政策評価フォーラムの概要

(広島会場)


  日時  平成17年12月7日(水)13時00分〜15時30分
  会場  リーガロイヤルホテル広島
  主催  総務省

政策評価フォーラム写真


13時00分 開会 (司会:小西 敦 総務省行政評価局政策評価官室調査官

13時00分〜13時05分 主催者挨拶  
   鎌田 英幸  総務省中国四国管区行政評価局長


13時05分〜13時25分 基調講演  
   「評価新時代に向けた今後の政策評価の在り方」
   丹羽 宇一郎 伊藤忠商事株式会社取締役会長
    政策評価・独立行政法人評価委員会委員長

【ポイント】
 戦後60年、戦後型の行政システムは、制度疲労を起こしている。これに、新しい社会の風を吹き込んで、21世紀型の行政システムへ転換しようというのが今回の大きな狙い。
 戦後型行政システムの問題点の1つ目は、個別事業の利害あるいは制約に拘束された政策評価部門の硬直性。しがらみとか人間関係に拘束されたような形で議論が行われてきた。2つ目は、利用者の利便を軽視した非効率な実施部門。国民の使いやすさを考えていない。3つ目は、各省庁縦割り体制による全体調整機能の不全現象。縦割り行政の弊害である。4つ目は、不透明で閉鎖的な政策決定過程。決定プロセスが国民に説明されていない。
 この問題点の克服には、公平、公正な評価制度が必要。また、情報公開と国民への説明責任が非常に大事。21世紀型の行政システム確立の大きな柱として政策評価制度が導入された。
 この行政システムの主要な目的は何か。国民に対する説明責任をきちっと果たす。小さな政府、効率的な行政にする。成果を重視する方向へ持っていく。この3つである。
 21世紀型の行政システムは、国民の立場に立った国民のための行政を実行していくことにある。従来の行政は、法律制定や予算の獲得に重点が置かれ、その効果をチェックする、社会情勢の変化に合わせ政策を見直すことが行われてない。これからは実施段階で、不断の見直し・改善が加えられることが非常に重要。そのためには事前、事後に的確な客観的な評価を行い、政策の企画立案の作成に反映されるような仕組みを作っていくということが非常に大事。
 この制度ができて3年半、毎年1万件に上る政策評価が実施されてきた。
 これからの課題のまず1つ目は、政策評価の質の向上。各府省の方針・目標の明確化。政策の効果も、極力数値化すること。事前評価の拡充。2つ目は、評価結果の公表に止まらず、データや評価の仕方などの情報も開示していくこと。3つ目は、国民的な議論をさらに展開をする必要がある。政策評価制度は、まだ国民の皆さんには十分御理解をいただいてない。そこで、昨年から、このようなフォーラムを開催。
 現在、各府省に評価委員会があり、その評価が総務省の事務局で2次評価され、この評価委員会に上げられる。いわば身内で評価しているという疑問がある。
 そこで、我々はこれから、質においても独立性を持ったような評価の仕組みを考えていく必要がある。本格的にやろうとすると、新しい独立のエージェンシーが必要だが、費用と効果の関係から今の財政状況の中でいかがかとの議論があり、そこも考えて、問題点を整理する必要がある。
 最後に、一番大事なことは、行政と国民の対話を促進する重要な手段として政策評価制度をぜひ活用していく必要がある。広島は民間の方の参加が一番多く、行政に対する関心が高い。行政に対して厳しい目を向けていただき、国民の声を反映させる行政の実行を政策評価制度のもとで促していくことが、我々の大きな仕事。

13時25分〜13時45分 講演 1  
   「政策評価制度の新展開 規制影響分析の導入」
   新村 保子 評論家
    政策評価・独立行政法人評価委員会 政策評価分科会長代理

