[総合評価]
 国の労働政策と労働福祉事業団の位置付け
   国は、労働者の福祉の増進に寄与することを目的として、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)に基づき、業務上の事由又は通勤により負傷し、疾病にかかり、障害が生じ又は死亡した労働者(以下「被災労働者」という。)に対して保険給付を行うとともに、被災労働者の社会復帰の促進、援護等のための労働福祉事業を実施している。
 労働福祉事業団(以下「労福事業団」という。)は、労働福祉事業のうち、被災労働者の円滑な社会復帰の促進のための施設(労災病院等)の設置・運営、未払賃金の立替払等を行うとともに、労働災害の防止等に資するための資金の融資事業を実施している。
 国は、労福事業団にこれらの事業を実施させるため、労働保険特別会計から、施設・設備等の整備のために出資金を、また、運営費(労災病院の運営費を除く。)の一部等について交付金を支出している(平成8年度の出資金357億円、交付金204億円)。
       
 労働福祉事業(労災病院の設置・運営)
   労災病院は、被災労働者の円滑な社会復帰の促進のための施設であり、被災労働者に対する外科的診療のほか、職業性疾病の診療や職場復帰のためのリハビリテーション医療等を行うことを主要な目的として37病院が設置・運営されている。
 労災病院の設置・運営に係る出資金や費用・収益は労福事業団全体の出資金や費用・収益の約90パーセントを占めており、労災病院の設置・運営は労福事業団の主要業務となっている。
  (1)  出資金の投入状況
     労災病院の施設・設備等の整備は出資金により賄われており、労福事業団設立時(昭和32年度)から平成8年度までの間に投下された出資金の累計額は5,400億円(労福事業団の出資金6,000億円の約90パーセント)に上っている。
 こうした結果、労災病院の1床当たりの建物の資産額(1,600万円)は民間病院のそれ(340万円)の約5倍となっており、主な医療機器の100床当たりの整備状況をみても、労災病院は民間病院の約1.5倍となっている。
  (2)  労災病院を取り巻く状況の変化
     労働災害の減少等
       労災病院を取り巻く状況をみると、i)労働災害による被災者数は昭和43年度の172万人をピークに平成8年度には66万人と約3分の1に減少している一方、ii)人口10万人当たりの病院病床数が昭和40年の889床から平成8年には1,323床と約1.5倍に増加し、医療体制の整備が進む中で、労災指定医療機関(労働者災害補償保険による被災労働者の診療等が行える民間病院等)数は、40年の1万3,805機関から8年には2万6,798機関と約2倍に増加し、被災労働者の受入体制のすそ野は着実に広がってきた。
     労災患者比率の低下
       このように、労働災害による被災者数の減少傾向は著しいものがあり、労災病院の入院患者数に占める労災患者数の割合をみても、労福事業団設立時(昭和32年度)に52.3パーセントを占めていたものの、平成8年度には6.2パーセントに減少している。これは、労災病院の患者のほとんどが労災患者以外となっていることを示し、設立当初の役割が変化してきていることを示している。
 なお、このような中で、労災病院においては、最近では予防を含めた総合的な勤労者医療の実施など機能の再構築に取り組んでいる。
  (3)  損益状況
     損益の推移
       昭和62年度から平成8年度までの間の労災病院の損益状況をみると、63年度以降は当期損失が発生しており、赤字基調にあるといえる。しかしながら、当期損失は、平成3年度の170億円から8年度には137億円と減少してきている。
 また、医療事業収支比率(100円の医療事業収入を得るのに必要な費用)も、平成3年度の111円をピークに8年度は105円に減少しているなど、損益は改善傾向にある。
     民間病院との比較
       医療事業収入に対する各費用の割合について、労災病院と民間病院とを比べると、人件費率(労災病院50.9パーセント、民間病院48.9パーセント)、材料費率(労災病院33.4パーセント、民間病院27.8パーセント)及び減価償却費率(労災病院8.5パーセント、民間病院3.7パーセント)については、労災病院が民間病院よりも高くなっている(平成8年度)。
 このうち、特に減価償却費率は、民間病院の2倍以上の水準にあり、施設整備のための出資金の投入が減価償却費の増加を招き、労災病院の損失の発生の主要因となっていることを示している。
 また、労災病院の昭和62年度から平成8年度までの間の医療事業収入に対する各費用の割合の推移をみると、全体の損益が改善する中で、診療材料費率は3年度の8.5パーセントから8年度には9.5パーセント、減価償却費率は3年度の7.8パーセントから8年度には8.5パーセントに増加している。
 したがって、これらの費用の削減を進めることが当期損失の解消のために必要であると考えられ、仮に、診療材料費率、減価償却費率を民間病院並みの水準に抑制できれば、労災病院においてもある程度の当期利益が生じると推計される。
     労福事業団の経営改善状況
       労福事業団の経営合理化について、平成7年2月24日の閣議決定により、民間委託等の合理化の推進等により計画的に職員数の抑制を行うこととされている。
 労福事業団では、共通役務業務の民間委託化を進めており、労災病院における民間委託化の進ちょく状況をみると、平成3年度の63.9パーセント(労災病院の共通役務業務延べ333業務のうち213業務が民間委託)から8年度には77.8パーセント(延べ333業務のうち259業務が民間委託)へと改善がみられる。また、職員数の状況をみると、技能業務職は22.9パーセントの減少となっているものの、全体としては6パーセントの増加となっている。一方、人件費率は民間病院よりは高いものの、平成3年度の55.3パーセントから8年度には50.9パーセントに減少している。
  (4)  病院経営の課題
     労災病院の損益は改善傾向にあるものの、平成8年度においても137億円の当期損失があることから、i )減価償却費について、出資金の更なる抑制を行い、その縮減を図るほか、ii)材料費については、その縮減に向けた経営改善努力が必要であり、また、iii)人件費も共通役務業務の民間委託等の推進によりその縮減を図るなど事業費の一層の削減が必要である。
 労災病院の患者のほとんどが労災患者以外となるなど労災病院の果たすべき役割が変化する中で、その運営の在り方につき統合及び民営化を含め検討することとされており、当期損失を解消し赤字経営から脱却する必要性は高い。 
       
 融資事業
   労福事業団は、中小事業主等に対して、労働災害防止のための施設・機器整備等に必要な資金の貸付けを行っており、その財源は財政投融資資金が充てられている。平成8年度末現在の貸付金残高は384億円(貸付件数747件)となっている。
 融資事業については、近年、市中金利の低下に伴い、貸付先から多額の繰上償還(平成8年度で67億円)が行われ、この結果、将来得られるはずの利息が失われている(当庁推計によると、平成8年度分は9.3億円)状況にある。
 このような財務上の損失は労働保険特別会計からの交付金により補てんされており、融資事業の当期損益はゼロで推移している。長期・固定による金利リスクを労福事業団が一方的に引き受ける構造は、公的資金の投入量の増加を余儀なくしている(交付金は平成6年度の10.4億円から8年度には15.7億円)。
 財政投融資資金の繰上償還については、平成9年度の新規借入分から、一定の損害金の支払を条件に繰上償還を認める等の制度改正が行われた。これにより、財投機関の中には、この損害金と同一の算定式による損害金を徴収した上で繰上償還を認める等の制度を導入したものがあるが、労福事業団は、平成7年度以降財政投融資資金の新規借入れがないこともあって、このような制度を導入していない。
 今後、労福事業団は、公的資金の増大を抑制するため、貸付先から繰上償還があった場合に対応する制度の導入について検討することが必要である。