1 食中毒発生時の危機管理対策
  (1) 食中毒の即応体制の確立
     平成7年から11年までの最近5年間における食中毒事件の発生状況をみると、発生件数は、7年から10年までは毎年増加し、11年は10年に比べ若干減少しているものの、2,697件と7年(699件)の3.9倍に及んでいる。また、患者数は、7年には2万6,325人であったが、8年には4万6,327人に急増し、その後、多少の増減を経て、11年には3万5,214人となっている。
 食中毒対策として、食品衛生法(昭和22年法律第233号)においては、1)営業者は、腐敗した食品や病原微生物により汚染された食品等を販売等してはならないこと(同法第4条)とされており、また、2)厚生大臣又は都道府県知事等は、営業者がこの規定に違反した場合には、その食品等を廃棄させるなど営業者に対し食品衛生上の危害を除去するために必要な措置を採ることを命ずることができること(同法第22条等)、さらに、3)都道府県知事等は、営業の許可を取り消し、又は営業の全部若しくは一部を禁止し、若しくは期間を定めて停止することができること(同法第23条等)とされている。
 厚生省は、昭和39年7月に、都道府県、政令市、特別区及び保健所設置市(以下「都道府県等」という。)における食中毒事件の原因究明等の処理に万全を期することを目的として、「食中毒処理要領」(昭和39年7月13日付け環発第214号厚生省環境衛生局長通知)を策定し、1)医師から食中毒事件の届出があった場合や医師以外のものから通報があった場合の探知、2)保健所が探知した食中毒事件の都道府県、政令市の衛生部局等への報告・連絡、3)調査実施体制の整備や原因究明、4)危害の防止拡大措置等について、その取扱いを定めている。
 しかし、平成8年の腸管出血性大腸菌O157(以下「O157」という。)を原因とする大規模な食中毒事件の発生などを契機として、食中毒事件に迅速かつ的確に対応するため、厚生省は、9年3月に食中毒処理要領を改正し、食中毒若しくは食中毒の疑いのある事件が発生した際の都道府県等の対策を定めた要綱(以下「食中毒対策要綱」という。)を策定するよう都道府県等を指導した。さらに、厚生省は、同月に「食中毒調査マニュアル」(平成9年3月24日付け衛食第85号厚生省生活衛生局長通知)を策定し、都道府県等に対し、食中毒処理要領で示された食中毒事件の発生の探知から報告までの手順について具体的な例を示している。
       
     今回、厚生省及び41都道府県等(25都道府県及び16保健所設置市)における食中毒事件発生時の即応対策の実施状況を調査した結果、次のような状況がみられた。
     厚生省は、都道府県等に対し、食中毒対策要綱に盛り込む内容として、対策の基本方針、集団発生時の対策本部の設置要項、平常時における準備等の事項を挙げているが、各事項の具体的な内容についてモデルを作成し、都道府県等に提示するなどの支援措置は講じていない。
 調査した41都道府県等における食中毒対策要綱の策定状況をみると、31都道府県等は策定しているが、残る10都道府県等は策定していない。これらの10都道府県等では、今後、食中毒対策要綱の策定を検討したいとしているが、要綱案の具体的な検討作業に着手しているのは3都道府県等のみとなっている。
     食中毒対策要綱を策定していない都道府県等の管轄地域内の施設を原因施設とする食中毒事件が平成11年3月に発生している(全国46都道府県で発生したイカ乾製品を原因食品とするサルモネラによる食中毒事件。患者数1,601人、うち入院患者364人)が、この事件における当該都道府県等の即応対策をみると、次のような状況がみられた。
     
1.  本食中毒事件は、平成11年3月20日に最初に患者が発生し、4月3日に原因施設を管轄する都道府県等に対し食中毒情報の連絡が行われ、当該都道府県等は、同日午後6時ころに、原因食品の製造業者を管轄する保健所(以下「管轄保健所」という。)に食中毒情報を連絡している。
 しかし、管轄保健所は、4日に当該製造業者に原因施設である旨通知しているが、製造業者への立入検査は5日に実施している。当該都道府県等及び管轄保健所は、立入検査が遅延した理由の一つとして、4月4日は日曜日で原因施設が休業日であり、従業員の検便が困難であることを挙げている。
2.  管轄保健所では、本事件の拡大に伴い、原因施設への対応、原因究明、汚染食品の回収、関係機関への連絡等の業務のため極めて繁忙となり、県本庁、他保健所からの職員の支援(派遣)が必要と認識していたが、県本庁も同様に多忙で余裕がないと考え、職員の派遣要請を行っていない。一方、県本庁では、管轄保健所から職員の派遣要請があれば、他の保健所からでも職員の派遣は可能であったが、正式な要請がなかったので支援の必要がないものと考えていたとしている。
       また、食中毒対策要綱を策定している31都道府県等についてその内容をみると、1)保健所が休日の場合の対応措置を定めているものは27都道府県等あるが、原因施設が休日(休業日)の場合の対応措置を明確に定めているものはない、2)7都道府県等においては、関係機関における職員の支援体制について明確に定めていないなど不十分なものとなっている。
     食中毒処理要領等においては、広域的な食中毒事件が発生した場合における、1)関係機関(原因施設を管轄する都道府県等、厚生省、他の都道府県等)間の連絡方法や、2)都道府県等及び厚生省における回収命令対象食品の公表についての役割分担が明示されていない。
       このため、上記食中毒事件では、次のような状況がみられた。
     
1.  原因施設に対する調査結果や原因施設への回収命令の発令事実及び原因施設の出荷先等の情報を関係機関へ迅速に連絡(送付等)する必要があるため、厚生省は管轄都道府県等に対し全国の都道府県等(計117)に連絡するよう求めた。しかし、管轄都道府県等では、体制等から連絡することは困難であるとし、厚生省と協議した結果、厚生省から全国の都道府県等に連絡することとなった。
2.  本事件に係る厚生省と管轄都道府県等の間で回収命令対象食品名の公表日が異なる例(最大3日)や、厚生省では公表されていない例(2商品、2業者)がみられた。
       
