保険業務の運営改善
  (1)  認定業務の迅速な処理
   

 労働省は、行政手続法(平成5年法律第88号)の制定に伴い、業務災害及び通勤災害を被った労働者(以下「被災労働者」という。)に係る労災保険の給付申請の受理から支給決定に至る認定業務の標準的な処理期間を定めている。

     
     今回、19労働基準監督署(以下「監督署」という。)における労災保険の給付申請の受理から支給決定に至るまでの認定業務の処理について調査した結果、以下のような状況がみられた。
   
1.
 19監督署において平成10年3月に支給決定された全事案1万5,405件のうち、標準処理期間を超えているものは 1,092件(7.1パーセント)となっている。
 また、標準処理期間を超えた事案のうち、平成7年以降に申請のあった業務災害のうちの「疾病」に係る療養補償給付及び休業補償給付の事案について94件を抽出調査したところ、i)保険給付の申請後1か月以上経過してから災害の発生状況、業務との因果関係などについての実地調査に着手しているものが29件(30.9パーセント)あり、この中には、3か月以上経過してから実地調査に着手しているものが4件(4.3パーセント)ある。ii)同様に保険給付の申請後1か月以上経過してから労働災害に該当するか否かについての医師の診断書や意見を求める医証依頼を行っているものが58件(74.4パーセント)あり、この中には、3か月以上経過してから医証依頼を行っているものが30件(38.5パーセント)ある。
   
2.
 これらの中には、i)管轄外で生じた労働災害に係る給付申請を受理した監督署から当該申請に係る事業場の所在地を管轄する監督署に引き継がれるまでに4か月を要した上、再度の実地調査を開始するまでに更に4か月以上を要するなど、当初申請から支給決定までに11か月を要している例(1監督署)、ii)関係機関からの資料や医証の入手に長期を要しているものの、処理経過を長期間にわたって記録しておらず、必要な督促を行っていないため、申請受理から支給決定までに1年以上を要している例(1監督署)、iii)年度当初に受理したものの、4月から5月は年度更新事務(新年度の概算保険料及び前年度の確定保険料の事業主からの申告・納付に係る事務)で繁忙であるとして、実地調査に着手しなかったため、2か月程度の空白期間が生じている例(1監督署)等がみられる。
       
     上述のように必要以上に長期間を要しているものがみられるのは、労働省では迅速かつ適正な事務処理を行うために組織的な進行管理を行うためのマニュアルを示しているものの、各監督署における進行管理が十分行われていないことによると認められる。
       
     したがって、労働省は、被災労働者又はその遺族の早急な救済を図る観点から、事務処理に係るマニュアルに基づき、的確な進行管理を徹底し、認定業務の一層迅速な処理を図る必要がある。
       
  (2)  債権管理の改善
     滞納保険料に係る債権は、労働保険の保険料の徴収等に関する法律(昭和44年法律第84号。以下「徴収法」という。)等に基づき、2年を経過したときは時効によって消滅するが、債務者の債務承認及び一部弁済のほか、債務者への納入の督促は時効中断の効力を生ずるものとされている。
 なお、納入の督促によっても納入がない場合は、徴収法第26条第3項に基づき、差押え等の滞納処分を行うこととされている。
 また、第三者行為災害において国が保険給付を行った場合の第三者に対して有する債権(損害賠償請求権)は、民事上の不法行為に基づくものであることから、民法(明治29年法律第89号)第 724条に基づき、災害発生の日から3年以内に行使(納入の告知)しなければ時効により消滅し、さらに、行使後3年以内に債務者からの債務承認若しくは一部弁済又は差押えの措置が採られなければ消滅するものとされている。
 これらのことから、都道府県労働基準局長(歳入徴収官)は、各々の債権について、的確に徴収できるよう適正な管理を行うことが求められている。
 全国の滞納保険料は、平成7年度の 369億 4,500万円から9年度の 399億 3,800万円と漸増傾向となっており、毎年度の不納欠損処分額も7年度の12億 1,000万円から9年度の25億 700万円と約2倍の増加となっている。また、全国の第三者行為災害に係る債権額はここ数年 140億円程度で推移しているものの、毎年度の不納欠損処分額は平成7年度の5億 6,600万円から9年度の17億 2,400万円と約3倍の増加となっている。
     
