(1)時間と場所の制約を超える−バリューチェーンが広がる「市場の拡大化」がおこる インターネットの利用により、あるモノを購入したいときに、遠く離れた地にある商店に対していつでも注文することが可能になっている。また、かつて音楽を楽しむときには、販売店でCDを購入するか、レンタル店で借りるかといったことが通例であったが、現在ではインターネットを利用して世界各地のサイトからいつでも聞くことができるようになっている。今では当たり前に思えるこれらのことは、「市場の拡大化」ということができるが、前述した情報に関する費用構造の変化と大きく関係している。 コンテンツに関する「市場の拡大化」はなぜおこるのか 情報をコンテンツという商品として提供する活動について見てみる。この活動には、音楽や映像を伝えるもののほか、ニュースを伝えるといったものがある。これらは、情報自体が経済活動の目的となっているといえる。そして、コンテンツがデジタルデータとなり、限界費用がほぼゼロで即時にあらゆる場所に伝達できるようになったため、時間と場所の制約を超えて提供できるようになった。 これが、コンテンツに関して「市場の拡大化」が生じる原理である。 「市場の拡大化」が経済活動全般について生じるのはなぜか 重要な点は、時間と場所の制約を超えて「市場の拡大化」がおこるという現象は、コンテンツに関する経済活動にとどまらず、広く経済活動全般について生じているということである。 あらゆる経済活動においては、通常複数の主体間で情報をやり取りすることになる。ここでの「情報」は、前述のコンテンツが目的としての情報であったのに対し、手段としての情報であるといえる。このような手段としての情報は、前述のとおり取引費用と深く関係しており、これら情報を限界費用がほぼゼロで即時にあらゆる場所に伝達できるということは、取引費用の低下を通じ、生産や販売に関する取引が時間と場所を問わずに行うことができるということになる。そしてその結果、経済活動自体を時間と場所の制約から解放することにつながっている。 逆に、電子メールというやり取りの手段がなければ、海外から部品を調達して加工するという形で生産活動を行うことのハードルは極めて高いだろう。また、インターネットを通じて注文を伝達する仕組みがなければ、遠く離れた地に商品を提供するというビジネスは十分に成り立たないだろう。 経済活動のグローバル化とは、海外の企業や消費者をバリューチェーンに組み込むことと捉えることができる。グローバル化はなぜ進展したのかという点について、当然ながら航空サービス等の輸送手段が発達したことが背景の一つにある。同時に、前述のような情報のやり取りに関する変化すなわちICTの発展・普及が前提となって生じているのであり、グローバル化はデジタル経済の中で生じた一つの事象であるという視点が重要である19。 19 リチャード・ボールドウィン(2018)『世界経済 大いなる収斂』