     したがって、厚生省は、食中毒発生時の即応対策の迅速化・的確化を図る観点から、次の措置を講ずる必要がある。
    1.  食中毒対策要綱のモデルを作成しこれを都道府県等に提示する等により、適切な要綱の策定を推進すること。
    2.  広域的な食中毒事件における回収食品に係る情報連絡方法及び食品名の公表について、国と都道府県等の役割分担を一層明確にし、これを都道府県等に周知徹底すること。
       
  (2) 食中毒の原因究明の迅速化・的確化
     食中毒に係る医師の義務に関しては、食品衛生法第27条第1項に基づき、食品、添加物、器具若しくは容器包装に起因して中毒した患者若しくはその疑いのある者を診断し、又はその死体を検案した医師は、直ちに保健所長にその旨を届け出なければならないこととされている。また、この届出は、食中毒の原因、発病年月日、時刻等について、文書、電話又は口頭により、24時間以内に行わなければならないこととされている(食品衛生法施行規則(昭和23年厚生省令第23号)第26条)。
 保健所長は、食中毒に係る上記届出を受けたときは、食品衛生法第27条第2項等に基づき、食中毒の原因となった食品等について調査し、その結果を都道府県等に報告しなければならないこととされている。また、食中毒処理要領においては、都道府県等は、医師の届出の励行を医師会を通じて、又は個々の事例を利用して各医師に周知徹底するように努めなければならないこととされており、また、保健所は、食中毒事件が発生した場合、事件直後に速やかに調査に着手し、調査に必要な資料の収集、検体の採取などに当たらなければならないこととされている。
 一方、食中毒事件の原因究明に関しては、食品衛生法第19条の18第2項に基づき、都道府県等は、検食の保存期間を含め、営業の施設の内外の清潔保持等公衆衛生上講ずべき措置に関し必要な基準(管理運営基準)を定めることができることとされている。厚生省は、昭和47年に、管理運営基準の作成に資するため、「食品衛生法の一部を改正する法律等の施行について」(昭和47年11月6日付け環食第516号厚生省環境衛生局長通知)において都道府県等に「管理運営基準準則」を示し、検食の保存対象業種を弁当屋及び仕出し屋とし、検食の保存期間を48時間以上とするよう指導した。
 しかし、近年の食中毒事件が大規模化の傾向にあること、平成8年にO157による食中毒事件が続発したこと、社員食堂を有する事業所、学校、病院等の施設(以下「集団給食施設」という。)については、管理運営基準を定める対象とされていなかったことから、厚生省は、「大規模食中毒対策について」(平成9年3月24日付け衛食第85号厚生省生活衛生局長通知)において「大量調理施設衛生管理マニュアル」(以下「衛生管理マニュアル」という。)を都道府県等に示し、調理施設のうち、同一メニューを1回300食以上又は1日750食以上を提供する大量調理施設については、検食の保存期間を2週間以上とした。さらに、同年6月には、衛生管理マニュアルの対象外であった同一メニューを1回300食未満又は1日750食未満を提供する中小規模の調理施設においても、検食の保存期間を衛生管理マニュアルと同じく2週間以上とするよう都道府県等に通知している。
 全国における平成8年から10年までの間の食中毒事件(6,187件)について、原因食品及び原因施設の判明状況をみると、原因食品の判明率(食中毒事件数に占める原因食品の判明件数の割合)は、8年の73.5パーセントから9年41.0パーセント、10年36.7パーセントへと半減しており、また、原因施設の判明率も、同様に72.9パーセントから63.0パーセント、51.6パーセントへと低下している。この主な理由として、厚生省は、サルモネラ(潜伏期間が5時間ないし72時間)、カンピロバクター(潜伏期間が2日ないし7日)等の潜伏期間が長い病因物質を原因とする食中毒事件が増えてきたことから、保健所が食中毒を探知して調査に着手した時点では、既に検食が保存期間を経過し、廃棄されていることが挙げられるとしている。
       
     今回、厚生省及び41都道府県等における食中毒事件に係る原因究明の実施状況等を調査した結果、次のような状況がみられた。
     平成9年及び10年に発生した患者数が50人を超える食中毒事件(343件)の中から抽出した27件について、食中毒の発生に係る医師の保健所長への届出状況をみると、医師が検査結果の判明後に届け出た方がよいと判断したため、食中毒事件の疑いがある段階での届出が励行されていないものが3件あり、中には、患者を診断した日の3日後に届出を行ったため、保健所の初動調査が遅れた例がある。
     調査した41都道府県等が定めている管理運営基準における検食の保存対象業種の設定状況をみると、7都道府県等では対象業種を弁当屋及び仕出し屋のみとしている。しかし、これら7都道府県等の平成10年における旅館及び集団給食施設の食中毒事件数及び患者数は、1)旅館に係る事件数は34件(全国の旅館に係る事件数に占める割合は20.1パーセント)、患者数は666人(全国の旅館に係る患者数に占める割合は9.9パーセント)、2)集団給食施設に係る事件数は18件(全国の集団給食施設に係る事件数に占める割合は15.4パーセント)、患者数は882人(全国の集団給食施設に係る患者数に占める割合は14.1パーセント)となっている。
 また、調査した41都道府県等が定めている管理運営基準における検食の最低保存期間の設定状況をみると、1)48時間が16都道府県等、2)72時間が22都道府県等及び 3)2週間が3都道府県等と区々となっている。検食の保存期間を72時間としている22都道府県等の中には、食中毒の原因施設を特定したものの、検食の保存期間(72時間)が経過して、廃棄されていたため原因食品が特定できなかったものが3件みられた。
       