     今回、13都道府県労働基準局(以下「労基局」という。)における滞納保険料及び第三者行為災害に係る債権管理の実施状況について調査した結果、以下のような状況がみられた。
   
1.
 滞納保険料に係る債権管理の実施状況をみると、労基局の中には、調査日現在も事業活動を行っているが、保険料を滞納している事業主からの債務承認や一部弁済がないにもかかわらず、滞納処分もしないまま時効が成立している例(4労基局) がある。
   
2.
 第三者行為災害に係る債権管理の実施状況をみると、調査した労基局の平成9年度末の第三者行為災害に係る債権は、 4,671件、約82億円あり、そのうち、2年度以前に発生した長期未収納債権は約3割となっている。これらの中には、債務者からの納入が長期にわたってないにもかかわらず、債務者に対し債務承認又は一部弁済の時効中断措置を採るよう働き掛けていないため、時効が成立している例(3労基局)がみられる。
 一方、債務者ごとに一件つづりを作成し、個別管理を行っている例(1労基局)、債務者が所在不明となっている場合にも、所在調査を行った上面談により納入督促を行っている例(1労基局)等きめ細かく処理している労基局もみられる。
     
     労働省は、これまで債権管理の実態に関する分析を行っておらず、徴収に関する推奨事例、不納欠損処分に至った事例等、労基局の債権管理担当者が実務の参考として活用できる具体的なマニュアルの 整備を行っていない。
     
     したがって、労働省は、債権を適正に管理する観点から、債権管理担当者が実務に活用できる具体的な債権管理の手順等を盛り込んだマニュアルの整備を図る必要がある。

 産業保健推進センターの産業保健相談員の配置の見直し等
   産業保健推進センター(以下「産保センター」という。)は、産業医等の産業保健活動を支援すること等を目的に、主に労働者数50人以上の事業場を対象とした個別相談、産業保健情報の提供等を行う施設であり、労働福祉事業団では、平成5年度から9年度までの間に24道府県に設置しており、今後も順次23都県に設置することとしている。
 産保センターには、産業保健相談員(以下「相談員」という。)が配置されており、産業保健に係る相談業務のほか、研修セミナー関係業務、情報誌の発行業務、産業保健に関する調査研究業務等を実施している。
 また、産保センターには、労災保険から職員給与及び運営について交付金が支出されており、平成9年度の交付額は約22億 7,000万円となっている。
     
   今回、産保センターに配置されている相談員の活動状況について調査した結果、以下のような状況がみられた。
 
1.
 調査した5産保センターでは、相談分野ごとに相談員を8人から16人委嘱している。
 相談員の主要業務である相談業務の内容は、事業所の産業医、保健婦、労務管理担当者からの健康診断の事後措置、職場のメンタルヘルスの進め方等についての電話相談が中心となっており、平成9年度の総相談件数は 745件であり、1産保センター当たり3日で約2件と低調となっている。
 また、研修セミナー関係業務をみると、5産保センターでは、平成9年度に事業主セミナー、産業医、保健婦等に対する研修を 248回実施しているが、このうち相談員が派遣されたものは130回(52.4パーセント)となっている。
 
2.
 個々の産保センターにおける相談員の活動状況をみると、以下のような産保センターがある。
 
i )
 産業医学分野の平成9年度の年間相談件数は46件であるが、相談員を週4日(年間 204日)配置していることから、5日で約1件の相談を受けている勘定となっており、また、研修セミナーへの派遣は年間10回となっている。一方、メンタルヘルス分野の平成9年度の年間相談件数は3件であり、相談員を月2日(年間24日)配置していることから、8日で1件の相談を受けている勘定となっており、また、研修セミナーへの派遣は行われていない。 (1産保センター)
   
ii)
労働衛生関係法令分野の相談員を週1日配置しているが、平成9年度の相談件数は8件であり、研修セミナーへの派遣は行われていない。(1産保センター)
     
