(3)デジタル・トランスフォーメーションが注目される背景 コロナ禍において、企業におけるデジタル・トランスフォーメーションがあらためて注目されているのには、4つの要因が存在すると考えられる。 ア スマートフォン等の普及に伴う消費行動等の変化 1点目にスマートフォンに代表される高度なデジタルツールが普及し、生活インフラとして定着したことが挙げられる。そのことで、あらゆる業種・業態においてこれまでにない新しい製品やサービス、ビジネスモデルを展開する新規参入企業が登場している(X-Tech、シェアリング等)。消費者はこうした新たな製品・サービス等への接触を通じて、その行動や嗜好、価値観を絶えず変化させている。このような状況下で、企業は従来と同じビジネスを続けていたのでは競争力の低下を招くことから、変化するビジネス環境に適応できるような変革が求められている。 イ デジタル・ディスラプションの脅威 2点目に業界の勢力図を一変させるようなイノベーション企業(ディスラプター)の存在がある。どの業界でも世界的な競争にさらされており、先述の通り、従来の競争だけではなく、デジタル企業とのデジタル化競争も始まっている 18 。以前は、情報システムの構築や新技術の導入には、多額の投資と長い期間を要していたが、クラウドサービスの登場で、自ら情報システムを所有する必要がなくなったほか、AIやIoTといったデジタル技術が飛躍的に発展し、かつ、これら技術の低廉化・コモディティ化が進み利用が容易になっていること、さらにマーケティングや試作品の製作も、インターネット上のサービスを利用することで迅速かつ安価にできるようになるなど、デジタル技術の活用へのハードルが大きく下がっていることから、デジタルを実装した新興勢力が誕生し、既存勢力を脅かす環境が生まれやすくなっている。 ウ リアル空間を含めたデータの増大・ネットワーク化 3点目として、これまでデジタル技術はサイバー空間(インターネット)上のものと考えられることが多かったが、IoTやドイツにおけるインダストリー4.0が注目される中で、リアル空間におけるデジタル技術の利用が拡大してきたことが挙げられる。従前のデジタル変革では、ネット上のウェブデータをうまく集めた企業が競争優位に立つことができた。他方、日々の生活や仕事の中にはデジタル化されていない膨大な物的資産や、経験と勘によって培われた膨大なアナログプロセスが存在しており、これらリアル空間におけるデータを集める動きが様々な領域で活発になりつつある 19 。今後の企業の競争力の源泉は、デジタル(データ)による繋がり(ネットワーク化)であり、自社の製品・サービスに閉じることなく、他社・他業界・人・物とのネットワークの構築により「連携の経済性」 20 を生かして相乗効果を産み、新たな付加価値を創出していくことが求められる。 エ デジタル市場のグローバル化 デジタル技術の進化及び普及は、先進国のみならず途上国にまで波及しており、時間的制約及び物理的制約が大きく取り払われた結果、市場のグローバル化及び企業間競争のボーダレス化が進み、競争は激化の一途をたどっている。デジタルを活用したサービスは距離等の制約を超えて、全世界に迅速に展開されることから、国内のみならず海外も含めたデジタル企業が競争相手となる可能性がある。 また、途上国では、リープフロッグ現象により、固定通信網が発達していない環境でモバイルが急速に普及するなど、先進国における普及以上のスピードでデジタル技術の普及が進み、デジタル産業の育成も行われつつある。その上、先進国と比べて労働力が安価なことなどから、先進国企業と同等の商品・サービスをより低価格で提供できるなど、有利な競争条件が揃っている。 他方、我が国では少子高齢化の進展に伴い、国内市場の飽和感及び今後の成長に対する危機感が生まれている。また、生産年齢人口の減少など企業のビジネス環境がますます厳しくなる中、全世界のデジタル企業との競争に打ち勝つには抜本的な改革が求められる状況にある。 デジタル・トランスフォーメーションが注目されている要因を述べたが、実際に2010年以降のGoogleトレンド(検索数)やCiNii(論文数)における「デジタルトランスフォーメーション」の推移をみると、2016年頃から徐々に注目されはじめ、2019年頃からより一層注目されていることがわかる。また、日本と海外(米国及びドイツ)を比較すると、海外において先行して注目されたことがわかる 21 (図表1-2-2-5)。 図表1-2-2-5 デジタル・トランスフォーメーションが注目された時期 (出典)Googleトレンドより作成・(出典)CiNii、Google Scholarより作成 「図表1-2-2-5 デジタル・トランスフォーメーションが注目された時期」の また、前出のJUAS及び野村総合研究所が実施した調査では、2019年度の結果であるが、9割以上の企業が、新しいビジネスモデルの開拓や抜本的なビジネスモデルの変革が必要であると回答している(図表1-2-2-6)。 図表1-2-2-6 デジタル化の進展を踏まえたビジネスの方向性 (出典)JUAS・野村総合研究所(2020)を基に作成 なお、新型コロナウイルス感染症は全世界に拡大しており、様々な制約がある中で国民生活や経済活動を維持すべく全世界でデジタル化は加速しており、産業構造の変革やビジネス環境の変化もまた加速しているものと考えられ、今後のグローバル市場においては、デジタル化への対応の遅れは企業にとって競争における敗北を意味しかねない。コロナ禍で大きく変容するビジネス環境における企業の生き残り策として、あるいは国際競争力の回復やゲーム・チェンジへの期待を込めて、デジタル・トランスフォーメーションへの注目がますます高まっている。 18 斉藤(2020)によると、近年のディスラプターを俯瞰すると、大きく価値創造タイプと価格破壊タイプに分けることができ、それぞれのタイプを、@プラットフォームで需要と供給をつなぐプラットフォーム型、Aビジネスモデルで常識を超えた顧客体験を生むビジネスモデル型、B模倣しにくい独自の技術を強みにするテクノロジー型、の3つに分類することができる。 19 森川博之(2019)「データ・ドリブン・エコノミー デジタルがすべての企業・産業・社会を変革する」ダイヤモンド社 20 連携の経済性については、篠ア彰彦(2014)「インフォメーション・エコノミー」NTT出版を参照のこと。 21 塩谷・小野ア(2021)「日本における情報サービス業の変遷と今後の展望−時系列整理とDXへの取り組みを中心に」情報通信総合研究所, InfoCom Economic Study Discussion Paper Series, No. 17では日本経済新聞社の記事データベース「日経テレコン」でDXに関する記事数の推移を確認しており、2020年に記事数が大幅に増加したことが指摘されている。