(2)ICT人材の再配置 諸外国とは異なる我が国のICT人材の配置 2017年の夏、ある自動車メーカーが、大手ICT企業の事業所が集まるJR南武線沿線の駅に大々的な求人広告を出したことが話題となった。このことに象徴されるように、ユーザー企業がICT人材を採用するという動きが広まってきている。 前述のようなICTの位置付けの転換を行う上で鍵を握るのは、人材である。我が国においては、ICT人材がユーザー企業ではなく、ICT企業に多く配置されていることが特徴である。独立行政法人情報処理推進機構が調査した結果によると、ICT企業に所属するICT人材の割合は、2015年時点で日本が72.0%であるのに対し、米国では34.6%、英国では46.1%、ドイツでは38.6%等となっている(図表2-3-1-6)。 図表2-3-1-6 ICT人材の配置に関する国際比較 (出典)総務省(2019)「デジタル経済の将来像に関する調査研究」IPA調査を基に作成 ユーザー企業側におけるICT人材の充実が必要 第1章第1節及び第2節で述べたとおり、我が国においては、ICTの導入は企業のコア業務として位置付けられておらず、情報システム部門がICTの導入をSIerに委託することが一般的であるとされてきた。どちらが原因でどちらが結果ということは難しい面があるものの、前述のようなICT人材の配置は、これまでの我が国におけるICT導入の効果を限定的にしてきたとともに、今後のプロフィットセンター/フロントオフィス業務としてのICTを実現していく上では、障壁となることが考えられる。この観点からは、前述のようなユーザー企業がICT人材を積極的に採用する動きは望ましいものであり、ユーザー企業側におけるICT人材の充実を更に促進していく必要がある。 アジャイル開発を進めるための人材配置 ICTの位置付けがプロダクト・イノベーションを実現するものへと変化する中で、アジャイル開発の重要性が指摘されている。従来のウォーターフォール型開発においては、最初に緻密な計画を立てた上で、要件定義から設計・開発・テスト・運用までに至る工程を順番に行うものであった。他方、アジャイル開発においては、機能を分割し、機能ごとにひとまず動作するシステムを作った上で早期にリリースし、顧客からのフィードバックを反映させながら改善していくアプローチとなる(図表2-3-1-7)。 図表2-3-1-7 ウォーターフォール開発とアジャイル開発の比較 (出典)総務省(2019)「デジタル経済の将来像に関する調査研究」ITmedia エンタープライズ記事を基に作成 プロダクト・イノベーションのためのICTにおいては、顧客ニーズの多様化を踏まえると、システムの安定性のみならず、新たなサービスを次々と迅速に開発・提供していくことが重要となるとともに、一度提供を開始したサービスについても、継続的な改善を迅速に行うことが必要となってくる。このようなシステム開発には、ウォーターフォール開発ではなく、アジャイル開発が適しているといわれ、前述のBizDevOpsとも親和性があるとされる9。このようなアジャイル開発を効果的に行う上でも、ユーザー企業に十分なICT人材が存在することは重要であるといえよう。 ICT人材の不足と高齢化という課題 このようにICT人材を取り巻く環境が大きく変化していく中で、我が国のICT人材は量的に不足しており、不足は今後ますます深刻化するとされている10。 また、量のみならず質の面でも不足しているとの見方がある11。これは、ICT人材に求められるスキルが従来から変化してきていることとも関係していると考えられる12。例えば技術面においては、ソーシャル(Social)、モバイル(Mobile)、アナリティクス(Analytics)、クラウド(Cloud)、センサー・セキュリティ(Sensor・Security)の頭文字をとった「SMACS」に関するスキルが重要となってきているといわれている。また、デザイン思考13や前述のアジャイル開発のスキルの重要性も指摘される。したがって、これまでICT企業において「守り」のICTであるSoR(Systems of Record)を中心とするスキルを身に付けてきた人材が、直ち に「攻め」のICTであるSoE(Systems of Engagement)を中心とする新たな位置付けのICTを支える人材となり得るものではない可能性がある。 更に、我が国のICT人材の構成は高齢化が進んでいる。2008年にはICT人材の8割超が30代以下であったが、2018年には30代以下の比率が6割強へと低下している。高齢化はICT人材のみの課題ではないものの、全職種と比べた場合であっても、高齢化の進展度合いは大きいものとなっている(図表2-3-1-8)。 図表2-3-1-8 ICT人材の年齢構成の変化 (出典)総務省(2019)「デジタル経済の将来像に関する調査研究」厚労省「賃金構造基本統計調査」を基に作成 これらのことを踏まえると、ユーザー企業側におけるICT人材の充実は、現在ICT企業に所属するICT人材がユーザー企業に移ることに加え、新たにICT人材が産み出されていくことにより実現するという道筋も重要であろう。この観点からは、後述するような人を活かすための改革が必要となってくる。 9 ウォーターフォール開発とアジャイル開発にはそれぞれメリット/デメリットがあり、高い品質と安定性が求められる大規模システムにおいては、引き続きアジャイル開発よりもウォーターフォール開発が適しているという見方がある。 10 例えば、経済産業省「IT人材需給に関する調査」(2019年4月)によれば、IT人材は2018年で22万人不足しており、2030年には45万人(中位シナリオ)の不足が見込まれるとしている。 11 IPA「IT人材白書2018」によれば、ネットサービス実施企業のIT人材(ネット系)の「質」に対する不足感として、39.3%が「大幅に不足している」、49.3%が「やや不足している」としている。 12 現在はAIの導入が進んでいるが、特定非営利活動法人ITスキル研究フォーラム(iSRF)「AI人材ワーキンググループ 2018年度活動報告書」では、「IT系ロールのスキルとAI系ロールのそれにはあまり関係がなく、距離がある」としている。 (https://www.isrf.jp/home/forum/working/ai/index.asp) 13 「デザイン思考」とは、芸術や建築といった分野のデザイナーがデザインを行う際と同様の考え方・手順をとることであり、具体的には、顧客の観察による共感、問題の定義、問題解決策の発想、試作、検証というプロセスを経るものとされる。