1 国際環境の変化に伴うリスクへの対応の現状 第1章第5節でみたとおり、近年、国際情勢の複雑化などが進展する中で、国民生活や経済活動の基盤となる基幹的なインフラやサプライチェーンの脆弱性などのリスクが認識されるようになった。その中で、ICTは、社会全体のデジタル化の進展に伴い、エネルギーと並んで他の産業を含むあらゆる社会経済活動を支える最も基幹的なインフラの1つとなっており、ICTインフラやICT関連機器・部品のサプライチェーンの強靱化、ICTサービスの安定的な提供の確保、通信ネットワークの強靱化などが重要な課題となっている。 近年、情報通信インフラを構成する通信機器とシステムの調達や保守・運用に関するサプライチェーンを介してマルウェアなどの不正なソフトウェアが混入したり、サプライチェーン上のセキュリティが脆弱な組織を介して侵害されたりする事態が発生している。また、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う世界的な半導体不足もあり、ICTネットワークの整備に遅延が生じるケースも生じている 1 。 地方でのデジタル実装など今後のデータ需要の高まりと相まって、データを蓄積・処理するデータセンターの重要性は今後一層増大すると考えられる。そのような中で、国外のデータセンターに過度に依存することは、データ漏洩やアクセス遮断のリスクを伴うこととなる。また、国内をみると、データセンターの立地状況は、6割程度が東京圏(東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県)に一極集中しており、今後もこの状況は継続されるものと想定される。東京圏が大震災などで被災した場合、全国規模で通信環境に多大な影響が生じる可能性があることも踏まえると、我が国の災害に対する通信ネットワークの強靱化などの観点から、データセンターの地方分散が求められる。 図表2-2-1-1 日本のデータセンターサービス市場規模(売上高)の推移及び予測 (出典)IDC Japan 2 また、国際通信の約99%が海底ケーブルを経由して行われている中で、今後も国際的なトラヒックの増加が見込まれるなど、海底ケーブルの重要性が増している。しかしながら、我が国の海底ケーブルのうち、国内海底ケーブルは、主に太平洋側に敷設され、日本海側が未整備(ミッシングリンク)となっている。また、海底ケーブルの終端である陸揚局の立地は房総半島に集中している(図表2-2-1-2)。トンガの火山噴火での海底ケーブルの切断による国際通信の途絶や東日本大震災の際の複数の海底ケーブルの切断などの事案にみられるように海底ケーブルの切断などのリスクが顕在化しているため、自然災害や人的なミス、意図的な損壊など様々なリスクを想定し、海底ケーブルを用いた通信の確保を図ることが必要である。 図表2-2-1-2 海底ケーブルの敷設状況 (出典)TeleGeography「Submarine Cable Map」 3 さらに、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が運用している大規模サイバー攻撃観測網(NICTER)の観測結果 4 によると、インターネットにおけるサイバー攻撃関連活動の活発さを表す「1IPアドレスあたりの年間総観測パケット数」は、2021年において約175万パケットであり、2012年以降続いていた増加傾向が減少(約6%減)に転じたが、2019年と比較すると約1.4倍の値であり、依然多くのサイバー攻撃関連パケットが観測されている状況が続いている。また、我が国のサイバーセキュリティ製品・サービスは、海外製品や海外由来の情報に大きく依存しているため、実データを用いた研究開発ができず、国産のセキュリティ技術が作れず、国内のサイバー攻撃情報などの収集・分析などができないというデータ負けのスパイラルに陥っている 5 。 また、近年、我が国でもクラウドサービスの進展が著しいが(図表2-2-1-3)、米国などの海外企業が我が国のクラウドサービス市場を席巻しており、過度な海外依存を懸念する声もある。 図表2-2-1-3 日本のパブリッククラウドサービス市場規模(売上高)の推移及び予測 (出典)IDC Japan 6 このような中で、2022年5月、重要物資の安定的な供給の確保、基幹インフラ役務の安定的な提供の確保、先端的な重要技術の開発支援及び特許出願の非公開を4つの柱とする経済安全保障推進法(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律)が成立し、段階的に施行されることになっている。 総務省では、オール光ネットワーク技術 7 やNTN(Non-Terrestrial Network:非地上系ネットワーク)、セキュアな仮想化・統合ネットワーク技術など、我が国に強みがあり、世界をリードできる先端的な技術開発について、戦略的な不可欠性を獲得し、国際的なポジションを強化していくべく、国の集中投資による研究開発の加速化を図るための新たな技術戦略を策定したところである 8 。 また、戦略基盤産業としての役割が増す情報通信産業の戦略的自律性の確保と戦略的不可欠性の獲得を目指すべく、ゲームチェンジャーとなり得る新技術の開発導入、顧客・市場を起点にした事業展開プロセス、「ものづくり」の技術とデジタル基盤の融合によるソリューションの実装などの取組の方向性や、重点的に取り組むべき8つの領域などを取りまとめた総合戦略を策定したところである 9 。 1 楽天モバイルでは、当初、総務省に提出し、認定を受けていた基地局の開設計画の「2026年3月末までに人口カバー率96%」という目標を約5年前倒しし、「2021年夏まで」としていたが、半導体不足のため4G基地局の整備に遅れが生じ、当該目標の達成は2022年2月となった。 2 https://www.idc.com/getdoc.jsp?containerId=prJPJ48272821 3 https://www.submarinecablemap.com/ 4 NICT(2022)「NICTER観測レポート2021」https://www.nict.go.jp/press/2022/02/10-1.html 5 総務省 サイバーセキュリティタスクフォース(2021)「ICTサイバーセキュリティ総合対策2021」 https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/02cyber01_04000001_00192.html 6 https://www.idc.com/getdoc.jsp?containerId=prJPJ48986422 7 NTTの掲げる「IOWN構想」の主要技術分野の1つ。 8 詳細は第4章第7節を参照。 9 詳細は第4章第1節を参照。