     したがって、厚生省は、食中毒事件が発生した場合における原因究明の迅速化・的確化を図る観点から、次の措置を講ずる必要がある。
    1.  食中毒事件の疑いがある段階での医師の届出の励行について、医師会を通じ、医師に周知徹底するよう都道府県等に対し指導すること。
    2.  検食の保存対象業種を拡大するとともに、その保存期間を延長するよう都道府県等に対し助言・指導すること。
       
2 食中毒の発生防止対策
  (1) 集団給食施設に対する監視指導の充実
     平成11年に発生した食中毒事件のうち、原因施設が判明した1,246件の患者数は2万9,785人で、このうち、集団給食施設に係る患者数は7,147人となっており、全患者数の24.0パーセントを占めている。また、平成11年における全国の食中毒事件1件当たりの平均患者数は23.9人であるのに対し、集団給食施設においては、学校給食施設が120.9人(食中毒件数21件)、社会福祉施設が32.5人(同24件)、病院が40.5人(同23件)とその被害は大規模なものとなっており、これら施設における食中毒の発生防止対策は一層重要となっている。
 集団給食施設については、法令上、都道府県等が管理運営基準及び公衆衛生の見地から必要な施設基準(以下「施設基準」という。)を定めることとされておらず、各都道府県等でもこれらを定めていなかった。このため、保健所は、法令上の根拠がないため、集団給食施設に対する食中毒予防についての指導は行い難いものとなっていた。
 厚生省は、平成9年3月に、衛生管理マニュアルに基づいて、集団給食施設に対する監視指導を行うよう都道府県等を指導している。また、平成9年4月には学校給食施設について9年度から、10年3月には社会福祉施設について10年度から、それぞれ衛生管理マニュアルに基づく一斉点検を実施するよう都道府県等を指導している。
 また、厚生省は、平成9年3月に、社会福祉施設及び医療機関に対して衛生管理マニュアルに基づき衛生管理の徹底に努めること(自主点検)を指導するよう都道府県等を指導している。
 一方、文部省は、平成8年5月から7月までの間にO157を原因とする学校給食施設に係る食中毒事件が発生し、約7,000人が罹患、うち5人が死亡するなどの重大な事態を招いたことから、学校給食施設における自主点検(定期衛生点検及び日常点検)の実施による衛生管理の改善充実及び食中毒の防止を図るため、厚生省と協議の上、9年4月に「学校給食における衛生管理の改善及び食中毒発生の防止について」(平成9年4月1日付け文体学第266号文部省体育局長通知)において学校給食衛生管理基準を定め、都道府県等教育委員会に対して、本基準に基づき適切な自主点検の実施に努めるよう指導している。
       
     今回、文部省、厚生省、34都道府県等(22都道府県及び12保健所設置市)、59保健所並びに79集団給食施設(学校給食施設37、社会福祉施設23、病院19)における学校給食施設及び社会福祉施設に対する一斉点検の実施状況及び集団給食施設における衛生管理に係る自主点検の実施状況等を調査した結果、次のような状況がみられた。
     平成12年7月末現在、都道府県等が、集団給食施設に関する管理運営基準及び施設基準を条例により設定しているものは皆無であり、また、基準の設定に向けて条例制定に着手しているのは東京都及び富山県の2都県にとどまっている。
 調査した59保健所の中には、集団給食施設の指導について、衛生管理マニュアル等に適合していない施設であっても、権原に基づく指導を行うことができないことから、管理運営基準及び施設基準の策定を望む意見がある。
     一斉点検の対象とされている学校給食施設(37施設)及び社会福祉施設(23施設)について、当庁が衛生管理マニュアルの点検項目にしたがって、これら施設の衛生管理の実態を調査したところ、延べ3,891の調査事項中495事項(12.7パーセント)が不適切なものとなっていた。
 また、これら衛生管理が不適切となっている495事項の中には、保健所の一斉点検で指摘を受けていないものが152事項(30.7パーセント)あり、十分な一斉点検が行われていないものとなっている。一斉点検は、学校給食施設は4月から5月までの2か月間に、社会福祉施設は4月から7月までの4か月間に実施することとされており、保健所の中には、一斉点検対象施設数が多いため、1施設の点検を数十分で行っているものがあるとしている。
 さらに、一斉点検の対象とされていない病院についても同様に調査(19施設)したところ、延べ1,249の調査事項中151事項(12.1パーセント)が不適切なものとなっていた。
     厚生省は、学校給食施設及び社会福祉施設に対する一斉点検の結果に基づく指摘を行った場合、改善計画書を提出しない施設及び改善を行わない施設については、施設名及び改善勧告内容を積極的に公表するよう指導しているが、調査した保健所でこれらを公表しているものはない。また、保健所の中には、1)改善指導(勧告)を文書によらず口頭により行っているもの、2)改善の確認を翌年度の一斉点検まで行っていないものがある。
 このため、一斉点検の結果に基づき、保健所が不適切と指摘した561事項のうち、253事項は当庁が調査を行った時点までに改善されていたが、308事項については具体的な改善が図られていない。このうち、117事項は、改善措置を講ずるため予算措置を含めた中期的な改善計画を策定するなど、積極的な対応が行われているが、残る191事項は、1)原材料が配送用包装のまま調理場に持ち込まれているもの、2)使用水の点検が励行されていないもの、3)原材料の納入に際して調理従事者等が立ち会っていないものなど容易に改善が可能な事項である。
     調査した17都道府県等における社会福祉施設に対する自主点検に係る指導状況をみると、12都道府県等は、厚生省の指導を踏まえ、衛生管理マニュアルによる自主点検を励行するよう指導しているが、5都道府県等は、保健所が自主点検の励行を指導しているものと考え、特段の指導を行っておらず、保健所における自主点検の励行指導の有無も確認していない。
 また、調査した17都道府県等の23社会福祉施設における自主点検の実施状況をみると、1)自主点検を行っているとしているものの、その事実が確認できないものが5施設、2)衛生管理マニュアルを参考としているが、加熱調理食品の温度を記録していないなど、点検事項の一部を省略して実施しているものが15施設ある。
 同様に、調査した15都道府県等の病院に対する自主点検に係る指導状況をみると、14都道府県等は厚生省の指導を踏まえ、衛生管理マニュアルによる自主点検を励行するよう指導しているが、1都道府県等は、保健所が自主点検の励行を指導しているものと考え、特段の指導を行っておらず、保健所における自主点検の励行指導の有無も確認していない。
 また、調査した15都道府県等の19病院における自主点検の実施状況をみると、1)自主点検を行っていないものが2病院、2)衛生管理マニュアルを参考としているが、毎日の水質検査を行わず不定期的に実施することとしているなど、点検事項の一部を省略して実施しているものが16病院ある。
     調査した35市町村教育委員会における学校給食施設に対する保健所の一斉点検結果の把握状況及びその結果に基づく学校給食施設に対する指導状況をみると、いずれの教育委員会も学校給食施設が受けた指摘事項は把握している。しかし、指摘事項について改善指導を行い改善状況を確認しているものは1教育委員会のみであり、残り34教育委員会は、保健所の指摘事項については学校給食施設が責任を持って対応すべきものであるとして、学校給食施設に対し特段の指導を行っていない。
 しかし、学校給食施設に対する一斉点検で不適切と指摘された事項の中には、改善措置を講ずるためには新たな予算措置を必要とするなど、教育委員会と学校給食施設が一体となった対応が必要なものがある。
 また、調査した35市町村教育委員会のうち、29教育委員会では、学校給食施設における学校給食衛生管理基準に基づく自主点検の励行を学校等に通知・指導している。しかし、このうち6教育委員会は、1)同基準では鶏卵の保存温度は5度とされているが、常温による保存を認めている、2)同基準では生鮮食品は当日仕入れとされているが、下処理を行うために前日仕入れを認めているなど、当該基準の一部を緩和して通知・指導している。また、調査した37学校給食施設における自主点検の実施状況をみると、定期衛生点検項目の一部を実施していないものが12施設ある。
     学校給食施設の衛生管理の基準として用いられている学校給食衛生管理基準は、学校給食の特質を踏まえ策定されたものである。しかし、文部省は、基準策定に当たって厚生省との連携を必ずしも十分に行わなかったため、両者の整合が十分に図られていない。これを衛生管理マニュアルと比較すると、衛生管理のレベルの高い事項がある一方で、衛生管理マニュアルに盛り込まれている「調理機械の分解・洗浄・消毒等」が盛り込まれていないなど、衛生管理のレベルの低い事項が一部みられる。このため、衛生管理マニュアルでは分解、洗浄、消毒することとされている調理機械(ミキサー)について、これを分解するための工具が別途注文品であったこともあって分解せず、洗浄が不十分となったことが原因で食中毒事件が発生した例がある。
 また、調査した34保健所では、学校給食施設について、衛生管理マニュアルに基づいて一斉点検を行っているとしているが、同マニュアルの基準に適合していない事項があっても、学校給食衛生管理基準に適合している場合には指摘を行っていないものが15保健所ある。
       
