1.検討の背景

1−1 ウェブアクセシビリティ確保の重要性の増大

1−1−1 インターネットの普及と利用の動向


 インターネットの普及は進展し、平成16年末のインターネット利用人口は7,948万人、人口普及率は62.3%、世帯普及率も86.8%に達している。
 またインターネットは幅広い分野の情報収集に高い比率で利用されており、いまや日常生活に欠かせないメディアとなっている。

図表1−1 インターネット利用人口の推移
図表1−1 インターネット利用人口の推移。さらに詳しい説明はここをクリックしてください。
出典:総務省「平成16年通信利用動向調査」
図表1−2 情報メディア別の情報収集用途(複数回答)
図表1−2 情報メディア別の情報収集用途(複数回答)。さらに詳しい説明はここをクリックしてください。
出典:総務省「ネットワークと国民生活に関する調査」(平成17年3月)


 また、体験や日々の暮らしを書き残すため、日記形式の簡易ホームページ「ブログ」8 を開設する人が平成16年から急速に増えており、今後ますますインターネットの利用は広がると予想される。

図表1−3 ブログの開設時期
図表1−3 ブログの開設時期。さらに詳しい説明はここをクリックしてください。
出典:総務省「ユビキタス社会の動向に関する調査」
(平成17年3月・ブログ開設者488人へのウェブアンケート)


図表1−4 ブログの開設理由
図表1−4 ブログの開設理由。さらに詳しい説明はここをクリックしてください。
出典:総務省「ユビキタス社会の動向に関する調査」
(平成17年3月・ブログ開設者488人へのウェブアンケート)



1−1−2 高齢者、障害者のインターネットの利用

 インターネットの利用率を年齢別に比較すると、かつては20代から30代といった比較的若い年齢の男性が利用者の大半を占めていた。いまだ50歳以上の利用率は10代〜40代に比べて低いものの、利用率は増加しており、特に60歳以上の高齢者の利用が平成13年末から平成16年末の間に2.43倍と、大幅に伸びている。

図表1−5 年代別に見たインターネット利用率
図表1−5 年代別に見たインターネット利用率。さらに詳しい説明はここをクリックしてください。
出典:総務省「平成16年通信利用動向調査」

 一方、障害者にとっても、インターネットは情報収集の手段としてだけでなく、社会との結びつきを強め、就労にもつながるなど、生活の上で大きな役割を果たすものである。障害者の多くが様々な支援技術9 を使用して、インターネットを利用している。
 視覚障害者の場合、画面の内容を把握することが困難となるが、画面読み上げソフトや音声ブラウザ(以下、「画面読み上げソフト等」という。)10 によって画面の文字を読み上げさせたり、文字を点字ディスプレイに出力するなどして利用している。弱視では、画面を拡大するソフトや装置を用いることで利用が可能となる。上肢に障害がある場合はマウスの操作が困難であったり、キーボードで操作できたとしても複数のキーの同時操作が難しいが、スイッチを用いて入力したり、画面上で操作できるソフトキーボード等を用いている。
 高齢者・障害者にとっても、健常者同様にインターネットは生活の中に確実に浸透している。しかしながら高齢者・障害者のインターネット、特にマルチメディア表現が豊富なウェブの利用においては、健常者に比べて様々な問題が発生する。支援技術を利用しても、健常者よりも閲覧に時間がかかるなど、多くの困難を伴っている。
JIS Z 8071:2003(ISO/IEC Guide71:2001)「高齢者及び障害のある人々のニーズに対応した規格作成配慮指針」では、高齢者、障害のある人々の情報アクセスを最大限確保する方法として次ページの表(図表1−6 情報に関する箇条での配慮すべき要素)により、配慮すべき要素を示している。
 高齢者、障害者の利用上の問題への認識が無く、適切な配慮がなされていないと、支援技術そのものの利用にも支障が生じる。高齢者・障害者の利用の拡大に伴い、アクセシビリティの問題はむしろ大きくなっており、今後ますますその対応が求められる。

図表1−6 情報に関する箇条での配慮すべき要素
図表1−6 情報に関する箇条での配慮すべき要素。さらに詳しい説明はここをクリックしてください。
拡大(PDF)
JIS Z 8071:2003(ISO/IEC Guide71:2001)
「高齢者及び障害のある人々のニーズに対応した規格作成配慮指針」
(日本規格協会発行)より転載



1−2 ウェブアクセシビリティの規格整備動向

 ウェブアクセシビリティの問題が広く知られるようになったのは、1990年代後半のW3Cの指針策定からである。ここでは、JIS規格制定に至るまでの動きと今後の動向を概観する。

1−2−1 W3Cにおける指針検討の動向

 W3Cは、WWW技術の標準化と推進を目的として1994年(平成6年)に設立された国際コンソーシアムである。W3Cの活動領域は、WWW技術に関する情報提供、技術仕様の策定、新技術のプロトタイプ実装等である。
 W3Cでは、1997年(平成9年)4月にWAI11 というワーキンググループを設置し、ウェブアクセシビリティの実現方策の検討を開始した。WAIの活動には、以下のものが含まれている。

