[総合評価] | ||||
1 国の中小企業政策と中小企業退職金共済事業団の位置付け | ||||
国は、各種の中小企業政策を実施しており、その一つとして、中小企業の従業員の福祉の増進と中小企業の振興に寄与することを目的として、「中小企業退職金共済制度」を設けている。この制度は、中小企業退職金共済法(昭和34年法律第160号)に基づき、独力では退職金制度を設けることが困難な中小企業者(事業主)から掛金を集めて運用し、従業員に退職金を支給することを内容とするものであり、平成8年度末現在の加入企業数は約41万社、加入従業員数は約280万人に達している。中小企業退職金共済事業団(以下「中退事業団」という。)は、中小企業退職金共済法に基づき、中小企業退職金共済制度を運営する役割を担っている。
共済事業は、資産規模約2兆9,400億円(平成8年度末現在)に及び、財務的には中退事業団のほとんどすべてを占めるといって過言ではない。共済事業は掛金収入を基礎として運営されるが、国は事務費補助と掛金助成補助の2種類の補助金を交付している。このうち事務費に係る補助金は、中退事業団の運用資産を上乗せする効果があり、補助金がなかった場合に比べ運用資産を約1.8パーセント増加させる効果があると推計される。 また、共済融資事業は、共済事業の掛金収入の一部を原資として、共済事業の加入事業主に対し、従業員の福利厚生施設(従業員住宅、保養所、食堂等)の整備資金を貸し付けるもので、貸付残高は約40億円(平成8年度末現在)となっており、財務的なウエイトは小さい。 |
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2 共済事業 | ||||
(1) | 予定利率と運用利回り | |||
共済事業の退職金は「予定利率」及び「予定脱退率」を基に算定され、掛金月額と掛金納付月数に応じて、支払われる仕組みとなっている。したがって、中退事業団が将来の退職金の支払に備えて積み立てるべき「責任準備金」も、予定利率等に基づき積算されている。 この予定利率等は中小企業退職金共済法に基づいているため、実際の運用利回り等とは、当然、乖離が生ずる。したがって、会計上の仕組みとしては、実際の運用利回り等により形成される資産額が予定利率等に基づき積算された責任準備金の額を上回った場合に剰余、下回った場合に損失が発生することとなっており、現在の当期損失の発生の主要因は、実際の運用利回りが予定利率を下回っていることによる。 このような制度の下において、予定利率の改正が運用利回りの動向を踏まえた機動的なものとなっているか否か、また、資産の運用に関する制約について、より高く安定した収益を求める観点から見直す必要があるか否かが問題となる。 |
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(2) | 収支の状況 | |||
中退事業団の給付経理(共済事業)について、昭和62年度以降の収支状況をみると、運用利回りが予定利率を下回った平成元年度に当期損失が発生し、4年度以降は継続的に当期損失が発生している状況にある。 国は、平成3年度において予定利率の引下げ(6.60パーセントから5.50パーセント)を行っているが、引下げの対象が新規加入者に限定されており、既存加入者も対象とする場合に比べ、引下げ効果は小さいものであった。平成8年度になって、当期損失等の解消のため全加入者を対象に予定利率の引下げ(5.50パーセントから4.50パーセント)を実施したものの、運用利回りは更に低めに推移しており、結果として当期損失の解消に至っていない。 この間、国は、運用利回りの向上を図るため、中小企業退職金共済法に基づく運用商品の指定の見直しを行った。平成7年度に特定金銭信託、8年度に円貨建外国債を導入した結果、8年度において新商品による運用利回りは旧商品によるそれを上回る結果となったものの、当期損失を解消するまでには至らなかった。 このような収支状況の下、平成8年度末現在の累積欠損金は約1,100億円に上っている。これは、債務超過、すなわち責任準備金の積立て不足を意味しているが、その不足額の中退事業団の資産に占める割合は約4パーセントにとどまり、現在の加入者が一時に全員退職するようなことは、理論的にはあるにしても、現実的には予測しにくい事態であることから、理論上積算されるものである責任準備金の積立て不足は直ちに退職金の支払の困難化を意味するものではないといえよう。 |
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(3) | 共済事業をめぐる状況 | |||
昭和62年度から平成8年度の間における共済事業への新規加入者数等の状況をみると、新規加入者数は平成2年度の40.3万人をピークに平成8年度には34.9万人と減少し、脱退者数は昭和62年度の24.4万人から平成8年度には34.8万人と増加し続けている。このため、新規加入者数と脱退者数の差も平成元年度の12.4万人をピークに8年度には0.1万人と縮小してきている。 このようなことから、平成5年度以降、毎年度の退職金等給付金が掛金等収入に近づいてきている(掛金等収入と退職金等給付金の差は、平成4年度の935億円をピークに、8年度には248億円と縮小)。 仮に、このまま、脱退者数が増加し退職金等給付金が掛金等収入を上回る状況が続けば、運用資産が減少し、運用益の低下につながるおそれがある。 |
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(4) | 累積欠損金等の解消方策 | |||
現在の水準の累積欠損金は、短期的にみれば問題は大きくはない。しかし、予定利率と運用利回りの乖離の発生という制度上避けられない仕組みに加え、低金利傾向の下で累積欠損金が増加していく状況は、事業運営上、憂慮すべき事柄である。長期的には累積欠損金の解消を図らなければ、将来の退職金額に与える影響が大きくなることが懸念され、中退事業団にとっての重要な課題と位置付けられる。 このため、国は、当期損失の解消と累積欠損金の増加の抑制のため、平成11年度から予定利率を3パーセントに引き下げることとした。労働省の推計(平成10年1月)によれば、この引下げにより、平成11年度からは当期利益が発生し、累積欠損金についても10年度末現在の約1,700億円から徐々に減少するものの、15年度末現在においても約1,200億円が残る見込みとされている。 したがって、今後、この累積欠損金については、加入者間の公平性に配慮しつつ、中長期的に解消する必要がある。 このため、必要に応じ、金利動向及び収支状況等を踏まえた予定利率の機動的な見直し、運用利回りの向上のための資産運用の一層の効率化等を行うことが求められる。 |
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3 共済融資事業 | ||||
共済融資事業の貸付金残高は、平成4年度末に約140億円に達していたが、8年度末には約40億円にまで減少した。 これは、民間の金利水準が共済融資事業のそれを下回り、この事業のメリットが低下し、新規貸付けが減少するとともに、繰上償還が増加したことによる。 なお、平成7年度に貸付金利を引き下げたことにより、8年度には新規貸付件数が増加している。 一方、収支状況をみると、平成4年度から7年度にかけて当期損失が発生し、その金額も増加していた。これは、貸付金の原資となる給付経理(共済事業)からの借入金の金利が、事業主への貸付けの金利を上回っていたため生じたものである。その後、平成8年度には借入金利等の見直しを行い、逆ざやを解消したため、当期損失は減少している。 |