[総合評価]
1 国の奨学事業と日本育英会の位置付け
   国は、教育基本法(昭和22年法律第25号)に基づき、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学困難な者に対する奨学事業を日本育英会を通じて行っている。
 日本育英会は、国家及び社会に有為な人材の育成のため、奨学金の貸与及びその回収を行うことを主な業務としている。日本育英会が行っている奨学事業には、一般会計からの借入金を原資とする無利子貸付事業(第一種奨学金)及び資金運用部からの借入金を原資とする有利子貸付事業(第二種奨学金)があり、これら事業に係る資産規模は、それぞれ1兆6,356億円及び3,965億円(平成10年度末現在)である。
 なお、国から日本育英会に対しては、事務費等に充てられる補助金や利子補給に充てられる補給金が交付されている。
2 奨学事業の現状
  (1) 事業の実績
     日本育英会は、昭和18年の設立以来、平成10年度までの56年間で、延べ約567万人に対して3兆7,596億円の奨学金の貸与を行っている。その事業規模は、平成7年度では我が国の奨学事業全体の年間奨学金支給総額の73パーセント(文部省調査)を占めている。
 日本育英会の奨学金貸与額は年々増加しており、平成元年度では総額1,656億円(貸与者43万7,614人)であったものが、10年度では総額2,661億円(同48万5,042人)となっており、このうち、第一種奨学金が2,011億円(同37万1,612人)、第二種奨学金が649億円(同11万3,430人)である。貸与額の増加に伴い、回収を要する債権額(以下「要回収額」という。)も増加し、平成10年度では総額1,369億円(第一種奨学金1,137億円、第二種奨学金231億円)となっている。このうち、当年度分(当年度に初めて回収期日が到来するもの)の要回収額は総額1,131億円(第一種奨学金921億円、第二種奨学金210億円)、滞納分(既に回収期日が過ぎたもの)の要回収額は総額237億円(第一種奨学金216億円、第二種奨学金21億円)となっている。
  (2) 財務構造と貸与資金の回収状況
     日本育英会の奨学事業に充てる資金の調達状況をみると、第一種奨学金については、国の一般会計からの借入金及び貸与した奨学金の回収金、第二種奨学金については、資金運用部からの借入金及び貸与した奨学金の回収金(資金運用部への償還分を除く。)によって賄われている。すなわち、貸与した奨学金の回収金が新たな奨学金の原資として使われており、回収金の回収状況が借入れを必要とする額に影響する仕組みとなっている。
 奨学金の回収状況をみると、要回収額全体の回収率は年々低下してきており、平成元年度には84.3パーセントであったものが、10年度には80.5パーセントに低下している。しかし、当年度分の回収率をみると、平成元年度には89.9パーセントであったものが、10年度には91.7パーセントと近年緩やかに上昇しており、7年度に返還金の口座振替制度(リレー口座、10年3月卒業・貸与終了者から強制適用)を導入した効果が表れているものと思われる。一方、滞納分の回収率は、平成元年度に47.7パーセントであったものが、10年度には26.8パーセントと大きく低下している。このように、要回収額全体の回収率の低下は、滞納分の回収率の低下が原因であると認められる。
 未回収額(滞納額)は、回収率の悪化とともに増加しており、平成10年度には第一種奨学金で250億円、第二種奨学金で28億円である。未回収金が回収されると、その分、国の一般会計及び資金運用部からの借入れが不要となる。そこで、この未回収金相当額の借入れに係るコストを試算すると、一般会計からの借入れ(無償借入れ250億円分)については、年間7億2,700万円(運用利率3パーセントで計算)を要している。また、資金運用部からの借入れ(有償借入れ)については、借入利率が3パーセントを超える場合にはその超過分について補給金負担が生じることとなる。
 以上のことから、貸与した奨学金の回収金が新たな奨学金の原資となる仕組みの下で、奨学金の回収率の悪化が未回収額の増加をもたらし、その分、借入れに係る公的負担の増加を招くことにかんがみ、回収率の向上を図ることが急務となっている。
