(2)通信インフラの耐災害性に係る取組 東日本大震災では、地震や津波の影響により通信ビル内の設備や地下ケーブルや管路等の伝送路、架空ケーブルの損壊、基地局の倒壊や商用電源の途絶が長期化したことで蓄電池が枯渇し、通信設備に甚大な被害が発生した。その結果、固定通信は約190万回線、移動通信は約2万9千局、地上テレビ放送の中継局については120か所で停波する状況となった。加えて、被災地であった東北地方では地震直前と比較して音声通信のトラヒックが増大したため、通信規制が実施された。 このように、東日本大震災の際は携帯電話など通信機器が利用できないために、安否確認や周辺情報の収集を行う際に支障が発生した。そのため、多様な情報収集・連携手段を確保するために通信インフラの耐災害性向上に向けた取組が行われている。 本項目では通信事業者や放送事業者にて行われている取組について整理した。 ア 通信事業者の取組 (ア)ネットワークの信頼性向上(インフラ損壊対策) 通信事業者では一部設備が被災したとしてもネットワーク全体に対して影響を及ぼさないようにするため、中継伝送路を多ルート化することで一部設備が被災したとしても自動的にその他のルートへ切り替えることで通信を確保できるようにしている 51 。また、光ファイバなどの優先伝送路をとう道 52 へ収容するなどの対策を行っている。さらに、広域災害時に人口密集地の通信を確保するために通常の基地局とは別に大ゾーン基地局の設置している。 加えて24時間365日、全国の通信ネットワーク監視を行っており、有事の際に対応ができるように体制を整えている。しかし、ネットワーク監視を行っていても、障害検知部分などの故障に起因する障害が発生した場合は、通信装置が障害を認識できないために、故障したことを把握することができない「サイレント故障」という故障が存在する。そのため、NTTドコモでは従来のネットワーク監視のみでは状況把握が難しいサイレント故障に対して、トラフィックパターンをもとにAIによる検知を行うことで、監視精度を上げるための取組も行っている。 (イ)サービスの復旧 i 停電対策 各携帯電話事業者では、災害時の商用電源の途絶に備えてバッテリーの増設や発電機の設置により、停電したとしてもサービスを維持するための取り組みを行っている。また、電力会社から供給される商用電力だけでなく、基地局に設置した太陽光パネルによって発電された電力、蓄電池により充電された電力の計3つの電力を活用するトライブリッド基地局の配備に取り組んでいる 53 。加えて、通信ビルや無線基地局でバッテリーなどが停止した場合の電源確保のため、移動電源車・可搬型発電機の配備を進めている 54 。 さらに、スマートフォンが普及してきたことにより、災害時の備えとして携帯用バッテリーを準備している割合が増えていることから(図表3-2-2-13)、被災者向けの電源設備を確保することが求められている。そのため、携帯電話事業者等では避難所支援として、無料充電サービスの提供を行っている 55 。 図表3-2-2-13 災害時の備え (出典)NTTドコモ(2020)「モバイル社会白書Web版」2020年版 56 ii 代替設備による復旧 災害により基地局などに損壊が発生した場合や停電によって通信が途絶することがないように通信事業者では応急復旧措置として活用できる臨時基地局の開発・配備を進めている。これらは、道路状況など様々な被災状況に合わせて対応ができるように、車載型基地局や船舶型基地局、ドローン基地局等様々な形態のものが開発されている。特にドローン型基地局は半径約10キロメートルの範囲に電波を飛ばすことで最大2000人程度がアクセスでき、地上から電力ケーブルで給電することで24時間連続での飛行が可能となったことで、1週間程度の連続運用が見込めるまで取り組みが進められている。加えて、基地局としての機能だけでなく、携帯電話から発信される電波を補足して位置情報を推定する仕組みが備えられており、避難者の救助活動にも活用されることが期待されている。 (ウ)重要通信の確保(輻輳対策) 災害発生時には通常の数十倍にもおよぶ通信が集中することで、一時的にネットワーク設備の処理能力を超過してしまい、パフォーマンスが低下する輻輳が発生する。東日本大震災の時には、被災地であった東北地方では地震直前と比較して音声通信のトラヒックが約60倍となったため、約80%-90%の通信規制が実施された 57 。輻輳が発生すると、110番などの重要通信に対しても影響が生じる可能性がある。 そのため、キャリアでは輻輳を未然に防ぐために全国の通信状況を監視し、システムやエリアごとに通信量をコントロールしている。加えて、通信量に応じた音声通話とパケット通信を分離することで、災害用伝言板などは利用できるようにコントロールを行っている。 (エ)住民・地域支援サービスの提供 東日本大震災の際は輻輳などにより、固定電話や携帯電話が利用できない状況となった。そのため、大手通信事業者等は独自の取組として公衆無線LANサービスを提供したことで通信手段の確保に貢献した。一方で、公衆無線LANサービスの無料開放基準がないことや、住民が無線LANを利用する場合の操作の容易性等について指摘された 58 。 そのため、無線LANビジネス推進連絡会が2013年に発足され、当該組織は2014年に「大規模災害発生時における公衆無線LANの無料開放に関するガイドライン」を制定・発表した 59 。そして熊本地震にて、初めて災害用の統一SSID「00000JAPAN」が運用され、5000回以上のアクセスを記録する日もあり、情報収集や通信手段として貢献した(図表3-2-2-14)。 図表3-2-2-14 熊本地震におけるフリーWi-Fiへのアクセス状況 (出典)総務省「2020年に向け全国約3万箇所のWi-Fi整備を目指して」(2018) 60 加えて、通信事業者では災害用伝言ダイヤルや災害用伝言板等の被災地内の安否情報等を確認できるサービスを提供している 61 。 イ 放送事業者の取組 (ア)ネットワークの信頼性向上(インフラ損壊対策) 東日本大震災の経験を踏まえ、断線による停止事故への対策として、平成24年度以降、ケーブルテレビ事業者については幹線の2ルート化に取り組んでいる。 