郵便局ビジョン 2010

補   論

  [補論1]ユニバーサルサービスの提供と民間との関係

  [補論2]日本版ビッグバンに関連した市場との整合性と民間との競争条件

  [補論3]財政投融資の見直しと郵便局資金






 本編では、郵便局の在り方について議論の対象となっている主要テーマ、つまり、ユニバーサルサービスの提供と民間との関係、日本版ビッグバンに関連した市場との整合性と民間との競争条件、財政投融資の見直しと郵便局資金、については、前章までの論述と重複する部分もあるが、ここでまとめて論じておきたい。

[補論1]ユニバーサルサービスの提供と民間との関係

  1.  一般に、市場原理は、機会均等が確保されるだけでなく、効率性の追求や創造性の発揮による多様なサービスの提供が可能となるなどの点で優れた仕組みとされている。
     我が国が、21世紀に向けて社会経済の変化に適切に対応していくため、財政構造改革に取り組むとともに、行政の効率化と規制緩和の推進による市場原理を優先した社会へ変革しようとしている現在、郵便局サービスについても市場原理を優先し、民間に委ねることはできないかという指摘がある。

  2.  郵便局は、郵便・貯金・保険等の国民生活に必要不可欠な身近に利用できる生活基礎サービスを、全国あまねく、いつでも、公平に提供しているが、仮に「営利性、収益性」が重視される市場原理のみに基づく運営を行った場合には、不採算地域におけるサービスの維持が不可能になるものと考える。
     例えば、郵便局は3,232の全市町村に配置され、郵便・貯金・保険等のユニバーサルサービスを提供しているが、他方、民間金融機関の店舗配置は、都市銀行は2,809市町村に、全国銀行は1,008市町村に、信用金庫、信用組合、労働金庫を含めた銀行等は554町村にそれぞれ店舗が設置されておらず(平成8年3月現在)(資料73、74)、また、民間生命保険会社の店舗も1,852市町村に設置されていない状況にある(平成8年8月現在)(資料75)。

  3.  民間企業ベースで運営される事業体に対して、不採算地域におけるサービス提供義務を課しつつ、その赤字を国庫補助で補てんすれば、市場原理の下でもユニバーサルサービスを維持することが可能ではないかという指摘がある。
     しかしながら、国庫補助による補てんは、財政を圧迫し、行政改革の趣旨にもとるだけでなく、企業の効率的経営へのインセンティブ機能に支障が生ずることとなると考えられる。

  4.  数量的評価を試みるため、郵便局が民間企業ベースで運営した場合における赤字郵便局数と赤字総額(平成6年度決算)について一定の前提をおいて試算した。その結果、赤字郵便局は郵便関係約17,500局、貯金関係約12,800局、保険関係約6,500局、赤字総額は約6,600億円に及ぶという結果が得られた(資料76)。これらの試算結果から、現在郵便局で行われているユニバーサルサービスを民間企業ベースで維持するためには相当の負担となり、したがって、採算性の低い郵便局を閉鎖するか、国庫補助等を行う必要が生じ得ると考えざるを得ない。
     また、郵便局を民間企業ベースで運営した場合における地域別収支をみると、東京、関東、東海、近畿の大都市圏のブロック管内では黒字、それ以外の地方ブロック管内ではすべて赤字となっている(図17、資料77)。
     なお、民間企業ベースで見込まれる租税公課、法人税・住民税、事業税といった税額についても試算し、総額は約2,100億円との結果が得られた。

    地域別収支差(平成6年度)(図17)


    (注)収支差は各ブロックの黒字総額と赤字総額との差額である。

  5.  また、郵便局サービスが民間に委ねられた場合、経営目的の重点が「公共性」から「営利性・収益性」にシフトする結果、ユニバーサルサービスや社会的政策を実現するためのサービス、さらには郵便局ネットワーク等の開放を実現するインセンティブがなくなるものと思われる。
     このことは、市場原理の徹底に伴い生じるサービスの地域間・個人間格差の拡大をユニバーサルサービス等により緩和したり、社会において郵便局ネットワーク等の資源を活用することが困難となり、国民の利益や社会全体の効率性の観点から問題であると考える。
     特に、過疎化とともに高齢化が進展している地域社会では、情報・安心・交流の拠点となる郵便局が縮小・廃止されることは、重大な問題である、と言わざるを得ない。

    (参考)
     ドイツやニュージーランド等では、郵便局事業が特殊会社化された例がある。この特殊会社化は、赤字経営やストライキ発生に伴う遅配等のサービスダウン等を背景としたものであり、我が国の郵便局事業とは背景事情が異なっているが、特殊会社化後の郵便局数は減少している。ドイツの場合は、1989年末の約29,000局から1995年末では約17,000局に、ニュージーランドでは、1987年の約1,200局から1995年では約960局まで減少している(資料78)。
     また、業種は異なるが、NTTの支店(旧電報電話局)も、特殊会社化時の昭和60年4月に1,700店あったが、平成8年4月では110店まで整理されている(資料79)。

