内田勝也情報セキュリティ大学院大学
教授
第3章第3節「Trust:ネットが生活に溶け込み安心して暮らせる『電縁』」を見ると、国民・企業における情報通信利用への三大不安は、「情報セキュリティ」、「プライバシー」、「違法・有害コンテンツ」とあります。 多くの利用者が不安を感じていますが、本当に安全ではないのかを考えてみる必要があります。
「安全」や「安心」という言葉は、同じような意味で使われることもありますが、「安全」は「安全性」等と使われるように客観的な意味で使われ、「安心」は「安心感」等と使われるように主観的な意味合いがあります。 安全の反対の言葉は、「危険」、安心の反対は、「不安」と考えられます。 そこで、安全・不安、安心・不安をそれぞれ縦軸と横軸に2次元のマトリックスを作成すると、図1のような4つの領域が考えられます。
1.安全であり、安心だと思う
2.安全であるが、不安を感じる
3.危険であるが、安心と考える
4.危険であり、不安を感じる
安全が確保されれば、全ての人が安心と思ってくれることが望ましいのですが、実際には、安全が確保されていても、不安を感じる人がいます。 また、逆に危険な状況でも安心と思ってしまうこともあります。
ところで、安全とはどのような状況を言うのでしょうか? 安全の反対語である「危険」が全くないことだとすると、そのような状況を現実の世界(ネットワーク等の仮想世界を含めても)では不可能です。実際、安全は「絶対に安全」だとか、「100%安全」という意味ではなく、多少の危険はあるが許される範囲にある場合に安全と言われています(図2)[1]。
時間の経過や環境の変化、人間や機械等が動くことでも、安全の程度は変化します。時間が止まっており、また、人間も機械も全く何もしなければ、安全の程度の変化はありませんが、そのような状態は現実の世界にはありません。
図1 安全・危険と安心・不安マトリックス
図2 安全とは?
「2.安全であるが、不安を感じる」あるいは、「3.危険であるが、安心と考える」のは、何故でしょうか?
例えば、飛行機より、自動車の方が統計的には安全ですが、飛行機に乗るのを不安に思う人のほうが多いです。 最近の例で言えば、毎年流行の従来型の「インフルエンザ」は、毎年死者がでており、1万人を超えることもありますが、多くの企業では、従業員に外出を控えさせるとか、外出時にマスクをすることを指示した形跡はありません。しかし、今年4月メキシコで発生した「新型インフルエンザ」は瞬く間に、日本でも感染者が見つかり、マスコミによる連日の大報道もあり、多くの企業では海外渡航を禁止したり、家族に感染者がでると1週間程度の自宅待機等を命じたりしましたが、現時点では、国内での死者はありません。
新型インフルエンザは、「2.安全であるが、不安を感じる」、従来型のインフルエンザは「3.危険であるが、安心と考える」であると言えます。
多くの人々が安全なのに不安と感じたり、危険なのに安全と思うのは何故でしょうか?
想像するに、1つはマスコミ等の報道に大きく影響されるのではないかと思っています。「ニュース:News」(「新しい」ことが複数ある)と言う言葉の通り、新しい事柄を数多く報道する使命がマスコミにあります。新しい問題を大々的に報道することにより、読者の興味を引き、その問題に注目させることは決して悪いことではありません。ただ、大々的な報道があると、新型インフルエンザのような新しい事柄であると、多くの人が実際以上の不安を感じる可能性があります[2]。
最近、大規模技術に関して、「専門家と専門家」あるいは、「専門家と地元住民」の対話が行われています[3]。 国内では、大規模ICTシステムの安全性(情報セキュリティ等)に関しては、ほとんど説明がありませんでした。 大規模なICTシステムが従来の手作業や旧来のシステムと比べて安全性が高いのか、あるいは低いのかがあまり明確ではありませんでした。このことも原因の1つかも知れませんが、大規模なICTシステムでは、「100%安全」でないものは利用できないと批判されることがあります。
小さな問題の芽を摘み、事故の予兆を見つけ、事故に至らない仕組みを構築し、「100%安全」ではないが、従来の仕組みより安全なシステムを構築し、維持できる体制ができていれば、旧来のシステムより安全を高めることができ、利用者(国民)にも利便性が高く、安価なサービスを提供できる可能性があります。
安全・安心な街づくりのために、小さな犯罪を見逃さない考え方、「割れ窓理論」で、前市長が、ニューヨークを安全・安心な街にしたことにも通じるものです。
政府・自治体等が推進している電子政府や電子自治体等の安全性や利便性について、もっと利用者(国民)に対して、丁寧な説明が必要な時期なのではないでしょうか?
注)新型インフルエンザが日本でも今年の晩秋から冬に再流行する可能性があり、その時は、死者が従来型のインフルエンザ以上になる恐れがあると警鐘を鳴らす専門家もいます。 時間の経過や環境の変化で安全・危険の度合いは変化しますので、その対応を十分考えて行動することも大切です。
参考資料
[1] 日本学術会議人間と工学研究連絡委員会安全工学専門委員会 「安全・安心な社会構築への安全工学の果たすべき役割」(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-19-t1034-1.pdf)
[2] 岡本浩一「リスク心理学入門 6章:リスクとマスコミ」サイエンス社 2004年
[3] 未来科学技術共同センター「組織マネジメントプロジェクト」