→ 資料参照
 日本経済で規制緩和が大きな課題となってきて、1994年には、規制を新たにつくる場合に審査をするという仕組みができた。しかし、これが実際には余り機能していない。その後、2002年の政策評価法により、評価手法が確立したら規制も政策評価することとされた。
 規制は非常に大きな政策手段で、国民にいろいろな意味で多大な負担、影響を与えるものであり、規制政策も政策評価の対象であるべきというのが評価法の精神。そうすると、規制影響評価においても、その目的とか評価基準は、一般の政策評価と同じで、効率的で質の高い行政、成果重視の行政のための規制政策評価、国民への説明責任を果たすものでなくてはいけない。評価基準についても、規制をするために国民が払う費用が、その便益、規制によって達成される目的を正当化できるか、費用便益分析が必要。
 政策としての規制は、さまざまな特殊性がある。まず第1に、制度というのは、一度決まると、変えようというニーズが出てこない限りはそのまま続く。社会の枠組みの一つになる。2番目に、規制は、便益も費用も通常は金銭で計測できない。3番目に、国民の権利制限・民間活動の制限という大きな負担をもたらす可能性がある。4番目に、影響する範囲が非常に広い。安全基準を変えると国民全部に影響が及ぶ。
 この規制影響分析につき、導入済5か国の制度を検討した結果、幾つか分かったことがある。まず、目的として、客観性、透明性ある政策決定のための事前分析ツールであること。2番目に、国民、事業者への説明責任を果たすためのツール。これが最大公約数的な規制影響分析の目的であり、政策評価全体の目標とも大きく変わらない。
 イギリスでは内閣府の規制影響評価室、アメリカでは行政管理予算庁がこの評価制度を所管し、詳細なガイドラインを作っている。個別の評価事例を見ると、実務上、可能な範囲で分析が実施されている。ガイドラインでは費用や便益を規制の場合にも極力金銭価値化するとあるが、事例を見ると、必ずしもそうはできない。費用については、行政費用、業界がその規制を遵守するための費用、社会全体が負うべき費用などを可能な範囲で金銭価値化している。規制案を考えるかなり初めの段階から評価した結果を公開している。この規制をすることのメリットや費用についての規制分析を規制制定過程の早期にブラッシュアップしていく。
 制度をみた感想として、イギリスでは、政策評価分析がコミュニケーションのツールになって、政策を決定するプロセスで、各利害関係者が同じ基盤で議論をする土台になっている。情報を小出しにして望ましい方向に政策をリードするやり方と、カードを晒して議論するやり方の差は大きい。
 政策評価制度は日本の政治、行政、文化の文化大革命をもたらすものと思っており、制度が導入され霞ヶ関は変わったが、すべての情報を公開し国民も巻き込んだ議論をして政策決定をするまでには至っていない。共通の土俵は、みんなが納得するロジックや数値があるということ。そのために、分析をきちっとやって、それを全部公開して、国民が納得して新しい規制を受け入れるというような仕組みが、21世紀型の政策決定過程。

13時45分〜14時05分 講演  
   「政策評価制度の現状と課題 英国との比較を通じて」
   谷藤 悦史 早稲田大学政治経済学部教授
    政策評価・独立行政法人評価委員会 政策評価分科会臨時委員

