地域活性化への関心が高まり、移住を決めた湯目夫妻

「よろ~て市」の開催補助や「たねがしまスープ」の開催、チャレンジ拠点「YOKANA」の運営など

  • 鹿児島

鹿児島県 中種子町 地域おこし協力隊 現役隊員(任期:2020年4月~)
左)湯目知史さん 右)湯目由華さん

「離島の地域活性化を!」 東北生まれの夫婦が未知の世界へ

2020年3月9日、メディアプラットフォーム「note」にある記事が公開された。記事のタイトルは「#1 オープニング」。主人公は、東京都から鹿児島県の離島、種子島への移住を控えた夫婦だ。新天地へ向かう妻の期待と「超保守派」を自認する夫の不安が綴られている。

記事を発信したのは、翌4月から種子島中種子町の地域おこし協力隊となる湯目知史さん。妻の由華さんも知史さんと同じく同町の協力隊となった。協力隊着任の一か月ほど前に公開された記事は「【週刊】この妻に僕はついていこうと思う」シリーズと題され、毎週月曜に新たな記事が更新されている。まちづくりへの思いや地域のイベント、地元民との交流など記事のテーマは多岐にわたるが、物語の中心にいるのはいつも由華さんだ。このシリーズは協力隊としての活動記録であり、移住者の日常を綴ったエッセイであり、知史さんがいうところの「妻の応援記」でもあるのだ。

もともと東北地方で生まれ育った二人は、宮城県にある大学に在学中、交際をスタート。卒業後上京し、知史さんはこくみん共済coop、由華さんは企業が抱える課題を解決に導くコンサルティングファームに勤め、そして結婚。それからおよそ1年半後、知史さんは由華さんから衝撃の提案を受ける。

「妻が突然『離島に住みたい』と言った時は、さすがに驚きました。ただ、以前から夫婦での起業を考えていましたし、その手段として移住も選択肢にありました。お互いまだ若いし、もし失敗してもやり直しがきくうちにチャレンジしてみるのもいいかなと思いました。」

由華さんもただの思いつきで移住を持ちかけたわけではなかった。

「高校時代、地元の岩手県花巻市が徐々に衰退していくのを目の当たりにして、地域振興への関心が芽生えました。コンサルティングファームに入ったのも、習得したスキルやノウハウが地域に活かせると思ったからです。ただ、なんの後ろ盾もなく地方に飛び込むのは心もとないと思い、地域おこし協力隊の制度を活用しようと考えました。」

由華さんは、隊員が主体的に地域課題の解決に取り組める自治体を調べ、いくつかある候補地から夫婦での受け入れに応じてくれた中種子町に応募。縁もゆかりもない土地だったが「島暮しを体験したかった」という思いが背中を押した。

島内最大の砂浜、長浜海岸は夫婦お気に入りのスポット

高校生発案の地域イベント「よろ~て市」を開催に導く

着任当初、空き家問題や観光資源の発掘、島外への情報発信といった地域課題を洗い出したものの、その解決に向けた企画はどれも通らなかったという。

「思い返してみれば、どれも協力隊だけの力で実現できるものではありませんでした。気持ちが先走っていたところがあったかもしれません。一方で、移住した地域の皆さんに『2人が来てくれてよかった』と思ってもらいたいという気持ちもありました。だから、まずは自分たちでできることからはじめようと考えました。」

企画は通らなかったものの、由華さんは洗い出した地域課題を無視することはできなかった。そこで夫婦で話し合い、地域課題との向き合い方を改めることに。2人は心機一転し、中心市街地である旭町商店街を会場にした「よろ~て市」の実行委員会立ち上げに参加した。もともとこの市は地元の高校生たちが発案したイベントで、コロナ禍で苦戦する商店街をサポートすることが狙いだった。高校生だけではなかなか前に進めることが難しいところもあったが、2人が一緒になって考え、イベントのコンセプトを明確にしていくことで、具体的な方向へ向かった。開催日には、商店街に出店がずらりと並び、テイクアウト料理や農作物が好評で多くの人でにぎわった。

「この町の高校生たちには大人顔負けの行動力とアイディアがあります。商店街の会長も『大人ももっと頑張らなくては!』と刺激を受けたようです。」と、知史さんは振り返る。

「夫婦の『コレがやりたい!』よりも、町の人たちの『コレがやりたい!』を優先的に進めていきました。」知史さんは、着任当初のことをそう振り返る。

例えば、地元有志が発案した特産品詰め合わせボックス「よろ~ちぇ」の企画立案やパンフレットのライティングもそのひとつ。総務省が各自治体に公募を行ったIoT実装支援事業には、由華さん自ら申請書類作成の役目を買って出た。

