(4)情報システムの進化 「情報システム」とは、企業等において、コンピューターやその周辺機器、通信ネットワーク、ソフトウェア等を使用して様々な業務上の処理を行うものをいう。ここでは、汎用機(メインフレーム)からクライアント/サーバー型を経てクラウドコンピューティングに至る情報システムの進化について取り上げる。 ア 情報システムの進化と変遷−集中型か分散型か 情報システムの進化の大まかな流れは、次のとおりである。1960年代から70年代は、汎用機(メインフレーム)が中心となり情報を処理していた。1980年代から1990年代はパソコンの普及を受け、クライアント/サーバー型の情報処理が主流となっていった。2000年代から2010年代にかけてはクラウドコンピューティングが普及してきた。ただし、データの流通量が増加したことや、より低遅延の処理を求める動きもあり、2010年代半ば以降エッジコンピューティングを活用する動きも出つつある。 特徴的なのは、流通・処理する情報量の増加と、コンピューターの処理能力が競い合うように向上してきた中で、情報の処理を集中的に行うか、端末側で分散的に行うかは振り子のように変化してきた点である(図表1-1-1-34)。 図表1-1-1-34 情報システムの進化と変遷(集中型か分散型か) (出典)総務省(2019)「平成の情報化に関する調査研究」 イ 1960年代〜70年代:汎用機(メインフレーム)の登場 汎用機とは、それまでのコンピューター(電子計算機)が特定の用途(例えば、事務処理、科学技術の研究開発)別であった中で、様々な用途に使用可能なコンピューターを指すものであり、1964年に登場したIBMのSYSTEM/ 36040がその始まりとされる。特徴としては、集積回路(IC)を利用したこと、建築用語であった「アーキテクチャ」の概念を取り入れ設計思想や概念的な構造を定義したこと、マイクロ・プログラム方式によりハードウェアのみのアップグレードを可能にするとともに大型から小型まで多様な製品ラインナップが実現したこと、入出力のインターフェースを標準化したことで多様な周辺機器が登場したことが挙げられる。 図表1-1-1-35 メインフレームの例(富士通 FACOM230-50(1966年)) (出典)富士通HP41 我が国においては、電機・通信機を製造していたメーカーの一部が、1950年代からそれぞれコンピューターを開発していたが、徐々にIBM等の海外企業と技術提携を進めることとなった。 ウ 1980年代〜90年代:急速なパソコンの普及とクライアント/サーバー型への移行 1981年頃からは、パソコンが急速に普及し始め、メインフレームからクライアント/サーバー型への移行が進み出した。1990年代に入ると、台数で見たメインフレームの減少とサーバーの増加は顕著になった(図表1-1-1-36)。 図表1-1-1-36 メインフレーム及びサーバーの国内出荷台数 (出典)JEITA メインフレームからクライアント/サーバー型への移行が進んだ要因としては、プロセッサの性能向上(これに伴う小型化や単価の下落も含む)とモジュール化による「オープン生産方式」により、パソコンの価格低下と性能向上が進んだことが大きい(図表1-1-1-37 )。 図表1-1-1-37 メインフレーム及びサーバーの国内出荷金額 (出典)JEITA 個人用小型コンピューターであるパーソナル・コンピュータ(PC)は、メインフレームを単純に小型化したものではなく、マイクロプロセッサの集積技術の進化により登場した。 集積技術の進化については、微細化に加え、1960年代当時、日本計算器販売(後のビジコン社)が電卓向けにインテルと共同開発した世界初の1チップマイクロプロセッサ42が伏線となっており、様々な電卓の多様な機能の要求に応じてその都度回路設計を行うことは非効率であることから、ハードウェアとしての集積回路を共通にし、ソフトウェアで機能を変える考え方がPC用のマイクロプロセッサでも取り入れられた。 また、1981年、IBMがPC市場に参入した際、モジュール化による「オープン生産方式」を採用したことはその後のコンピューター産業の構造を大きく変えるきっかけともなった。 IBMがPCの開発・製造で「オープン生産方式」を採用したのは、進出決定から販売開始までの期間が1年と限られていたためであり、当時同社の伝統であった内製にこだわらず、マイクロプロセッサ、基本ソフト(OS)なども外注品や既製品を採用したことで、部品間のインターフェースを統一することで緻密なすり合わせなしに分業と短期間での開発・製造を可能とした。 当時メインフレームも含むコンピューター市場で圧倒的なシェアを有していたIBMが「オープン生産方式」でPC市場に参入した結果、それまで各社各様であった周辺機器やソフトウェアが1980年代前半に標準化された。この結果、ベンダー間の競争が促進され、IBM社以外からも様々な互換機が登場したことで、新たな需要が生まれ、更なる供給側での競争や高性能化・低廉化が進んでいった。 一方、専用の端末・ソフトウェアを用いる汎用機は、複数のPCを活用することに比べて導入・運用コストが割高となり、LAN技術の発展とも相まって、主にPCを活用する形でクライアント/サーバー型への情報システムへの移行が進んだ。 