→ 資料参照
 イギリスを取り上げる理由の1つは、日本の評価制度の発展がイギリスのそれと大変似ていること。日本の制度的発展を位置づけし、確認したい。第2は、英国の政策評価制度は何もすぐれた制度ではなく、多くの問題点や課題を抱えている。それらを抽出することにより、日本の評価制度が、イギリスと同様の問題に陥らないよう、日本の新しい政策評価制度を考えるためです。
 イギリスの政策評価制度導入の出発点は、戦後の政策目標であった福祉国家が大きく行き詰まったから。1970年代に至り、福祉国家の制度的仕組みが、大きな成果を上げることができなくなった。
80年代の初頭、政治や行政の実績をどう上げていくかという問題に直面した。そこで行われたイギリスの改革が、民間のノウハウを政府の管理に導入していこうということ。
次に、80年代後半からダウンサイズングモデルの実施。政府の組織を小さくすること。政策の形成部門と実施部門を分け、政策の実施や行政サービスの部門は、エージェンシー化、民間や独立行政法人に全部移していくことが試みられた。しかし、それは、確かに効率的だが、本当に人々の満足に繋がったのか、有効なもの、実効性のあるものとして人々から評価されたのかという問題に直面した。
 そこで90年代初頭に追求されたのが卓越性、エクセレンシーモデルの追及であった。行政の内容が高い有効性、実効性を持っていることをきちっと評価する。行政をやる前に、効率性や経済性を考えてやる。同時にそれが人々の生活の改善に、あるいは人々の満足に繋がったのかをきちっと測っていく。つまり、政策の事前評価と事後評価の発想。それが体系的な政策評価の導入に繋がった。経済性、効率性、実効性の視点から、目標を設定し、実施し、その成果を測るという目標管理プロセスの体系化、政策評価制度が目標管理の重要な手段となった。日本と大きく違うところは、トライ・アンド・エラーで実行し、失敗したら修正していくという発想である。
 その後、イギリスで新たな問題が出てきた。評価のための評価という形式主義。文書が拡大し、その維持管理コストが増加するという問題が起きた。膨大な文書に基づき上級庁が下級庁を管理する。80年代から90年代初頭、集権化と権威主義的な行政がもたらされ、成果が求められた結果、公務員の士気の低下に繋がるという問題も出てきた。
 次に、政策開発力が低下するという問題も出てきた。ダウンサイズングが行われ、たくさんの公務員が減らされた。そうすると、現場を知らない公務員が政策を形成して、政策を評価することになった。人々の期待と政策とのずれをどうやって埋めるかということが問題になってきた。
 3つ目は、民主主義の赤字という問題。例えば道路公団を初め、いろんなことが外部に出され、民営化されると、そこの長官のほとんどが任命職になる。政策を評価し、十分な成果を上げてないと長官はやめさせられる。しかし、政策評価があまり明示的でなく、政治的責任や行政の責任が人々の前に公開されない。それは、国民に対する説明責任の低下にも繋がる。
 90年代後期にブレア労働党政権の中で新たな改革を施行する。小さな政府は、引き続き実施するが、現場主義をもう少し徹底する形で分権の仕組みを作っていく。市町村合併が行われているように、イギリスにおいても、それを受け入れるための基礎自治体改革をする。現場を知った人によって、現場に対応した政策を構築し、現場で実施して、それを評価して、もう一度新しい政策を再形成していく。それによって市民参加を拡充するやり方である。
 中央政府においても政策評価を改革していく。上級官庁の指揮統制が強くなると、下級・中級の公務員の士気が低下する。そこで出されたのは連結政府(ジョイン・アップ)の形成。政府の各省庁や独立行政機関が、民間企業、ボランティア、NPOなどと連携、協調して、行政を実施するという考え方。さらに、公共サービス生産性パネルという委員会を作り、公共サービスが本当に新しい資源開発に繋がったか外部評価も実施される。
 2000年に入って、中・長期的目標と短期的目標を組合せる、長期的視座の再評価が始まる。大きく変わったのは公共サービスモデルの実施。何を公共サービスとして残すべきか、公共サービスを逆に再評価していこうということ。公平性や公正性の観点から、政府がしなければいけないものなら、必要な規制は加えていく。これが新しい規制の導入と規制評価分析に繋がっていく。
 我が国の政策評価見直しの方向性はどうあるべきか。やはり、形式主義を改めていかなければいけない。それから、維持管理コストの増加を抑制するような方向をめざす。権威主義に陥らないよう、協働とか協力のシステムを構築する。新しい目標設定、目的設定、新しい予算編成、人事システムに繋がっていくべきである。それから、単一の事業評価だけ止まらず、それに伴って組織がどのような成果を上げたかという組織評価にも繋がっていかなければいけない。それを成り立たせるためには、国民の信頼と支持が必要。そのために絶えず情報公開をし、皆様に内容を評価してもらうシステムを作っていくということも必要だろう。

14時10分〜15時30分 パネルディスカッション
  <コーディネーター>
   牛尾 陽子 株式会社藤崎快適生活研究所専務取締役所長
    政策評価・独立行政法人評価委員会政策評価分科会専門委員
  <パネリスト>
   福島 義文 中国新聞社論説主幹
   丹羽 宇一郎 新村 保子 谷藤 悦史

