(1)技術は人間を「拡張」することで「できること」を強化 鉄道や自動車は、人々をより遠くへと行くことを可能にしたことで、人間の器官の一つである足を「拡張」したといえる。このように、これまで登場してきた技術は、人間のあらゆる能力を「拡張」させることにより、人々が「できること」を強化していったといえる。 ICTについても、身体・存在・感覚・認知の点で、人間の能力を更に「拡張」することが期待される(図表2-4-3-1)。 図表2-4-3-1 ICTによる人間の「拡張」の4つの方向性 (出典)暦本純一・味八木祟・石黒祥生(2018)「東京大学大学院情報学環ヒューマンオーグメンテーション学(ソニー寄付講座)活動記録I」を基に作成 これにより、人々の生活や働き方にも大きな変革をもたらすと考えられる。「拡張の世紀」の著者であるブレット・キング(2018)27も、「テクノロジーは、私たちの生活のあらゆる面を拡張する。健康状態をモニターするデバイスから商品やサービス購入の支払いの方法、余暇の過ごし方、移動の方法、アドバイスの見つけ方、交流の方法、仕事の仕方まで、「拡張時代」にはすべてが対象となる」と述べている。 他方、既にみたとおり、ICTは人間が「できること」を代替し、人々の雇用を奪うのではないかという議論がある。この点について、エリック・ブリニョルフソンほか(2018)28は、「テクノロジーはたしかに多くの仕事を奪ってきたが、しかし同時に、多くの仕事を生み出してきた」「人間には、創造的に考えること、正しい問いを発すること、ソーシャルスキルを備えること、チームで働くことができる。これらはマシンにはできない。セカンド・マシン・エイジには、何か新しいものを生み出したいという欲求がいっそう価値を持つようになるはずだ。テクノロジーはその実現を助けるだろう」と述べている。 過去の汎用技術の歴史を見ても、蒸気機関は鉄道を生み出したのみならず、郵便、新聞、銀行などそれまで存在しなかった新産業の登場につながった。そして、これら新産業で新たな雇用が生まれるとともに、産み出される新たなモノやサービスを利用することにより、人々の能力は「拡張」され、「できること」は強化されていった。現在の技術を基に、将来の新しい技術が経済・社会をどのように変えるのかを正しく見通すのは困難であるが、技術により新たなフロンティアが開拓され、人間の「拡張」が続いていくことは、デジタル経済の進化の過程においても当てはまると考えられる。 27 ブレット・キング(2018)『拡張の世紀』P.18〜19 28 アンドリュー・マカフィー、エリック・ブリニョルフソン(2018)『プラットフォームの経済学』P.15