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第1章 構造改革と経済の活性化

1.構造改革と真の景気回復

 いかなる経済においても生産性・需要の伸びが高い成長産業・商品と、逆に生産性・需要の停滞する産業・商品とが存在する。停滞する産業・商品に代わり新しい成長産業・商品が不断に登場する経済のダイナミズムを「創造的破壊」と呼ぶ。これが経済成長の源泉である。

 創造的破壊を通して労働や資本など経済資源は成長分野へ流れていく。こうした資源の移動は基本的には市場を通して行われる。市場の障害物や成長を抑制するものを取り除く。市場が失敗する場合にはそれを補完する。そして知恵を出し努力した者が報われる社会を作る。こうしたことを通して経済資源が速やかに成長分野へ流れていくようにすることが経済の「構造改革」にほかならない。

 創造的破壊としての構造改革はその過程で痛みを伴うが、それは経済の潜在的供給能力を高めるだけではなく、成長分野における潜在的需要を開花させ、新しい民間の消費や投資を生み出す。構造改革はイノベーションと需要の好循環を生み出す。構造改革なくして真の景気回復、すなわち持続的成長はない。

2.不良債権問題の抜本的解決 − 日本経済再生の第一歩

 不良債権問題は日本経済が抱える「負の遺産」である。過去の遺産が現在そして将来の日本経済にとって解決しなければならない問題である理由は2つある。第1に銀行の収益性の低下や追加処理リスクが生ずることであり、第2に不良債権を生んだ産業の多くが非効率であり低収益の構造にあることである。不良債権の最終処理を行うことにより、資源が成長分野に流れていくことが期待される。

 なお、不良債権の最近の発生状況、特に、製造業等いわゆるバブルの影響が比較的小さいとされる分野における不良債権の新規発生の伸びが大きいことなどを考えても、不良債権は経済の停滞に伴って新規に発生するものであり、また、不良債権処理により資源が向かうべき成長分野が存在するためにも、第3節で述べる実体経済の再生が重要である。

(1) 不良債権の確実な最終処理と情報開示

 「緊急経済対策」は、バランスシートからはずすことこそが不良債権の最終処理になるとの認識の下、明確なスケジュールを設定した。主要行には、新規不良債権の発生メカニズムを把握の上でそのスケジュールを前提に、迅速に処理が行われることが期待される。

 このような取組みは、パブリック・プレッシャーの下で、金融機関の自主的な判断で進められることになる。それが実効性を持つためには、(1)不良債権の厳格な把握とその情報開示、(2)不良債権処理の進捗に関する情報開示等が必要である。

(2) 処理状況の厳格な点検

 不良債権の処理状況について、2〜3年以内にオフバランスシート化するという目標の進捗状況を定期的に厳しく点検するとともに、さらに、不良債権比率、与信費用比率といった新たな指標等も参考に、不良債権の新規発生の状況を含む不良債権問題全体の改善状況について的確な把握に努める。

(3) 産業の再生なくして不良債権の最終的解決なし

 不良債権問題の背景には、借り手である企業/産業側の過剰債務や非効率性といった構造問題がある。不良債権問題は、借り手が抱えるこうした構造問題と一体的に解決されることが必要である。法的整理のためには、会社更生法、民事再生法があるが、より使い易くするために必要な見直しを行うべきである。また、私的整理については、その公正、円滑化に資するためのガイドラインを関係者間で早急にとりまとめることが期待される。

(4) RCCによる不良債権処理と企業再生

 緊急経済対策に沿って不良債権の最終処理を確実に実現するため、RCCの機能を抜本的に拡充することとする。その上で、目標期間である2〜3年以内に主要行が最終処理を行うことが困難な不良債権については、RCCに譲渡等するよう要請する。

 具体的には、まず、今国会で金融再生法が改正され、RCCによる資産買取りが3年間延長されたが、さらに、RCCに信託兼営を認め、信託方式による不良債権の引受けも可能とする等、RCCが幅広く金融機関の不良債権の引受けを行い得るよう、所要の措置を講ずる。また、RCCは、受け入れた債権について、債務者企業の再建可能性に応じ、厳正な回収に努める一方、再建すべき企業と認められる企業については、法的・私的再建手続等を活用し、その再生を図る。このため、例えば、企業再構築を図る組織の新設等、RCCの機能・組織の拡充を図る。

