5 デジタル・トランスフォーメーション−あらゆる産業にICTが一体化していく ここまで述べた3つの特質が具体的な形で現れている姿として、「あらゆる産業にICTが一体化していく」ということが挙げられる。このことは「デジタル・トランスフォーメーション」と呼ばれている。 デジタル・トランスフォーメーションと従来の情報化/ICT利活用は何が違うのか 「デジタル・トランスフォーメーション」という概念は、スウェーデンの大学教授のエリック・ストルターマンが提唱した概念であるとされ、「ICTの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」であるとされる。ICTが人々の生活を良くしていくことについては、従来から主張されていたことであり、産業のあらゆる領域において、「情報化」あるいは「ICTの利活用」というスローガンで進められてきた。それでは、このデジタル・トランスフォーメーションと、従来の情報化/ICT利活用では、何が異なるのだろうか。 最大の違いは、従来の情報化/ICT利活用では、既に確立された産業を前提に、あくまでもその産業の効率化や価値の向上を実現するものであったのに対し、デジタル・トランスフォーメーションにおいては、その産業のビジネスモデル自体を変革していくということである26(図表2-1-5-1)。 図表2-1-5-1 従来の情報化/ICT利活用とデジタル・トランスフォーメーションの違い (出典)各種公表資料より総務省作成 そして、ICTの位置付けは、前者においては補助ツールにすぎなかったものが、後者においては事業のコアということになる。例えば、従来銀行においてICTを利用してオンラインバンキングや決済のシステムを構築するといったことは行われてきたが、銀行はICT企業ではなかった。他方、近時様々なフィンテックと呼ばれるサービスが提供されるようになったが、フィンテック企業は金融サービスを提供する企業であるとともに、ICTサービスを提供する企業という側面も持つ。そして、フィンテック企業は、伝統的な金融業界自体も変革している。 デジタル・トランスフォーメーションの別の表現として、様々な産業にテクノロジーをかけ合わせるという意味のX-Tech(クロステック)や、フィジカルとデジタルが融合するという意味のDigicalあるいはPhysitalというものがあるが、いずれも産業にICTが一体化するという本質を表したものであるといえよう。 新たなコスト構造に適した非連続的な進化を企業に求めるデジタル・トランスフォーメーション ここまで述べたとおり、ICTがあらゆる経済活動の根本となるコスト構造を変えているために、ICT企業はこの新たなコスト構造に適した形のビジネスモデルを構築してあらゆる産業に進出している。同時に、あらゆる産業における伝統的なプレイヤーは、新たなコスト構造に適した形へと自らを変えていくことが求められている。これがデジタル・トランスフォーメーションの本質の一つであるといえよう。 すなわち、デジタル・トランスフォーメーションは、単にICTを利活用して企業のビジネスを改善する取組ではなく、企業に組織やビジネスモデル自体の変革という非連続的な進化を求めるものである。そして、次に述べるとおり、このような進化を果たすことができない企業には市場からの退出を余儀なくするものであり、伝統的なプレイヤーにとって生き残るための取組でもあることに留意が必要である。 デジタル・ディスラプション−従来のコスト構造を前提としたビジネスモデルの存続が困難となっている ICT企業の市場参入によって、伝統的な企業が市場からの退出を余儀なくされる事例が出てきている。これを、デジタル・ディスラプション(デジタルによる破壊)という。例えば、米国においては、ブロックバスター、Toys “ R” Us、シアーズといった大規模な有名企業が経営破綻した。これらは、ICT企業による市場参入への対応ができなかったためとされる(図表2-1-5-2)。 図表2-1-5-2 米国におけるデジタル・ディスラプションの例 (出典)各種公表資料より総務省作成 このようなデジタル・ディスラプションは、伝統的な産業における従来のコスト構造を前提としたビジネスモデルが、ICTによる新たなコスト構造に適した形のビジネスモデルとの競争の中で、存続が困難となる場合があることを示しているといえよう。 我が国においても、デジタル化による影響の認識が高まってきている。一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)と株式会社野村総合研究所がICTのユーザー企業を対象として行った「デジタル化の取り組みに関する調査」(2019年4月)27によれば、デジタル化の進展が自社の既存ビジネスの優位性や永続性に与える影響について、2018年度調査では、15.8%が「既に影響が出ている」と回答しており、前年度の9.1%から大きく増加している。また、32.7%が「破壊的な影響をもたらす可能性がある」としている(図表2-1-5-3)。 図表2-1-5-3 デジタル化による影響 (出典)JUAS・野村総合研究所(2019)を基に作成 26 Alina Bockshecker, Sarah Hackstein, Ulrike Baumol(2018)“ Systematization: digital transformation and phenomena” 27 https://juas.or.jp/cms/media/2017/03/Digital19_ppt.pdf