電気通信審議会への郵政省長期増分費用モデル研究会報告書に対する米国政府の意見書 米国政府は、日本での長期増分費用(LRIC)方式に基づく接続料金導入のあり方について電気通信審議会が意見を求めたことに対して、米国の考えを表明する機会を与えていただいたことに感謝します。 概要 2000年にLRIC方式に基づく接続料金を導入するというのは、1998年に米国政府との間で行われた規制撤廃・競争政策協議の中で日本が約束した最も重要な事項のひとつでした。この方式を完全な方法で実施しなければ、日本政府にこの誓約、そして開かれた競争的な通信市場を促進するというより包括的な約束を守る意志があるのかという点について、重大な疑問が沸いてきます。米国は、郵政省の最終LRICモデルにはまだ基本的な欠陥が残っており、この目的を達成しないと考えています。また市場に基づく接続費用を正確に反映するようにさらに修正を加えることが必要であり、それが日本の通信市場で競争を促進するために必要であるとも考えます。郵政省が提示したLRICに基づく接続を導入するふたつの選択肢(AとB)には欠陥があるため、本来のLRICの原則を反映した選択肢Cが明らかに必要です。さらに、モデルを実施するにあたって、NTTの経営、利用者料金、ユニバーサル・サービスへの影響のような要因を接続料金の設定の際に配慮するべきだと郵政省は示唆していますが、これは必要でも適切でもなく、LRICに基づく料金設定の基本及びその目的に真っ向から反するものです。ユニバーサル・サービスの基金を設定するのは適切だとして、このような料金は別の透明なプロセスを経て決定するべきです。このリストに利用者料金やNTTの経営といった無関係な問題を含めているところを見ると、郵政省は、NTTが非効率的であるための負担をNTTと競争する事業者が継続して負うのが適当であると考えているようですが、これもまた、LRICの原則と通信分野が効率的に機能することに反しています。LRICに基づく接続料金によって、利用者料金が上がったり、NTTの経営に壊滅的な打撃を与えるという懸念は信じられませんし、米国の経験と正反対のものです。 一般的な問題 電気通信審議会が日本におけるLRICに基づく接続料金の導入の仕方を審議するにあたり、次のような一般的な問題を念頭におくべきです。 先ず最初に、2000年にLRICに基づく接続料金を導入することは、1998年に米国政府との間で行われた規制撤廃・競争政策協議の中で日本が約束した最も重要な事項のひとつです。この方式を完全な形で時機を得て実施しなければ、日本政府にこの誓約、そして開かれた競争的な通信市場を促進するという包括的な約束を守る意志があるのかという点について、重大な疑問が沸いてきます。 第二に、現在形成されているモデルの要素は、国際的に受け入れられている将来志向的LRICモデルの原則を反映しておらず、日本政府の約束と矛盾します。どのようにモデルを実施し、費用を料金に変換するかについて電気通信審議会で議論するのは、このような欠点を解決するのによい機会です。そうしなければ、この問題は必然的に、上級レベルの政府間会合で解決しなければならなくなるでしょう。 第三に、LRICに基づく接続料金算定の導入について電気通信審議会で審議されるべき問題を提示するにあたって、郵政省は接続料金の設定に直接関係のない問題、例えばNTTの経営、ユニバーサル・サービス、利用者料金への影響といった事柄も含めています。LRICモデルの有用性は、費用を分析する客観的で明瞭な原理を提供し、これによって市場に基づく接続料金を見積もることにあります。提示されたように無関係な要因をLRICモデルと併せて審議すれば、その結果として、接続費用を正確に反映せず、通信市場で競争を促進することができない接続料金が生まれるでしょう。郵政省がこのような要因を強調しているところを見ると、競争の促進はモデルを審議する重要な目的のひとつではないようですし、郵政省は、NTTが非効率的であるための負担をNTTと競争する事業者が継続して負うのが適当であると考えているようですが、これは通信分野が効率的に機能することとは相容れません。 