     したがって、文部省及び厚生省は、集団給食施設における衛生管理を確保するため、次の措置を講ずる必要がある。
    1.  集団給食施設の管理運営基準及び施設基準の設定に係る条例の制定例を提示する等により、条例の制定の促進に資するための措置を講ずること。
      (厚生省)
    2.  学校給食施設及び社会福祉施設に対する保健所の一斉点検について、点検実施期間を延長する等の方途を講ずることにより、これを適切に励行するよう都道府県等に対し助言・指導すること。
 また、病院について、学校給食施設及び社会福祉施設に対する一斉点検に準じた監視指導を実施するよう都道府県等に対し指導すること。
      (厚生省)
    3.  一斉点検結果に基づく指摘事項については、改善勧告の文書による実施及び改善計画の徴収を徹底するとともに、未改善施設の積極的な公表を励行するよう都道府県等に対し助言・指導すること。
      (厚生省)
    4.  自主点検の励行を指導することについて、都道府県等に対し助言・指導すること。
      (厚生省)
    5.  市町村教育委員会が、学校給食施設に係る一斉点検結果に基づく指摘事項の改善の推進及び自主点検の励行について、学校給食施設に対し一層の指導を行うよう、都道府県教育委員会に対し助言・指導すること。
      (文部省)
    6.  文部省は、厚生省と協議の上、学校給食衛生管理基準について、衛生管理マニュアルとの整合を図ること。
      (文部省)
       また、厚生省は、学校給食施設に対する一斉点検に当たって、衛生管理マニュアルに基づき適切な監視指導を行うよう都道府県等に対し助言・指導すること。
      (厚生省)
  (2) 総合衛生管理製造過程承認制度の運用の適切化
     厚生大臣は、食品衛生法第7条第1項に基づき、公衆衛生の見地から、販売に供する食品の製造又は加工の方法につき基準を定めることができることとされ、また、同条第2項により、この基準が定められたときは、基準に合わない方法による食品の製造又は加工等は禁止されている。現在、当該基準としては、乳及び乳製品の成分規格等に関する省令(昭和26年厚生省令第52号。以下「乳等省令」という。)及び食品、添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第307号)が定められている。
 近年の製造・加工技術、衛生管理の高度化及び規制の弾力化を背景として、平成7年5月に食品衛生法の一部が改正され、総合衛生管理製造過程承認制度(以下「総合衛生管理承認制度」という。)が創設された(平成8年5月施行)。総合衛生管理承認制度は、食品の製造又は加工の方法及びその衛生管理の方法について、食品衛生上の危害の発生を防止するための措置が総合的に講じられた製造又は加工の過程(総合衛生管理製造過程)を厚生大臣が承認するものであり、同制度に基づく承認を受けた製造過程による食品の製造又は加工については、食品衛生法第7条第1項に基づく基準に適合した方法とみなされることとされている。
 総合衛生管理承認制度は、これを導入した施設にとって、食品衛生管理がより一層確保される一方、食品衛生管理者の配置を要しない等の規制緩和の効果がある。
 総合衛生管理承認制度の対象とされる食品は、乳、乳製品、清涼飲料水、食肉製品、魚肉練り製品及び容器包装詰加圧加熱殺菌食品の6食品で、承認を受けた施設は、平成12年4月7日現在、409施設(923品目)となっている。
       
