(1)プロフィットセンター/フロントオフィスのICTへの転換 従来のICTはコストセンター/バックオフィス業務であり、非コア業務であった 平成30年版情報通信白書において、我が国のICT導入は、業務の効率化等の手段として位置付けられていることを示した。すなわち、ICTはプロセス・イノベーションに活用されているものの、プロダクト・イノベーションへの活用は十分ではない状況にある2。また、第1章第2節で見たとおり、我が国におけるICTへの投資は、8割が現行ビジネスの維持・運営に当てられている。 このような中で、我が国においては、企業においてICTの導入を推進する情報システム部門は、利益を生まない「コストセンター3」として捉えられてきたといえる。また、情報システム部門の業務は、商品の開発や提供を行う事業部門等の社内の他部門に対して価値を提供する「バックオフィス業務」であったといえる。そして、ICTの導入は企業のコア業務としては位置付けられておらず、情報システム部門からSIerと呼ばれるICT企業に委託する形が広くみられ、しばしば「ベンダー丸投げ」とも称されている4。 今後のICTはプロフィットセンター/フロントオフィス業務であり、コア業務となる 第1節で述べたとおり、今後、ICTは、データが価値創出の源泉となり、企業にとってはプロダクト・イノベーションやビジネスモデルの変革を実現するものとなる。また、ICTを導入する業務は、社内ではなく顧客に対して価値を提供するものであり、「フロントオフィス業務」となる。このようなICTは、企業のコア業務として位置付けられ、従来のSIerへの依存が高い在り方には見直しが迫られることになる。 今後、フロントオフィス業務としてのICTの導入に当たり、情報システム部門やSIerのサポートを受けた事業部門がより重要な役割を果たし、全体としてプロフィットセンター5となる体制へと変化していくことが求められる。既にそのような体制への変化はみられ、例えばJUASと野村総合研究所が実施した「デジタル化の取り組みに関する調査2019」においては、デジタル化施策の推進主体について、2017年度調査では情報システム部門(IT部門)を中心とする割合が約3割となっていたものの減少傾向にある一方で、5年後の将来には情報システム部門と共同チームを中心とするという割合が約5割に達している(図表2-3-1-1)。 図表2-3-1-1 企業におけるデジタル化施策の推進体制 (出典)JUAS・野村総合研究所(2019)を基に作成 また、ICTがビジネスモデル自体を変革していくことに加え、第1節で述べたとおり、企業の「内と外」の境目を変えるからこそ、経営のレベルでの判断が必要となる6。これまでも経営レベルのCIO(最高情報責任者:Chief Information Officer)を設ける動きが進んできたが、CIOはあくまでも情報システム部門の責任者であり、事業部門の行う商品の開発・提供等への関与は限定的であることが多いとされる。このような中で、CDO(最高デジタル責任者:Chief Digital Officer)として事業部門の業務にも深く関わるICTの責任者を設ける企業も出てきている。名称はどのようなものであれ、後者の役割を果たす責任者によるリーダーシップの発揮も求められていくだろう。JUAS・野村総合研究所(2019)においても、デジタル化の取組が他社と比べて進んでいるとする「トップランナー」企業においては、デジタル化推進の責任者が明確となっており、かつ、CIOではなくCEOやCDO等が責任者となっている傾向がある。他方、デジタル化の取組が他社と比べてかなり遅れているとする「フォロワー」企業においては、デジタル化推進の責任者が明確ではないという割合が約5割となっている(図表2-3-1-2)。 図表2-3-1-2 企業におけるデジタル化推進の責任者 (出典)JUAS・野村総合研究所(2019)を基に作成 以上を踏まえ、新たなICTの位置付けとその推進主体について整理したものが図表2-3-1-3である。 図表2-3-1-3 ICTの位置付けの転換 (出典)各種公表資料より総務省作成 重要となるBizDevOpsのコンセプト 前述のような姿に関連し、近時その重要性が唱えられているものとして、BizDevOpsというコンセプトがある。