[総合評価]
1 国の中小企業政策と中小企業事業団の位置付け
   国は、我が国の企業構造の中で大きなウエイトを占めている中小企業の振興、小規模企業者の福祉の増進、中小企業の経営の安定などを軸とした中小企業政策を推進している。
 中小企業事業団(以下「中小事業団」という。)は、このような施策の中核的実施機関として、中小企業構造の高度化(集団化、協業化等)を促進するための高度化融資事業、小規模企業者の将来の生活安定資金や事業再建資金の確保のための小規模企業共済事業、取引先企業の倒産による連鎖倒産防止等のための中小企業倒産防止共済事業などの事業を実施している(注)。
  (注)  平成11年7月1日、中小事業団、中小企業信用保険公庫及び繊維産業構造改善事業協会の統合により中小企業総合事業団が設立され、中小事業団が行っていた業務はすべて中小企業総合事業団に承継された。
2 高度化融資事業
   中小事業団の行う高度化融資事業は、中小企業者が組合等を設立して行う中小企業構造の高度化に寄与する事業(工場等集団化、店舗等共同化、アーケード等の設置など)及び第三セクター又は商工会等が実施する中小企業構造の高度化を支援する事業(街づくり会社の商店街整備等支援施設、地場産業振興センター等の設置及び運営など)への融資を内容としている。
 高度化融資事業は、政府出資金及び財政投融資資金を主な財源としており、その貸付資産は平成8年度末現在で約1兆2,000億円に達している。
  (1) 多額の資金的余裕と追加出資
     高度化融資事業の財務状況をみると、手元資金(貸付資金残)を平成8年度末現在で1,384億円保有しており、昭和62年度末現在の2,029億円と比べると644億円減少しているが、依然として多額である。
 この間、貸付資金の原資の主体である政府出資金は、阪神・淡路大震災の災害復旧などの特定目的のために補正予算で累計1,849億円(昭和63年度以降)が投入されたが、阪神・淡路大震災の災害復旧事業に係る都市計画決定の遅れ等もあって、うち1,067億円が手元資金となっている。一方、一般的な追加出資は抑制されているものの、昭和63年度以降の累計で86億円となっている。
  (2) 利益剰余金の蓄積
     高度化融資事業における貸付資金の多くは、調達コストのかからない政府出資金によるものであり、財政投融資資金の借入金利より低利の貸付け(平成8年度利回り1.54パーセント)を行っても、なお順ざやとなる構造である。加えて、この順ざやによる収支差は、一般管理費等を賄ってもなお余裕があり、毎年度当期利益(平成8年度約40億円)が発生し、手元資金等の運用益とあいまって、多額の利益剰余金(平成8年度末現在372億円)が積み上がっている。
  (3) 出資事業の余裕金
     高度化融資事業の貸倒引当金額は昭和62年度末現在で1,259億円に達しているのに対し、貸倒損失額は昭和60年度以降約1億円から約3億円の間で推移していた。一方、昭和62年度に特殊法人の会計処理基準等が策定されたことを受け、平成元年度末に貸倒引当金の計上方式を積立方式から洗替方式に変更することとし、この制度変更により発生した剰余分933億円を当期利益金に戻し入れた。
 これを主たる財源(出資資金)として、平成元年度に高度化を支援する事業を行う株式会社たる第三セクターに対し出資する出資事業が創設されたが、平成8年度末現在の出資実績は71億円と低調であり、出資資金の95パーセント以上に当たる1,505億円は手元資金となっている。
  (4) 高度化融資事業の課題(余裕金の活用)
     多額の貸付資金残(手元資金)、順ざや収支差から積み上がった多額の利益剰余金、そのほとんどが手元資金となっている出資資金は、平成8年度末現在で合計3,263億円に及び、これらの余裕金は流動資産として保有されている。
 このような状況を踏まえ、中小企業庁では、高度化融資事業における業種要件の撤廃等の抜本的見直しや暫定的な貸付金利の引下げ等により、資金需要の喚起を図るなどの措置を講じている。
 今後、これらの措置による資金需要の動向を踏まえつつ、余裕金の有効活用を図っていくことが課題であり、その際、追加出資の適切な抑制や必要に応じ更なる貸付金利の引下げ等の検討が必要である。
3 小規模企業共済事業
   中小事業団の行う小規模企業共済事業は、小規模企業者が掛金を拠出し、廃業等に備えた生活安定資金又は事業再建資金として共済金の支払を受けることができる制度である。その事業資産は平成8年度末現在で約6兆1,600億円に達している。
  (1) 損益の状況