  6.  手紙・はがきの独占と民間参入の是非
    (1) 全国均一料金制、ポスト投函である手紙、はがきは、国による独占とされているが、これに対して、手紙、はがきにも民間参入を認め、競争を導入すべきとの指摘がある。
     手紙・はがきの独占は、国民が「ポスト投函すれば、全国どこでも均一料金で配達する仕組み」の継続を選択するかどうかにかかっている問題である。

    (2) 民間参入を認めれば、全国均一料金制の維持は不可能であると考える。大都市あて、大量差し出しの郵便は、人とバイクがあれば容易に参入が可能であり、1通当たりの配達コストが地方と比べて小さいため低料金設定が可能である。逆に、地方あて、一般の郵便は、1通当たりの配達コストが大都市と比べて大きいため、料金を高く設定せざるを得なくなる。

    (3) さらに、このように全国均一料金制が維持できなければ、地域別に異なる料金をチェックするための利用者における手間と、郵便局側の事務処理(コスト)が必要となり、料金自体が上昇するとともに、簡便なポスト投函制の維持も不可能となる。

    (4) こうした事態により、利用者は郵便離れを起こし、差出物数が減少するため、郵便料金は一層高くなる。その結果、郵便ネットワーク自体の崩壊を招く恐れがある。
     これを民間が政令指定都市(東京23区を含む)あての大量郵便のみに現在の郵便料金の半額程度の料金で参入し、郵便事業もこれに対抗せざるを得ないという前提の下で試算すると、政令指定都市以外の地域あて、一般の料金は次のとおりとなる。


       政令指定都市以外の地域あて、一般の料金   

        手 紙 80円 →240円    

        はがき 50円 →150円    


     さらに政令指定都市以外あての一般郵便物などにも民間が参入すれば、地方あての郵便料金は一層高騰する(資料80)。

    (5) また、ポスト投函制は、利用者は手元に投函したことを証明する書類がなく、かつ、受取人に一々到着の有無を確認しなくても、ポストに投函すれば、受取人に確実に配達される、との強い信頼の上に成り立っている制度であり、郵便局への信頼と一体不可分となっている。
     したがって、国民・利用者の利便を確保するという観点から近代郵便発足以来、諸外国においても独占による均一料金制、ポスト投函が一貫して選択されている。

    (6) 他方、独占の下では、経営効率化に対するインセンティブ機能が不十分になるおそれもある。手紙・はがきについては、ファクシミリ等の電気通信を利用する通信代替手段とは実質的な競合状態にあることに加え、全国均一料金、ポスト投函制維持の観点から独占とされているため、効率化やサービス向上が強く求められている。今後、経営効率化やサービス水準の向上を国民に分かりやすい形で推進するため、効率化・サービス水準の目標と実績を公表するとともに、経営情報を客観的に分析・評価するため、外部評価システムを導入する必要があると考える。

  (補論関係付属資料:「手紙・はがきの独占と民間参入の是非」)




[補論2]日本版ビッグバンに関連した市場との整合性と民間との競争条件

  1.  現在我が国金融市場は、金融のグローバル化、日本版ビッグバンによる市場メカニズム中心の新たなシステム構築に向けて、各種金融機関の効率化等、急速な流れの中にあり、世界に開かれた、活力ある金融市場育成の途上にある。
     郵便貯金・簡易保険は、我が国金融システムの中で大きな地位を占める金融サービス主体であり、我が国市場が健全な発展を遂げるために郵便貯金・簡易保険が市場と整合性のとれた存在であるべきである。

  2.  こうした観点から、
      民間預金金利と乖離した高い貯金金利を持つ郵便局サービスの存在による資金配分の非効率化
      法人税や固定資産税等の租税負担、配当負担等を負担していない郵便局サービスと民間金融機関が市場で競争していることによる市場の歪み

     といった市場の歪みを指摘する意見もあり、郵便貯金等の存在が市場と整合しているか否か、検討する必要がある。

  3.  郵便貯金等は、健全な金融市場発展のために市場との整合性を図る必要があるが、市場との整合性を計るものさしとして、市場価格(貯金では金利)の整合性と、結果としての過度の資金シフトの発生の有無がある。
     まず、郵便貯金金利については、金融自由化の進展に伴い、既に市場メカニズムとの調和が図られており、民間金利に準拠している。特に郵便貯金の約9割を占める定額貯金の金利については、その流動性を勘案して民間定期預金金利より低く設定しているとともに、金利のピーク時に資金シフトを招かないよう、逆イールド時には、短期金利より低くなる長期金利の代表である「長期国債金利−0.5%程度」に設定することとなっている。
     なお、こうした金利設定の事実関係について、国民への周知度を高める努力をさらに行うべきである。
     次に、資金シフトの発生について論じると、日本版ビッグバンに伴い、民間金融機関から郵便貯金への資金シフトを招くとの懸念があるが、むしろ、21世紀では、国際的に開かれた資本市場の発展に伴い、郵便貯金を含む預貯金から、内外の金融機関により新たに提供される多様な証券関連金融商品の方が選好される可能性の方が高いとみるべきであろう。また、預貯金の中にあっても、民間金融機関の創意工夫による多様な商品サービスの提供により、逆に郵便貯金からの資金シフトが生ずるとの指摘もある。ただし、民間金融機関の不良債権問題が依然として尾を引いており、日本版ビッグバンの過渡期においては、問題のある金融機関から郵便貯金に資金シフトが起こるとする見方があるのも事実である。
     このような金融機関からの資金シフトは、本来、郵便貯金がなくとも起こり得るものであるが、個人金融分野において過度の資金シフトが生じることのないよう、郵便貯金金利等の設定について市場との調和をさらに徹底する必要がある。さらに、貯金の預入限度額又は保険金の加入限度額については、社会経済の動向、国民のニーズに配意しつつ、当分の間、凍結する必要があろう。

