(1)コロナ禍における行政のデジタル活用の成果と課題 政府や地方公共団体は、市民へ迅速な経済的支援を実施するため、また地域での感染状況やそのリスクの把握のため、デジタル技術を活用した様々な取組を行った。 こうした取組は、これまでの電子政府・電子自治体における基盤整備の成果、また新しい開発手法導入の象徴的なユースケースとして評価される面も多かった一方で、制度やルール、慣習等による制約や、調達及びプロジェクトマネジメントにおける課題等が顕在化することにもなった。 ア 給付金等の申請手続き (ア)特別定額給付金 特別定額給付金 1 について、マイナポータルを利用した申請を可能としたことで、これを利用した場合には、前回の定額給付金の交付時(2009年)に比して、申請の受付が開始されるまでの期間や、申請に要する時間は大幅に短縮された。一方で、申請だけでなく給付に至るまでの手続全体のデジタル化、マイナンバーの活用に係る制度的制約、マイナンバーカードの普及等の課題がある。また、デジタル対応が可能となっているにもかかわらず、実運用するための準備不足や、対面・書面を前提とした行政運営により、デジタルが活用されず、迅速な給付等に支障が出たケースもある。 (イ)雇用調整助成金 雇用調整助成金 2 等オンライン受付システムについては、運用開始当初は複数のシステム障害により運用停止していたが、必要な改修等の対応を行い、令和2年8月25日から運用を再開した。 イ 情報システムの開発・導入 (ア)医療機関及び保健所等の支援 新型コロナウイルス感染症に係る医療現場の状況をできる限り迅速に収集できるよう、厚生労働省と内閣官房は、全国約8,000の医療機関を対象とした情報収集システム(新型コロナウイルス感染症医療機関等情報支援システム(G-MIS))の構築・運用を2020年5月から開始し、新型コロナウイルス感染症対策を担う医療機関を中心に物資の不足状況や人員の求人状況、または承認された薬剤の投与状況や大規模な医療機関が新型コロナウイルス感染症以外の患者を受け入れる場合の対応状況等を把握した。 また、厚生労働省は、当初はファックスで行われていた医療機関から保健所への陽性者発生届の報告を電子化し、感染者情報を一元的に管理するシステム(新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS))を急遽構築し、2020年5月15日に試験稼働、同月29日から順次、全国の保健所で本稼働させた。HER-SYSはアジャイル型開発とDevOpsを適用することで、実質3週間という短い期間で開発を実現した 3 。 HER-SYSは、導入後に露見したセキュリティ面の機能不足や入力項目の多さに伴う煩雑さなどにより全自治体への展開が遅れ、2020年9月10日時点で保健所を設置する全155自治体で稼働した。導入の当初においては、システムの使いづらさによりデータの誤入力が相次いだことで、データの精度が確保できず、感染状況の把握への活用ができなかったが、同年11月に入力エラーをチェックする機能追加などによりデータの精度が向上したことで、今後はHER-SYSの入力データに基づくリアルタイムの感染状況把握が可能となる見通しである。 (イ)新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA」 スマートフォンのBluetoothを利用して新型コロナウイルス感染症の陽性者と接触した可能性について通知を受け取ることができる新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA(COVID-19 Contact Confirming Application)」は、厚生労働省と、内閣官房の新型コロナウイルス感染症対策テックチームとが連携し、民間の有志のエンジニア等によるオープンソースコミュニティ「COVID-19 Radar」の協力を得て、導入検討開始から約2か月という短期間で開発され、COCOAのソースコードもライセンス(MPL2.0)に基づいてGitHub上に公開されている(図表2-2-1-1)。2021年4月30日時点で、COCOAのダウンロード数は2,734万件、陽性登録件数は14,324件にのぼっている4。 図表2-2-1-1 接触確認アプリ「COCOA」(画面イメージ) (出典)内閣官房新型コロナウイルス感染症対策テックチーム「第3回接触確認アプリに関する有識者検討会合」厚生労働省提出資料 COCOAは、2020年9月28日のアップデート以降、Android版アプリに新型コロナウイルス陽性者と接触したユーザーへの通知が送られない不具合があったことが2021年2月3日に発表され 5 、その後発覚したiOS版アプリが初期化される不具合とともに、2021年4月16日に再発防止策等をとりまとめた報告書を公表した 6 。 Android版アプリの不具合については、GitHub上の不具合報告掲示板では、2020年11月時点で有志の開発者からの指摘を受けていた。厚生労働省の報告書においても、「不具合が発生したこと以上に、不具合が 4 か月にわたって見逃されたことがより大きな問題」であり、「不具合が見逃された原因は、一連の流れに係るテストの環境が早期に整備されず、また適切なテストが実施されなかったことであり、かつGitHubの指摘などを不具合の発見や改修に活かすことができなかったこと等であった」ことを指摘している。また、「厚生労働省職員にはアプリの開発や運用に関する知識や経験が乏しく、人員体制も十分とは言えない中で、発注者としてプロジェクト全体を適切に管理できていなかった。