神は細部に宿る−法案作成の裏方より

吉田 弘毅(平成14年入省)
総合通信基盤局電気通信事業部事業政策課国内通信係
電気通信事業法の改正、関係法令の整備


 (1)みなさんこんにちは吉田弘毅と申します。平成14年に入省し、総合通信基盤局電気通信事業部事業政策課に配属され、そのまま今日に至っています。
 (2)本稿では霞ヶ関で働いている人であれば当然知っていることだけれど、一歩その外に出るとほとんど知られていないこと、法律案のできかたを書くこととします。制度整備、法令の制定・運用、国際交渉等の霞ヶ関の各官庁で行うあらゆる仕事のなかで法律案の作成は大きな役割の一つであり、法律に反した様々なルール及び「ルールの束」である制度は存在できないという点で重要なものであるからです。
法律は、1)制定・改正内容の概要を決め→2)実際に案文を作成し→3)国会での審議・可決という大きく3つのプロセスを経て成立します。1)の過程は審議会や研究会など公開された場での議論で決定されることが多く、3)の国会での審議・可決もテレビ中継や新聞報道によりオープンにされています。その反面、2)実際の案文作成は、あまり世間から知られることはありません。しかし、近年、製造現場の作業ミス・製造ミスのニュースが世間で取り上げられ、多くの人々が自分の使う食品・製品がどのように作られているかを知りたいと思い、モノを作る現場への検証の目が向けられています。このような時流の中で、霞ヶ関の役所だけが「知らしむべからず、拠らしむべし」という態度で法案という製品を信頼されつつ「売りつづける」立場にないのは火を見るよりも明らかです。そういう理由から、法案作成の過程について書き、その過程をつまびらかにするとことします。
 まあ、そんな偉そうに大上段に構えていますが、本当のところ、私が俸禄を頂くことになって以来、基本的には法案作成しか担当しておらず、それ以外に書くことがないからこのテーマで書きます。
 (3)「前例」
 法律は明治時代の法律から現代に至るまで首尾一貫した書き方、首尾一貫した用語で書かれています。例えば法律の条文の並び方にも、先頭にはその法律の目的や定義について規定されるというようにルールがあります。用語の用法にも一貫したルールがあり法律で使っている用法と平仄を合わせる必要があります。例えば「周知」という言葉は「(人を)知っている状態にさせる」意味であり、その意味で法律上使われています。そのため「○○が(人に)知らせる」という意味のことを「周知」という単語を使って書こうとすると「周知させる」という語法で使うことになります。とはいえ、我々が生活している中での感覚とピッタリ一致していないこともあり、その際には諸方面から質問や指摘を受けることになります。このように法律中の一条一条、条文中の一語一語に関して現在日本にある全ての法律と照らし合わせ日本の法体系との整合性を保ちつつ条文を作り上げて行きます。
 (4)「1字下ゲ、ダイニトウゴジョウ、1字アケ・・○○ハ、ポツ」
 こうして内容が固まると、読み合わせという作業に入ります。これは、法律案(法改正時の法案は「改める文」と俗称されています。)と改正前の法律と改正後の法律を比較した表(「新旧対照表」)等を比較しながら作った法律案にタイプミスがないか、法律改正ならば改正するべきところを漏れなく改正しているかを確認する作業です。チェックするわけですが、その方法が特殊です。その方法とは二人の人が対面し、一方が「改める文」を特殊な読み方で音読し、それをもう片方が「新旧対照表」で確認するというものです。特殊な読み方とは、聞き間違いを防ぐため「第25条」を「ダイ2トウ5ジョウ」と読み、また「係る」は「ケイル」のように、漢字を基本的に音読みにしてゆきます。その理由は「かかる」という訓読みの語は「係る、掛かる、斯かる、懸かる、罹る、架かる、繋る」とあるため他の語と混同しないようにするためです。その特殊な読み方のため、読み合わせは「現代の日本語とは思えないけれど、日本語でしかない言葉」で真面目な顔をした二人が朗読し合うという謡曲や狂言のお稽古にしか見えないような変な光景になります。ここまで聞かれた方は「そこまで大変とちゃうやろ」と思われるかも知れませんが、意外に大変です。なぜなら、読み合わせは、改正する法律の全条文に関して案文の修正をした後にまさかのミスがないように行うからです。この賽の河原の小石積みかシーシュポスの神話かと思えてしまうような作業のすえに、法案がほぼ完成します。その後、その法律案に関して総務省と他省庁間で他省庁間の協議を経て、晴れて法律案を閣議に提出します。ここから先は皆様がテレビ等でご存じの通り、閣議を経て、内閣の意思として国会の審議を受け、可決され、法律として成立することになります。
 (5) 楽しくてたまらない。
 法案作成に参加をするとなると12 月の下旬から3月までは、休日は心の休まらない、平日はさそり座を背に帰宅する日々の到来です。妙に理屈っぽくなったり、日々の生活で「読み合わせ」のような日本語が口から出てしまったり、はたまた、どこでもいつでもパソコンのスクリーンセーバーが作動するように眠ってしまえる身体になり、廊下でもトイレでも、「読み合わせ」作業中に音読しながらでも、果ては上司に怒られながれでも、眠れるようになります。(とはいえ、その直後に更に怒られるので、すぐに目も覚めるわけですが)
 「そんな生活までして何が楽しいねん」と言われるでしょうが、入省3年目のルーキーである私にとって、自分が関わった作業で自分の生活が、マーケットのルールが、ひいては日本が変わるっ!(かもしれない)のが楽しくてたまりません。変化も早く、社会への影響が大きい情報通信分野は特に変化が目に見えるので、なおさら楽しくてたまりません。
このように法案は目に見える様々な作業とあまり表に出ない単純な作業、そして、そんな作業も楽しく感じてしまう人によって日々、生まれ、改正されているのです。



吉田 弘毅・執筆者近影
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吉田 弘毅・執務風景
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吉田 弘毅・職場の風景
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