ユニバーサル・サービスのような問題は日本で検討するのは正当な理由があるかもしれませんが、この検討過程は接続料金算定の問題と明確に切り離すべきですし、開かれた場で、客観的かつ透明なプロセスで別途行うべきです。 こう考えると、電気通信審議会はモデルの「仮想費用」に対するNTTの「現実の費用」を検証すべきと郵政省が示唆するのは非常に気になることです。これによって、電気通信の規制市場の経済と将来志向的料金算定の必要性について根本的な誤解が郵政省側にあることがわかります。つまり、将来志向的モデルというものは、NTTが管理する人為的に操作した会計費用−五十嵐前郵政事務次官ご自身がかつて「どんぶり勘定」と呼んだ費用−よりも、既存事業者が直面する実際の経済費用をよりよく映し出すということを理解できていません。ABC会計規則を導入しても、この状況はあまり改善されませんでした。公正なやり方でNTTを補償することに加えて、将来志向的なLRICに基づく料金は、競争事業者が最も効率的なやり方で通信市場に投資するための正確なシグナルを送り、かつ適切なインセンティブを与えることになります。 具体的な問題 以下に、上述の問題について詳しく検証します。 現行モデルの欠陥: 報告書の中で研究会は、異なる前提によって極端に異なる結果が生まれたふたつのシナリオ(「A」と「B」)について記述しています。報告書は、シナリオAでかなり高い費用になったのは、ノン・トラヒック・センシティブな費用を交換機費用に帰属させた結果であると述べています。このようなアプローチを取る正当な理由はまったくありません。実際、このようなアプローチを取れば、費用が発生した方法で正確に費用のモデルを作るという、将来志向的モデルの本質的な基本のひとつを満足させないことになります。ノン・トラヒック・センシティブな費用を利用量に基づいて回収するような原理をもつモデルを受け入れれば、モデルが取り除こうとしている非効率的で反競争的な構造をそのまま残すことになります。このような利用量に基づく料金は消費者に転嫁されて、音声や増加傾向にあるインターネットでのネットワークの利用を制限するような分単位の通信料金になります。したがって、スターティング・ポイントとして、シナリオAはまったく受け入れることができません。 さらに、シナリオBでさえも接続の増分費用を誇張しているようです。これは少なくともふたつの点から明らかです。 第一に、意見を提出した関係者が多く提案したにもかかわらず、改定されたモデルがネットワーク・モジュールからノン・トラヒック・センシティブ費用を完全に取り除いたという証拠がありません(例えば、利用者が選択して購入するプッシュホン回線のような垂直的な交換機能やその他の付加機能が、競争する接続事業者が負うべき費用として誤って帰属させられています)。専門家の試算によると、このような費用は交換機一台の固定費用の最大20%を占めているそうです。そしてこれらの費用は利用者から直接回収されるので、接続費用や接続料金の中に含める理由はまったくありません。電気通信審議会は研究会に対して、モデルを修正し、「すべての」ノン・トラヒック・センシティブ費用をネットワーク・モジュールから取り除く調整をするように指示を出すべきです。 第二に、報告書には、減価償却の問題を解決しようと試みたとして、まったく満足できない記述があります。報告書はNTTモデル、研究会モデル、BTの意見、そして米国の意見の間で減価償却期間が大きく異なっていることには触れていますが、結論として、参考として外国のデータを使うことは「諸外国の間でも耐用年数は異なっており、…モデルを利用する際の信頼性を損ない」かねないと述べています。諸外国の間で減価償却期間が正当な理由で異なることはあるかもしれませんが、郵政省モデルが提示した減価償却期間が、米国やBTが示したものよりもかなり短いという事実を見れば、郵政省モデルに問題点があることがすぐにわかるはずです。郵政省が外国のデータを受け入れたくないというならば、客観的な調査により、かつ関係者から意見を募り、また厳密な監査を受けて、国内のデータがより優れていることを確かに実証しなければなりません。