 さらに、米国のRTCの例も参考に、不良債権や担保不動産の証券化を積極的に進める。なお、これにより、債権流動化市場の育成を図り、銀行による不良債権処理や土地の流動化等が促進されることを期待する。

(5) 不良債権処理の影響に備えたセーフティーネットの充実

 不良債権処理は、将来の経済成長のための必要条件ではあるが、十分条件ではない。不良債権処理という「後向きの構造改革」に加え、以下に述べるような「前向きの構造改革」を実行することが重要である。実体経済が再生することは、失業を新規成長分野で吸収するということを可能にするし、不良債権の新規発生を抑制するということにも寄与するからである。

 不良債権処理が雇用に与える影響を正確に予測することは困難であるが、ある程度の影響があることは否定できない。このような雇用への影響に対しては、財政のビルト・イン・スタビライザー機能があるが、雇用への影響を最小限に抑えるため、雇用対策法、雇用保険法、離転職者向け教育訓練、緊急雇用創出特別奨励金等の制度・施策を活用する。また、離職後失業期間中の住宅ローン負担・教育費負担に対する支援、起業者に対する支援など、制度横断的な施策の拡充を行う。さらに、雇用情勢によっては、モラルハザードに留意しつつセーフティーネットの一層の充実を図る。

 中小企業の連鎖倒産等の防止のため、信用保証協会の保証や政府系金融機関の貸付を活用するなど、金融面で適切に対応するとともに、経営の健全化に向け中小企業が自ら行う経営革新を積極的に支援する。

 上記に加え、新たな市場と雇用を創出する構造改革と雇用対策の一体的な施策の具体化について、産業構造改革・雇用対策本部での検討が期待される。

3.経済の再生

 経済成長は社会的ニーズに新しい技術が出合うことにより生まれる。21世紀初頭の我が国は、IT革命が進展するなかで、自然との共生、高齢化社会の到来など、出来合いの答えが用意されていない課題に直面している。これは日本経済にとって大きなチャレンジであるが、同時にこうした高齢化社会への対応等の社会的ニーズは成長の源泉でもある。社会的ニーズに新しい技術を結びつけるために、市場の整備など社会的なイノベーションが必要である。

(1) 科学技術創造立国・世界最先端のIT国家への足固め

 20世紀の最後の20年間で、機械や工場などの物的な資本は、最も重要な生産要素の座を、特許やノウハウ、経営企画力など無形資産に譲った。付加価値や経済成長を生み出す最も重要な要素は「知識/知恵」である。21世紀の日本は、科学技術創造立国及び世界最先端のIT国家を目指さなければならない。

 新しいテクノロジーとして、(1)ライフサイエンス、(2)情報通信(IT)、(3)環境、(4)ナノテクノロジー・材料の4分野への重点的な研究開発を進める。これら4分野を含め「科学技術基本計画」(平成13年3月30日閣議決定)の着実な実行が必要である。また、こうしたテクノロジーが潜在的能力を最大限に活かし、(1)循環型社会の構築/環境の保全、(2)高齢化社会への対応、(3)都市の再生など、21世紀の日本が真に必要としている社会的ニーズに応えられるよう、重点的な資源配分が行われなければならない。

 こうした目的のために、民間企業の研究開発や国・大学から民間企業への技術移転を促進するとともに、新しい技術を活かして事業を起こそうとするベンチャー・ビジネス等の支援に資する環境整備について検討する。

 5年以内に世界最先端のIT国家になるとの目標達成に向け、「e−Japan重点計画」(平成13年3月29日)及び「e−Japan2002プログラム」に基づき、重点的かつ戦略的にIT施策を積極的に推進する。

(2) 人材大国の確立

 経済社会が大きく変貌し、ITを始め、技術革新も急速な進展を見せるなか、労働力には、柔軟で質の高い技術、能力が備わっている必要がある。このため、教育全般について、そのあり方を検討する必要がある。特に国立大学については、法人化して、自主性を高めるとともに、大学運営に外部専門家の参加を得、民営化を含め民間的発想の経営手法を導入し国際競争力のある大学を目指す。他方、学生・社会人に対しては、奨学金の充実や教育を受ける個人の自助努力を支援する施策について検討する。