これは、「Biz」すなわち事業担当者、「Dev」すなわち開発担当者、「Ops」すなわち運用担当者の3者が連携してデジタル化に取り組むというものである。通常、事業担当者は収益向上、開発担当者は良質なシステムの迅速な導入、運用担当者はシステムの安定的な稼働を主な目標として活動しており、これら活動はしばしば別々のものとして行われてきた。BizDevOpsにおいては、3者が事業上の目標を共有しつつ、迅速な開発と提供を目指すことになる7(図表2-3-1-4)。 図表2-3-1-4 BizDevOpsのコンセプト (出典)総務省(2019)「デジタル経済の将来像に関する調査研究」 このようなコンセプトが重視されるようになってきた背景として、インターネットを通じたサービスの提供に代表される顧客との接点のデジタル化がある。また、このようなデジタル化の中で、アプリへの評価が使い勝手の良さやクラッシュのしにくさに大きく反映されるように、システムの稼働の問題が事業の問題に直結するという認識が広まったということがある。更に、様々なデータがリアルタイムで収集可能になってきたことで、事業とシステムの関係性は見える化され、それぞれの担当者が管理するデータを持ち寄ることにより、データを価値の源泉とすることが可能となるということもあると考えられる。 サイバー空間と現実世界の融合が進んでいく中で、ICTと事業との連携は一層重要になっていくと考えられる。ICT企業や、ユーザー企業の情報システム担当部門は、事業についての業務知識を向上させるとともに、積極的に事業に関与していくことが求められる8。 SIerのビジネスモデルにも変革が求められる 以上のようなICTの位置付けの転換の中で、海外で多くみられるように、自社の競争力に影響するシステムについては内製し、そうでないものについてはパッケージのものを調達するといった方針への転換も視野に入れるべきであろう。これに伴い、受託開発を中心に行ってきたSIerのビジネスモデルにも、大きな変革が求められることが考えられる(図表2-3-1-5)。 図表2-3-1-5 SIerのビジネスモデルの変革の例 (出典)総務省(2019)「デジタル経済の将来像に関する調査研究」 2 イノベーションに関してOECDとEurostat(欧州委員会統計総局)が合同で策定した国際標準(オスロ・マニュアル)において、イノベーションは、@プロダクト・イノベーション(自社にとって新しい製品・サービスを市場に導入すること)、Aプロセス・イノベーション(自社における生産工程・配送方法・それらを支援する活動について、新しいもの又は既存のものを大幅に改善したものを導入すること)、B組織イノベーション(業務慣行、職場組織の編成、社外との関係に関して、自社がこれまで利用してこなかった新しい組織管理の方法を導入すること)、Cマーケティング・イノベーション(自社の既存のマーケティング手法とは大幅に異なり、かつこれまでに利用したことのなかった新しいマーケティング・コンセプトやマーケティング戦略を導入すること)の4類型が掲げられている。 3 「コストセンター」とは、企業において利益を生まない部門であり、基本的には費用のみを集計し、いかに費用を抑えつつ良いパフォーマンスを発揮するかについて責任を有する。一般に、総務・人事・経理といったバックオフィス業務が該当するとされる。 4 例として、経済産業省(2018)「DXレポート」がある。 5 「プロフィットセンター」とは、企業において利益を生む部門であり、いかに利益を発生させるかについて責任を有する。 6 篠ア(2014)『インフォメーション・エコノミー』においても、ICT導入に伴う企業改革の領域が企業の枠内にとどまらず、「企業の境界」をどこに引くかという局面に及んでいるならば、事業部門の分割やM&Aといった高度な経営判断が迫られる以上、トップマネージメントによる改革へのコミットメントが不可欠としている。 7 JUAS・野村総合研究所(2019)によれば、デジタル化に関する戦略策定・施策推進のいずれにおいても、「新事業・ビジネスモデルの創出」「新商品・新サービスの創出」の領域で成果を出している企業は、IT部門と事業部門の共同チームが中心となっている割合が高い。 8 https://www.nttdata-strategy.com/monthly/2016/0509/index.html