   相談実績が低調となっている原因は、産業医や事業場の担当者等に産保センターの相談機能が十分に周知されていないこと等によるものと認められる。
     
   したがって、労働省は、産保センターにおける相談事業を効果的かつ効率的に実施する観点から、相談員の配置を見直すとともに、産業医等に対する研修事業等に一層相談員を活用するなどの方法により、産保センターの相談機能を十分に周知させ、その利用の促進を図る必要がある。

3  労災特別介護施設事業及び在宅介護支援事業の効果的かつ効率的な運営
   労働省は、労災年金受給者のうち傷病・障害等級の第1級から第3級までの重度被災労働者の福祉の向上のため、i)労災特別介護施設(以下「労災ケアプラザ」という。)事業、ii)在宅介護支援事業(労災ホームヘルプサービス事業及び介護機器レンタル事業)を実施しており、その運営を労働省所管の財団法人労災ケアセンター(以下「労災ケアセンター」という。) に委託(平成9年度の委託費は約26億 5,000万円)している。
 労災ケアプラザは、平成3年度から設置が開始され、9年度末現在で4施設が設置されており、在宅介護支援事業は7年度から実施されている。
       
   今回、労災ケアプラザの運営状況及び在宅介護支援事業の実施状況について調査した結果、以下のような状況がみられた。
  1.  平成9年度末現在の労災ケアプラザへの入居状況をみると、比較的大都市の近郊に設置されている2施設については、おおむね90パーセントと高い充足率を示しているが、地方都市に設置されている2施設については、60パーセント前後と低い充足率となっている。
 また、平成11年度以降、2か所(宮城県及び愛媛県)に同一規模(入居定員 100人)の施設の建設を進めている。
 労災ケアプラザへの入居需要を把握するため、労働省が重度被災労働者に対して行ったアンケート調査結果によれば、関東、中部地区等の大都市近郊に設置されている施設では 1,000人を超える多数の入居希望者が存在している。今後、労災年金受給者の増加などから更に入居希望者の増加が見込まれることから、これらの地区から地方都市に設置されている充足率の低い施設への入居のあっせんを行うなど入居調整を図る余地が生じている。
 また、労働省では、労災ケアプラザの入居定員について、「高齢被災労働者に対する福祉・援護事業についての調査研究会」(昭和59年から62年にかけて開催)の意見を踏まえ、入居希望者の数やその地域的な分布等を勘案し、 100人程度としている。しかし、入居希望者の分布には地域的な偏りがあり、上述のとおり、充足率の低い施設が実際に存在していることから、必ずしも各施設一律に同一の規模(入居定員 100人)とする必要性は希薄と認められる。
  2.  在宅介護支援事業の実施状況をみると、以下のとおりとなっている。
   
i )
 平成9年度末現在の労災年金受給者のうち、重度被災労働者は3万 481人存在し、その約8割(約2万 4,000人)の者が介護を必要としている現状にあるが、在宅介護支援事業の9年度における利用実績は、労災ホームヘルプサービス事業が約 480人、介護機器レンタル事業が52人といずれも低調となっている。
   
ii )
 在宅介護支援事業の実施体制をみると、労災ケアセンターでは、各労災ケアプラザ(平成10年7月及び11年3月設置の2施設を加えた6施設)及び労災ケアプラザの設置予定地に置いている準備室(2室)にそれぞれの地域を担当させているが、例えば九州地区に設置されている労災ケアプラザは九州全域と沖縄を管轄するなど、担当地域が広域となっていることから、自ら個々の重度被災労働者に対して、利用の勧奨を行える状況にない。
 一方、各都道府県に出先事務所を有している労働省所管の財団法人労災年金福祉協会は、労災年金受給者のうち在宅の重度被災労働者を直接訪問し、介護の実態評価、介護プログラムの作成・指導を行う労災ケアサポート事業等を実施しており、その事業実績も毎年度増加している。このようなことから、労災ケアセンターが実施している在宅介護支援事業の利用の促進を図るためには、委託先の見直しを含め、労災年金福祉協会との一層の連携強化方策の検討が必要と認められる。
     
