(2)情報量の増加がもたらす変化 前述のようにICTの特徴であるデジタル化は複製コストをほぼゼロにすることができ、ウェブ化(クラウド化)とあいまって、個人が情報を発信し共有することが容易になる、個人がより多くの情報や選択肢から自分の価値観に合った意思決定ができるようになるといったメリットがあるが、一方で大量の選択肢や情報をどのように選び意思決定するかが問題になる。 デジタル化が進む結果何が起こるのか、順を追って考えると所有することの意義の低下、必要な情報の選択が難しくなる、非デジタル情報の価値の上昇という変化が生じる 11 。 まず、コンテンツはデジタル化されると必要なときにコピーすれば済むことになるので、保存・保有の意味が低下する。例えば、CDで音楽を聴くのが主流だった時代には、音楽を楽しむためにはCDを保存・保有しておく必要があり、外出先で音楽を聴きたいと思った場合には自宅に戻ってCDを持ち出さなければならなかった。その後、小型の音楽プレーヤーに大量の音楽のデータを保存するようになり、外出先を含めいつでもどこでも音楽を楽しめるようになったが、クラウド化が進展した現在では、クラウド上にある音楽をストリーミングで聴く事例も出てきている。 また、コピーされたコンテンツがウェブ上に大量に存在するようになると、人間が一つ一つのコンテンツに関する情報を調べて自分の好みに合うのかを判断するためには多大な時間と労力を必要とすることになり、結果として十分な情報が得られなくなってしまう。例えば、観る映画を選ぶ場合、映画館に行く以外に選択肢がなかった時代には上映中の映画一つ一つのあらすじやスタッフ等の情報を確認して選ぶことができたが、現在利用できるVODサービスの場合は数百〜数千というような単位でコンテンツが存在しているため、この全ての情報を確認するのは不可能といっていいだろう。 さらに、デジタル化されたコンテンツが複製によって簡単に手に入るようになると、デジタル化されていない情報やコンテンツの価値が相対的に高まるという影響が生じる。例えばデジタル化された多くの音楽や動画は簡単に手元の端末で視聴できるようになる。そのうちの一部でマッチングができ、視聴したコンテンツに共感を覚えたり、他のユーザーのコメントに触発されることで、「より深く知りたい」、「臨場感を持って体験したい」という欲求が生まれ、コンサートなどリアルイベントの価値が増すことが考えられる。 以上はICTの特徴のうちのデジタル化が主に影響する変化であるが、第2項3.情報資産(レビュー(口コミ)等)における事例やアンケート結果でも取り上げたように、ウェブ化(クラウド化)によるコミュニケーションの範囲の飛躍的な拡大や、他者のレビューを参考にしたり信頼性を重視するようになるといった変化も生じる。消費者の行動に着目してみると、ウェブ化(クラウド化)によって製品・サービスを利用した経験について不特定多数の人に情報を発信できるようになるという情報の発信側の変化がある一方で、情報の利用側では一つ一つの製品・サービスの十分な情報が得られなくなるという変化が生じることによって、消費者は他人の評判を頼りにするようになった(図表1-4-3-2)。この結果、人気ランキングの上位にコンテンツ消費が集中するというようなことが生じている 12 。評価・評判の重要性が増したことで、信頼できる情報の提供者はより大きな感謝や評判を受けるようになり、信頼できる情報を発信しようというインセンティブは増した。また、ほかの人のために役立つ情報を提供したいという利他性は、信頼できる情報の供給量拡大につながるため、大きな効果を持つようになったともいえる。 図表1-4-3-2 ウェブ化(クラウド化)による情報量増加がもたらす消費者行動の変化 (出典)GDPに現れないICTの社会的厚生への貢献に関する調査研究 デジタル化は前述のように情報量の増加ももたらすが、同時に指数関数的性能の向上によって処理可能な情報量も増加している。既にネットショッピングにおけるレコメンド機能に見られるように、購買・閲覧履歴等から個々の消費者に適した財・サービスを薦める機能は実現しつつあるが、今後、人工知能(AI)がさらに進化することに伴って、より信頼・評判や個人の嗜好を反映した精度の高い、かつ個人にとって心地よい機能となることが期待される。 11 所有することの意義の低下、十分な情報が得られなくなる、非デジタル情報の価値の3点は新宅純二郎・柳川範之『フリーコピーの経済学』で述べられたものであり、以下の記述はこの内容と事例を整理したものである。 12 この点は新宅純二郎・柳川範之『フリーコピーの経済学』で指摘されている。