  (3) 延滞債権の回収状況
    ア 延滞債権の増加と長期化
       奨学金の要回収額は、事業規模の拡大に伴い経年的に増加している一方、その回収率は低下傾向にあり、滞納額は増大している状況にある。この結果、延滞債権(回収期日未到来分を含む。)額は、第一種奨学金と第二種奨学金の合計で、平成元年度に569億円であったものが、10年度には1,112億円とほぼ倍増している状況にある。中でも、延滞期間が3年以上の延滞債権額は、平成元年度に68億円であったものが、10年度には275億円、また、延滞期間が8年以上の延滞債権額は、元年度に5億円であったものが、10年度には65億円とそれぞれ増加しており、延滞期間は長期化している状況にある。
 次に、延滞期間の長期化の状況を移行率(当該年度の延滞債権のうち、回収されずに次年度へ移行するものの割合)でみると、滞納1年目の延滞債権の移行率は30.4パーセントであるが、滞納2年目の延滞債権の移行率は62.8パーセントとなり、滞納後1年と2年の間で、移行率には大きな差異が発生している状況がみられる。また、2年目以降も移行率は延滞期間が長期化するほど高率で推移する状況がみられる。このことから、一般的な傾向として、延滞債権の回収は延滞期間が長期化するほど困難となる状況がうかがわれ、滞納後1年までが延滞債権の回収が円滑に進むか否かの分岐点となっている状況が認められる。さらに、滞納1年目の移行率は、経年的に低下傾向にあり、返還金の口座振替制度(リレー口座)の導入の効果が表れているものと思われる。
 したがって、いったん滞納となった債権は、滞納後1年未満に回収することが肝要であり、このことが延滞期間が長期化し、かつ、回収困難な状況に陥ることを防止する上で効果的であると考えられる。
    イ 延滞債権の回収の実態
       延滞債権の回収については、滞納3年以上(第一種奨学金)又は15か月以上(第二種奨学金)となった場合に、債務者本人に加え連帯保証人に対して文書等により返還請求を行う「特別請求」が、さらに滞納8年以上となった場合に、民事訴訟法(平成8年法律第109号)に基づく支払督促等の「法的手続」がそれぞれ行われている。これに対し、特別請求で55パーセント、法的手続については、支払督促の予告段階で95パーセントの債務者が、何らかの応答(全額返済、一部返済等)を行っている状況にある。
 しかし、平成10年度における第一種奨学金に係る延滞債権のうち回収期日が到来したものの1件当たりの債権額をみると、滞納9年目まではおおむね増加(1年目14万円、9年目46万円)していくが、その後は緩やかに減少(17年目28万円、18年目以上16万円)している。これは、法的手続がとられると、返済は進展するものの、債務者との話合いにより、返済が分割払となるものが多く(件数で67.8パーセント)、年間の返済額は極めて僅かで、完済までには長期を要する状況を表している。ちなみに、平成10年度に延滞17年目を迎えた延滞債権については、9年目以降の8年間で1件当たり22万円の返済となっている。
 以上のことから、延滞債権の回収については、法的手続をとることにより一定の回収効果が認められるものの、延滞債権の大幅な解消につながっているとは認められない。
 なお、延滞債権の回収に当たり、強制執行はほとんど行われていない。
3 奨学事業の課題
   以上、奨学事業における奨学金の回収の状況をみると、回収率が悪化し、未回収額が増加している状況にある。しかし、平成7年度に導入した返還金の口座振替制度(リレー口座)の利用の拡大もあって、要回収額のうち当年度分の回収率は近年緩やかな上昇を示している。
 一方、近年大きく落ち込んでいる延滞債権の回収については、法的手続をとることにより一定の効果が表れているものの、その時期は遅く顕著な回収効果を上げるに至っていない。
 したがって、延滞債権の回収については、滞納後1年を経過した債権の回収率が極度に低下することを踏まえ、早期に法的手続をとるとともに、短期間での回収を実現するための実効ある措置を講ずることが必要である。