20世紀、とりわけ戦後の日本は、世界に類を見ない経済発展を実現した。しかし、バブル経済が崩壊し、90年代に入って以降、日本経済は停滞を続け、国民の経済社会の先行きに対する閉塞感が深まっている。確かに、過去10年の日本経済のパフォーマンスは、日本の経済社会が本来持っている実力を下回るものだった。さらに、高齢化が進展し、労働力人口が減少するなかで、ともすれば我々は悲観論に陥りがちである。
今、日本の潜在力の発揮を妨げる規制・慣行や制度を根本から改革するとともに、司法制度改革を実現し、明確なルールと自己責任原則を確立し、同時に自らの潜在力を高める新しい仕組みが求められている。
グローバル化した時代における経済成長の源泉は、労働力人口ではなく、「知識/知恵」である。「知識/知恵」は、技術革新と「創造的破壊」を通して、効率性の低い部門から効率性や社会的ニーズの高い成長部門へヒトと資本を移動することにより、経済成長を生み出す。資源の移動は、「市場」と「競争」を通じて進んでいく。市場の障害物や成長を抑制するものを取り除く。そして知恵を出し、努力をした者が報われる社会を作る。「構造改革」は、こうした観点から、日本経済が本来持っている実力をさらに高め、その実力にふさわしい発展を遂げるためにとるべき道を示すものである。
まず、不良債権問題を2〜3年内に解決することを目指すとともに、後述するような前向きの構造改革をパッケージで進める。今後2〜3年を日本経済の集中調整期間と位置付け、短期的には低い経済成長を甘受しなければならないが、その後は経済の脆弱性を克服し民需主導の経済成長が実現することを目指す。そうした経済動向のなかで、次世代のためにプライマリーバランスの黒字に向けた財政改革を、マクロ経済の動向に十分注意を払いつつ着実に進めていく。
21世紀の日本では、実力に見合った経済成長が実現する。そこでは、国民が自信と誇りに満ち、努力するものが夢と希望をもって活躍し、市場のルールと社会正義が重視される。また、それは誰もが豊かな自然と共生し、安全で安心に暮らせるとともに、世界に開かれ、外国人にとっても魅力がある社会でなければならない。新世紀維新が目指すのは、このような社会である。
経済再生の第一歩として、不良債権の処理を急ぐべきである。不良債権については、「緊急経済対策」(平成13年4月6日)で最終処理に向けたスケジュールが明示され、民間を中心とした私的整理の指針づくりも進展している。さらに、米国のRTC(整理信託公社)の例も参考に、RCC(整理回収機構)による不良債権処理、企業再生等を進める。
第1に、新規不良債権の発生メカニズムと担保となる土地の価格動向を正確に把握することが重要である。不良債権の債務者企業による財務状況の適正な情報開示と、不良債権の最終処理を目指してそれに適合した銀行による適正な債務者区分、引当て及び適切なリスク管理を促進する。要注意先債権等についても、銀行が、借り手先企業の状況把握に努め、適正なリスク管理を行う一方、借り手の経営改善に向けた努力を行うよう促す。
第2に、主要行の不良債権について、「緊急経済対策」に沿ったオフバランスシート化の進捗状況を定期的に点検するとともに、不良債権比率、与信費用比率(貸出に占める不良債権処理損の比率)といった新たな指標等も参考に、不良債権の新規発生の状況を含む不良債権問題全体の改善状況について的確な把握に努める。
第3に、RCCの機能を抜本的に拡充し、RCCを積極的に活用した不良債権処理、企業再生等を進め、銀行の不良債権のオフバランスシート化の確実な実現を図る。
第4に、オフバランスシート化によって、転職することが求められる雇用者については、新規分野における雇用機会の創出(試算によれば、新規分野を含むサービス分野においては、5年間で530万人が期待)や労働移動の増加に対応する制度改革によって就業機会を拡大する。具体的な制度改革としては、自己啓発の支援、大学・専修学校等が社会人の再教育・再訓練に柔軟に応える機能(いわゆるコミュニティ・カレッジ)の強化、職業能力評価システムの整備や派遣制度の規制改革等を推進する。また、離職者、転職者に対する支援の強化などセーフティーネットの拡充、総合化を図る。
第5に、21世紀にふさわしい安定した金融システムを構築する。直接金融を重視したシステムに円滑に移行するために個人の株式投資にかかる環境整備を行うなど証券市場を活性化する。金融システムの構造改革という観点から銀行の株式保有のリスクを適切に規制する。
(経済社会の活性化のために)
