海外滞在中の療養に対する国民健康保険の適用(概要)

《行政苦情救済推進会議の検討結果を踏まえたあっせん》

あっせん日:平成11年11月17日
あっせん先:厚生省

 



 総務庁行政監察局は、下記の行政相談を受け、行政苦情救済推進会議(座長:茂串俊)に諮り、その意見(別添要旨参照)を踏まえて、平成11年11月17日、厚生省に対し、改善を図るようあっせん
 
 行政相談の申出要旨は、「私(64歳)は、32年間勤務した貿易会社を退職し、平成9年から自ら貿易業を営んでおり、東南アジアを中心に海外出張の機会が多い。私は以前から腎臓病のため人工透析治療を受けており、貿易会社に勤務していたときには、健康保険により海外滞在中の療養について保険適用が認められてきたが、退職後加入した国民健康保険では、海外滞在中の療養について保険適用が認められず全額自己負担となってしまい経済的にも大変である。また、私が70歳になり、老人保健法の対象になれば、海外での療養について医療費の給付が受けられるとのことである。我が国の出国者は年間約1,600万人にも及び、その中には国民健康保険の被保険者である自営業者等も多数含まれていると考えられる中で、国民健康保険だけが海外滞在中の療養について保険適用が認められていないのは納得できず、これを認めてほしい。」というもの
 
 当庁のあっせん内容は、以下の理由から、日本国外にあるときには療養の給付等を受けられないこととしている国民健康保険法(昭和33年法律第192号)の規定(第59条第1号)の見直しについて検討を求めるもの
 
  1.  国民皆保険制度により国民全員が何らかの医療保険に加入する仕組みが確立している中で、健康保険等においては、海外勤務における療養に限らず、私的な海外旅行での療養についても保険適用が認められているが、国民健康保険だけが海外滞在中の療養について保険適用が一切認められていないなど、国民健康保険加入者への保険サービス水準の点で医療保険制度間の公平を欠いているものと考えられること
  2.  申出人のような腎臓疾患等慢性的な疾病の治療は、民間の海外旅行保険(任意)でも対象とされておらず、これらの疾病をもつ国民健康保険加入者にとって海外での療養に要する費用がかなりの負担となっており、その軽減を図る必要があると考えられること


資 料


1 医療保険制度の概要
 (1)  医療保険の種類
   医療保険には、1.健康保険(民間会社の勤労者が加入)、2.船員保険(船員として船舶所有者に使用される者が加入)、3.各種共済(国家公務員、地方公務員等、私立学校教職員が加入)及び4.国民健康保険(自営業者等が加入)がある。また、国民の老後における健康の保持と適切な医療の確保を図るため、各医療保険に加入している70歳以上の者及び65歳以上70歳未満の寝たきり等の状態にある者を対象とする老人保健制度がある。
 このうち、国民健康保険は、市町村(特別区を含む。)又は国民健康保険組合(注)により運営されており、被保険者として自営業者、農業従事者、無職者、退職により被用者保険の被保険者資格を失った者のほか、昭和61年からは日本国内に居住する外国人も対象とされている。また、保険者(市町村等)は、共同して都道府県ごとに国民健康保険団体連合会を設立し、診療報酬の支払のための審査を委託している。
 
  (注)  当該組合の地区内に住所を有する同種の事業又は業務に従事する300人以上の者で組織されたものであり、市町村が行う国民健康保険事業に支障を及ぼさない場合に限って設立が認められる(平成10年3月末現在全国で166組合)。
 (2)  海外滞在中の療養に対する保険適用の取扱い
 
 国民健康保険での取扱い
   国民健康保険では、被保険者が日本国外にあるときには、療養の給付等を行わないとされている(国民健康保険法第59条第1号)。
  (注)  被保険者が国外にある期間に係る国民健康保険料(税)については、各保険者の判断に基づき、条例の定めるところにより、減免措置が講じられているところである(減免市町村数は不明)。
国民健康保険法(昭和33年法律第192号)(抜粋)
59 条 被保険者又は被保険者であった者が、次の各号のいずれかに該当する場合には、その期間に係る療養の給付又は入院時食事療養費、特定療養費、訪問看護療養費、特別療養費若しくは移送費の支給は、行わない。
1 日本国外にあるとき。

   
 国民健康保険以外の保険等での取扱い
   健康保険、船員保険、各種共済及び老人保健制度では、それぞれの根拠法律において、1.保険者が療養の給付等をすることが困難な場合、2.被保険者が保険医療機関等以外の病院等で診療等を受ける場合で保険者がやむを得ないと認める場合等において療養の給付等に代えて療養費等を支給することができるとされていることから、これを根拠に、海外滞在中の療養についても保険適用等をしている。
  海外療養に対する保険適用等
   