また、テレビやラジオだけでなく、インターネットにて同時配信を行うことでチャネルを多重化することで、テレビなどが視聴できない場面であっても情報収集できるように取組を行っている。例えば、ラジオのインターネット配信サービス「radiko」では全国のラジオ放送をネットで同時配信しており、スマートフォンやタブレットなどから聴取ができるようにしている 62 。 (イ)サービスの復旧(停電対策) 放送停止事故を未然に防ぐ又は事故の長時間化を防ぐため、放送設備(番組送出設備、中継回線設備、放送局の送信設備)に非常用電源を設置する等、停電対策に取り組んでいる。具体的には、非常用電源として自家用発電装置又は蓄電池装置を設置し切替え可能にする措置、大規模災害時における広域・長時間の停電対策として、移動式の電源設備を保守拠点、保守委託先等に配備する措置又は複数の事業者で共同配備する措置等を行っている。なお、東日本大震災後の平成23年6月に施行された改正放送法により、停電対策を含め設備の損壊又は故障の対策に関する技術基準への適合維持義務が課されている。 また、現在ケーブルテレビ事業者の伝送路として光ファイバと同軸ケーブルを併用する「HFC方式」が用いられているが、当該方式では伝送路上で電源供給を必要とするため、停電に弱いという課題がある。そのため、電源供給が不要であり停電に対して強い、光ケーブルによる伝送「FTTH方式」への切り替えに取り組んでいる。なお、2019年度末時点で契約数に占めるFTTH方式の割合は約43%となっている 63 。 (ウ)住民・地域支援サービスの提供 東日本大震災時には、総務省から東北におけるコミュニティ放送事業者に対して、被災者の生活支援や復旧のための放送実施の口頭要請を行った 64 。その後、民間企業やNPO法人によるコミュニティ放送局の開局数の増加に加え、自治体や地元メディアケーブルテレビなどとの連携を進めており、災害発生時に迅速に対応することを可能とする体制の構築に取り組んでいる(図表3-2-2-15)。 図表3-2-2-15 コミュニティ放送の役割と地域連携の取組 (出典)総務省「放送を巡る諸課題に関する検討会」(第2回配布資料)(2020) 65 また、東日本大震災や熊本地震の時には、臨時災害放送局(FM放送)の開設について、各総合通信局において「臨機の措置」により口頭で免許手続きを可能とした 66 。 総務省は各総合通信局等に臨時災害放送局用の送信機等を配備し、平時においては自治体が行う送信点調査や運用訓練に活用し、災害時においては自治体に対して貸与する取組を行っている。 51 日本電信電話株式会社「ネットワークの信頼性向上」(https://group.ntt/jp/disaster/3principles/nw.html)※2021.3.23閲覧時点 52 とう道とはケーブルを敷設する地下トンネルである。 53 「1.災害に備えた取組み:災害対策への取り組み」(KDDI株式会社)(https://www.au.com/mobile/anti-disaster/action/index01/)※2021.3.26閲覧時点 54 平成29年版情報通信白書によると、東日本大震災時は配備された移動電源車と可搬型発電機が約830台であったのに対して、熊本地震時は約2270台と約2.7倍となっていた。 55 例えば、NTTドコモは北海道胆振東部地震の際に153か所に対して充電サービスを提供した。(https://www.nttdocomo.co.jp/binary/pdf/corporate/csr/disaster/casestudy/casestudy_18.pdf) 56 「モバイル社会白書Web版」2020年版(NTTドコモモバイル社会研究所)(https://www.moba-ken.jp/whitepaper/20_chap4.html) 57 総務省(2011)「平成23年版情報通信白書」 58 無線LANビジネス推進連絡会「無線LANビジネス推進連絡会活動報告」(2013.11.26)(https://www.nic.ad.jp/ja/materials/iw/2013/proceedings/s3/s3-kobayashi.pdf) 59 「災害用統一SSID 00000JAPAN(ファイブゼロジャパン)について」(https://www.wlan-business.org/customer/introduction/feature)※2021.4.11閲覧時点 60 総務省「2020年に向け全国約3万箇所のWi-Fi整備を目指して」(2018.2)(https://www.soumu.go.jp/main_content/000556749.pdf) 61 NTTグループウェブサイト「災害対策」(https://group.ntt/jp/disaster/?link_id=pru14003)※2021.4.11閲覧時点 62 総務省 放送を巡る諸課題に関する検討会 災害時の放送の確保に関する検討分科会(第1回)配布資料「一般社団法人日本民間放送連盟提出資料」(2020.3.4)(https://www.soumu.go.jp/main_content/000673773.pdf) 63 総務省 インターネットトラヒック研究会(第4回)配布資料「一般社団法人日本ケーブルテレビ連盟提出資料」(2021.2.18)(https://www.soumu.go.jp/main_content/000733744.pdf) 64 総務省(2011)「平成23年版情報通信白書」 65 総務省「放送を巡る諸課題に関する検討会」(第2回配布資料)(2020.4.3)(https://www.soumu.go.jp/main_content/000680839.pdf) 66 総務省東北総合通信局「臨時災害放送局(FM放送)の開設手続き」(https://www.soumu.go.jp/soutsu/tohoku/saigai_portal/saigaifm.html)※2021.4.11閲覧時点