このような調査はNTTだけにとどまってはならず、また日本のNCCが信頼に足る長期間のデータを提供することができるほど長く事業を行っていないというならば、日本のNCCだけにとどまってもいけません。幅広い客観的な調査ができないならば、郵政省は減価償却期間を調整して、諸外国のデータを反映するものにするべきです。 最小限のこととして、郵政省は正確な減価償却期間を決めるより体系だった方法を導入しながら、暫定的に参考にするものとして外国のデータを使うこともできます。NTTが従ってきた、報酬率に基づいて費用の回収を保証するという規制は、規制を受ける企業による減価償却の決定を歪めます。したがって、費用に基づかない規制(つまり、プライス・キャップ)や競争を使う国の減価償却データを使えば、将来志向的LRICの原則をもっと正確に反映することになります。 ひとつのカテゴリー−光ファイバー・ケーブルの経済的耐用年数−だけを見ても、郵政省の現在の方式がいかに欠点があるものかがわかります。光ファイバー・ケーブルが、郵政省が選んだ期間である11.2年しかもたないと思っているメーカーは、米国でも、ヨーロッパでも、日本でも、米国政府が知る限りありません。専門家が一般的に言うのは、光ファイバーはしばしば20年以上の経済的耐用年数をもつということです。Dense wave-division multiplexing技術の実現によって、光ファイバーを追加するのでなく、電子工学を使うことによって容量を増加することができるようになり、光ファイバーの経済的耐用年数はさらに延びるかもしれません。 この点について、電気通信審議会は、シナリオBを採用すると利用者料金を値上げしなければならないという提議について、非常に懐疑的であるべきです。このシナリオは、現在、モデルに上述の措置を取りいれることによって費用がさらに低減する可能性があることを考慮していません。それどころか、このシナリオは競争によって発生した機会費用を単に回収しようとしているだけのようです。さらに、NTTはすでに極端に高い地域サービス料金を利用者に課しており、費用をいろいろな方法−極端に高い施設設置負担金、月額の基本料金、高い分単位の利用者料金−で回収しています。NTTの費用回収メカニズム全体を検討し、これをより正確な減価償却期間の設定と利用者負担料金の正しい帰属をLRICモデルに取り入れることと組み合わせれば、NTTが利用者料金を上げる正当な理由はなくなるでしょうし、接続料金を引き下げることによって競争が強化されて、NTTの地域サービス料金を下げさせる長期的な圧力がかけられるでしょう。 現実の費用と仮想費用を比較する必要性 電気通信審議会は、モデルと実際のネットワーク構築の違いに留意すべきだ、つまり「現実の」費用と「仮想」費用を比べるべきだと、郵政省は示唆しています。 この点は、将来志向的モデルの目的に関して基本的な誤った認識があることに基づいています。 将来志向的なモデルは、はめ込まれた、歴史的費用を無視します。なぜなら、経済学的な観点から、こういった費用は既存事業者の真の料金設定に対する制約−競争市場が企業による回収を認めている費用−を反映していないからです。はめ込まれた費用は埋没費用です。既存事業者がこのような費用を回収しようとしてもいいのですが、競争事業者にこのような費用を押しつけることによってすべて回収することを許せば、効率的に経営をしようという、市場に基づくインセンティブがなくなり、市場に基づかない負担を競争事業者に負わせることになります。 経済学的な観点から、将来志向的費用は、会計費用よりもより正確でより「現実」的です。NTTの会計費用には、高騰した人件費、設備費用、減価償却費が含まれています。(人件費のような)経常費用は市場に基づく費用を反映していませんが、これを競争事業者に押しつけるのではなく、削減するのがNTTの責任です。(設備費用のように)埋没費用の場合には、これらの費用はNTTが事業を行うために回収しなければならない費用ではありません。