 職業能力開発については、IT教育訓練などの充実を図るとともに、それが十分に活用されるよう、自己啓発支援等の仕組みを強化する。

(3) 民間活力が発揮されるための環境整備

(i) 規制改革

 国際的な交流が盛んになるにつれ、我が国の価格が概して割高であることが大きく浮き彫りにされている。このような高コスト構造を解決するためには、経済活動が極力民間に委ねられ、自由な活動と創意工夫によって効率化が進められることが不可欠である。

 経済的規制の改革は、電気通信、エネルギー等の分野でまだ課題を残している。特にNTTのあり方については、公正有効な競争が実現するよう、競争の進展状況等を踏まえ速やかに抜本的な見直しを行うべきである。また、周波数などについては、公開入札など市場原理を活用することも含め、最適な配分方式について検討する。他方、社会的規制の改革はさらに遅れている。特に、医療、労働、教育、環境等の分野での規制改革は、サービス部門における今後の雇用創出のためにも重要である。本年発足した総合規制改革会議における、これら重点検討分野の検討が期待される。

(ii) 競争政策

 メガコンペティションの下で、金融、産業の分野における外資の参入や産業再編の進展に対応するとともに、談合・横並び体質からの脱却と市場の活性化を図るため、競争政策の積極的な展開が求められている。これとあわせ、公正取引委員会における審査の透明性の向上及び審査の迅速化が図られる必要がある。

 また、規制緩和が進む公益事業分野において、自由かつ公正な競争が確保されるよう十分な監視をするとともに、特に電気通信分野においては、市場支配力を有する通信事業者への非対称規制を前倒し実施する。さらに、新たな省庁体制の中で、公正取引委員会の位置付けについて、規制当局からの独立性、中立性等の観点からよりふさわしい体制に移行することを検討する。

(4) 規制改革のみならず制度改革に踏み込む

 司法制度は、社会の複雑化、多様化、国際化、事前規制型から事後チェック型行政への移行といった変化に対応し、見直されなければならない。司法制度改革は社会的インフラとして重要であり、「司法制度改革審議会意見書」(平成13年6月12日)を最大限尊重して着実に改革が進められるべきである。

 経済法制については、現在商法の抜本改正が検討されているが、我が国の競争力の向上に結びつくように、民間事業者の意見も十分に踏まえた改正が行われることが期待される。また、社会経済構造の変革と事後監視型社会への転換に対応し、国民や企業の経済活動にかかわる民事・刑事の基本法について、抜本的に見直す。

 「民間でできることは、できるだけ民間に委ねる」ことを原則に、国民の利益の観点に立って、徹底した行政改革を行い、特殊法人等や国営施設の見直し、民営化を進めることが必要である。郵政三事業については、予定どおり平成15年の公社化を実現し、その後のあり方については、総理の懇談会において、民営化問題を含めた具体的な検討を進める。

 それでも残る公的部門については、徹底した効率化を進めるために、企業会計制度を踏まえて公会計制度の見直しを行うとともに、その適切な情報公開を行うことが必要である。また、早急に電子政府化を実現することが重要である。

(5) 資産市場の構造改革

(i) 証券市場の構造改革

 証券市場の活性化のためには、企業が活性化し、収益力を高めることが基本である。しかし、同時に、市場監視・取締体制の充実、インサイダー取引や株価操縦等不公正取引に対するルールの明確化、会計基準・会計監査を一層厳格化することなど、インフラの整備も必要である。さらに、個人投資家の市場参加が戦略的に重要であるとの観点から、その拡大を図るために、貯蓄優遇から投資優遇への金融のあり方の切り替えなどを踏まえ、税制を含めた関連する諸制度における対応について検討を行う。

 金融システムの構造改革という観点からは、銀行の株式保有のリスクは適切に規制されるべきである。こうした施策は、銀行や企業の株式持合いの縮小を通じて、株式市場の市場メカニズムを一層発揮させることにもつながる。ただし、その場合、保有株式の売却が、短期的には株式市場の需給等を通じ、株価水準によっては金融システムの安定性や経済に好ましくない影響を与える可能性を考慮し、一時的な仕組みとして、銀行保有株式取得機構(仮称)の設立に向け早急に検討を進めなければならない。

(ii) 不動産市場の構造改革

 バブル崩壊以降、低迷を続ける不動産市場の活性化を図る契機としては、構造改革につながるようなプロジェクトによって需要が創出されることも重要である。その点で、本年5月に発足した都市再生本部が選定し、実施しようとしている21世紀型都市再生プロジェクトは重要であり、積極的に推進すべきである。