     したがって、労働省は、労災ケアプラザ事業及び在宅介護支援事業 を効果的かつ効率的に運営する観点から、以下の措置を講ずる必要が ある。
   
1.
 労災ケアプラザ事業については、都市部の入居希望者に対し地方の施設への入居のあっせんをするなどの入居調整を行い、その充足率を高めるとともに、施設の新設に当たっては、的確に需要を把握し、当該需要に応じた施設規模とすること。
   
2.
 在宅介護支援事業については、委託先の見直しを含め、利用の促進が図られるよう今後の在り方について検討すること。

 

 用 語 解 説

産業保健相談員
   「産業保健相談員」は、産業医、企業の労務管理者等の産業保健関係者等の産業保健活動を支援するため、各産業保健推進センター所長から非常勤専門スタッフとして委嘱された産業医学、労働衛生工学、メンタルヘルス、労働衛生関係法令、カウンセリングの各分野の専門家(産業医、労働衛生コンサルタント、心理相談員、弁護士、産業カウンセラー等)であり、産業医等の産業保健スタッフに対する専門的な相談業務だけでなく、広報業務、研修業務及び産業保健に関する調査研究業務等にも従事している。
   
重度被災労働者
   労災年金受給者のうち、傷病・障害等級の第1級から第3級までに該当する者をいう。「第1級」は、両眼が失明した者、神経系統の機能胸腹部臓器の機能などに著しい障害を残し、常時介護を要する者、両上肢や両下肢の用を全廃した者等が該当し、「第2級」は、1眼が失明し、他眼の視力が0.02以下になった者、神経系統の機能、胸腹部臓器の機能などに著しい障害を残し、随時介護を要する者、両上肢を腕関節以上で失った者、両下肢を足関節以上で失った者等が該当し、「第3級」は、1眼が失明し、他眼の視力が0.06以下になった者、神経系統の機能、胸腹部臓器の機能などの機能に著しい障害を残し、終身労務に服することができない者、両手の手指の全部を失った者等が該当する。
   
労災特別介護施設(労災ケアプラザ)
   家庭内での介護が困難な高齢重度被災労働者のため、労働省が設置した介護付入居施設であり、財団法人労災ケアセンターに運営を委託している。入居対象者は、労災年金受給者のうち重度被災労働者であって、家族等の日常的な介護が期待し得ない年齢60歳以上の者である。平成3年度から設置が開始され、11年10月現在、全国に6施設(1施設の入居定員 100人)が設置されている。
   
在宅介護支援事業
   労災ホームヘルプサービス事業と介護機器レンタル事業とから成る事業であり、財団法人労災ケアセンターに業務を委託して平成7年10月から開始されたもの。
 「労災ホームヘルプサービス事業」は、労災年金受給者のうち重度被災労働者であって、居宅において日常的な介護が必要な者に対し、労災ホームヘルパー(介護人)を派遣し、専門的サービス(じん肺、せき損せつ等労災特有の障害に応じた床擦れの予防・措置、排泄処置などの専門的サービス)、一般的サービス(食事、入浴、排泄等の生活基本動作に関するサービス)、家事援助サービス(清掃、洗濯等家事援助に関するサービス)の提供を行うものである。労災ホームヘルパー(介護人)の費用の7割を労災保険が負担し、残りを本人が負担する。
 「介護機器レンタル事業」は、労災年金受給者のうち重度被災労働者であって、居宅において日常的な介護が必要な者に対し、特殊ベッド、車いす、歩行補助具等の介護機器を労災ケアプラザを通じて指定レンタル業者からレンタルするものである。介護機器のレンタル費用の7割を労災保険が負担し、残りを本人が負担する。