(3)通信ネットワークの進化 ここでは、経済・社会との相互の関係性も踏まえつつ、主に技術の観点から通信ネットワークの進化を振り返る。2019年時点の通信ネットワークは、IP35化が進みつつも1990年代半ばまで主流であった交換機を用いた固定電話向け中心のネットワーク(PSTN:Public Switched Telephone Network、公衆交換電話網)が一部残り、モバイルネットワークと固定通信のネットワークなどが相互に連携しつつ形作られている。また、近年はこれら通信ネットワークの発展を背景の一つとして、IoTネットワークの構築も進んでいる。 ア PSTNからIPネットワークへの移行 平成の30年間の通信ネットワークの特徴的な変化として、第一にPSTNからIPネットワークへの移行が挙げられる。 パケット交換により回線を専有しない通信を可能としたIPネットワーク PSTNは、電話サービスに特化した、交換機(回線交換)によるネットワークである(図表1-1-1-23・図表1-1-1-24)。通信の都度、発信側と着信側の回線経路を設定し、通信している間その経路を専有する。このため、コストは距離と時間に比例することとなり、料金も距離と時間に従う形の従量制となった。 図表1-1-1-23 PSTNの構成の概念図 (出典)総務省(2019)「平成の情報化に関する調査研究」 図表1-1-1-24 PSTNの構成の概念図 (出典)富士通HP36 これに対し、IPネットワークでは、データをパケットと呼ばれる単位に分けて伝送するパケット交換方式が採用されている。パケット交換方式は回線を専有せずに複数の通信で同じ回線を共用できること、また、通信の経路制御に用いるルータやスイッチの価格が交換機と比較して安価であることから、経済的なネットワークの敷設が可能となった(図表1-1-1-25)。 図表1-1-1-25 PSTNとIPネットワークの比較 (出典)総務省(2019)「平成の情報化に関する調査研究」 このことを背景に、IPネットワークへの移行の進展に伴い、定額制の導入や通信料金の著しい低下等につながった。 IPネットワークは、その原理上ベストエフォートであり必ずしも通信が保証されない。回線は専有しないものの、1回線当たりの通信量が増えすぎると個々のパケットが送信の順番待ちの状態になり、通信速度が低下し、場合によっては遅延が生じ通信できない状態となる。それでも通信が保証されるPSTNと比較して利用料金の低下が圧倒的であったこと、画像・映像のような大容量のデータも送信可能であったことなどから、次第にIPネットワークによる通信はPSTNによる通信を置き換えつつ、新たな通信需要の創出とあいまって発展していった。 現在、PSTNは固定電話において利用されているが、NTT東日本・西日本は、固定電話発信の通話のIPネットワーク経由への切替えを2024年1月より開始し、2025年1月に完了させるとしている。 世界最大のIPネットワークといえるインターネット IPネットワークのうち、世界最大といえるものがインターネットである。その起源は1969年に米国国防総省高等研究計画局(ARPA:Advanced Research Project Agency)の資金により構築されたARPAnetであり、我が国では1984年に開始されたJUNET(Japan University/Unix NETwork)であるとされている。政府機関や研究機関によって運営されたこれらのネットワークは、当初私的・商業的な利用を禁じられており、インターネットの商用利用が可能になったのは1990年代に入ってからであった(図表1-1-1-26)。 図表1-1-1-26 インターネットの商用サービス開始までの歴史 (出典)郵政省(1999)「平成11年版通信白書」 インターネットは、AS(Autonomous System)37と呼ばれる個々のネットワーク間で、BGP(Border Gateway Protocol)という規約により経路情報の交換を行うことで通信を行っている(図表1-1-1-27)。 図表1-1-1-27 インターネットの構造 (出典)INAP流 インターネットとは?〜BGPと“最適経路選択”〜38 ASを持つ事業者同士がネットワークを接続するに当たっては、ピアリング(対等規模の事業者同士が合意により相互接続する方法)とトランジット(上位のISPを経由してほかのISPとつないでもらう接続方法)とが存在し、その結果として2000年代半ば頃までは、概ね階層構造が形成されてきた(図表1-1-1-28)。 図表1-1-1-28 インターネットの階層構造 (出典)総務省(2019)「平成の情報化に関する調査研究」 2000年代半ば以降は、画像・動画のトラフィックが増加したことから、巨大なトラフィックが生じるコンテンツホルダーに直接ネットワークを接続する動きや、CDN(Content Delivery Network)を設置しWebサイトにアクセスしようとするエンドユーザに最も近いCDNサーバ(配信拠点)からコンテンツを配信する動きがある(図表1-1-1-29)。 図表1-1-1-29 インターネットの構造の変遷 (出典)総務省(2019)「平成の情報化に関する調査研究」 イ モバイルネットワークの形成と進化 固定通信とモバイルネットワークとが連携してネットワークが形成されるようになったことも、平成の30年間のネットワークの進化の特徴である(図表1-1-1-30)。例えば携帯電話で2人が通話する場合、大多数のケースでは無線通信を使っている部分は両端のごく一部であり、基地局と相手方の基地局との間の通信の大半は固定通信のネットワークを利用している。 図表1-1-1-30 2019年現在のモバイルネットワーク構成の概念図 (出典)総務省(2019)「平成の情報化に関する調査研究」 モバイルネットワークに関しては、2G、3Gネットワークでは、回線交換方式(CS: Circuit Switched)による音声通信用ネットワークとパケット交換方式(PS: Packet Switched)によるデータ通信ネットワークの2つのネットワークが並存していたが、LTE以降では音声通信もパケット交換方式となり、モバイルネットワーク全体がIP化された(オールIP化)。音声通話の定額制の実現は、このオールIP化によるところが大きい。 図表1-1-1-31 モバイルネットワークの進化 (出典)総務省(2019)「平成の情報化に関する調査研究」 ウ IoTネットワークの登場 近年は、モノとモノをつなぐIoTネットワークの構築が進んでいる。IoTネットワークでは、デバイスに取り付けたセンサーで生成されたデータは、センサーネットワークを経てIoTゲートウェイに集約され、広域ネットワークを経てIoTプラットフォームに至る(図表1-1-1-32)。 図表1-1-1-32 IoTの構成要素 (出典)日経X-TECH (2018.10.03)「IoTシステム構築の基礎  IoTシステムに必要なモノ、構成要素を図解」39 センサーネットワークや広域ネットワークに用いられる無線通信も多様化しており、それまでのWi-Fiや携帯電話のネットワーク等に加え、LPWAと呼ばれる、従来よりも低消費電力、広いカバーエリア、低コストを可能とする無線通信システムも登場し、例えばスマートメーター、インフラ管理、農業等の用途に用いられるようになっている(図表1-1-1-33)。 図表1-1-1-33 LPWAと既存の通信技術との違い (出典)総務省「移動通信システムの動向について」 また、今後は超高速・多数同時接続・超低遅延という特徴を持つ5Gが、IoTネットワークにおいて活用されることが期待されている。 35 Internet Protocolの略。IP化の意義については、イ モバイルネットワークの形成と進化で後述。 36 https://www.fujitsu.com/jp/about/plus/museum/products/communication/switch/crossbar.html 37 ASとは統一された通信ポリシーで管理されたネットワークのこと。大抵の企業の場合は自前でASを運用せず、ISPのASの一部としてインターネットを利用する場合が多い。ASを運用する必要があるのは、大規模なネットワークで冗長性を確保するために、2社以上のISPを利用するマルチホーム環境を構築する場合である。 38 https://www.inap.co.jp/internapsway/?p=528 39  https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/column/18/00451/092600001/