フェルミエ那珂マルシェのメンバーと入江さん(前列右端)

農業の広報活動支援、特産品等のPRなど

  • 茨城

茨城県 那珂市 地域おこし協力隊 隊員OG(任期:2020年4月〜2022年3月) 入江紫織さん

生産者と消費者の架け橋になりたいと転職を決意

東京で農業専門の新聞社に勤務し、記者として活動していた入江紫織さん。グループ会社への出向を機に、農家を取材する立場から、「全国の農家をメディアに露出させる」広報の立場に回った。その一環としてマルシェの運営などに携わるうちに、消費者と直に接する機会を得て、農業にまつわる情報を消費者にもっと伝えたいという気持ちが強くなっていった。

「記事を書いている立場では、情報を発信してもそれがどう伝わったのかを実感することがあまりありませんでした。一方で、マルシェに来てくれた方などに、私が知っている農産物の情報などを伝えるととても喜んでいただけました。単純に嬉しかったと同時に、農業に関して一般の方に知られていないことがまだまだ多いことも実感しました。農家さんが頑張って育てている野菜へのこだわりや、JAの取り組みなどをもっと知ってもらうためには、より丁寧に伝えていく必要があると思いましたが、農家さんが農作業と並行して自らPR活動を行うことは難しいですし、私がその役割を担うには、頻繁に部署が変わる新聞社勤務という立場では限界も感じました。そこで、もっと農業の魅力を伝えて生産者と消費者をつないでいく仕事をしたいと思い、転職活動を始めました。」

そうしたときに、茨城県那珂市が地域おこし協力隊を募集していることを知った入江さん。農産物の販路拡大や新しいシステムによる農業の活性化をミッションとしており、自分に最適だと直感した。

「那珂市とはまったく接点がなかったのですが、自分のやりたいことと一致していたので迷いはありませんでした。東京で開催された説明会での印象も良く、ちょうど那珂市でマルシェが開催されていたので、市役所の地域おこし協力隊の担当者の方の勧めもあり見学に行きました。現地では農家さんにも直接会ってお話もでき、ここならきっと楽しく働けそうだと思えたので転職を決意し、2020年4月に地域おこし協力隊として那珂市に着任しました。」

生パスタが評判になった、水戸農業高校の生徒さん、顧問の奥政代先生と

新型コロナウイルス感染症対策で考案したドライブスルーマルシェが評判に

現在、入江さんは地元のアグリビジネス組織「フェルミエ那珂」で、同組織の会員である40余りの農家が参加するマルシェや商談会の支援やPRを行っている。

「マルシェは月に1回開催していたのですが、私が着任した2020年4月は新型コロナウイルス感染症が拡大しており、3月の開催は中止を余儀なくされていました。市役所の方の案内で農家さんへの挨拶回りに出向いた際も、コロナ禍の影響で暗い話が多かったです。学校が休校になり、給食用に供給していた野菜も行き場を失って廃棄されていました。こうした状況のなか、何とかしてマルシェの開催を実現することが、私の最初の仕事となりました。」

入江さんは、ソーシャルディスタンスを確保しつつ、お客さんの利便性も両立できないかと検討した結果、「野菜の詰め合わせセット」を、ドライブスルー方式で販売する「ドライブスルーマルシェ」というアイディアを考え、開催にこぎつけた。

「4月のマルシェ開催も中止になりそうな状況だったので、実現できて本当によかったです。その後も、ドライブスルー方式での開催を継続することができ、コロナ禍で集客に悩む地元の飲食店も巻き込む形でイベントを開催するなどして、広がりもできました。『ドライブスルーマルシェ』をPRするには、メディアに取り上げてもらうことが近道でしたし、ここは新聞社にいた自分の頑張りどころだと思いました。」