     今回、総合衛生管理承認制度の運用状況等を調査した結果、次のような状況がみられた。
 平成12年6月に、総合衛生管理承認制度の承認を受けている乳・乳製品製造工場を原因施設とする食中毒事件が発生し、12年8月10日現在、その有症者(食中毒症状を有していると申し出た者)数は15府県に在住の1万4,000人を超えており、過去最大規模の食中毒事件となっている。
 この食中毒事件の発生原因等については、厚生省、管轄都道府県等が調査中で、確定していないが、平成12年8月29日現在において入手可能な資料等により整理すると、次のとおりである。
    1.  厚生省は、総合衛生管理承認制度に基づく承認に際しては、製造の過程、施設設備の構造等を明らかにした資料を申請書に添付させ、書類審査を行った上で、承認申請に係る施設設備についての実地調査を行い、承認の可否を検討している。
 しかし、平成10年1月19日付けで承認された当該原因施設については、承認申請時の提出資料に、乳製品製造設備及び製造の一部工程が記載されていない。また、当該原因施設の管轄都道府県等は、同施設に対し、平成10年度に8回、11年度に6回の立入検査(食品衛生監視指導)を行っているが、提出書類に記載されていない工程(設備)の存在を認知できなかったとされている。
    2.  総合衛生管理承認制度の承認基準では、牛乳、加工乳等の製造過程において、食品衛生上の危害の原因となる物質が発生するおそれのある工程ごとに、危害の発生防止措置を定めることとされており、病原微生物(黄色ブドウ球菌、セレウス菌等)が産出する毒素についても危害の発生防止措置を定めることとされている。
 しかし、今回の食中毒事件の主要な原因物質とされている黄色ブドウ球菌が産出する毒素(エンテロトキシンA型。原因施設が使用した原料の一部である同社の別工場が製造した脱脂粉乳に含まれていたもの)の混入の有無について、原因施設ではその検査を実施していない。また、管轄都道府県等の立入検査においては、検査の実施状況が確認されていないとされている。
    3.  当該原因施設において、設備(バルブ)の洗浄が的確に行われていないことが食中毒事件の発生原因である可能性が指摘されており、また、洗浄等に係る記録も不十分であったとされているが、事件発生前の管轄都道府県等の立入検査においては、これらの事実が把握されていない。
    4.  原因施設においては、乳等省令では認められていない加工乳再利用による加工乳の製造が行われていた。
 また、製品を再利用する工程で、消費期限が経過した製品が使用されていたとの指摘もあるが、管轄都道府県等の立入検査は、これらの事実の有無を確認し得るものとはなっていない。
     一方、厚生省は、総合衛生管理承認制度の承認施設に対する立入検査の検査事項等をチェックリストとして示しており、立入検査はこれに基づいて行われているが、上記 2. 、 3. 及び 4. のような不適切な実態を把握するものとはなっていない。
       
   したがって、厚生省は、総合衛生管理承認制度の運用の適切化を図る観点から、次の措置を講ずる必要がある。
  1.  総合衛生管理承認制度の承認審査に際しては、製造工程等に係る実地調査を綿密に実施する等申請内容の確認を徹底すること。
  2.  総合衛生管理承認制度の承認施設について、今回の食中毒事件の経緯をも踏まえ、立入検査のチェックリストを見直した上で、これに基づき、都道府県等と連携しつつ、立入検査を厳正に行うこと。
       
3 輸入食品に係る監視指導の適切化
   輸入食品に係る監視指導については、食品衛生法第15条第3項に基づき、厚生大臣は、食品衛生上の危害の発生を防止するため必要があると認めるときは、政令で定める食品、添加物、器具又は容器包装(以下「輸入食品」という。)であって、生産地の事情その他の事情からみて有毒又は有害な物質が含まれているおそれのあるもの等を輸入する者に対し、厚生大臣又は厚生大臣が指定した者の行う検査を受けるべきことを命ずることができることとされている。また、食品衛生法第17条第1項に基づき、厚生大臣、都道府県知事、保健所設置市の市長又は特別区の区長は、必要があると認めるときは、営業を行う者等から必要な報告を求めることや必要な限度において輸入食品を無償で収去させることができることとされている。
 厚生省は、平成12年4月1日現在で、全国に13検疫所、14支所、77出張所及び1分室の合計105検疫所等を設置し、このうち、32検疫所等に輸入食品の届出窓口を設置している。検疫所が自ら行う検査は、横浜検疫所及び神戸検疫所に設置されている輸入食品・検疫検査センター(以下「検査センター」という。)及び成田空港検疫所等5検疫所に設置されている検査課で実施されている。
 また、厚生省は、平成8年1月に、検疫所における輸入食品の検査方法等をまとめて、「輸入食品監視指導業務基準」(平成8年1月29日付け衛検第29号厚生省生活衛生局長通知。以下「業務基準」という。)を策定し、各検疫所に通知している。食品衛生法及び業務基準における輸入食品に係る検査は、検疫所が自ら行うモニタリング検査、厚生大臣の指定を受けた民間検査機関(指定検査機関)が行う命令検査等5種類があり、モニタリング検査は、「食品輸入届出済証」の交付を受け既に国内市場に流通している輸入食品を対象とした検体の検査である。
   厚生省は、国内に流入した輸入食品の監視に関しては、昭和28年9月に、各都道府県等に対し、1)輸入食品の検査については、都道府県等においては、国内食品と同様に検査を行い、検査の結果不適格品を発見した場合は、速やかに厚生省に報告すること、また、2)輸入食品について国が行った検査結果による不適格品については月報で都道府県等に周知する旨を通知している。
       