サポートの手は、大人から子どもたちにも広がっていった。「地域活性化のことでなにか力になれないか」夫妻がそのように地域の高校に提案したところ、授業の講師として招かれることに。20数名の高校生を前に、企業のブランディングに見る「自己分析」の重要性を説き、最後は各々で自身のキャッチコピーを考えた。

地元の高校生たちが企画した「よろ~て市」の様子。いつもは寂しい商店街ににぎわいが戻った

まちづくりのアイディアを持ち寄る食事会「たねがしまスープ」

2020年10月より、湯目夫妻は地域の人たちとともに地域活性化のためのアイディアを発信するプレゼン大会「たねがしまスープ」に取り組んでいる。着想を得たのはアメリカ、デトロイトで始まったイベント「デトロイトスープ」。プレゼンターが地域活性化のアイディアを持ち寄るプレゼン大会で、この数年で国内でも注目が高まっている。肝になるのは、すべてのプレゼンが終わったあとの食事会。プレゼンターと投票者が歓談することで、アイディアにより磨きがかかる。イベントの最後に投票が行われ、最も票を得たプレゼンターには、集まった参加料の一部が活動資金として贈られる。

2人は地域課題に対する助成金を活用して、試験的に「たねがしまミニスープ」を実施。第一回、第二回は高校生たちを中心にしたプレゼンが行われた。本格的な実施は、2021年11月に開かれた「たねがしまスープ オンライン」から。大人のプレゼンターも参加し、コミュニティ創出案、農業活性化案などが提案された。最多票数を獲得したのは高校生がプレゼンした空き家のリノベーション案だった。

「地域住民間で関係性が生まれることこそ最大の意義です」と、「たねがしまスープ」の重要性を語る知史さん。活動資金がなくとも、プレゼンターのもとには賛同者や協力者が集まる。そしてそこから新たなまちづくりのきっかけが生まれる。由華さんは様々なイベントを通じて、地域に秘められたポテンシャルを肌身で感じているという。

「町のために頑張りたいと思っている人は大勢いますが、その一方で『新しいことをはじめるのは難しい』という雰囲気もあります。例えば、イベントを提案しても『なぜあなたが?』となることもありました。島外に進学していった学生たちがUターンしたいと思うような雰囲気を生み出す必要があると思います。」

左)第二回「たねがしまミニスープ」では由華さんもプレゼンを行った 右)プレゼンのあとはみんなで食事会。活発に意見が交わされる

商店街の空き家をチャレンジ拠点「YOKANA」にリノベーション

「町のみんながチャレンジできる場を!」との思いから、2021年8月に2人はチャレンジ拠点「YOKANA」(ヨカナ)を開業。助成金やクラウドファンディングを活用し、旭町商店街の一角にあった空き家を有志とともにリノベーションした。

施設は、カフェ、コワーキングスペース、シェアキッチン、ゲストハウスを併設。「町内外の人が自然に集まり、交流できる場にしたいと思いました。シェアキッチンで飲食店のお試し営業もできます」と由華さん。役場にかけあって「YOKANA」に常駐することとなり、今後は町内の産品を使った商品開発も視野に入れている。

「例えば、町内に自生している『月桃』という、とてもいい香りがする草をお茶にするという構想があります。『ニガタケ』というタケノコの一種も美味しいです。種子島は食糧自給率800%ともいわれる食の宝庫。そうした恵まれた環境を活かさないのはもったいないです!」

知史さんは、町民と行政を結ぶ「調整役」となれるよう準備を進めている。

「行政書士試験にも合格したので、これからは地元のみなさんの起業もサポートしたいです。行政手続きを代行したり、事務的な面でお役に立てればと思います。行政書士は島内に数人在籍していますが、20代は私だけです。商店街のおにいちゃん、くらいの感覚で気軽に相談してほしいと思います。」

そんな知史さんの「【週刊】この妻に僕はついていこうと思う」シリーズは、2021年1月末、とうとう100回目を更新。今後も様々な変化が生まれていくであろう中種子町の「今」を発信していく。

「YOKANA」では様々なワークショップ、イベントが行われる

Profile

鹿児島県 中種子町 地域おこし協力隊 現役隊員
湯目知史さん・由華さん

知史さんは宮城県出身、妻・由華さんは岩手県出身。宮城県の大学を卒業後、上京。地域振興への興味から夫婦で中種子町の地域おこし協力隊に着任。主な活動は高校生発案の地域イベント「よろ~て市」の開催補助や地域活性化のアイディアを持ち寄るプレゼン大会である「たねがしまスープ」の開催、チャレンジ拠点「YOKANA」の運営など。