地元放送局にDMを送ったり、テレビ局に取材依頼を送るなどした結果、徐々にメディアが取り上げてくれるようになっていったという。

「マルシェのPR活動で得たメディアとのつながりは、その後の活動でも活かすことができました。たとえば、市内の水戸農業高校農業研究部が規格外で廃棄予定だったイチゴを活用して開発した生パスタについては、販路のご提案とメディア露出のサポートをさせていただきました。全国放送のテレビでも紹介されて嬉しかったです。」

地域で一番お世話になっているフェルミエ那珂の綿引桂太会長(右)とまるも農園の藻垣 彰人さん

協力隊としての明確なミッションが用意されていたことが心強かった

『ドライブスルーマルシェ』のPR活動の成果もあり、最近では広報活動の重要性を農家も認識してくれるようになったという。「若い生産者が活躍している」、「ドライブスルーで有名」、「マルシェが大人気」といった記事がメディアに登場するにつれて、フェルミエ那珂のブランド力も向上しているという手応えを感じてもらえた。

「SNSを個別に開設して情報発信をする農家さんも増えてきました。そのような皆さんの変化を見て、嬉しく感じています。協力隊としてフェルミエ那珂という団体と共に行動するという明確なミッションを用意してくれたことが、私にとって幸運だったと思います。団体の皆さんとは、地道に顔を覚えてもらうところから始めて、常に交流を深めるようにしました。農作業の合間にお話をしたり、時には畑で作業を手伝うなどして、少しずつ打ち解けていくことができたかなと思います。また、マルシェの活動やSNSを通じて地元のシェフやパティシエ、農業高校の生徒さんなど、人の輪が広がっていったことも大きかったです。移住した当初は、私生活でも中古車を購入するところから、皆さんに助けていただきました。」

任期終了後は「農家さん専門の広報・PR事業」を継続

毎朝、朝日を浴びて目覚めたり、夕焼けを眺めたりといった、那珂市での生活がとても気に入っている入江さん。

「東京にいた頃は、自然や四季を感じられることがほとんどなかったので、今はその幸せをかみしめています。記者時代は部署もよく変わりましたし、取材で全国を駆け巡るなど、不規則な毎日でしたので、落ち着いた生活ができませんでした。現在は、生活のリズムがよくなったことに加えて、自分が本当にやりたかったことができているので、毎日が充実しています。」

入江さんは、2022年3月で協力隊の任期を終える。生活の拠点を那珂市に隣接するひたちなか市に移す予定だが、那珂市で培ったネットワークを活かしてECサイトを運営しながら、農業支援事業を行う予定だという。

「『かつぎや入江商店』という屋号で、干し芋を販売するECサイトの運営を開始しました。農家さんが新商品のテスト販売をできる場にしていけたらと思っています。また、一般的な広報・PR事業に加えて、メール返信や補助金申請サポートなどの農家さん独特の苦手分野にも対応できる『農家さん専門の広報・PR事業』を継続する予定です。」

入江さんは、生涯を通じて農家のサポートをしていきたいと考えている。

「協力隊としての2年間でできたことには限りがありますが、ゆかりのない地域で新しいチャレンジを始めるための準備期間であると捉えれば、協力隊はとてもありがたい制度です。自治体や地域の方の支援を受けつつ、農家さんの要望にどんな提案をしたら良い結果を生み出せるか。農家さんと相談しながら自分の提案を日々高めていくことも良い経験でした。協力隊の活動を通して、農家さんだけでは難しい広報の分野を支援する意義を感じることができましたし、生涯を通じて農家さんのサポートを続けていきたいと思っています。」

左)加工品の開発で協力をしてくれた、パティシエの吉成さんと。右)吉成さんが綿引桂太会長のカボチャを使って商品化したフィナンシェ

Profile

茨城県 那珂市 地域おこし協力隊 隊員OG
入江紫織さん

1986年生まれ。京都府出身。九条ネギの仲卸売業の実家で育ち、農業専門の新聞社で10年間勤めた後、2020年4月より茨城県那珂市で地域おこし協力隊1期生として着任。農業の広報支援など、アグリビジネスの活性化を目指して活動中。