第1章 検討の視点
1 我が国が目指す経済・社会像と情報通信改革
(1) 我が国が目指す経済・社会像
ア 求められる経済・社会構造の変革
〔戦後半世紀の大転換点〕
(ア) 我が国の経済社会は、戦後半世紀を経て、大きな転換点に立って
いる。我が国は、これまで、モノ・エネルギーの大量消費という工
業化の手法により、物質的な豊かさを得てきたが、国民が望む豊か
さの価値観が変化し、ニーズの多様化が進んだ結果、従来の経済構
造、社会構造を維持したまま、我が国が直面する諸課題を克服する
ことは次第に困難となってきている。
〔必要な変革〕
(イ) 現在の経済構造、社会構造の下では、新産業・新事業が十分展開
されず、企業活動のグローバル化により産業空洞化の懸念が現実の
ものとなりつつある中、我が国経済は縮小均衡に陥りかねないばか
りか、世界経済に貢献する役割も担うことができない。
また、国民の一人一人がこれまで以上に独創性を発揮しつつ、自
己実現を図っていく新しい創造社会の形成も困難になりかねない。
したがって、我が国が直面する諸課題を克服し、新たな経済・社
会を形成していくためには、経済構造、社会構造全般にわたる変革
を推進していくことが必要である。
〔既得権を乗り越えた改革を〕
(ウ) 戦後の我が国社会の目覚ましい発展は、その成功ゆえに、国民の
間に安定をよしとする気風を芽生えさせ、ややもすれば創造的な試
み、挑戦への気概を希薄化させ、既得権に拘泥する動きを生み出し
つつある。
我が国社会の新たな発展のためには、このような風潮を乗り越え
た改革への取組が切実に求められるところである。
イ 目指すべき経済・社会像
(ア) 我が国が直面する状況を念頭に置くと、我が国が目指す経済・社
会にとっては次のような諸課題の達成が必要と考えられる。
(a) 空洞化を克服できる産業競争力の向上
(b) 雇用の創出
(c) 低コスト構造社会の実現
(d) 対外的に開かれた社会の実現
(e) 一極集中の是正、地方分権の実現
(f) 研究開発力、ソフト開発力の向上
(g) 高齢社会への対応
(h) 文化の向上
(i) 環境問題の克服
(イ) 上記の諸課題の達成を通じて、我が国は、
(a) 新たなビジネスフロンティアの創出を通じた、ダイナミズムに
富んだ低コスト構造の経済・社会
(b) 国民の一人一人がそれぞれの独創性を発揮しつつ、自己実現を
図る創造的な経済・社会
(c) 我が国経済の活性化を通じ、世界へ貢献する経済・社会
の実現を図っていくことが必要である。
(2) 経済・社会の変革と情報通信改革
(ア) 我が国が求められる経済・社会の変革と情報通信とのかかわりは、
次の二つの側面で考えられる。
第一に、情報通信産業は21世紀のリーディング産業として大きな期
待を寄せられており、その在り方は経済・社会の変革(例えば、経済
成長、雇用の創出及び国民生活の豊かさなど)を大きく左右すると考
えられる。
第二に、我が国の経済・社会全般において変革が求められている以
上、情報通信はそのインフラとして変革を先導すべき立場にあり、い
かなる意味においても現状維持にとどまっていてはならない。
(イ) 情報通信分野においては、1985年前後、世界的に国営の事業体の民
営化、競争原理の導入を柱とする第1次情報通信改革が行われたとこ
ろであるが、それ以降約10年の節目に当たり、後述するように世界各
国は、改めて第2次情報通信改革に取り組みつつある。
(ウ) この第2次情報通信改革の動きは、(a) 急速な技術革新、(b) マル
チメディア化、(c) グローバル化、(d) 国民利用者のニーズの高度化
などの変化を背景とするものである。
(エ) 我が国が経済・社会の変革を行い、新しい経済・社会の実現に向か
うべきことは前述したとおりであるが、その際情報通信改革なくして
我が国経済・社会の変革はあり得ないし、また、我が国経済・社会全
体の変革との関連で位置づけてこそ、情報通信改革の意義も正確に理
解され得ると言うことができる。
2 検討の基本的視点
我が国は、今後21世紀に向けて現在の経済構造、社会構造を新しいもの
へと変革していくことが求められている。
その中で、21世紀のリーディング産業と期待されている情報通信につい
