[総合評価]
1 国の農畜産物価格安定施策と農畜産業振興事業団の位置付け
   国は、農畜産業及びその関連産業の健全な発展と国民生活の安定を図る観点から、主要な農畜産物について価格安定施策等を実施している。農畜産業振興事業団(以下「農畜産事業団」という。)は、農畜産物のうち指定食肉、指定乳製品、砂糖類、生糸等の買入れ・売渡しや生産者補給金の交付などによる価格安定と農畜産業の振興を図るための施策を担う機関と位置付けられている。
 農畜産事業団の事業は、価格安定等を行う農畜産物の種類によって、大きく「畜産関係事業」、「砂糖類関係事業」及び「蚕糸関係事業」の三つに分けられる。畜産関係事業の資産総額は4,106億円(平成8年度末現在)であり、牛肉等関税財源交付金、平成2年度までの輸入牛肉の売買差益、一般財源からの交付金等が事業に充当されている。砂糖類関係事業の資産総額は2,019億円(平成8年度末現在)であり、輸入糖の売買差益、一般財源からの交付金等が事業に充当されている。また、蚕糸関係事業の資産総額は211億円(平成8年度末現在)であり、民間からの借入金のほか、生糸の売渡収入等が事業に充当されている。
2 畜産関係事業
   畜産関係事業については、従来、輸入牛肉の売買差益が主な財源とされ、食肉関係と酪農関係等の事業に使われてきた。しかし、平成3年度に牛肉の輸入が自由化されたことに伴い、自由化の影響を緩和し、国内生産の維持及び畜産経営の安定を図るため、輸入牛肉に対する関税率を引き上げるとともに、この関税収入を財源とする牛肉等関税財源交付金が農畜産事業団に交付することとされ、食肉関係事業に限定して使用される「調整資金」(注)として管理されてきている。一方、酪農関係事業等については、それまでに積み立てられていた輸入牛肉の売買差益を取り崩して使用しているほか、一般財源からの交付金及び輸入乳製品の売買差益からの繰入金を使用して実施している。
    (注)  調整資金には、牛肉等関税財源交付金のほか、平成2年度までの輸入牛肉の売買差益の一部(465億円)が繰り入れられている。
   調整資金により実施される食肉関係事業として、指定食肉の価格安定事業、指定助成対象事業に対する助成事業、肉用子牛生産者補給交付金等交付事業等がある。これらの事業は、国の一般財源による負担は行われず、調整資金の範囲で行うこととされている。調整資金による食肉関係事業の平成8年度の収支状況をみると、牛肉等関税財源交付金の1,012億円の収入に対し、各事業に総額558億円が支出されており、収支差454億円は翌年度以降に繰り越されている。
 指定食肉の価格安定事業は、指定食肉(豚肉及び牛肉)の卸売価格が下落し安定基準価格を下回る場合に、指定食肉を買い入れ、卸売価格が高騰して安定上位価格を上回る場合に、これを売り渡すほか、生産者団体が行う食肉の調整保管に対し助成するものであるが、食肉の価格が比較的安定しているため、昭和62年度以降10年間ほぼ停止状態にあり、ほとんど資金を要していない。
 食肉関係の指定助成対象事業に対する助成事業は、肉用牛等の生産・経営対策や環境対策、食肉処理施設の再編整備など食肉の加工・流通・消費対策に関する事業に対しその経費を補助するものである。この事業に支出されている調整資金は、平成8年度で366億円となっているが、その後畜産環境対策等に関する事業への補助が大幅に増加してきていることから、9年度は507億円、10年度は892億円と大きな伸びを示している。しかし、これらの事業については、事前に見込まれた達成目標や事業効果が実現されているかどうかが検証されていない。
 肉用子牛生産者補給交付金等交付事業は、肉用子牛の平均売買価格が保証基準価格に満たない場合、生産者に補給金を交付(不足払い)するものである。平成8年度における調整資金の支出額は183億円であるが、年度ごとの事業実績は子牛価格の動向に応じて変動しており、3年度以降をみると61億円から387億円と幅がある。
