政策フォーカス グローバルな経済安全保障の確保に向けて [1] 経済安全保障とは 経済安全保障とは、『国家安全保障戦略(2022年12月閣議決定)』において、「我が国の平和と安全、そして経済的な繁栄などの国益を経済的な措置を通じて確保すること」であるとされている。日本政府は、「経済的手段を通じた様々な脅威が存在することを考慮に入れ、我が国の自律性の向上、技術等に関する我が国の優位性、不可欠性の確保等に向けた必要な経済政策」を推進することを目指しており、国際的な文脈では、同志国との連携を図りつつ、民間と協力し、自由で公正で公平なルールに基づく国際経済秩序の維持・強化、国際社会が共存共栄するためのグローバルな取組の推進とともに、重要な物資の安定供給の確保などによるサプライチェーンの強化に取り組むことが求められている。 経済安全保障の重要性が増している背景には、グローバル化の進展と、それに伴う国際的な競争激化がある。例えば、複雑化する国際的な経済環境の中で、国と国との間の経済的依存関係を政治的な目的のために利用する「経済的威圧」の事例が増加している。このような威圧に対応するためには、同志国と連携し、自国経済の自律性を高め、我が国技術の不可欠性を向上させることが必要である。具体的には、供給源の多様化等によるサプライチェーンの強靱化や重要物資・役務の安定供給に取り組む必要がある。 日本政府は、経協インフラ戦略会議のもと、日本企業のインフラシステムの海外展開を推進しているが、この中でも経済安全保障と日本の経済成長の実現の必要性が強調されている。2024年12月には、我が国の海外展開戦略を5年ぶりに抜本的に改定する形で「インフラシステム輸出海外展開戦略2030」(以下「インフラ戦略2030」という。)が策定された(図表1)。 インフラ戦略2030では次の3つの柱が掲げられている。 @「相手国との共創を通じた我が国の『稼ぐ力』の向上と国際競争力強化」 A「経済安全保障等の新たな社会的要請への迅速な対応と国益の確保」 B「GX・DX等の社会変革をチャンスとして取り込む機動的対応」 これらの柱に基づき、日本政府は、国内外の経済的自律性を確保し、我が国製品・システムの不可欠性を確保するための包括的な政策を実行している。 図表1 インフラシステム海外展開戦略2030の概要 (出典)インフラシステム海外展開戦略2030(経協インフラ戦略会議決定(令和6年12月)) 1 [2] デジタル分野における経済安全保障の重要性 デジタル分野は、現代の経済活動において基盤的な役割を果たしている。特にデジタルインフラは、国民生活・産業活動が依存する重要なインフラの1つであることから、この分野の経済安全保障を確保することは、国の競争力を維持する上で不可欠である。しかし、我が国は、人口減少や市場環境の変化により、国内通信事業者による開発投資の減少、外国ベンダーへの依存度の増加等、デジタルインフラの安全性・透明性・開放性への懸念といった課題に直面している。 日本のデジタルインフラを支える通信業界は、かつては旺盛な国内需要を背景に発展し、国際競争力を高めてきた。現在では、人口減少による市場縮小やグローバルベンダーの台頭により、従来のモデルでは競争力を維持できない状況にある。生成AIの急速な発展に代表されるAI需要の爆発的増加、及び旺盛なAI需要を支える安全で信頼性の高いデジタルインフラ構築という特需が、我が国のみならず世界的に発生している今、日本企業がこのような需要を取り込んで成長するとともに、国際競争力を向上させることにより、外国ベンダーへの過度な依存を軽減させ、経済安全保障上の懸念を払拭する必要がある。 [3] 重点分野における具体的な取組 (1) 5G/オープンRAN 5Gネットワークは、国民生活や経済活動を支える重要なデジタルインフラであり、その安全性と持続可能性は経済安全保障にも直結する課題である。しかし、現状では、日本企業は5G基地局市場においてわずか2%程度のシェアしか持たず、市場を支配しているのは外国企業である(図表2)。この状況は、我が国が経済的威圧に直面するリスクやサプライチェーンリスクを高めている。 図表2 世界のマクロセル基地局市場のシェア(2024年・出荷額) (出典)Omdia そこで、我が国を含む米英豪印加等の同志国においては、5G基地局市場におけるベンダーの多様化を推進するために、多様なサプライヤーの参画を促し、サプライチェーンの強靱化やセキュリティ面を含むイノベーションの創出、基地局市場の競争の促進等を可能とするとともに、ネットワークの透明性を確保するための技術として注目される「オープンRAN」を推進してきたところである(図表3)。総務省では、オープンRAN のメリットについて国際的な理解を醸成し、具体的なプロジェクトを形成すべく、デジタル海外展開支援事業による実証事業や事業活動等の支援を実施している。 図表3 オープンRAN概要 具体的には、第三国展開等における米国等同志国との連携については、日米比首脳会談において合意されたフィリピンのマニラにおけるオープンRANに関するフィールドトライアルの実施、アジアオープンRANアカデミーへの支援のような同志国間での具体的な協力プロジェクトの形成に向けた連携の推進や、国際オープンRANシンポジウムなどの同志国主催による国際イベントへの参加・主催といった取組を実施していく。 (2) 海底ケーブル 世界の海底ケーブル市場については、5G基地局市場と異なり、2011年から2024年までの敷設ケーブル距離の累計シェアでは、米国のサブコムが約31%、フランスのアルカテル・サブマリン・ネットワークス(以下「アルカテル」という。)が約40%、我が国のNECが約21%と、先進国のベンダーで92%の受注を占める3社寡占となっているが、中国のHMNテックも8%と途上国を中心に急速にシェアを拡大している現状にある(図表4)。 図表4 2011年〜2024年までの敷設ケーブル距離の累計に占める各サプライヤーの割合 (出典)TeleGeographyを基に作成 海底ケーブル市場は、新規建設の発注が安定しないため、安定的な受注を受けることが難しく、近年の資材・人件費高騰の影響もあり、寡占市場であっても、事業リスクが高い現状にある。このような状況下で、日本企業の国際競争力をいかに確保するかが課題となっている。 米国のサブコムは、防衛請負業者や国家安全保障資産に投資している米国投資ファンドのサーベラス・キャピタル・マネジメントに買収され、2018年に経営体制が刷新された。2020年代から、Googleを主要顧客とし事業再生に成功している。例えば、2019年以降のGoogleが発注した上位10個の海底ケーブルに関するプロジェクトのうち、6つはサブコムが受注している。 フランスのアルカテルについては、フィンランドのノキアの100%子会社であったが、2024年6月にフランス政府への売却が発表され、国有化によって、経営の安定化を志向している。 このような状況下で、我が国企業のみ自助努力で収益率の改善を図るべきとすることが適当なのか、不採算部門だと判断した場合に撤退することを国として許容できないとした場合事業継続性をいかにして確保するか等が課題となる。他国の事例も参考にしつつ、我が国企業についても、ハイパースケーラーなどの安定顧客との強力な提携関係を構築するとともに、ケーブルの生産・敷設・保守能力の強化を図ることが必要であり、総務省としてもその支援策を検討していく。 1 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keikyou/dai58/siryou1.pdf