2 EU諸国のICT政策の動向 (1)EU ア 欧州委員会の新体制発足とICT政策 欧州連合(EU)の政策執行機関である欧州委員会では、2014年11月に新体制が発足した。新たに委員長に就任したジャン=クロード・ユンケル氏は、就任に先駆けて表明した政策方針の中で、ICTをEUの経済成長や雇用創出のけん引役と位置付け、達成すべき政策課題の一つとしてデジタル単一市場の実現を挙げた 1 。 ユンケル委員長は、デジタル単一市場を実現するための具体的な取り組みとして、電気通信関連規則の改正、周波数割当における域内協調、デジタル時代に即した著作権の近代化などに言及している。その他、データ保護改革やインターネット・ガバナンス、そしてICT部門への投資促進などの課題にも取り組む方針を示している 2 。 ICT分野を重要視する姿勢は、担当委員の配置にも表れており、ICT分野は前体制から1名増員され、デジタル単一市場担当のアンドルス・アンシプ副委員長と、デジタル経済・社会担当のギュンター・エッティンガー委員の2名が担当することとなった。また、2015年5月には、デジタル単一市場の実現に向けた戦略である「デジタル単一市場戦略(A Digital Single Market Strategy for Europe)」を公表した 3 。 イ サイバーセキュリティ 世界的に大きな課題であるサイバーセキュリティの問題については、2013年2月に欧州委員会が公表した「サイバーセキュリティ戦略」に基づき、各種の取り組みが進んでいる。 2014年3月にはEUのICTシステムのセキュリティ強化を目的とする法律「ネットワーク情報セキュリティ指令」が欧州議会において賛成多数で可決された 4 。法律は加盟国に対してコンピュータ緊急対応チーム(CERT)の創設、国家セキュリティ戦略の採択、情報セキュリティの協力計画などの要件を課す内容となっている。また、公的機関のほか、電力、運輸、金融、ヘルスケアなどのサービスを提供する重要インフラ事業者、電子商取引のプラットフォームやソーシャル・ネットワーキングなどのサービスを提供するインターネット・イネイブラーにはリスク評価や適切なネットワーク情報セキュリティ方針の採用義務が課されている。法案は近いうちに欧州連合理事会の合意を経て、正式に法律として発効する予定である。 ウ モバイルの国際ローミング規制 欧州委員会は、EU域内におけるモバイル通信の国際ローミング料金が高額であるという問題意識のもと、2007年以降、規制による料金の引き下げを段階的に実施してきており、デジタル単一市場の実現に向けた政策の一環としても、モバイル通信の国際ローミング料金の撤廃を掲げている。 2014年7月、EU域内におけるモバイルの音声通話とテキスト・メッセージの国際ローミング料金の引き下げが実施された 5 。音声通話の発信料金は前年比21%低下の1分あたり0.19ユーロ、着信料金は同28.5%低下の0.05ユーロ、テキスト・メッセージの送信料金は同25%低下の0.06ユーロとなった。データ通信の国際ローミング料金も引き下げられ、1メガバイトあたりの上限料金は、前年同期の0.45ユーロから0.2ユーロへと引き下げられた。また、EU域内で移動体通信サービスを提供する事業者は、独自の国際ローミングサービスの提供が可能となった。ユーザは滞在先で居住国とは異なるローカル・プロバイダのサービスを選択できるようになり、事業者間の競争推進や消費者の選択肢拡大につながると期待されているが、2014年2月に欧州委員会が公表した調査結果によると、回答者の94%が、居住国外でのモバイル通信は国際ローミング料金がかかるため自粛していると答えるなど、ユーザはモバイルの国際ローミング料金が依然として高額であると受け止めているようである。 エ 周波数関連政策の動向 EUが進めるデジタル単一市場の実現に向けた取組の一つに周波数割当の協調があり、現在UHF帯(470-790MHz)の利用が争点となっている。 欧州委員会は2014年1月にUHF帯の有効な利用方法を検討するハイレベル諮問グループを設置した 6 。諮問グループでは、UHF帯利用の戦略的要素、EUによる規制の役割、オーディオ・ビジュアル・コンテンツの次世代の送受信形態、公共の利益と消費者の利益の保障などが議論された。 2014年9月、UHF帯の有効な利用方法を検討するハイレベル諮問グループが欧州委員会に提出した報告書 7 では、ブロードバンド事業者と放送事業者の双方の立場に配慮し、UHF帯の利用に関して、@現在、地上放送事業者などが使用している700MHz帯(694-790MHz)を2020年までに欧州全域で無線ブロードバンド用途に再割り当てする、A700MHz以下のUHF帯を利用する地上放送事業者に対して2030年まで周波数の安定した利用を保証する、B消費者ニーズや新たな技術の普及などを考慮に入れて2025年までにUHF帯の利用実態調査を実施する、という「2020-2030-2025」方式の提案がなされている。 この提案を受けて欧州委員会は、2015年1月に700MHz帯の今後の割当に関するパブリック・コンサルテーションを開始した 8 。コンサルテーションでは、諮問グループによる「2020-2030-2025」方式の提案や、無線ブロードバンド用途の周波数割当てにおける各国の放送事情の勘案などについて意見を募集し、その結果は欧州委員会の長期的戦略に反映される予定である。 1 European Commission, The Juncker Commission: A strong and experienced team standing for change(IP/14/984) 2 European Commission, Questions and Answers: The Juncker Commission(IP/14/523) 3 http://ec.europa.eu/priorities/digital-single-market/docs/dsm-communication_en.pdf 4 European Commission, The EP successfully votes through the Network & Information Security (NIS) directive(STATEMENT/14/68) 5 European Commission, Huge cuts in mobile data roaming price caps from 1 July-a drop of over 50% from last summer! (IP/14/720) 6 European Commission, Pascal Lamy leads new advisory group on future use of UHF spectrum for TV and wireless broadband.(IP/14/14) 7 European Commission, Radio spectrum:Pascal Lamy presents his report to the Commission(IP/14/957) 8 Commission seeks views on spectrum use for wireless broadband