(1)インターネット上での情報流通の特徴と言われているもの 米国の法学者サンスティーン(2001)5はネット上の情報収集において、インターネットの持つ、同じ思考や主義を持つ者同士をつなげやすいという特徴から、「集団極性化」を引き起こしやすくなる「サイバーカスケード」という現象があると指摘した。 集団極性化とは、例えば集団で討議を行うと討議後に人々の意見が特定方向に先鋭化するような事象を指す。討議の場には自分と異なる意見の人がいるはずなので、討議することで自分とは反対の意見も取り入れられるだろうと思われるが、実際に実験を行ってみると逆に先鋭化する例が多くみられた6。 「カスケード」とは、階段状に水が流れ落ちていく滝のことであり、人々がインターネット上のある一つの意見に流されていき、それが最終的には大きな流れとなることを「サイバーカスケード」と称している。 こうしたもともとある人間の傾向とネットメディアの特性の相互作用による現象と言われているものとして、「エコーチェンバー」と「フィルターバブル」が挙げられる7。 ア エコーチェンバー 「エコーチェンバー」とは、ソーシャルメディアを利用する際、自分と似た興味関心をもつユーザーをフォローする結果、意見をSNSで発信すると自分と似た意見が返ってくるという状況を、閉じた小部屋で音が反響する物理現象にたとえたものである8。 サンスティーン(2001)9は、集団分極化はインターネット上で発生しており、インターネットには個人や集団が様々な選択をする際に、多くの人々を自作のエコーチェンバーに閉じ込めてしまうシステムが存在するとしたうえで、過激な意見に繰り返し触れる一方で、多数の人が同じ意見を支持していると聞かされれば、信じ込む人が出てくると指摘した。 また、サンスティーンは無作為に選んだ60の政治系ウェブサイトを対象に、各ウェブサイトのリンク先を調査した。その結果、反対意見へのリンクは2割に満たない一方で、同意見へのリンクは約6割と高くなっていた(図表1-4-2-2)。さらに、反対意見へリンクがある場合でも、「相手の見方がいかに危険で、愚かで、卑劣であるかを明らかにするのが目的」としていた。そのうえでグループで議論をすれば、メンバーはもともとの方向の延長線上にある極端な立場へとシフトする可能性が大きいと指摘している。 図表1-4-2-2 政治系ウェブサイトのリンク先の政治的志向 (出典)キャス・サンスティーン(2001)『インターネットは民主主義の敵か』を基に作成 イ フィルターバブル 「フィルターバブル」とは、アルゴリズムがネット利用者個人の検索履歴やクリック履歴を分析し学習することで、個々のユーザーにとっては望むと望まざるとにかかわらず見たい情報が優先的に表示され、利用者の観点に合わない情報からは隔離され、自身の考え方や価値観の「バブル(泡)」の中に孤立するという情報環境を指す。 米国のインターネット活動家であり、バイラルメディア10“Upworthy”の最高経営責任者でもあるパリサー(2012)11は、フィルターバブルの登場により、新たな3つの問題が生じてきたと指摘する。 第一に、ひとりずつ孤立するという問題である。例えば、テレビの専門チャンネルでごく狭い分野を取り扱うものを見る場合でも、自分と同じ価値観や考え方を持つ人が他にも見ているが、インターネットにおけるフィルターバブルの中には自分しかいない。これにより、「情報の共有が体験の共有を生む時代において、フィルターバブルは我々を引き裂く遠心力となる」としている。 第二に、フィルターバブルは目に見えないという問題である。テレビを見る際には自分が何を見るかを選択している限り、なぜその番組が選ばれたのか理解しているが、パーソナライズされた検索エンジンによって表示された結果は、なぜそれが選ばれたのかその根拠が明確に示されることはない。フィルターバブルの内側にいると、表示された情報がどれほど偏向しているのか、または情報が偏向のない客観的真実であるのかが分からないことになる。 最後に、フィルターバブルの内側にいることをユーザー自身が選んだわけではないという問題である。テレビや新聞、雑誌を視聴する際、どのようなフィルターを通して世界を見るのかをユーザーは自ら能動的に選んでいる。しかしパーソナライズされたフィルターの場合、自ら選択してフィルターを使用しているのではなく、避けようにも避けにくい状態になっていると指摘している。 広告主にとっては、ユーザーごとにパーソナライズするアルゴリズムを用いることは、顧客獲得コストを低下させる効果的な広告戦略であり、また利用者にとっても自分の好みの情報が少ないエネルギーで手に入るという利点がある。一方で、パーソナライズされたフィルターバブルにより、自分の関心とは異なる情報に触れにくくなり、他の意見が存在することに気づかなくさせる可能性をもたらすとされている。 5 キャス・サンスティーン(2001)『インターネットは民主主義の敵か』 6 総務省(2019「デジタル化による生活・働き方への影響に関する調査研究」有識者ヒアリング(慶應義塾大学 経済学部 田中辰雄教授)に基づく。 7 笹原和俊(2018)『フェイクニュースを科学する』 8 笹原和俊(2018)『フェイクニュースを科学する』 9 キャス・サンスティーン(2001)『インターネット上は民主主義の敵か』 10 バイラル(Viral)とは英語で「ウイルス性の」という意味で、SNSによる情報拡散力を利用してウイルスのように拡散することを目的とした動画や画像を中心としたブログなどのメディアのこと 11 イーライ・パリサー(2012)『閉じこもるインターネット グーグル・パーソナライズ・民主主義』