(牛尾)
 まず、パネルディスカッションを始めるに当たり、福島さんに、政策評価に関してのかかわり合い、認識あるいは感想を伺いたい。
(福島)
 講演を聞き、政策評価制度が、国民にとっても行政にとっても非常に大切な制度だということがよくわかった。一つには、この制度が行政のあり方を大きく変えていくシステムになるということ、もう一つは、行政機関が自らの仕事の内容を見直す良い機会になるということ。また、国民の側が行政に関心を持ついい機会になるのではないか。行政を国民の側に引き寄せるいい機会、いい制度になるのではないか。
 今、いろいろ議論になっている医療制度の改革とか、年金の問題、税財政に絡む増税問題、高齢化の中での介護制度がどうなっていくのか、我々の暮らしに直接結びついた政策というのは、非常に多い。しかも、財政が厳しい中、政策を遂行していくには、我々国民の側の負担とか、痛みとかが伴ってくるのも多い。それだけに一つ一つの施策をきちんと評価し、チェックすることが、我々の暮らしの面でも非常に重みを増している。そういう状況の中で、政策評価制度が、どこまで住民本位の制度として定着をしていくのか考えると、評価の結果をきちんと知らせる仕組みの充実、あるいは評価の結果を第三者、国民の側がきちんと考察できる仕組みの充実が、これからの鍵を握るのではないかと思った。
(牛尾)
 この政策評価制度ができて既に3年以上経過しているが、実際に、この行政評価が導入されて、当初の目的をきちんと達成してきているか、あるいは、まだ不十分な点はないか、十分達成されていないなら、どういう部分が課題になのかという点について、お話いただければ。
(丹羽)
 この政策評価制度の成果は、まだ十分ではないが、予算への反映がかなり進み、数値化というものが増加して客観的な、公平な評価ができるようになってきた。
 やはり一番の問題は、行政の説明不足。市民への対話を深めることによってやっていくことが必要。総務省HPを見ようと言う気になれない。行政側も、わかりやすく簡単に、一般語で話す必要がある。
(新村)
 私は、ある程度、政策評価がマネジメント・サイクルの中に定着したと思うが、まだ不十分。
 それを端的にあらわすのが、各省ヒアリングをした時に、各省から一様に言われた「評価疲れ」という言葉。ペーパーをつくることが目標のようになっていて、評価自体が実態と結びついていないということを端的にあらわす言葉ではないか。この評価疲れという言葉は、評価自体が実際の政策決定に必ずしも十分役立ってないのではないかということを窺わせる。
 主計局が予算要求のときに政策調書を要求する。政策評価をすることが次の予算、それから機構、定員に結びつくというサイクルが少し回り始めた。しかも、そのプロセスを一部公開し始めて、この評価はおかしい、したがって、この予算はつかない、その根拠として評価調書を使っている例がある。そのときに評価の妥当性、数値のないのはおかしい、目標がおかしいというような議論が若干なされているようである。その部分が予算の査定過程における要求側と査定側とのやりとりとして一部公表されている。密室で決まっていた部分が一部公開された。こういうことがどんどん進むと、評価は疲れるけれども、やらなくてはというふうに位置づけができてくるのではないか。
 規制影響評価についても同じで、実際にこの規制を導入するときに、その評価に基づいて、例えば省内、各省間、閣僚会議、ひいては国会での議論に、この規制はこんなに金がかかったらだめじゃないか、民間に負担が多過ぎるといった議論に使われ始めたら、そこで初めて国全体のマネジメント・サイクルに入る。まだ、道半ばである。
(谷藤)
 この3年間、政策評価を行うためのコンセプト自体にもたくさんの混乱があった。3年間でようやく、それらの言葉はこういう意味で使うのだという合意が、すべての省庁にわたって浸透した。 しかし、それは公務員の中だけのことであって、人々の中にどう定着させていくかということが、これからの課題である。
 一つの事業についても、たくさんの角度から評価している。すると、1年間やった一つの事業についての評価書は膨大なものとなる。いくつもの角度から評価したものを、もっと単純でわかりやすいような形に改めていかなければ、国民からのアクセスや反応は保証されない。国民からのアクセスや支持がなければ、評価制度は何をやっているのか、何のためにやるのかという問題がいつまでもつきまとう。
 日本の評価制度は、数値化、客観性の部分では大変精巧なものである。しかし、精巧過ぎて、逆に国民から乖離するというようなことが起こっているのではないか。それゆえ、これからは、精巧なものを、いかに今単純化していくかということが大きな課題ではないか。
(牛尾)
 パンフレット(「国の政策評価」)5ページ目の各府省による政策評価の実施例として未着手・未了の公共事業、新対潜用短魚雷、総務省による複数府省にわたる政策評価の実施例として、リゾート地域の開発整備と湖沼の水環境保全の政策評価について説明。
パンフレット参照(PDF)