て、昭和60年の電電公社民営化、競争原理の導入をはじめとする第1次情
報通信改革に次ぐ、第2次情報通信改革が不可欠となっている。
第2次情報通信改革の基本的な視点は次の二点と考えられる。
(1) 国民利用者の利益の増進
第2次情報通信改革は、低廉かつ多様なサービスの実現を通じて、国
民利用者の利益を増進することを最大の目的とするものでなければなら
ない。
(2) 情報通信産業の活性化
第2次情報通信改革は、供給主体である情報通信産業が、ダイナミッ
クに活性化され、もって低コスト化とサービスの多様化に資するもので
なければならない。
3 競争促進の意義
(1) 競争促進と国民利用者の利益
(ア) 一般に、競争的環境が整備されれば、事業者間の切磋琢磨や創意工
夫を通じて、技術革新の成果が迅速に消費者に還元されるとともに、
価格の低廉化やサービスの多様化が実現され、国民の利益が増進され
る。
(イ) 情報通信分野においても、過去は独占体制がとられていたが、近年
の著しい技術革新やニーズの高度化によって、既存の市場が拡大する
とともに、通信と放送の融合など異業種の融合による新事業の創出の
可能性が高まる中、競争がこの分野の発展を促す不可欠な要素である
という状況がますます顕著になっている。
(ウ) このため、情報通信の発展を通じ、国民生活の向上、産業の高度化
・低コスト化を実現する観点から、今後、競争を一層促進していくこ
とが求められている。
(エ) なお、後述するように、情報通信分野における競争政策の推進は、
今や世界的な潮流となっている。
(2) 多元的な競争主体によるダイナミズムの創出
(ア) 上記のような競争のもたらす便益を最大限に実現するためには、多
元的な主体による競争が行われ、情報通信産業全体にダイナミズムが
創出されることが望ましい。
(イ) そして、このようなダイナミズム創出の可能性は、情報通信分野に
おける異業種の融合化という環境の下で、大きく拡大している。
(ウ) この可能性を実現するため、政府は、事業者の柔軟な事業展開を可
能とする環境を整備し、異分野への進出を積極的に促進するとともに
、公正有効競争条件の整備を徹底することが必要である。
(3) 競争促進政策の形態
(ア) 情報通信分野では、過去、世界的に独占的事業者による一元的な運
営が行われてきた。
情報通信分野における競争促進政策は、こうした独占的事業者にい
かなる対応をとるかによって、大きく「構造的措置」と「非構造的措
置」とに分けられる。
(イ) 「構造的措置」とは、市場の構造すなわち独占的事業者の経営形態
に直接変更を加えようとするものであり、1984年に米国で行われたA
T&Tの再編成がこれに当たる。
「非構造的措置」とは、こうした措置以外のものを指す。すなわち
、規制緩和により新規事業者の参入を促進することや、独占的事業者
の会計の区分・開示、競争事業者との間の接続に関する命令・裁定、
接続に関する基本的ルールの設定など独占的事業者の行為に対し規制
を行うこと等である。
(ウ) 構造的措置(再編成)を伴わず、非構造的措置(行為規制)のみに
よる場合には、これまでとられた「日本電信電話株式会社法附則第2
条に基づき講ずる措置」(いわゆる「政府措置」)の結果の評価(第
2章参照)にも現れているように、競争の促進に限界が存在する。
また、独占的事業者に対する行為規制については、行政が、独占的
事業者のネットワークのコストや社内の取引がどのように行われてい
るかを把握することに困難が伴うこと(いわゆる情報の非対称性)か
ら、多大な時間とコストを要する可能性がある。
(エ) 例えば、日本電信電話株式会社(NTT)と長距離系の新第一種電
気通信事業者(NCC)との間の関係を見ても、
(a) NTTが独占的な地域通信部門(ここで「地域」とは、おおむね
県内通信を扱う部門を指す。以下同様)と競争的な長距離通信部門
(ここで「長距離」とは、おおむね県間通信を扱う部門を指す。以
下同様)を一体的に経営していることから、競争事業者である長距
離系NCCに対し公正な条件で接続を行うインセンティブが働かず
、接続協議が難航、長期化するケースが生じている。
(注)NTTのネットワークは、長距離通信事業部のネットワーク