コンピューターの利用は拡大したものの、メインフレーム市場の覇者であったIBMも、次のPC市場のシェアは下落傾向にあったことが特筆される。その流れは、1995年にマイクロソフトがOSのWindows95を発売したことが決定打となり、PC市場はさらに拡大し、競争が進んだ(図表1-1-1-38)。 図表1-1-1-38 PCの世界出荷台数とIBMのシェア (出典)Market share of personal computer vendors もう1つ特筆される点として、コンピューターの利用は1990年代に急拡大したが、その主な要因は技術的な進化よりも「技術革新の社会化」43にある点である。インターネットやコンピューターに関する要素技術は、1960〜70年代に概ね実用化されており、ムーアの法則等による性能向上はあったものの、1990年代に進化が急速に加速したわけではない(図表1-1-1-39)。供給と需要とがあいまった結果として利用が拡大しており、特にその傾向は米国において顕著であった(詳細は第2項及び第2節で説明)。 図表1-1-1-39 CPUクロック周波数の進化 (出典)スタンフォード大学VLSI研究グループ エ 2000年代:クラウドコンピューティングの普及 2000年代後半からは、世界的にクラウドコンピューティングの普及が始まった。クラウドコンピューティングとは、米国国立標準技術研究所によると、「共用の構成可能なコンピューティングリソース(ネットワーク、サーバー、ストレージ、アプリケーション、サービス)の集積に、どこからでも、簡便に、必要に応じて、ネットワーク経由でアクセスすることを可能とするモデルであり、最小限の利用手続き又はサービスプロバイダとのやりとりで速かに割当てられ提供されるものである。」44とされる。また、単に「クラウド」と呼ばれることもある。情報システムとしてクラウドコンピューティングの利用が広がる中で、従来の企業内に構築する汎用機やクライアント/サーバー型の情報システムは、「オンプレミス」と呼ばれている。 クラウドコンピューティングは、大別すると「パブリッククラウド」と「プライベートクラウド」に分かれる。パブリッククラウドは、不特定多数の利用者を対象として広く提供されているクラウドサービスであり、AmazonのAWSやMicrosoftのAzure等がこれに当たる。プライベートクラウドは、さらにホスティング型プライベートクラウド及びオンプレミス型プライベートクラウドに分かれ、前者はパブリッククラウドの環境内に顧客専用のクラウド環境を構築・提供するサービス、後者は顧客の自社内に構築されたクラウド環境である。 クラウドコンピューティングが我が国で注目を集め始めたのは、2009年頃からである。黎明期にあってはシステムダウンなどの障害が度々発生したほか、クラウド上に重要なデータを保存することに躊躇する企業もあったが、2010年代半ばには信頼性も格段に向上し、我が国の金融機関もパブリッククラウドを利用するまでになった。 パブリッククラウド及びホスティング型プライベートクラウドに関しては、自社で情報システムを構築する場合と比べ、必要なときに必要な量だけリソースを利用できることといったメリットがあり、信頼性も向上したことや、さらに後述のとおり、データ流通量の増大ともあいまって、クラウドコンピューティングの市場規模は拡大し45、利用率も上昇傾向にある。 オ 2010年代後半〜:エッジコンピューティングの登場 ただし、クラウドコンピューティングの普及が進み用途が拡大するにつれ、回線コストや回線への負荷、クラウドがダウンするリスクやサイバー攻撃のリスクが問題になるとともに、リアルタイムな情報処理が要求される場面も出てきた。そこで、2010年代半ば以降、必要な一部の情報処理を端末に近いネットワークの周辺部(エッジ)で行うエッジコンピューティングが注目され各社で取組が行われている。 40 SYSTEM/360という製品名には、事務処理から科学技術計算まで360度あらゆる顧客のニーズに応えられるという意味がこめられており、それが単一の製品ラインとして提供されたことが、従来のコンピューターとの大きな違いであったとされる(武田編(2011))。 41 https://www.fujitsu.com/jp/about/plus/museum/products/computer/mainframe/facom230-50.html 42 Intel 4004 43 篠ア彰彦(2019.03.12)「「GAFA時代」の源流はどこにある? 我々はいつ情報社会へ転換したか 篠ア彰彦教授のインフォメーション・エコノミー(108)」ビジネス+IT (https://www.sbbit.jp/article/cont1/36104) 44 Peter Mell, Timothy Grance, 独立行政法人情報処理推進機構訳(2011)「NISTによるクラウドコンピューティングの定義」 (https://www.ipa.go.jp/files/000025366.pdf) 45 具体的な数値は第2節第1項参照