   今回、厚生省、12検疫所等(2検疫所支所を含む。以下同じ)及び38都道府県等(25都道府県及び13保健所設置市)における輸入食品に係る監視指導状況等を調査した結果、次のような状況がみられた。
  ア モニタリング検査の実施状況
     モニタリング検査については、検査に対する国民の信頼性を確保することを理由に、検疫所(検査センターを含む。)自らが行っている。
 しかし、過去の実績からみて違反の蓋然性が高いとして検査対象品目とされている食品に対して行う命令検査については、指定検査機関が実施しているが、検査の信頼性について特段の支障は生じていない。
 ちなみに、行政改革委員会が、平成8年12月16日に内閣総理大臣に提出した「行政関与の在り方に関する基準」においては、行政関与の在り方を見直すに当たっての基本原則として、「「民間でできるものは民間にゆだねる」という考え方に基づき、行政の活動を必要最小限度にとどめる」とされている。
 また、業務基準では、検体の試験は、検体受領後7日以内に終了することとされている。調査した12検疫所等において平成10年度に実施したモニタリング検査の中から検査センターに送付して行った323件及び自所で検査した120件を抽出し、検査の所要期間(検体受領から検査終了までの期間。以下同じ。)を調査したところ、1)検査センター送付のうち、7日を超えているものが172件(53.3パーセント)みられ、また、2)自所検査のうち、検査終了時期が判明した5件は、いずれも7日を超えていた。
 さらに、調査したモニタリング検査であって食品衛生法違反食品48件のうち、検査の所要期間が7日以内となっている3件の回収率は平均86.0パーセント(うち2件は100パーセント)となっているのに対し、21日を超えている9件の回収率は平均で43.2パーセント(うち3件は0パーセント)となっている。
 ちなみに12検疫所等で平成10年度に実施させた命令検査(1万2,287件)の中から抽出した276件(いずれも指定検査機関が検査を実施)の所要期間をみると、264件(95.7パーセント)は7日以内で終了している。
 なお、厚生省の資料によれば、平成12年4月から6月までにおけるモニタリング検査の所要期間は、検査センター送付分及び自所検査分を含め、1万827件中9,437件(87.2パーセント)は7日以内に検査が終了している。しかし、厚生省は、現在の輸入実績からみて、モニタリング検査において、統計上、95パーセントの信頼性を確保した上で違反率が1パーセント以内であることを検証するためには、約5万件の検査が必要であるとしているが、平成10年度の検査実績は約3万7,000件にとどまっている。これについて、調査した検疫所は、近年の輸入届出件数の増加に伴い要検査件数も増加していることが背景にあるとしている。
 さらに、調査した2検疫所における平成10年のモニタリング検査の実施状況をみると、1)検査項目が多いことから検体を多く収去しなければならず、開梱するカートンが多くなるため、輸入業者が収去に難色を示すことなどを理由に成分規格検査を実施していない例や、2)香辛料など1回の輸入量が少量であり、収去による損失が大きいため、業者の協力が得られないことを理由にカビ毒検査を実施していない例がある。
  イ 食品衛生法違反情報の提供等の状況
     調査した38都道府県等が平成8年度から10年度までの3年間に把握した輸入食品に係る食品衛生法違反事例は、19都道府県等で合計51件みられたが、このうち、12都道府県等の34件については、厚生省に報告が行われている。しかし、残る7都道府県等の17件については、1)輸入業者の所在する都道府県等に連絡すれば、当該都道府県等が、業者への回収命令等の必要な指導を行うとともに厚生省に報告も行うと判断したこと(6都道府県等)、2)死亡事故などの重大な健康被害を引き起こす可能性があると判断される場合のみ国へ報告することとしている(1都道府県等)などの理由により厚生省への報告を行っていない。また、厚生省は、都道府県等から報告を受けた情報を整理しておらず、調査した都道府県等のうち厚生省に違反情報を報告した12都道府県等の34件については、他の都道府県等への情報の提供の有無すら不明となっている。
 当庁が調査した都道府県等及び保健所からは、他の都道府県等が把握した輸入食品に係る違反事例には、管内で輸入食品に対する監視を行う際にも参考となる貴重な情報が含まれているため、できる限り多くの情報を提供してほしい旨の要望があった。
 一方、厚生省が把握した平成10年の違反事例についての都道府県等への提供状況をみると、把握した月の翌月に提供することが可能であるにもかかわらず、翌月に提供しているのは1か月分のみであり、その他は2か月ないし4か月遅延している。
       
   したがって、厚生省は、輸入食品の安全を一層確保する観点から、次の措置を講ずる必要がある。
  1.  現行のモニタリング検査について評価を行い、その結果を踏まえて、検査実施体制を含め、効率的、効果的な検査の実施方法について検討すること。
 また、モニタリング検査を適正に実施するよう検疫所を指導すること。
  2.  輸入食品に係る食品衛生法違反事例について、厚生省への報告を励行するよう都道府県等に対し助言・指導すること。
 また、厚生省が把握した違反事例について、速やかに他の都道府県等へ提供すること。
       
4 食品残留化学物質に対する安全確保対策及び新開発食品に対する表示対策
  (1) 食品のダイオキシン汚染対策の推進
     近年、ダイオキシンによる環境汚染に対する国民の関心が急速に高まるとともに、また、ダイオキシンによる健康への影響に対する不安も広がっている。このため、政府は、平成11年3月30日に「ダイオキシン対策推進基本指針」(ダイオキシン対策関係閣僚会議決定)を策定し、関係省庁の連携の下、政府一丸となって対策を推進することとした。同指針では、緊急に講ずべき対策を強力に推進することとされており、このうち、食品に関係する主なものは、1)耐容1日摂取量(TDI:TolerableDailyIntake(人が一生涯にわたり摂取しても健康に対する有害な影響が現れないと判断される体重1キログラム当たりの1日当たり摂取量))等の各種基準等作り、2)健康への影響の実態把握、3)調査研究及び技術開発の推進等がある。
 また、厚生省は、ダイオキシン対策推進基本指針に基づいて、平成11年度に、食品中のダイオキシン汚染実態調査、母乳中のダイオキシン類に関する研究等17事項(21課題)の試験研究を実施している。
 なお、ダイオキシンのTDIについては、ダイオキシン類対策特別措置法(平成11年法律第105号。平成12年1月15日施行)第6条により、世界保健機関(WHO)基準と同等の人の体重1キログラム当たり4ピコグラム以下(従来は10ピコグラム以下。1ピコグラムは1兆分の1グラム)とされている。
       
