシフトし、その意味で、あらゆる産業が広い意味でのICTソリューション産業と評価される時代が来るかもしれない。同時に、「メイカー・ムーブメント」の勃興にみられるように、大企業に属さない人々による職人的な産業活動も活発化し、経済全体に多様性をもたらすだろう。 世界ICTサミット 総務省は、ICT分野に関する国内外の企業経営者や政府関係者等を日本に集め、情報交換を行い、国際連携や海外への情報発信を強化することを目的に、平成20年以降、日本経済新聞社との共催により「世界ICTサミット」を開催している。 近年、コンピュータの処理能力の向上により、人工知能がビッグデータを活用して人間を超える能力を発揮する可能性など、ICTのインテリジェント化が議論されており、平成27年6月に開催された「世界ICTサミット2015」では、「インテリジェンスが築く都市・ビジネス・社会」を全体テーマとして、こうしたインテリジェンスの活用がもたらす都市、社会、ビジネスの最適な在り方についての議論がなされた。 また、センサー技術の発達等を背景として、M2Mやウェアラブル、スマートメーター等を包括する幅広い概念であるIoTへの注目が高まっており、各国もIoT推進を政府の重点施策と位置付けていることから、総務省がモデレーターを務めるパネルセッションでは、「IoT推進への政策的対応」をテーマに、各国におけるIoT推進プロジェクトの取組状況等を共有するとともに、IoTの進展が社会経済に及ぼすインパクトやIoT普及に向けた政策的課題への対応等について意見交換が行われた(図表)。 図表パネルセッション「IoT推進への政策的対応」の模様 ファブ社会の基盤設計に関する検討会 3Dプリンタやレーザーカッター等のデジタルファブリケーション機器がインターネットにつながることにより「もの」と「情報」が不可分になる新しい空間が生まれるとともに、それら機器の価格が低廉化し一般の市民層へ広がり始めたことで、ものの生産・流通・消費が変貌し始めている。 このような状況を背景として、総務省情報通信政策研究所では、3Dプリンタ等のデジタルファブリケーション機器の普及が社会にどのように影響するかを展望するため、平成26年1月から「『ファブ社会』の展望に関する検討会」を開催し、同年6月に報告書が取りまとめられた。 ファブ社会では、インターネットを介して様々な主体がアイデアやデータを交換してものづくりを行うとともに、その創作物の3Dデータが再びインターネットを介して他の3Dデータと結びつくことなどによって新しい価値が創造されることとなる。このため、報告書においては、ネットワーク上を流通するデータ等を各種デジタルファブリケーション機器において円滑に共有・利用できるファブ情報基盤の構築や、知的財産管理、製造物責任等の制度的基盤の整備、人材育成の強化とリテラシーの向上の必要性などが指摘された。 これらの指摘を踏まえ、同研究所は、ファブ社会における情報基盤の構築において必要となる要件、具体的な利用を想定した制度面に係る課題と留意事項、人材育成やリテラシー等の人的基盤の在り方などについて検討を行うことを目的として、平成27年1月から「ファブ社会の基盤設計に関する検討会」を開催し、同年7月に報告書を取りまとめ、公表した。また、新しいものづくりの裾野が広がるよう、報告書の別冊として、ファブ社会に向けてものやデータをつくるときや流通させるときの留意事項等を記載した手引書を作成・公表した。 報告書では、ファブ社会においては3Dデータ等を流通させるネットワークが生命線であり、ものづくりを支える情報基盤の整備が必須であるとして、ファブカプセル(ものに関するデータを標準化し、1つのデータフォーマットにパッケージ化すること)、素材データベースの構築の必要性とともに、それらの標準化の推進について提言している。また、制度的基盤について、知的財産管理等に関する現行制度上の課題を整理するとともに、著作権に関する一般規定としてのフェアユース規定の導入の提言や製造物責任に関する留意事項等の解説を行っている。さらに、人的基盤について、ファブ社会において求められる人物像を示すとともに、そのための人材開発・育成に必要な実践的な「学びの場」の拡充や学校教育の重要性を説いている。これらを踏まえて、平成32年(2020年)をファブ社会の発展に関する目標年次として、ファブ社会の推進に努めることとしている(図表)。 図表デジタルファブリケーション機器等