  4.  郵便局と民間との競争条件のそれぞれについて完全なイコールフッティングを図るべきとの指摘もある。これに対しては、郵便局サービス・民間金融機関それぞれがたどってきた歴史や両者間の制度・理念が異なるため、完全な比較は困難であるが、考え方として郵便局サービスが固有に負っているユニバーサルサービス提供義務と、税金の非負担等の優遇とのトータルバランスを考慮することが考えられる。
     具体的には、郵便局の競争条件として、非営利のため税金等の支払いが免除されている一方、公共性からくる制約として、不採算地域を含む全国サービス提供義務、専ら個人・小口にサービスの対象が限定されているといったサービス上の制約等を負担しており、トータルバランスに配慮されていると評価できる(資料81、82)。

  5.  さらに、これに関連して、異なる経営理念をもつ郵便局と民間企業が適度な緊張関係の下に競争することが消費者利益を拡大すると同時に消費者の選択肢を確保するとの意見があったことを指摘しておきたい。





[補論3] 財政投融資の見直しと郵便局資金

  1.  財政投融資は国の財政政策の一環として、財政が有する資源配分機能、所得再配分機能及び景気調整機能のうち、資源配分機能と景気調整機能の2つの機能を担うとされてきた。
     このため、バブル経済崩壊後、一般歳出では対応できない景気調整機能を補うため、大幅な増額が実施された。その結果、平成7年度末の財政投融資の残高は 356兆円に達し、平成8年度計画でも49兆1,247 億円と同年度の一般会計予算の約2/3 の規模にまで拡大した。
     平成9年度計画では、前年度に比べ減額するなどの見直しが行われているが、財政投融資は肥大化しているのではないか、なかでも郵便貯金・簡易保険による資金吸収がその肥大化の原因ではないか、との指摘がある。
     財政投融資計画規模は、財投機関の資金需要や景気調整等の観点で決まるものであって、郵便貯金等の原資側の増減により決まるものではない(資料83)。したがって、郵便貯金等による資金吸収がそのまま財政投融資の規模拡大を招いているわけではないが、財政投融資の対象分野については、資金需要が見込まれない、あるいは、事情の変化により民間資金でも対応が可能となった分野については、思い切ったスリム化を図るなど、対象範囲を常に見直していくことが重要であると考える。

  2.  そもそも、郵便局の貯金・保険の本来の目的は、全国あまねく公平に自助支援サービスを提供することにあり、財政投融資の資金調達を目的とするものではなく、財政投融資は郵便局資金と社会資本整備等をつなぐプロセスである、と考える。郵便局資金は、長期・固定・低コストの資金として社会資本整備財源として適しており、現在、検討が行われている財政投融資の見直しに柔軟に対応して、郵便局資金の一部は、真に必要な社会資本整備等に資金供給していくことが適切である。
     したがって、郵便局資金の公共運用としては、社会資本整備等に資金供給していくこと、特に、郵便局資金が全国津々浦々から集められた資金であることから、地方公共団体への直接融資等を通じて、地域の基盤整備に対して資金供給していくことが適当と考えられる。
     他方、市場運用については、預金者等への確実な支払、事業経営の健全性確保の観点から、確実・有利に運用する必要があり、日本版ビッグバンの進展により期待される市場の成長に対応して、運用規模・運用対象や運用手法の一層の充実を図っていく必要がある。
     上記の趣旨から、現在の郵便貯金資金の自主運用の仕組みについても、自主運用の目的により合致したものとなるよう、その在り方について見直しを検討していく必要があろう。
     このように、今後の郵便局資金の運用の在り方については、21世紀に向けて真に必要な社会資本、特に、地域の生活・交流基盤整備の資金需要に対して、公共運用を行いつつ、日本版ビッグバンの進展により期待される市場の成長に対応して、市場運用の規模等の充実を図っていくことが適当と考える。

  3.  さらに、財政投融資制度の透明性、運営の妥当性を確保するため、財政投融資システム全体について、一層情報公開を徹底していく必要がある。