    今回、厚生省における食品中のダイオキシン汚染対策について調査した結果、次のような状況がみられた。
     平成12年4月4日のダイオキシン対策関係閣僚会議において、上記指針に基づく調査研究・技術開発の総合的計画が決定された。この中で、ダイオキシンの人の健康等への影響については未解明な部分が多いため、各種の調査研究の推進が求められており、厚生省は、今後、人への暴露評価を含めた健康影響に関する15事項の調査研究を実施し、平成14年度を目途に、ダイオキシン類による人への暴露実態等を踏まえ、人への健康影響を総合的に評価することとされている。
     厚生省は、ダイオキシン汚染事故が発生した場合の汚染食品を判定するための基準やその流通被害の防止に的確に対応するための方針を策定していない。このため、次のとおり、ダイオキシン汚染事故の発生から最終的な措置指導を行うまでに5か月を要している例がある。
 平成11年5月末から6月にかけてベルギー産の輸入食品(豚肉、鶏肉等)についてダイオキシン汚染事故が発生しているが、厚生省の対応をみると、次のとおりである。
1.  厚生省は、欧州委員会や関係国からの情報等に基づき、平成11年6月上旬に各検疫所等に対し、( i )11年1月15日以降に輸入された汚染の疑いのある食品については、輸入者に対し、汚染状況が確認されるまでの間、販売及び使用を控えるとともに、すべての流通先への同内容の情報提供を指導すること、( ii )今後輸入されるものについては、輸入届出を保留し、輸入者に対し、輸出者に本件との関係について照会するよう指導することを通知している。しかし、平成11年1月15日から6月1日までの間に汚染が疑われる食品が623トン輸入(輸入手続中のものを含む。)されているが、輸入届出等の保留や販売自粛等により流通を止められたものは345トンのみであった。
2.  厚生省は、ベルギー政府から、今回の事件の原因が、家畜飼料にPCB(ポリ塩化ビフェニル)が混入したことであるとの情報を平成11年8月ころ入手している。このため、各検疫所等に対して、平成11年11月に、輸入済み及び通関保留中のベルギー産豚肉等については、輸入者に指定検査機関でのPCB検査を受検させ、その結果により、汚染の有無を判断(脂肪中のPCB濃度がO.2ppm(ピーピーエム)以上の場合汚染と判断)することを通知し、汚染されたものがある場合は、検疫所等が輸入者に対して輸出者に返品(積み戻し)するよう指導している。
     本事故について輸入者が行った指定検査機関によるPCB検査結果では、38食品(345トン)中6食品(96トン)が基準値を上回った。検疫所では、これらの食品について、輸入者は既に輸出者へ返品したとしている。しかし、厚生省は、本事故のPCB検査の結果及びその後の汚染食品の処分状況については、個別の違反事例であることを理由に公表していない。
 しかし、食品のダイオキシン汚染については国民の関心が高く、また、当庁が調査した消費者団体の中には、ダイオキシン汚染事故については、汚染食品の検査結果や処分状況を適時に公表してほしいとする意見がみられる。
       
     したがって、厚生省は、食品のダイオキシン汚染に適切に対応する観点から、次の措置を講ずる必要がある。
    1.  健康への影響に関する幅広い調査研究を行い、その結果を踏まえて、食品のダイオキシン汚染事故に的確に対応するための方針の策定を含め、ダイオキシン事故に関する対策を検討すること。
    2.  ベルギー産豚肉等に係るPCB検査の結果及びその処分の状況については早急に公表するとともに、今後、汚染食品の検査結果及び処分の状況を公表すること。
       
  (2) 内分泌かく乱化学物質の健康影響評価の推進
     近年、一部の化学物質について、極めて微量であっても内分泌かく乱作用を引き起し、人の健康に影響を与えるおそれがあるとの指摘が行われている。このため、平成10年6月、内分泌かく乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)の調査研究等に関係する9省庁(科学技術庁、環境庁、文部省、厚生省、農林水産省、通商産業省、運輸省、労働省、建設省)で、内分泌かく乱化学物質について情報交換等による連携・調整を図るため、「内分泌かく乱化学物質問題関係省庁課長会議」(以下「関係省庁会議」という。)を設置している。関係省庁会議においては、1)厚生省は、主として人の健康への影響の観点から、人の暴露実態調査、作用メカニズムの解明、健康影響評価、内分泌かく乱作用の毒性評価方法等の確立に関する調査研究を実施すること、2)環境庁は、主として環境保全の観点から、環境汚染・野生生物影響等調査、環境汚染を通じたリスク評価等を実施すること等とされている。
       