 行政評価、政策評価のシステムが今後、国民本位で質の高い行政、あるいは国民的視点に立った成果重視の行政への転換といったよりよい仕組みにしていくために、今後どういう形でその仕組みづくりを進めていかなければならないかということを、各委員の方々から伺いたい。
(谷藤)
 政策評価制度は単独のものではない。予算制度にもかかわってくるし、例えば組織を変革していくようなことにも、公務員制度の見直しといった人事評価制度にもかかわってくる。
 我が国が大変おもしろい経緯なのは、あえて行政の内部からこれをやろうということ。もしかしたら自分の組織そのものを変革してしまう。他の国は、政治が中心となってやっていった。
 イギリスでは政党マニフェストがあり、定着している。これに基づいて行政の目的が作られて、行政の目標が設定され、それに基づいて評価をする。日本は、行政が中心となって、効率的なすぐれた行政を目指そうとして、政策評価制度を成立させていった。大変精緻なものを作ってきた。
 それゆえ、政治のあり方とどのようにリンクさせていくかが大きな課題になっていく。政治の目的と行政の目的をどのように整合性を確保するかということが突きつけられてくる。
 それから、予算制度、公務員制度、行政組織のあり方にどのように反映させていくかということが、政策評価制度を将来的に有効なものとするためには大変重要ではないか。
(新村)
 私は、政治のリーダーシップがもうちょっと確立されることで、真の民主主義社会になると思う。政治の中でエビデンスに立脚した政策論議が行われることは非常に重要なこと。民主主義の中で行政が目標設定をすることはできなくなってきた。そうなると、官僚が国民の目的などわからないわけで、それを決める政治家のリーダーシップというのは非常に重要。それを働かすときに、この道具を上手に使ってほしい。行政はその道具を提供する立場で、決定する立場ではない。
 同時に民主主義的決定は国民の参加ですので、ぜひ国民が個々の政策について過去の評価に関心を持ってほしい。環境問題のアンケート調査などをやったとき、知的水準の高い社会の中枢である中年男性や大学生の政治的関心が、外国に比べて低かった。経済的問題に対する関心は高いが、政治に対しては、どうも関心が低い。地域活動や市民としての活動に、今、日本の経済社会を担っている人たち自身が関心を持って参加していただけるようになってほしい。
(丹羽)
 やはり行政と政治のかかわりだと思う。一番の問題は政治と行政のもたれ合い。実際はほとんど行政依存。行政の方も政治家のために仕事している。そういうふうにお互いがもたれ合った関係がある。ここをどう整理していくか。行政はやっぱり国民のため、国民本位、国民的な視点ということが政策評価の大きな視点です。その行政の官僚が、どうやって国民の方に目を向けていくか。国民のために仕事をするかということ。
 政策評価制度をどうやって良い仕組みにしたらいいかという質問については、国民の視点というのを忘れるなと。その視点を持って評価制度はこれから21世紀型の仕組みを作っていく。それに対するいろんな意見を評価委員会としては述べていく必要があると思う。
 一体行政はどんなことをしているのか。社会保険庁を初めとして、わけがわからない。何百億というものを建てて、ほとんどだれも使ってない。その収支はどうなって、その赤字は一体だれが持っているのか、レビューがほとんど行われない。身内で密室で行われていたことが国民の目に触れるようになってきた。この評価制度も大きな役割を果たしている。
 一般の、民間の常識を官の方にも吹き込んでいく必要がある。そして、民間の常識と官の常識を合わせていく必要がある。もう一つ、一般の市民にとって一番重要なことは地域の行政です。中央省庁よりもそっちの方が一般市民の方には重大な関心がある。我々はそういう視点を持って、地方行政についても目配りをしてやっていく必要がある。
(福島)
 行政と国民という関係で改めて考えてみると、行政は国民のため、地方行政は住民のためにある。そして、国民の目がそういう政策をより確かなものにしていくという相関関係にある。
 国民の目、住民の目が政策をより確かなものにしていく視点で見ると、やはり住民の側がもっと関心を持ち、声を上げていくことが非常に大切になってくる。住民が単なる受け手ではなく、意思表示をしっかりと持つことが、政策をより良いものにしていく。そういう意味で政策評価は非常に重要だし、住民自身がもっと行政に対して関心を深めていかないといけない。
 そういう面から、この制度の外部検証がしっかりできるのかどうか。評価の結果を住民が見てチェックできて、それに対する意見とか反応を行政にフィードバックできていくような双方向性が、これからの政策立案だとか、評価制度を育てていくことになるのではと思う。評価があまりに専門的でチェックがしにくいようでは、制度が機能不全を起こしかねない。双方向性をきちんと担保をする上でも、平易な説明、きちんとしたわかりやすいデータをしっかりつけていただいて、その経過も含めて評価結果の情報発信をして戴きたい。
