IT利用に必要な支援 今後の課題
畠山 卓朗 星城大学 リハビリテーション学部
1 はじめに
ITはここ20年余りで飛躍的な進歩をとげた。今後もその流れは加速度的に進んでいくことであろう。
一方で、それを目の前にした私たちは果たしてITとうまく向き合うことができているのだろうか。ここでは、IT利用の対象となる人々に焦点を当てながら今後の課題を考えてみる。
2 何のためのIT利用か
近年のIT開発は技術主導型と言って過言ではないように思う。私たちの眼前にはこれでもこれでもかと最新の技術を駆使した製品達が登場し、私たちの好奇心をくすぐる。目新しさに飛びつき手にいれたものの、普段の生活の中でどう活用できるのか今ひとつ分からず、やがて使われることなく眠ってしまっているモノたちも少なくない。一方で、一度は見捨ててしまったものの、ふたたび取り出して使い始めたモノがある。著者においては、前者はPDA(電子手帳)であり、後者は昔からの紙によるスケジュール帳である(実際には、パソコンというITでスケジュール管理をし、それを印刷して持ち歩いているのだが)。
障害のある人のIT利用にも似たような側面があるように思う。ITを導入すればすべてのことがうまく行くような錯覚が、障害のある人および支援者の双方にあるように感ずる。
ここでのポイントは、IT利用のことはひとまず横へ置いておいて、いま本当にしたいことは何なのか、今の生活をどのように変えていきたいのかなどをじっくりと考えてみることである。つぎに、それを実現するためにはどのような方法があるのかを考える。その際、IT利用が一つの解決方法だとしたら、その対極にある方法、つまり人的支援による方法も視野に入れると良い。実際には、両者をうまく組み合わせて解決する方法が現実的であろう。
3 IT利用は人の生活の質を高めるか
いまや私たちは地球上のどこにいようがいつでも誰とでも自由にコンタクトすることができるだけの技術を手に入れた。ITの目覚ましい発達のおかげである。それはとてもすばらしいことであることには間違いはないが、それと同じくらい人のコミュニケーションの質や意欲は高まったと言えるのだろうか。ITの進歩で気軽にコミュニケーションがとれるようになったことで行き交う情報量は格段に増えたが、一方で、コミュニケーションにまつわるトラブルも増加している。メールなどでの書き込みのタイミングのズレが招くトラブル、ネット上での誹謗中傷などがその一例である。相手の顔が見えないことによる気軽さと怖さが同居しているのがここでの特徴である。
ひとり暮らしの高齢者や障害のある人をとりまく環境にもIT技術の波が押し寄せつつある。日々の生活状態や安否確認を、IT技術を用い監視し、何か重大な変化があった場合は、直ちに係員を緊急派遣するという仕組みである。この仕組みの背景には核家族化という生活スタイルの変化と、それに伴う「人手不足→省力化」の安易な考えが見え隠れする。この考えに欠落しがちなのは、そこで対象となる人がどのような気持ちになるのだろうかということにたいするシステム開発者の想像力である。
障害のある人ためのIT機器の開発者は疑いもなく善意の人々である。ただしここで誤解を恐れず指摘したいのは、問題は開発者自らが、万が一にもその機器を自ら使うようになるかも知れないということは予想すらされていないことである。つまり、誰かのために役立ちたいという善意の気持ち、すなわち「何々してあげる」という無意識の姿勢が働いているのである。それが時として「何々してあげているのだから、このぐらいは我慢してもらわなければ」という考えにつながることがある。これは従来からの「福祉」の域を出てはおらず、本当の意味での「支援」には到達できていないと言って過言ではないと考える。
著者がリハエンジニアになって間もない頃、当時の上司である労災リハビリテーション工学センター所長の土屋和夫氏(故人)から「君は同情で仕事をしてはいないか」と指摘を受けたことがある。その場では「決してそんなことはありません」と明言したものの、その後長期にわたりその言葉が頭にこびりついて離れなかった。月日が流れ、様々な利用者とのかかわり合いを持つことを通して、「同情」を越えたところにある視点があることを学ぶに至った。
4 利用者を捉える3つの視点
ここではIT利用に限定せず、障害のある人を支援する立場にある人において大切と思われる3つの視点(図1)について述べる。
第一番目の視点は観察者としての視点である。私たちは障害のある利用者に最初に出会ったとき、様々な情報を受け取ることになる。この視点は利用者の全体像を捉える上でとても重要である。後述の二つの視点を捉えた上でも、時にはこの視点に立ち帰る必要があるように思う。
第二番目の視点は対話者としての視点である。利用者に接近し、目線の高さを合わせて向かい合い、利用者の願望や要望に十分な時間をかけて耳を傾ける。
著者は長い間、前述の二つの視点で仕事をしてきたように思う。しかし、ある障害のある人と出会うことで、これらの視点の先にさらにもう一つの視点があることを教えられた。
第三番目の視点は、共感者としての視点である。利用者の世界を支援者自らの中でどこまで捉えられるかが大きな課題である。
もしも、支援者自身が機器を利用しなければならない立場になったとしたら、ほんとうにその機器を使いたいと感じるかどうか。希望しないとしたら、どのような機器であってほしいかなど、支援者自身が想像力を働かせる必要がある。
この稿を書き進める段階で、メーリングリストによるディスカッションを行った。障害のある人をピアサポートしている内山幸久氏から次のようなコメントをいただいた。「ピアサポートをする者は、既に共感者の立場かもしれない。しかし、実はそれが大きな落とし穴かもしれないと思った。ついつい相手を観察してしまい、それだけではいかんと思い対話はするのだが、ピアサポートのくせに共感者である事が大事なのに。自分でも常に戒めてないと忘れがちな部分だ」と。
実は著者自身もあたかも障害のある利用者の世界が見えているような錯覚に陥っていることにハッと気づかされた経験がある。南九州病院に入院中の故轟木敏秀氏があるとき著者に向かって「僕のベッドに一度寝てみませんか」と語ったことがある。当時の彼は人工呼吸器を装着したまま四六時中、天井を見て生活することを余儀なくされていた。彼の言いたかったことを解釈すれば「僕が見ているほんとうの世界が、あなたには見えていますか?」である。
5 おわりに
IT技術の目覚ましい進歩にくらべ、支援する側の体制は十分に整っていないというのが実情である。一方で、私たちはIT利用が障害のある人の生活に大きな変化や希望を与えているということを実感している。
なお、今更ながら当然のことではあるが、IT利用は障害のある人の生活支援のほんの一部分にしか過ぎない。生活全体を視野に入れながら支援していくことが必要なことは述べるまでもないことである。
今後、障害のある人のIT利用を推し進めていくためには、多くの人々の参加と協力が欠かせない。興味を持たれた方はぜひ、日本リハビリテーション工学協会コミュニケーションSIGのホームページを訪ねていただきたい。また、リハ工学カンファレンスなどで開かれるイブニングセッションなどでの意見交換の場にぜひ参加していただきたいと願うものである。
参考文献
1) J. J. Gibson: The Ecological Approach to Visual Perception, LEA,1979
2) 佐々木正人:アフォーダンス,新しい認知の理論,岩波書店(1994)
3) 畠山卓朗:自立支援のためのテクノロジー活用と今後の課題,Quality Nursing,Vol.9, No.9,pp.10-15,2003
コミュニケーションSIGホームページ
http://www.comsig.jp/
|