NTTは最近割引プランを導入しましたが、NTTが過去の投資に関係なく幅広い裁量で自由にサービスの料金を決定できることがこれでよくわかります。将来志向的な経済費用によって設定されたずっと低い実際の料金下限を競争事業者まで広げなければ、競争事業者を広く行われている「価格圧縮(price squeeze)」にさらすことになりますが、これはもう始まっているようです。 LRICに基づく料金算定が、ユニバーサル・サービス、利用者料金、および既存地域事業者に及ぼす影響を考慮するようにという郵政省の要望 郵政省は電気通信審議会に対して、LRICに基づく料金の導入がユニバーサル・サービスを確保できなくなるような影響を与えるかもしれないこと、そしてこの導入が利用者料金やNTT東日本や西日本の経営に破壊的な影響を与えるかもしれないことを検討するように要望しました。 明確なユニバーサル・サービス・プログラムを日本で導入することは、検討に値するかもしれませんが、この問題は接続には直接関係なく、ユニバーサル・サービスの資金は、接続料金に組み入れるべきではありません。競争事業者がユニバーサル・サービスの確保に貢献すべきかどうか決めるために、郵政省はまずユニバーサル・サービスの目的を定義し、この目的を達成するために資金が不足するかどうかを十分に分析し、不足するかもしれない場合には資金を調達する費用を決定し、このような費用を回収するための競争上中立なシステムを検討すべきです。さらに、競争事業者がユニバーサル・サービスの補助金を受けて利用者にサービスを提供する時には、競争事業者もこのようなシステムから利益を受けられるようにすべきで、そうすることによって、競争をすべての利用者グループや利用地域に競争を拡大するインセンティブを与えます。このようなプロセスは透明なやり方で行われるべきです。これらの分野で準備が行われていないことを考えると、ただ単に接続料金を操作することによってこの問題を解決しようという考え方は、まったく不適切で、ユニバーサル・サービスの目的だけでなく、競争を阻害する接続料金が生まれてしまうでしょう。 LRICに基づく接続料金が利用者料金に「破壊的」な影響を与える可能性については、料金の「破壊」は悪いことばかりではなく、一般的に言って「料金の破壊」−つまり料金の引き下げ−は規制撤廃と競争政策から消費者が受けることができる重要な恩恵のひとつです。郵政省が利用者料金の引き下げや、長期的に見ればちょうどこのような効果がある競争の拡大に反対するというのは奇妙なことです。 LRICに基づく接続料金がNTTの経営に「破壊的」な影響を与える可能性については、接続料金の引き下げによって競争を促進することが、NTTの経営にマイナスの影響を与えるという暗黙の前提に同意することはできません。実際、米国の経験では反対のことが起こっています−競争が導入され、実際には既存事業者は強くなりました。既存事業者のマーケット・シェアは落ちるかもしれませんが、競争によって市場の需要が拡大したことと、効率が増したことによって、既存事業者の収入の総額は増加します。例えば、AT&Tの長距離トラヒックのシェアは1986年の80%から1997年は52%に減少しましたが、分単位で見た実際のトラヒック量は1410億分から2500億分へと大幅に増加しました。収入ベースでは、長距離サービスの総収入に対するAT&Tのシェアは1990年の65%から1997年には45%に落ち込みましたが、AT&Tの総収入額は同じ期間に50億ドル以上も増加しました。同様に、米国の地域ベル会社(Regional Bell Operating Companies:RBOCs)は、最近毎年20%以上の割合で下がっている州際アクセスチャージの引き下げの結果、年間10億ドル以上もの収入を失っていますが、ベル会社の経営はまだ非常に健全で、長距離通話のの発信及び着信量が増加しているため、この引下げの影響をかなり和らげています。これらのベル会社の報酬率は、報告されたところによると通常10%以上であり、競争が激しくなる環境でもRBOCsが成功してきたことを示しています。