(牛尾)
 会場の方から幾つか質問をいただいていますので、質問を紹介して、そのパネリストの方にお答えいただきたい。
 まず、これは民間の方からの御質問ですが、個々の政策評価も大切ではあるけれども、全体の政策評価をすることが最も重要だと思いますという御意見をいただきました。
差し支えなければ、丹羽委員長に、この感想に対するコメントをいただきたい。
(丹羽)
 恐らく、国全体の政策、例えば財政政策がどうなっているのか、今のような赤字財政で一体どのようにするつもりなのか、そういうことに対する意見も述べたらどうだということかと思う。総務省の政策評価委員会というのは、そういう仕事は承ってないし、越権行為になる。それは経済財政諮問会議がやるのではと思う。我々がやっているのは、法律に基づいて各府省が評価した各省庁のいろんな事業計画、中期経営計画に対して、我々がそれを統一性、客観性、総合性から見て、どうもおかしいぞ、これはちょっと逸脱しているとか、そういう評価をして、大臣経由で勧告をするということになっている。
(牛尾)
 次は行政関係の方からいただいた谷藤先生への御質問ですが、日本は、イギリスとは政策評価導入の経緯が異なるように思いますが、いかがでしょうかという内容。
(谷藤)
 イギリスでは、政策評価は政治評価の問題として導入されたが、日本の場合は行政評価として導入されてきた。ここが大きな違い。
 例えば労働党、保守党、それぞれがマニフェストを持っている。マニフェストが政策目的となって、それに対応した形で各省庁が目標を設定する。各省庁が協定を結んで、各自、その目標を設定する。マニフェストに数値目標なんか書いていない。それをやるのは行政です。行政が目標を設定して、管轄の行政において、何年でどれだけ達成するかという形で、中・長期目標が設定される。それに基づいて、日本がやっていると同じような形で、効率性評価とか効果性評価を行うシステムになっている。政権交代をすると、その目標や目的は全部変えられる。1年後政策評価をやると、目標の見直しが政党の政策の見直しとリンクする形で行われる。だからマニフェストはとても重要な意味を持つ。
 各地方についても、各政党が地方開発計画をマニフェストに必ず書き、同様のことを行う。その評価を国民に広く公開して、政権評価にも繋がっていくことになる。
 日本の政策評価制度は、行政が国民のためにという形で一生懸命それを作ってやっている。最終的な責任は一体どこがとるのかが、大変難しく明確になっていない。行政評価制度としては非常に整っているが、最終的な責任はどこがとるのかがクリアになっていないのです。
(牛尾)
 最後に、政策評価の今後の発展に向けて重要な点について一言ずつコメントを。
(丹羽)
 21世紀型の行政システムというのは国民に視線を置いた、あるいは国民の活動、あるいは国民が暮らしやすいという、そこに視点を置くということであり、これが戦後の古い行政システムと違うところ。政治家のために仕事をしない、国民のために仕事をする。そういう行政のシステムに資するような活動を我々はしていきたいし、それを目指したい。
(新村)
 この政策評価制度が導入された一つの効果として、各省庁の政策の体系化がかなり進んで、例えば個別の政策は、各省庁別の政策体系の中のどこに位置するかという位置づけをするようになってきた。そういう中で全体の政策体系というような議論にまで進んでいくようなことができると、今の個々の政策評価と全体の政策評価ということに関連して、私たちの下から体系化していくような話と、全体の政策の良し悪し、評価とが結びついていくのかなと感じた。
(谷藤)
 完成された政策評価制度を形成するのはなかなか難しい。社会状況が変わると目的も変わる。目標も、ターゲットも変わってくる。ですから、政策評価制度というのは社会文脈を絶えず配慮しながら、新しい指標を開発する、その点に真摯な目配りをしていかなければと思う。
 同時に、完璧ではないが、政策評価制度を利用していただきたい。行政を見る際に使っていただきたい。それは政治を見る際にも、国民の皆さん方一人一人に使っていただきたい。そうすると、今までと違った視点から行政や政治を見ることができるのではないかと思う。
 残念ながら、まだ、使いやすい制度にも、わかりやすい制度にも、アクセスしやすい制度にも必ずしもなっていない。少しずつ試行錯誤を繰り返しながら作っていく努力が大切だと思う。
(福島)
 この制度の遂行の上で、内輪の目線をどこまで排除し切れるか。この制度をきちんと住民のための政策、よりよい政策に結びつけるという意味でいえば、時代を見通す行政の力というものが改めて試されるような、非常に厳しいものでもあるという気がする。

15時30分 閉会  

(注)  この概要は、事務局(総務省行政評価局政策評価官室)の責任において取りまとめたものであり、事後修正の可能性があります。




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