保険名
項目
海外療養の保険
適用等開始時期
根拠条文(法制定年)
健康保険
昭56
健康保険法第44条の2    (大11)
船員保険
昭56
船員保険法第29条の2    (昭14)
共 済 国家公務員
昭34
国家公務員共済組合法第56条 (昭33)
地方公務員等
昭37
地方公務員等共済組合法第58条(昭37)
私学教職員
昭29
私立学校教職員共済法第25条 (昭28)
老人保健制度
昭57
老人保健法第32条      (昭57)

 

(注)所管省庁からの聞き取り調査による。

 
【健康保険における海外療養費制度】
       海外において病気やけがで医師にかかった場合は、被保険者等がいったん診療費全額を支払い、後日、健康保険に請求する仕組みとなっており、その手続等は次のとおりである。
 なお、国民健康保険を除く他の保険等においても同様の手続となっている。
   
i)
 療養費支給申請のときは、診療内容が明らかな領収明細書が必要
ii)
 領収明細書が外国語で書かれている場合は、日本語の翻訳文と翻訳者の住所・氏名を明記することが必要
iii)
 保険者は、我が国の保険医にかかった場合を標準として審査し、実際に支払った額が大きいときはその標準額、小さいときは実費額から被保険者等の一部負担金を控除して払い戻す
iv)
 健康保険での支給算定に当たっての邦貨換算率は、その支給を決定する日の外国為替換算率(売レート)を使用
     
    【健康保険(政管)における海外療養費の支給実績】
   
・平成8年  3,550件 約1億 9,000万円
・平成9年  3,438件 約2億円
    海外医療費の請求と支払
     

2 厚生省の意見
  【保険局国民健康保険課】
  (1)  被用者保険である健康保険制度においては、海外において勤務する形態が増えてきたことに伴い、昭和56年に海外療養費制度が導入されたところである。
  (2)  一方、国民健康保険制度においては、
   
1.  被保険者である自営業者、農業従事者等は、海外で勤務することが想定されにくいこと。
2.  地域保険としての性格上、海外で勤務することとなる場合、国民健康保険の被保険者ではなくなること、
3.  各保険者の財政状況は非常に厳しいことから、国民健康保険料(税)の上昇をもたらすような制度改正については、関係者の十分な合意を得る必要があること
から、現在のところ、海外療養費制度を設けていない。
  (3)

 今後は、市町村における財政面、業務実施面の影響を考慮し、地方団体の意見を含め、制度に関する諸状況の推移を見守りつつ、この問題に関する対応を検討していくこととしたい。

(参 考)

○ 医療保険制度等の加入状況(平成10年3月末現在)

制  度  名
保  険  者
  加入者数 千人  
本人
家族
健 康 保 険
一般被用者
政 管
  37,975  
19,959
18,016
組 合
健康保険組合
 

33,085

 
15,810
17,275
日雇特例被保険者
 

    65

 
42
23
船員保険
 

   278

 
100
178
各種共済
国家公務員 24共済組合
 

10,217

 
4,565
5,652
地方公務員等 54共済組合
私学教職員  1共済組合
国民健康保険
農業者
自営業者
市町村 3,249
44,336
市町村  39,814
国保組合  4,522
国保組合  166
被用者保険の被保険者であった退職者 市町村 3,249
 
老人保健制度
〔実施主体〕
  市町村
13,333
被用者保険  3,531
国民健康保険  9,802

○ 日本人の出国状況(単位:万人)(法務省の出入国者統計より)

○ 国民健康保険制度の財政状況

区     分
平成7年度
8年度
9年度(見込み)
収入
5兆7,708億円 6兆  486億円 6兆2,173億円
支出
5兆8,798億円 6兆1,640億円 6兆2,465億円
(うち老健拠出金)
1兆7,743億円 1兆9,260億円 1兆9,959億円
経常収支差
▲1,090億円
▲1,154億円
▲292億円
赤字保険者(割合)
2,157(66.4%)
2,117(65.2%)
1,543(47.5%)

○ 海外旅行傷害保険(平成9年度における保険会社の実績)

 (契約)     (支払)  
  ・件数   679万件      
  ・被保険者数 1,662万人   ・被害者数 32万人
  ・保険料 656億6,147万円   ・保険金 259億6,875万円
(注)損害保険料率算定会のホームページから抜粋

参 考

行政苦情救済推進会議における意見要旨

 健康保険等で海外滞在中の療養を認めた背景の一つに、被保険者が自分の意思ではなく上司の命令で海外に派遣されるということがあったのではないかと思われる。地域保険である国民健康保険の被保険者はこのような状況にはないとしても、健康保険等においては私費での海外旅行中の療養についても認めており、ましてや老人保健でも認めていることから考えて、国民健康保険が地域保険ということだけで保険適用できないというのは理屈にならない。
   
 申出人のように治療を受けていれば仕事ができるという人は多いが、任意加入の民間の海外旅行保険では、慢性的な病気の治療は対象とならない。このような人であっても海外で働きやすいよう、国民健康保険でも海外滞在中の療養について保険適用を認めるべきである。