と地域通信事業部のネットワークが全国54のZC(ゾーン・セ
ンター)で接続されている。全国54のZCは、おおむね1県に
1か所(4都道県のみ複数ZC)設置されていることから、Z
C内通信をここで分かりやすさのため「おおむね県内通信」と
呼んでいる。
(b) 現在の構造下では、長距離と地域間の内部相互補助、情報の流用
などの可能性が常に存在するほか、NCCからはNTT社内の長距
離・地域一体営業の問題が指摘されている。
(オ) こうした問題について、行政が行為規制のみで解決を図ろうとして
も、内部相互補助や情報流用を抜本的に解消することは困難である。
(カ) これに対し、構造的措置により、独占的部門と競争的部門が分離さ
れる場合は、
(a) 独占部門側に接続する事業者を差別する理由がなくなることから、
公平な条件での接続が行われることが期待される。
(b) また、当然のことながら、内部相互補助や情報流用の問題は、抜
本的に改善される。
(キ) また、独占的部門が地域ごとに再編成される場合は、
(a) 独占的事業者のネットワークコスト(=他事業者にとっての接続
コスト)が、再編各社間で比較可能となる結果、間接競争による
コスト低下のインセンティブが生じる。
(b) また、再編成された会社が相互の市場に参入し、直接競争が行わ
れることになれば、独占的部門に一層のコスト低下のインセンティ
ブが生じる。
(c) また、再編成された会社は、インフラ建設、新サービスの導入、
顧客対応などの新機軸をめぐって相互に経営を競うことになり、ダ
イナミックな比較競争へのインセンティブが生じる。
(ク) 以上のように、我が国では、これまで、独占的事業者であるNTT
に対し非構造的措置による対応を図ってきたところであるが、接続問
題等において、その限界が示されており、真の意味での競争を実現す
る観点から、構造的措置を非構造的措置と併せ実施することを検討す
る必要がある。
(4) 幅広い競争政策の展開
(ア) 情報通信は、我が国の経済・社会を大きく変革する鍵として位置づ
けられている。したがって、この分野の競争政策も、経済・社会のグ
ローバル化への対応、東京一極集中の是正、ニュービジネスの創出、
我が国経済の低コスト化といった、我が国の直面する重要な課題の解
決に資するものでなければならない。
(イ) このため、競争政策の展開は、通信・放送事業者間の国内の競争の
みならず、
(a) 海外市場・グローバル市場での競争
(b) 日本国内における地域間の発展(情報化)競争
(c) 機器分野、コンテント(情報内容)分野での競争
(d) 研究開発における競争
(e) 事業者が行う通信機器等の調達における競争
など幅広い局面で推進される必要がある。
(5) 競争促進と公共性の確保との調和
(ア) 前述のように、競争の促進は、技術革新の成果を迅速に利用者に還
元し、料金全般の低廉化と多様なサービスの実現をもたらすことによ
り、国民全体の利益の増進に寄与するものである。
(イ) 他方、情報通信は、すべての国民にとって不可欠な生活基盤であり
、重要なライフラインである。
(ウ) したがって、競争政策の展開に当たっては、
(a) 福祉サービスを含むユニバーサルサービスの確保
(b) 非常災害時の通信の確保
などの公共性を確保するため、事業者間の連携、行政の関与も含め、
十分な配慮が必要である。
4 検討の際考慮すべき環境変化
現在、情報通信分野においては、技術革新の進展、マルチメディアの進
展、グローバル化等の変化が生じつつある。情報通信産業のダイナミズム
の創出に向けた第2次情報通信改革を推進するに当たっては、このような
環境変化を考慮した対応が必要である。
(1) 技術革新の進展
(ア) 「デジタル化」、「大容量化」、「双方向化」を基軸とする革新的
な情報通信技術の進展、普及が、情報通信の改革を可能とする大きな
要因の一つとなっている。
(イ) 例えば、デジタル化技術の進展によって、文字、音声、映像などの
情報形態の組合せが容易となる。また、これを反映して、情報受発信
機器の融合化、多機能化が進展する。
(ウ) 光ファイバ網をはじめとした大容量化により、映像、とりわけ動画