厚生労働省と事業者、事業者間での責任や役割分担が不明確であった面もあり、契約の在り方も影響している」ことも問題点として指摘している。 (ウ)ワクチン接種記録システム・デジタル証明書 新型コロナウイルスワクチンについて、我が国では、2021年2月より医療従事者等への接種が開始されている。高齢者については、一部の市区町村では2021年4月12日より、全国の市区町村では同年5月以降に接種が進められている。これらのワクチン接種情報を一元的に管理するためのシステムとして、ワクチン接種記録システム(VRS:Vaccination Record System)が開発されている。このVRSは、国が提供するクラウド上のシステムで、市区町村が登録した「接種者情報」(氏名、生年月日、マイナンバー等)と、ワクチン接種の際に、市区町村・医療機関がタブレットで接種券(クーポン)を読み取り、登録する「接種記録情報」(接種日、接種回数、ワクチンメーカー等)が記録されている。そのため、いつ・どこで・どのワクチンを接種したかがすぐに市区町村で確認でき、ワクチン接種に関する問い合わせにスムーズに対応できるなどのメリットがある。 また、2021年5月には、関係省庁を集め、新型コロナウイルスワクチンの接種証明書の発行に向けた検討を進めることが表明された 7 。この接種証明書(デジタル証明書)については、データをVRSと連動させる方針が示されている。 各国においても、ワクチン接種に伴い証明書が発行されるが、紙媒体では改ざんが容易であるため、接種記録をデジタル形式で記録し保管する方法(デジタル証明書)が注目されている。具体的には、デジタル証明書をスマートフォン等に保管し、海外渡航の際や、各種施設やイベント会場への入場にあたり利用するなど、利用者の移動制限を緩和するためのデジタル証明書の取組が各国で行われている(図表2-2-1-2)。 図表2-2-1-2 各国における新型コロナウイルスに関するデジタル証明書 (出典)総務省(2021)「ウィズコロナにおけるデジタル活用の実態と利用者意識の変化に関する調査研究」 EUでは新制度の設計にあたり、接種/非接種者の新たな差別に繋がらないよう十分な配慮が求められているように、デジタル証明書においても、データ利用における公共の福祉と個人の人権に対するバランスに留意する必要がある。 なお、日本においても、厚生労働省と経済産業省が運営する海外渡航者新型コロナウイルス検査センター(TeCOT)が、2021年4月9日に、検査証明書を発行するデジタル証明機能を有するスマートフォンアプリをリリースしている 8 (図表2-2-1-3)。 図表2-2-1-3 TeCOTモバイルアプリの機能概要 (出典)経済産業省・厚生労働省報道発表 このアプリにより、海外渡航者は、自分の端末で検査証明書を電子的に取得可能となり、検査証明書の受取だけのために医療機関を訪れることは不要となる。 ウ 行政職員のテレワーク (ア)中央省庁におけるテレワーク 中央省庁や地方公共団体では、コロナ禍以前からテレワークの導入が増加しており、このうち、中央省庁については、内閣官房IT総合戦略室及び内閣人事局調査 9 によると、本省職員総数に占めるテレワーク実施割合は、平成26年度は1.2%にとどまっていたが、令和元年度は47.4%まで増加していた(図表2-2-1-4)。 図表2-2-1-4 国家公務員テレワーク実績 (出典)内閣官房IT総合戦略室及び内閣人事局「国家公務員テレワーク実績等の結果」を基に総務省作成 このような中、新型コロナウイルス感染症の流行が発生したが、中央省庁は、大部屋での勤務であるケースが多く、仮に一人の陽性者が出た場合は、同室の全員が濃厚接触者として出勤停止になるリスクを抱えている。そのため、職員全員が影響を受けるリスクを軽減しつつ、業務を継続できるよう、時差出勤やテレワークを進め、チーム制の導入などを通じて、お互いの接触を極力避けることができるような取組が行われている。 2020年4月に緊急事態宣言が発出された際には、7割以上の出勤削減が求められたほか、2度目の緊急事態宣言が発出された2021年1月にも、緊急事態宣言を発令した1都3県で国家公務員の出勤の7割削減が各府省に要請された。しかし、中央省庁におけるテレワーク実施率は1府12省庁全体で6割程度であった 10 。この背景としては、テレワーク実施にあたり中央省庁固有の課題が多く残っていることがある。例えば、コロナ禍で急速に普及したウェブ会議に関しては、各府省庁において縦割りのLAN環境が構築されているため、府省庁間や民間企業・地方公共団体とのウェブ会議サービスの接続が困難になる、途中で接続が切れてしまうといったトラブルが生じ、円滑にウェブ会議を実施できない事態も生じている。 (イ)地方公共団体におけるテレワーク 地方公共団体については、総務省調査 11 によると、2020年10月時点で、都道府県及び政令指定都市ではテレワーク導入済み団体が95.5%(都道府県:100%、政令指定都市:85.0%)に達した一方で、市区町村は19.9%にとどまっている(図表2-2-1-5)。 図表2-2-1-5 地方公共団体におけるテレワークの取組状況の推移 12 (出典)総務省(2021)「デジタル・ガバメントの推進等に関する調査研究 同調査では、未導入の理由として「窓口業務や相談業務などがテレワークになじまない」、「情報セキュリティの確保に不安」、「個人情報やマイナンバーを取扱う業務は実施できない」などが挙げられている。 