  •   ウェブアクセシビリティに関する指針の作成
  •   ウェブアクセシビリティの評価、向上に用いるツールの開発
  •   ウェブアクセシビリティに関する教材開発や啓発活動
  •   ウェブアクセシビリティに関する研究・開発活動の把握

(1)WCAG1.0
 WAIでは、ウェブコンテンツのアクセシビリティ指針を検討しており、WCAG1.0が1999年(平成11年)5月にW3Cから勧告された。このWCAG1.0は、実質的に世界のウェブアクセシビリティ検討の標準ガイドラインとなっている。

(2)WCAG2.0
 WCAG1.0の勧告から6年を経過しているが、WAIではWCAG1.0の策定直後からWCAG2.0の開発を進めている。WCAG2.0は、WCAG1.0勧告後のWWW技術の進展やWCAG1.0への各種の意見を踏まえて検討が進められており、2001年(平成13年)8月に草案が公開された。2005年(平成17年)11月末時点での最新ワーキングドラフト12 は2005年(平成17年)11月23日のものとなっている。
 WCAG2.0の特徴として、次の3つの要求事項を踏まえて作成されていることが挙げられる。

1)技術非依存
 将来に渡って長期間利用するために、特定の技術に依存しないよう、本体の条文は技術非依存な形式で記述されており、個別技術に対応した技術文書が別途用意される。

2)明確な適合条件
 WCAG1.0がウェブコンテンツのチェックポイントの集合体になっていたのに対し、WCAG2.0は「達成基準」(Success Criteria)の集合となっている。これらの「達成基準」はコンピュータプログラムでテストできる、あるいは複数の専門家が同じ評価結果を得るという意味でテスト可能である。

3)わかりやすい
 より広い層に利用してもらうために、その項目が必要な理由を具体例を挙げて説明するなどわかりやすく説明する工夫をしている。

 WCAG2.0は次に挙げるウェブアクセシビリティ4原則に基づいて13個のガイドラインが分類され、その下にガイドラインごとの達成基準が示される構成となっている。

1)Perceivable:利用者がコンテンツを知覚できなければならない

2)Operable:利用者がコンテンツのインタフェース要素を操作できなければならない

3)Understandable:利用者がコンテンツやコントロールを理解できなければならない

4)Robust:コンテンツが現在のみならず将来の技術にわたって利用できなければならない

 WCAG2.0ワーキングドラフトには、WCAG2.0をどう適用するかの一般的なテクニック、達成基準のチェックリストや、HTML13 のテクニック、CSS14 のテクニック、その他のJavaスクリプト15 等のテクニックが記述されている。今後の検討を経てラストコールワーキングドラフトへと進むが、最終的なW3Cの勧告となるまでにはさらに時間を要する見込みである。

図表1−7 WCAG2.0の文書構成図
図表1−7 WCAG2.0の文書構成図。さらに詳しい説明はここをクリックしてください。
出典:World Wide Web Consortium


1−2−2 ISOの動向

 現在のウェブアクセシビリティの事実上の世界標準はWCAG1.0であり、国内では次に詳述するJIS X 8341-3が策定されているが、JISと深い関連があり、影響を与えるISOでもウェブアクセシビリティを扱う規定を策定する動きがある。
 ISOに設置されているTC159(人間工学専門委員会)で審議中の規格 ISO/DIS 9241-151 Ergonomics of human system interaction -Part 151: Software ergonomics for World Wide Web user interfaces(人間工学−人間とシステムのインタラクション−第151部:ワールドワイドウェブのユーザーインタフェースのソフトウェア人間工学)が、ウェブのユーザビリティのみならず、アクセシビリティにも言及するようになった。
 この規格は2002年(平成14年)9月から審議が開始され、2005年(平成17年)4月現在DIS(Draft of IS)案を作成中であり、今後削除される可能性はあるものの、ウェブアクセシビリティの国際的な活動としてWCAG2.0とともに今後の動きが注目される。

1−2−3 我が国におけるウェブアクセシビリティに関する規格の策定

(1)ウェブアクセシビリティに関する取組の経緯
 我が国では、1980年代から高齢化の進展が重要な政策課題として認識されていたこともあり、高齢者・障害者の情報通信利用促進に関する取組は1990年(平成2年)頃から継続的に行われてきた。
 ウェブアクセシビリティが課題として取り上げられたのは、WAIによるWCAG検討が進められていた1998年(平成10年)頃からであり、1999年(平成11年)5月には当時の郵政省と厚生省が開催した「高齢者、障害者の情報通信利用に対する支援の在り方に関する研究会」の成果として、「インターネットにおけるアクセシブルなウェブコンテンツの作成方法に関する指針」が発表された。
 この指針は、WCAG1.0を日本語訳したものであったため、日本語表記や発音の問題等のウェブアクセシビリティの課題が十分反映されていなかったことから、我が国独自のウェブアクセシビリティ指針の必要性が認識され、JISの制定に至ることとなった。