     今回、厚生省及び環境庁における内分泌かく乱化学物質についての調査研究の実施状況等を調査した結果、次のような状況がみられた。
 厚生省は、平成10年4月、内分泌かく乱化学物質問題の把握と今後の取組について検討するため、「内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する検討会」(厚生省生活衛生局長の私的検討会)を設置しており、同検討会は、同年11月に中間報告を行っている。当該報告では、内分泌かく乱化学物質を、医薬品、有機塩素系の殺虫剤、ポリ塩化ビフェニル、アルキルフェノール類及び植物性エストロゲンに区分して健康影響に関する評価を行っている。また、内分泌かく乱化学物質の科学的評価として、内分泌系への薬理作用を期待して使用された物質を除き、内分泌かく乱化学物質が与え得る人への健康影響について、確たる因果関係を示す報告はみられないとした上で、「内分泌かく乱化学物質問題は、現時点では科学的に未解明な点が多く残されているため、緊急性の高いものから段階的な計画を立てて対策を進めていくことが必要である」としている。
 厚生省は、現在、OECD(経済協力開発機構)において内分泌かく乱化学物質をスクリーニングするための統一試験法を開発中であり、平成12年度中にもその成果が得られる予定であることから、その試験方法に従って、内分泌かく乱化学物質を有すると指摘されている物質について、順次試験を実施していく方針であるとしている。
 一方、環境庁は、平成10年5月に、内分泌かく乱作用を有すると疑われる化学物質として、ビスフェノールA、ポリスチレン等67の化学物質を公表している。また、環境庁は、このうち、約40物質について、平成12年度から14年度までの3年間で有害性などのリスク評価を行うため、12年4月に学識経験者(9名)による「内分泌かく乱化学物質問題検討会」を設置している。同検討会では、12年度に優先的にリスク評価を行うものとして、トリブチルスズ、オクチルフェノール等7物質を選定している。
 内分泌かく乱作用を有すると疑われる化学物質については、できるだけ早期に人の健康影響に関する評価を行い必要な対策を行うべきであり、評価の優先度の高い化学物質としては、ノニルフェノール等が考えられるとする専門家の意見がある。
 また、当庁が調査した消費者団体(26団体)のうち、半数(13団体)の団体において、内分泌かく乱化学物質であるとされている物質について、人の健康への影響調査、ホルモン作用のメカニズムの解明を急いでほしい等の意見がみられる。
       
     したがって、厚生省は、内分泌かく乱化学物質の安全対策を推進する観点から、人の健康への影響が懸念される化学物質について、関係省庁と連携を図り早急にその評価を行う必要がある。
       
  (3) 遺伝子組換え食品の表示の適正化
     近年、バイオテクノロジーを利用した遺伝子組換え食品の市場流通が現実のものとなってきたことから、消費者等からその表示を求める声が高まっている。このような背景の下に、農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律(昭和25年法律第175号。以下「JAS法」という。)が平成11年7月11日に改正され、遺伝子組換え食品の表示が義務付けられた。
 これを受けて、農林水産大臣は、平成12年3月31日に遺伝子組換えに関する表示に係る品質表示の基準を告示(平成12年農林水産省告示第517号)している。当該基準においては、1)品質表示の対象として、厚生省の安全性審査が行われた5農産物及び対象農産物を原材料とする24食品が指定(品質表示は平成13年4月1日から適用)され、2)遺伝子組換え食品の表示は、「遺伝子組換え」、「遺伝子組換え不分別」、「遺伝子組換えでない」の3種類とされ、また、3)「遺伝子組換えでない」と表示するためには、「分別生産流通管理」(生産、流通の各段階における管理の内容を証明する書類により善良なる管理者の注意をもって遺伝子組換え農産物と非遺伝子組換え農産物が分別管理されたことを明確にした管理の方法)された非遺伝子組換え農作物を原材料とする必要があるとされている。
 なお、JAS法の品質表示の対象となる5農産物のうち、「ばれいしょ」、「なたね」及び「綿実」の3農産物を原料とする加工食品には、現在のところ、組み換えられた遺伝子及びそれによって生じたタンパク質が残存するものがないことから、これを原料とする食品は指定されていない。
 農林水産省は、残る「大豆」及び「とうもろこし」について、平成12年1月に分別生産流通管理の具体的な方法を示した「アメリカ及びカナダ産のバルク輸送非遺伝子組換え原料(大豆、とうもろこし)確保のための流通マニュアル」を作成した。この中で、分別生産流通管理は、生産から製造までの流通の各段階において、分別生産流通管理を行った当事者(管理主体)がその内容を示した証明書を発行し、取引の相手方に渡す方法により実施することとしている。
       
     今回、農林水産省における遺伝子組換え食品の表示に関する対応状況等を調査した結果、次のような状況がみられた。
 農林水産省は、大豆について、遺伝子組換え作物の流通の実態から、非遺伝子組換え食品への遺伝子組換え作物の混入を完全に防止することは不可能であるが、上記流通マニュアルに基づく分別生産流通管理を適切に行えば、大豆においては、結果的に、遺伝子組換え作物の混入率5パーセント以下を目安とした取引が可能となるとしている。
 一方、農林水産省は、とうもろこしについて、生産段階で他の品種との交雑が行われること等から、非遺伝子組換えとうもろこしを分別生産流通管理する場合において、遺伝子組換えとうもろこしの混入率の目安を定めることは現時点では困難としているが、分別生産流通管理を行えば「遺伝子組換えでない」と表示できることとされている。
 さらに、大豆及びとうもろこしを原料とする食品において、「遺伝子組換えでない」と表示された食品について、遺伝子組換え作物が一定以上混入していた場合においても、現状では遺伝子組換え作物の食品への混入率を定量するための分析方法は、世界的にみても確立されておらず、遺伝子組換え作物の混入割合は定量できないものとなっている。
 また、農林水産省は、消費者の要請に対応した遺伝子組換え食品表示の実施に資するため「組換え体の産業的利用における安全性確保に関する総合研究」(平成11年度から15年度)を行っており、この研究の中で、平成12年度から、食品原料や加工食品から、組換え遺伝子やそれに由来するタンパク質を検知・定量する技術の開発に着手している。
 当庁が調査した消費者団体の中には、遺伝子組換え食品でないとする食品の中に遺伝子組換え食品が混入する場合があると考えられるので、流通段階における検査を強化してほしい等の意見がみられるが、これは、遺伝子組換え作物の食品への混入率を定量する分析方法の確立が前提となっている。
       
     したがって、農林水産省は、遺伝子組換え食品の表示の一層の適正化を図り、消費者選択に資する観点から、遺伝子組換え作物の食品への混入率を定量する分析方法の確立を急ぐ必要がある。