「民間でできることは、できるだけ民間に委ねる」という原則の下に、国民の利益の観点に立って、特殊法人等の見直し、民営化を強力に推進し、特殊法人等向け補助金等を削減する。郵政事業の民営化問題を含めた具体的な検討、公的金融機能の抜本見直しなどにより、民間金融機関をはじめとする民間部門の活動の場と収益機会を拡大する。
医療、介護、福祉、教育など従来主として公的ないしは非営利の主体によって供給されてきた分野に競争原理を導入する。国際競争力のある大学づくりを目指し、民営化を含め、国立大学に民間的発想の経営手法を導入する。また、規制を極力撤廃し、自由な経済活動の範囲をできる限り広げるとともに、消費者・生活者本位の経済社会システムを実現する。
個人の潜在力を十分に発揮させるために、個人の意欲を阻害しない「頑張りがいのある社会システム」を構築する。このため、従来の預貯金中心の貯蓄優遇から株式投資などの投資優遇へという金融のあり方の切り替えや起業・創業の重要性を踏まえ、税制を含めた諸制度のあり方を検討する。
さらに、公正取引委員会の体制を強化し、その機能を充実させるなど、競争環境の積極的な創造や市場監視の機能・体制を充実させ、競争政策を強力に実施する。市場支配力を有する通信事業者への非対称規制の前倒し実施、放送、通信の融合を推進する。なお、周波数などの公共資源は、公開入札など市場原理を活用することも含め、最適な配分方式について検討する。
また、ITモデルエリア、IT教育支援等によってIT革命を推進する。
(豊かな生活とセーフティーネットを充実するために)
国民一人一人にとってライフステージの各段階にわたる自分の生活と社会保障制度との関わりが分かるようにする。こうしたことを通じて、「分かりやすくて信頼される社会保障制度」を実現する。このため、ITの活用により、社会保障番号制導入とあわせ、個人レベルで社会保障の給付と負担が分かるように情報提供を行う仕組みとして「社会保障個人会計(仮称)」の構築に向けて検討を進める。
公的年金については、「人口減少社会」の下で「持続可能で安心できる」制度を構築するとともに、公的年金及び私的年金の役割分担により、高齢者の生活を総合的に保障する。
医療については、医療サービスの標準化、ITを活用した医療情報の開示、医療機関経営の近代化・効率化などからなる「医療サービス効率化プログラム(仮称)」を推進することなどにより、医療の質を落とさずにコストを下げ、維持可能な制度とする。
人材大国と科学技術創造立国を実現するために、知的資産を倍増するとの観点から、教育改革を進めるとともに、ライフサイエンス、IT、環境、ナノテクノロジー・材料の4分野への戦略的重点化を図る。
大学教育に対する公的支援については、機関補助に世界最高水準の大学を作るための競争という観点を反映させる。また、個人支援を重視する方向で、公的支援全体を見直す中で、教育を受ける意欲と能力がある人が確実にこれを受けられるよう、奨学金の充実や教育を受ける個人の自助努力を支援する施策を検討する。民間からの教育研究資金の流入を活発化するため、大学が受ける寄附金・大学が行う受託研究の充実のための環境整備について、税制面での対応を含め検討する。また、社会人に対する自己啓発の支援を充実する。
人々が自らのライフスタイルに合わせ、男女が共同して社会に参画し、将来にわたってのびのびと働き生活できる基盤を整備する。
(i) 多機能高層都市プログラムの推進により職住近接を可能とする。
(ii) 「働く女性にやさしい社会」を構築するため、税や社会保障制度の見直しに当たっては、個人単位化を進めるとともに、雇用に関する「性による差別」を撤廃する。
(iii) 保育所待機児童をゼロとするプログラムを推進するとともに、放課後児童の受入体制の整備を図る。
(iv) バリアフリー化の推進等により、高齢者などが年齢等にかかわりなく働きやすく暮らしやすい環境を整備する。
(v) ごみゼロと脱温暖化の社会づくり、自然との共生などを通じ、地球と共生する「環の国」づくりを推進する。
(vi) 国民に安全(人の生命、健康に関わる良質な環境や水と食料などの確保を図るヒューマン・セキュリティ、安全な国土)と治安を確保し、安心して暮らせる社会を保障する。
(政府機能を強化し、役割分担を抜本的に見直すために)
「個性ある地方」の自立した発展と活性化を促進することが重要な課題である。このため、すみやかな市町村の再編を促進する。歳出の効率化を図り、受益と負担の関係を明確化するとの観点に立ち、地方財政の立て直しを行う。