情報がコミュニケーションの中で大きな比重を占めるようになる。
(エ) 双方向化によって、従来の電話の1対1、放送の1対nを中心とす
るコミュニケーションとは異なるn対nの新しいコミュニケーション
が可能となる。例えば、パソコン通信では、複数の人から発信された
情報に対して、誰でも自由に感想、意見、質問を発信できるn対nの
コミュニケーションが可能である。
(2) サービスの融合
(ア) 通信と放送の融合
ネットワークのデジタル化、大容量化に伴って、CATVを利用し
た通信、通信衛星を利用した衛星放送、パソコン通信の電子掲示板等
をはじめとした、通信・放送の伝送路の共用化や新たな通信・放送の
中間領域的サービスが登場しつつある。
(イ) インフラとコンテントの連関
コンテントが容易に流通し得る光ファイバ等のインフラ整備に伴い
、従来は、独立していたコンテント産業とインフラを担う情報通信産
業との連関が急速に進展し、新しい事業の展開が可能となっている。
(3) グローバル化
(ア) 社会経済活動のグローバル化の中で、情報通信の市場もグローバル
化しつつある。
例えば、経済成長の著しいアジア等がビジネス市場として注目され
ている。
(イ) また、多国籍企業を中心に増大しているグローバルな国際通信サー
ビスを提供してほしいといったニーズに対応するため、各国の通信事
業者間で、国境を越えたグローバルな提携(alliance)を図る動きが
進んでいる。
(ウ) 低軌道周回衛星(LEO)通信技術等の移動通信技術の開発によっ
て、容量には一定の制約があるが、利用者が国境や位置を意識せず、
距離に関係ない料金体系のサービスが実現可能となる。
(4) スピードの経済性
(ア) 高度情報通信社会に向けて、技術革新のテンポが一層加速している
中で、スピードの経済性(エコノミーズ・オブ・スピード)をベース
とする柔軟かつ迅速な市場対応力を備えることが、企業の競争力の源
泉になると考えられる。
(イ) 例えば、マルチメディア市場において、米国のベンチャー企業が活
躍していることは、このスピードの経済性の重要性を示している。
また、先般のAT&Tの再分割の決定は、1996年電気通信法の成立
により競争の一層の促進が図られるという環境変化に対応し、市場ご
とに焦点を絞った機動的・効率的な経営体とすることにより、自らの
競争力を高めるという経営戦略に基づくものと評価されている。
(ウ) このように、変革の時代にあって、経営を取り巻く環境の変化がよ
り一層速まる中で、利用者のニーズを的確に反映するとともに、国際
競争力を発揮する上で、迅速かつ的確な意思決定に基づく機動的な経
営、スピードの経済性が極めて重要となりつつある。
(5) 世界的な政策潮流
(ア) 米国においては、1984年にAT&Tを分離・分割して競争の促進を
図ってきたが、1996年電気通信法の成立によって、これまで独立した
事業領域を形成してきた通信とCATVの相互参入及び長距離通信と
地域通信の相互参入を可能とするなど、マルチメディア時代の到来を
見据えて、競争を更に一層促進しようとする新しい政策の展開が図ら
れつつある。
(イ) 英国においては、1991年に従来の複占政策を国際通信分野を除き廃
止し、CATV電話の導入を図るなど競争を促進する政策を展開して
いる。また、BTの反競争的行為の一般的な禁止に向けて検討が進め
られつつある。
(ウ) また、欧州大陸諸国においても、従来、通信インフラについては独
占による運営体制をとってきたが、欧州委員会において、1998年1月
までに競争体制に転換し、情報通信産業の発展を目指しつつある。
(エ) 1995年2月にブラッセルで開催された先進7か国の情報社会に関す
る関係閣僚会合でも、保護主義を避け、反競争的行為、特に支配的地
位の濫用により競争が制限されないようにする必要があるとの議論を
踏まえ、「ダイナミックな競争の促進」が第一の原則に掲げられた。
(オ) さらに、アジア、中南米その他の地域においても、事業体の民営化
や競争原理の導入などが進展あるいは論議されつつある。
(カ) このように、競争を導入あるいは強化することによって、情報通信
改革を進めようとする政策潮流は世界的なものとなっている。