(2)JIS X 8341-3の制定
 平成12年9月、日本規格協会情報技術標準化センター(INSTAC)に「情報バリアフリー実現に資する標準化調査研究委員会」(略称:情報バリアフリー委員会)が設置され、情報バリアフリーのJIS化の検討が開始された。平成13年4月からは、正式に政府からの委託を受けて「情報技術分野共通及びソフトウェア製品のアクセシビリティの向上に関する標準化調査委員会(略称:情報バリアフリー委員会)」(委員長:山田肇 東洋大学経済学部教授、国際大学グローバルコミュニケーションセンター副所長)が組織され、情報バリアフリーに関するJIS原案の検討が進められた。3年間の検討期間を経て、平成16年5月から6月にかけて制定された「JIS X 8341シリーズ」は、「高齢者・障害者等配慮設計指針 −情報通信における機器、ソフトウェア及びサービス」と題され、第1部が共通指針、第2部が情報処理装置に関する指針、第3部がウェブコンテンツに関する指針となっている。
 その後さらに検討が重ねられ、平成17年10月20日には「第4部・電気通信機器」が制定され、平成18年2月には「第5部・事務機器」が制定の予定である。


図1−8 JIS X 8341シリーズの構成
図1−8 JIS X 8341シリーズの構成。さらに詳しい説明はここをクリックしてください。

 平成16年6月20日に制定された「第3部・ウェブコンテンツ」(JIS X 8341-3)は、WCAG1.0を尊重し、WCAG2.0の内容を踏まえながら、日本固有の問題やプロセスを取り上げて策定されたものである。JIS規格書は本体と付属書で構成されている。本体では配慮の原則的な考え方が示されており、付属書で具体的な配慮の方法を例示して紹介しているが、この例示は限定的な内容であった。そこで、平成17年7月には技術解説書のワーキングドラフトが公開され、より配慮の実践につながる指針とするべく、さらなる取組が進められている。

(3)ウェブアクセシビリティ関連ツールの整備・提供
 JIS X 8341-3が制定されるまで、国内でアクセシビリティが確保されたホームページ等を作る際の指針としてはWCAG1.0が広く用いられていたが、WCAG1.0は膨大な数のチェックポイントの集合体であるため、それらを人手で点検するのは現実的でなく、効果的に点検を行うプログラムが必要とされた。米国では「Bobby」等、いくつかのチェックツールが早期から提供されていたが、これらはインタフェースや点検結果レポートが英語で作られているため、国内での使用に向かなかった。
 そこで、総務省では、平成13年から平成15年にかけて、情報通信アクセス協議会ウェブアクセシビリティ作業部会の協力を得つつ、ウェブアクセシビリティ点検システムの開発を進め、「J-WAS」(平成13年)、「ウェブヘルパー1.0」(平成14年)、「ウェブヘルパー2.0」(平成15年)として提供した。これらは、WCAG1.0に準拠した基準でウェブアクセシビリティを点検するプロセスを提供するもので、J-WASとウェブヘルパー1.0はサーバーで提供するASP型、ウェブヘルパー2.0はパソコン上で稼動するアプリケーションソフト型となっている。
 また、ウェブアクセシビリティの必要性の認識が広がるにつれ、無料のものも含め民間が提供するアクセシビリティチェックツールも増えており、ホームページ制作ソフトのアクセシビリティ点検機能も充実する方向にある。




8 Weblogの略。自動ページ生成機能、他のページとの連携機能(トラックバック)、コメント機能等を有する。
9 画面読み上げソフト、肢体不自由者向けの特殊入力装置等、障害者のパソコン操作を支援する専用の機器やソフトウェア。
10 画面読み上げソフトとはコンピュータの画面上に表示される内容を音声で読み上げるソフトウェア、音声ブラウザとはウェブページの内容を音声で読み上げるソフトウェア。
11 Web Accessibility Initiativeの略。W3C内に設置された組織で、誰もがウェブを利用できるようにすることを目的とし、ウェブアクセシビリティに関するガイドラインの策定や普及・啓発活動を行う。
12 Web Content Accessibility Guidelines 2.0 W3C Working Draft 23 November 2005(http://www.w3.org/TR/2005/WD-WCAG20-20051123/)。なお、前のバージョン(6月30日版)については日本語訳が公開されている(http://www.jsa.or.jp/stdz/instac/index.htm)。
13 Hyper Text Markup Languageの略。ウェブページを記述するための言語。
14 Cascading Style Sheetsの略。ウェブページのレイアウト情報(フォント、サイズ、文字間、行間等)を指定するための規格。
15 ウェブブラウザ上で実行され、ウェブページに動きや対話性を付加するための言語。