     小規模企業共済事業では、将来の共済金等の支払に充てるための責任準備金について、特例として、計算上導き出される理論値(一定の予定利率と脱退率に基づき計算された額)からの積み増し(繰入可能額が理論値を上回った場合、8パーセントの範囲内)又は減額(繰入可能額が理論値を下回った場合、3パーセントの範囲内)を行う処理を認めている。
 そのため、毎年度収支は均衡して推移しているが、責任準備金の理論値からみた損益状況は、平成8年度末現在で1,001億円の減額処理を行う内容となっている。
  (2) 収支の将来推計
     中小企業庁では、平成10年度において、現行のスキームで責任準備金を減額処理しても、債券を始めとする運用資産の低金利の状況がこのまま継続すると仮定すれば、同年度末には約80億円の積立て不足(当期損失金)が生じると推計している。
 このため、中小企業庁は、小規模企業共済法(昭和40年法律第102号)が前提としている5年ごとの見直し前に再度見直しが必要となる事態を回避し得る水準として、平成12年度以降の予定利率を引き下げる(4.0パーセントから2.5パーセント)こと等を内容とした同法の改正を10年12月に行った。小規模企業共済制度は確定給付型の制度であることから今回の小規模企業共済法改正による予定利率の引下げに伴い保険数理上必然的に生じる責任準備金の増大や併せて行われた予定脱退率の見直し等の要因により、平成12年度(期首)には2,115億円の積立て不足となる。当庁の試算によると、この積立て不足を次回見直し時期の17年度(期首)までに解消するためには、12年度以降、3.06パーセント程度の運用利回りを確保することが必要となる。
 このような中、中小企業庁及び中小事業団では、現在、資産運用規制の緩和を含め、資産構成比の変更等を内容とした資産運用の見直しの検討を始めている。今後、積立て不足の解消が進まなければ、将来の共済制度に与える影響が懸念される。
 今後とも、共済制度の安定化を図るためには、現在検討中の資産運用規制の緩和など弾力的な資産運用に努めるとともに、中長期的に責任準備金の積立て不足の拡大が見込まれる場合には、予定利率の見直しを検討することが課題となっている。
4 中小企業倒産防止共済事業
   中小事業団の行う中小企業倒産防止共済事業は、中小企業者が掛金を拠出し、取引先企業の倒産による連鎖倒産等のおそれがある場合に、事業運転資金として共済金の貸付けを緊急的に受けることができる制度である。その事業資産は平成8年度末現在で約7,000億円となっている。
  (1) 延滞債権の急増
     共済金の貸付けは、取引先企業の倒産による連鎖倒産等を防止するために貸し付けられることやその貸付けが無利子・無担保・無保証人で行われることから、リスクの高いものとなっている。
 景気の低迷が続く中で、近年延滞債権が急増しており、平成8年度末には745億円(貸付残高3,012億円の24.7パーセント)に達している。一方、貸倒引当金は、平成8年度末現在で150億円の計上となっており、貸倒引当金と延滞債権との間に相当の乖離が生じている。
 また、当庁の試算によれば、貸倒引当金は、平成8年度末現在で約570億円が必要であり、引き当て不足が生じているものと推測される。
  (2) 余裕金と延滞債権の将来推計
     加入者から納付された掛金は、倒産防止共済基金(平成8年度末現在約6,100億円)として積み立てられるとともに、これを資金として共済金の貸付けが行われている。また、貸付残の運用益も同基金に積み立てられている。
 一方、加入者に共済金の貸付けを行った場合には、運営財源として当該貸付額の10分の1に相当する額を、将来の解約時に返還する金額から控除することとなっている。
 したがって、倒産防止共済基金から、将来の解約に備え保有すべき金額(掛金総額に相当)を除いたものが、余裕金(積立金)であり、平成8年度末現在の額は1,183億円となっている。
 将来の解約に備え保有すべき掛金総額は、共済制度運営上確保が不可欠のものであり、延滞債権が余裕金を上回り、掛金総額に食い込むことは共済制度そのものを危うくするものといえる。
 平成8年度において、余裕金は当庁の推計による必要貸倒引当金の水準を上回っている。しかし、余裕金と延滞債権の推移をみると、余裕金の伸びが平成3年度以降低下している一方、延滞債権の伸びは4年度以降急増しており、6年度以降は延滞債権の伸びが余裕金の伸びを上回っている状況にある。
 このような状況について、近年の景気低迷等の状況を踏まえ、当庁が現状程度の延滞債権率など一定の条件の下に将来の余裕金と延滞債権の姿を推計したところ、平成25年度末にも延滞債権が余裕金を上回ることが予想される。
  今後、延滞債権がこのまま増大した場合には、結果的に貸倒損失の増大につながり、中長期的には余裕金が底を突き、制度そのものをゆるがすことが懸念される。