「行政サービスの権限を住民に近い場に」を基本原則として、国庫補助負担金を整理合理化するとともに、国の地方に対する関与の縮小に応じて、地方交付税制度を見直す。特定の事業について、地方の負担意識を薄める仕組みを縮小するなど、制度の簡素化を行う。また、地方行財政の効率化などを前提に、地方税の充実確保により、社会資本整備・社会保障サービス等を担う主体として地方行政の基本的な財源を地方が自ら賄える形にすることが必要である。
水道など地方公営企業への民間的経営手法の導入を促進し、介護福祉、まちづくり、リサイクルなど社会事業を担うNPOの支援強化など地方の活性化を図る。
意欲と能力のある経営体に施策を集中することなどにより、食料自給率の向上等に向け、農林水産業の構造改革を推進する。また、地方の活性化のために、都市と農山漁村の共生と対流、観光交流、おいしい水、きれいな空気に囲まれた豊かな生活空間の確保を通じ「美しい日本」の維持、創造を図ることが重要である。
巨額の財政赤字を抱えている我が国財政の状況を改善し、21世紀にふさわしい、簡素で効率的な政府を作るため、財政の改革に取り組む。
特に、資源配分の硬直性を打破するため、例えば公共事業に関しては、特定財源を見直すとともに、「公共事業」と「非公共事業」の区分にとらわれない配分、弾力的な地域間配分を行う。さらに、政策目標に照らし、公共事業以外のより適切な政策手段がないか十分に審査する。
また、経済社会の状況変化やこれまでの整備状況などを踏まえ、公共事業関係の長期計画については、各計画の必要性も含め見直しを行う。
首相公選制は民主主義の下で民意を直接反映させる仕組みであり、今後検討されるべきである。オープン・ソース方式の採用やタウン・ミーティングなどによる国民対話も、政策意思決定プロセスにおける透明性を高める上で重要である。
政策形成プロセスにおける透明性を高め、短期・中期の経済財政運営の整合性を確保するために、財政システムと予算編成プロセスを刷新する。
予算配分の硬直性を是正するため、経済財政諮問会議を中心に、先ずは政策のあり方を横断的に審議し、その結果を反映してメリハリの効いた予算編成を行う。
省庁横断的で優先度の高いプロジェクトについては、内閣として予算の要求から執行に至るプロセスに関与を深め、その一体的、整合的な推進を図る。
国・地方の一般会計(普通会計)、特別会計、財政投融資、国・地方間の財政移転、特殊法人等との間の資金移転のそれぞれの関係について説明責任を果たし、透明性を高めていく。
重点分野の特定化と優先順位付けを行い、実施事業を客観的に評価し、決算や評価結果を予算・計画などに反映させるための体制を整備する。特殊法人について、透明性と説明責任を確保するために関連子会社を含め企業会計原則、連結財務制度に基づいた「行政コスト計算書」を導入するとともに、特別会計についても導入を検討する。
民間経済、金融、財政の構造改革を強力に実施することによって、日本経済は、不良債権処理等に伴うデフレ圧力が発生する調整期間を経て、「停滞の10年」を抜け出し、「躍動の10年」を展望することが可能となる。
アメリカの景気動向や不良債権処理等に伴うデフレ圧力の影響などの不確実性が存在し、経済を的確に見通すことは困難であるが、このところ景気は悪化しつつあり、平成13年度の経済成長は、当初の政府経済見通しをかなり下回るとみられる。アメリカ経済の回復傾向が明らかになっていけば、適切な経済運営のもとで構造改革の進展の成果もあり、平成14年度の景気は徐々に回復への動きをたどることとなる。
中期的にみて日本経済は、民間経済、金融、財政の構造改革を通じた経済活性化や国民や企業の将来に対する不安感の軽減などにより、民需主導の経済成長を実現し、潜在力を十分発揮していくものと予想される。
平成14年度において、財政健全化の第一歩として、国債発行を30兆円以下に抑制することを目標とする。その後、プライマリーバランスを黒字にすることを目標として政策運営を行う。ただし、そのペースについては、マクロ経済の動向に十分注意を払いつつ進める。
金融政策については、調整期間におけるデフレ圧力の状況も踏まえ、機動的な量的緩和政策をとることが期待される。また、景気の状態によっては、セーフティーネットに万全を期するなど、柔軟かつ大胆な政策運営を行う。
平成14年度予算については、この基本方針で示した構造改革、重点分野などを反映し、メリハリの利いた予算編成を行うなど、予算編成プロセスを刷新する。