また、導入済み団体における実施方法をみると、6割以上の団体においてテレワーク用の貸出用端末を用いてテレワークを実施している。この方法では、うち8割が庁内LANへのアクセスも可能となっており、他の手法と比較して、テレワークで実施できる業務の幅が広いことがうかがえる(図表2-2-1-6)。 図表2-2-1-6 テレワーク導入済み団体における実施方法 (出典)総務省(2021)「デジタル・ガバメントの推進等に関する調査研究」 エ データ利活用 (ア)マクロ的な情報把握による対応検討 新型コロナウイルス感染症が拡大する中、携帯電話事業者・プラットフォーム事業者や公共交通機関の統計データを活用することで、全国の主要都市や駅周辺、繁華街、観光地等での人の流れをマクロ的に把握することが可能となった。これにより、政府のみならず、地方公共団体においても住民への外出自粛への協力要請の効果を把握し、必要に応じて更なる対応を検討するなどの措置を講ずることが可能となった(図表2-2-1-7)。 図表2-2-1-7 内閣官房 新型コロナウイルス感染症対策サイト (出典)内閣官房 新型コロナウイルス感染症対策サイト 一方で、公衆衛生の観点でユーザーの位置情報や行動履歴を利用することなどについて、データ利用における公共の福祉と個人の人権に対するバランスの問題などが改めて浮き彫りとなった。 (イ)オープンデータの利活用 政府や地方公共団体が提供するオープンデータを活用し、シビックテックや民間企業によって人々がアクセスしやすい形で新型コロナウイルス感染症に関連する情報を届ける取組が各所でみられた。例えば東京都は、新型コロナウイルスの陽性者数の推移や検査実施件数、コールセンターへの相談件数などをオープンデータとして発信するWebサイトを開発し、これをオープンソースとしてGitHub上で公開した。オープンソースとして公開することにより、各地のシビックテック団体や有志のエンジニア等により地域ごとの情報提供サイトが次々と立ち上げられた(図表2-2-1-8)。 図表2-2-1-8 東京都 新型コロナウイルス感染症対策サイト (出典)東京都 新型コロナウイルス感染症対策サイト 一方で、政府や地方公共団体が公表している情報が機械判読しにくい、又はデータの形式が揃っていないことが多いという課題も顕在化し、各団体が共通の様式かつ機械判読性が高いデータ形式で公開することを徹底していく必要性が浮き彫りとなった。 1 特別定額給付金とは、「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」(令和2年4月20日閣議決定)を踏まえ、感染拡大防止に留意しつつ、簡素な仕組みで迅速かつ的確に家計への支援を行うことを目的とし、給付対象者1人につき10万円を支給するもの。給付対象者は、基準日(令和2年4月27日)において、住民基本台帳に記録されている者。感染拡大防止の観点から、給付金の申請は郵送申請方式及びオンライン申請方式(マイナンバーカード所持者が利用可能)を基本とし、給付は、原則として申請者の本人名義の銀行口座への振込みにより行う。 2 雇用調整助成金とは、「新型コロナウイルス感染症の影響」により、「事業活動の縮小」を余儀なくされた場合に、従業員の雇用維持を図るために、「労使間の協定」に基づき、「雇用調整(休業)」を実施する事業主に対して、休業手当などの一部を助成するもの。(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/pageL07.html#abstract) 3 データ管理用クラウド基盤にはMicrosoft Azure、自治体や保健所との連携にはクラウドベースの認証サービスであるMicrosoft Azure AD、データ可視化を実現するためのBIツールにはMicrosoft Power BIと、マイクロソフトのクラウドサービスをフル活用する形で開発された。 4 厚生労働省「【接触確認アプリ】ダウンロード数・陽性登録件数 推移」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/cocoa_00138.html) 5 厚生労働省報道発表資料「Android版接触確認アプリの障害について」(厚生労働省、2021.2.3)(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_16532.html) 6 厚生労働省報道発表資料「接触確認アプリ「COCOA」の不具合の発生経緯の調査と再発防止の検討について(報告書)」(厚生労働省、2021.4.16)(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_18108.html) 7 日本経済新聞「政府、ワクチン証明書の発行検討 省庁横断で検討チーム」(2021.5.20)(https://www.nikkei.com/article/DGXZQODE206HS0Q1A520C2000000/) 8 経済産業省・厚生労働省報道発表(2021.4.6)「「海外渡航者新型コロナウイルス検査センター(TeCOT)」のデジタル証明が可能となります」 9 内閣官房IT総合戦略室及び内閣人事局「国家公務員テレワーク実績等の結果」 10 日本経済新聞「テレワーク、省庁は6割 緊急事態宣言下の1月政府調査」(2021.2.23) 11 総務省「地方公共団体におけるテレワークの取組状況について」 12 知事・市長部局を対象とした各地方公共団体におけるテレワークの導入状況。