 このようなプロジェクトが円滑に推進されるためにも、土地の整形・集約化のための事業の促進、国の施設の建替え等におけるPFIの積極的活用が必要である。

 また、住宅ストックの流通や有効活用を促進するために、中古住宅等の評価システムの確立や取引価格情報の開示など、市場情報の提供体制を整備する必要がある。

(6) 労働市場の構造改革

 構造改革に伴う雇用への影響を最小限にするためにも、成長分野の拡大を促進するとともに、そうした分野への円滑な労働移動が促進され、労働力の再配置が円滑に実現するように環境整備を進める必要がある。なかでも重要なのは、(1)自発的な能力開発の支援、(2)派遣、有期雇用、裁量労働、フレックス就業等の多様な就労形態を選択することが可能になるような制度改革、(3)キャリア・カウンセリングの充実と職業訓練の円滑化、(4)性別や年齢にかかわらず働ける環境の整備、である。特に女性の労働参加を支援するために、保育所待機児童ゼロ作戦及び放課後児童の受入体制の整備を進める。

 このような施策の充実によって、今後雇用機会の拡大が見込まれるサービス部門への労働移動が円滑に行われることとなる。試算によれば、新規分野を含むサービス分野においては、5年間で530万人の雇用機会の創出が期待される。

(7) 税制改革

 税制は、政府活動のための財源を調達する基本的な仕組みであるが、所得・資産の分配、経済の資源配分、納税・徴収費用に結果として大きな影響を与える。したがって、公平・中立・簡素を税制改革の指針としなければならない。

 経済が大きく変容する状況下においては、その環境条件の変化に合わせて、これらの指針に基づき、不断に税制を改革していくことが必要である。我が国は、数次にわたって税制改革を実施してきたが、21世紀にふさわしい税制を実現するためには、さらなる税制改革が求められる。所得、消費、資産等の適切な課税ベースの選択、できるだけ広い課税ベースの確保、政策目的に対して有効な政策手段であるかの検証等、幅広く税制を不断に見直していくことが不可欠である。

 とりわけ、経済の市場化、グローバル化、少子・高齢化という観点から、貯蓄・消費行動、投資・起業行動、労働供給・就業形態に対する誘因を十分に考慮して、個人、企業の経済行動に対して中立的な税制を構築しなければならない。

 租税特別措置について聖域なく徹底した見直しを行い、効率的な企業経営を促進するための制度整備の一環として連結納税制度の導入に向けた検討を進める。

4.財政構造改革

 財政は社会資本を供給し、所得分配を平準化するなど様々な役割を果たしている。しかし、財政の役割は時代とともに変わる。物的な社会資本(ハード)に対する無形の資本(ソフト)の重要性の高まり、高齢化の急速な進展、国と地方の役割分担の見直し等の時代環境が変化する中で、今日、我が国の財政は大きな転換期を迎えている。にもかかわらず時代の変化にシステムが適応できないまま、財政を通した受益と負担のアンバランスが拡大してきた。もはや持続可能な状態ではない。

 このため、まずは平成14年度予算で、国債発行を30兆円以下に抑えることを目標とし、その後、プライマリーバランスを黒字とすることを次の目標とするなど、本格的財政再建に取り組む必要がある。歳出構造については、聖域を設けることなくこれを抜本的に見直し、無駄な歳出を削減するなど徹底した行財政改革を行う。また、公的部門が提供するサービス水準を賄うに足る国民負担のあり方についても広く議論する必要がある。

 なお、構造改革は単なる量の削減ではなく、仕組みやシステムを変えることでもある。歳出の中身の見直しと制度の改革としての財政の「構造改革」は経済成長を促進するものであり、「景気」と対立するものではない。それどころか効率的な社会資本整備を進め、持続可能な社会保障制度の道筋を明らかにすることにより民間の消費や投資を誘発することになる。したがって景気対策の名の下に、中身の見直しと制度の改革としての財政の「構造改革」の道が曲げられることがあってはならない。ただし、財政赤字を縮小する速度、すなわちプライマリーバランスの黒字に向けた取組みや公債残高の対GDP比の抑制のペースは、マクロ経済の動向に十分注意を払いつつ進める必要がある。


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