 調整資金の残高の推移をみると、調整資金が設けられた平成3年度末に872億円(うち牛肉等関税財源交付金の残高は432億円)であったものが、8年度末には1,403億円(同971億円)、9年度末には1,848億円(同1,416億円)と更に増加しているが、10年度は指定助成対象事業に対する助成事業費が大幅に増加したため、同年度末には1,786億円(同1,353億円)に減少している。一方、牛肉等関税財源交付金収入は、近年1,000億円強で推移しているものの、平成13年度以降の関税率が次期WTO交渉にゆだねられ未定となっていることもあり、今後とも安定的な財源として維持されるかどうか予測し難い状況にある。
 このため、近年事業量が大幅に増加している指定助成対象事業に対する助成事業について、その目標の達成状況や効果を検証しつつ、適時必要な見直しを行うなどして、調整資金を適切に管理していくことが必要である。
3 砂糖類関係事業
   農畜産事業団は、輸入される砂糖(指定糖)の価格調整を行うため、輸入者から砂糖を買い入れ、同一者に売り戻す業務を行っている。その一つとして、輸入価格が下落し安定下限価格を下回った場合に、輸入者からその差額を糖価安定資金として徴収して積み立て、輸入価格が高騰し安定上限価格を上回った場合に、これを取り崩し売買差額を補てんすることにより価格調整を行っている。
 糖価安定資金の推移をみると、昭和62年度期首の1,150億円から、平成8年度末現在では1,746億円に増大している。この資金の拡大は、国際糖価の安定が続き、昭和55年のオイルショック時に取り崩して以降、糖価安定資金の取崩し実績がない状況が続いている一方、この10年間で当該資金について522億円の利息収入があったことによる。
 なお、農林水産省は、国際糖価が低位で安定している状況下では、糖価安定資金が機能する機会が乏しくなっていることから、この資金を廃止し、国内産糖に係る関連産業の健全な発展を促進し、甘味資源作物に係る農業所得の確保等を図る観点から国内産糖と輸入糖の価格調整が行われる下で国際糖価より高い水準にある国内糖価を引き下げて砂糖需要の維持、増大を図るための財源として引き継ぐこととしている(平成12年6月2日に砂糖の価格安定等に関する法律及び農畜産業振興事業団法の一部を改正する法律(平成12年法律第107号)が公布)。
4 蚕糸関係事業
   農畜産事業団は、生糸の価格を適正な水準に安定させるための国産糸売買操作業務(生糸価格が急落した場合に、製糸業者から国産生糸を買い入れ、生糸価格が急騰した場合に、これを一般競争入札等により売り渡す業務)、輸入に係る生糸の売買業務、蚕糸業振興業務等を行っている。
 蚕糸関係事業の平成8年度末現在の資産総額は211億円であり、うち在庫生糸資産が127億円となっている。国内の生糸需給の動向をみると、国内の生産量及び引渡数量とも年々減少傾向にあり、生産量は10年前の3分の1に、引渡数量は2分の1弱に落ち込んでいる。また、生糸の価格は、需要の低迷、輸入二次製品の増加等により長期的な低下傾向にあり、この10年間で30パーセント下落している。
 この10年間の農畜産事業団による国産生糸の売買の状況をみると、価格高騰時の売渡しは平成2年度以降実績はなく、また、買入れは、7年度に約1万俵買い入れた以外に実績はない。
 こうした背景の下、「行政改革プログラム」(平成8年12月25日閣議決定)において、農畜産事業団は、平成10年4月を目途に国産糸売買操作業務を廃止することとされ、9年5月30日の繭糸価格安定法(昭和26年法律第310号)の改正により、当該業務は廃止され、同事業団は、輸入に係る生糸の売買業務、蚕糸業振興業務等については引き続き行うこととされた。