電気通信サービスの不適正利用に係る発信者情報の開示についての考え方


  1. 背景・問題意識
     情報通信の高度化により、情報の受発信の範囲が飛躍的に広がるなど利用者の利便性が向上している。特に、インターネットの発展により、誰もが自由に様々な情報に接し、またその意見を発表することができるようになった。ネットワーク上の自由な情報の流通は、我々の生活を大きく向上させることに貢献しており、電気通信の発展を図る上でも、今後とも確保していかなければならない。
     しかし、一方で、電気通信サービスを用いた他人の誹謗中傷、プライバシー侵害等、電気通信サービスの悪用・濫用による被害が社会的に問題となっている。
     こうした不適正利用の横行は、電気通信サービスの利用をためらわせ、その信頼性を損ね、健全な高度情報通信社会の発展を阻害することになりかねない。
     したがって、ネットワーク上での自由な情報の流通は確保しつつも、最低限の措置として、他人に被害を及ぼすような不適正な利用については、その発信者の民事上の責任を問い得る仕組みを作っていく必要があると考える。

  2. 発信者情報の開示の検討
     不適正利用の問題は、特に、「発信者が誰か受信した側には分からない」という、電気通信の匿名性によって、発信者の民事上の責任追及が困難であることが大きな要因となっているものと思われる。
     すなわち、発信者情報(氏名及び住所・電話番号等の連絡先を言う。)は、電気通信事業者や電子掲示板の管理者といった電気通信サービスの提供者が保有しているところ、発信者情報は電気通信事業法・有線電気通信法によって「通信の秘密」として保護されている等の理由により、被害者が発信者情報を求めても開示されず、発信者が自ら明らかにしている場合以外は入手が非常に困難であり、被害者は相手方への民事上の責任追求をなし難い状況にある(相手方がわからないと訴訟提起もできない)。
     したがって、電気通信サービスを利用した他人への加害行為が行われた場合に発信者情報を開示(発信者が加入者と異なる可能性がある場合には発信に係る加入者情報として開示)する制度を創設し、不適正利用の抑止を行うことは、誰もが安心して利用できるネットワーク環境の整備という観点から有効ではないか。また、このように発信者の民事上の責任を問い得る仕組みを設ければ、被害者が、発信者に対し謝罪、訂正、賠償等を求めることも可能となる。

  3. 発信者情報と「通信の秘密」
     この問題を検討する上では、まず、「通信の秘密」を保護した現行の法規定との関係を整理する必要がある。
     憲法第21条第2項が規定する「通信の秘密」は、「表現の自由」の確保のための規定であるとともに、通信における個人のプライバシーを保護するものと解されている。これを受けて、電気通信事業法第4条及び有線電気通信法第9条において、「通信の秘密」が保護されている。
     一般的には、発信者の氏名・住所等の発信者情報についても「通信の秘密」に含まれるとされているところである。ただし、この保護は絶対的なものではなく、他の法益と抵触する場合には制約され、他人の権利利益を侵害する場合には保護をされないと考えることができるのではないか。
    (参考)
     受信者その他の通信内容を知る者に対しては発信者情報を保護する必要がないのではないかという考え方があるが、消極に考える。すなわち、発信者には受信者に対して、自分が誰であるかを秘密にしようとすることに相当の理由がある場合がある(例えば、警察への通報、身の上相談や内部告発の場合など)。したがって、現行法規定は、このような場合を想定し、そうした発信者の意思を尊重し、通信の媒介者がみだりに外部に漏洩することを禁じているものと考えられる。
     なお、現在のインターネットは、発信者情報が「通信の秘密」として保護されることを前提として利用秩序ができあがっており、「通信の秘密」保護を廃止することは非常に影響が大きいものと考えられる。

  4. 司法的手続による発信者情報開示
     司法手続により開示する手段の可能性については、次のように考える。
    (1) 現行法上、事業者に対して、事業者とは何ら契約関係にない者を含めた被害者一般に発信者情報を開示する義務を課す法制度は存在しない。
    (2) 被害者が民事上の司法手続により発信者情報の開示を請求できるようにするためには、実体権として、発信者情報を保有する者に対する被害者の民事上の請求権(発信者情報開示請求権とでもいうべきもの)を被害者と情報提供者との間に創設する必要があるが、そのような請求権を認めるべき実体法的根拠がなく、また情報開示によって処分される利益(「通信の秘密」により保護されている情報)の主体は発信者であることから、発信者の関与なくしてその利益を第三者である情報保有者に処分させるような内容の請求権を創設することについて、合理的な説明をすることは困難であると考える。
    (3) 裁判所において発信者の手続的関与なくして発信者情報の開示手続を行うことは、司法手続が対審構造によって権利・義務関係の有無を判断することを原則とするものであることにかんがみると、困難であると考える。

  5. 行政上の制度としての発信者情報開示手続の創設
     上記のとおり、司法手続による発信者情報開示制度の創設は非常に困難と考えられるが、誰もが安心して利用できるネットワーク環境を整備するという電気通信の利用秩序の観点からは、こうした不適正利用及びその被害は看過し難いものであるため、行政上の制度による発信者情報開示を検討すべきと考える。その際には、電気通信事業者等が通信の秘密保護違反に問われることなく開示できる場合を明らかにするとともに、発信者を保護するために適正な手続を定める必要が生じることから、立法による措置が必要である。

    (1) 「通信の秘密保護義務」の解除
     不適正利用があった場合には、被害者からの申出に応じ、発信者情報の保有者である電気通信事業者等が、一定の要件・手続の下に発信者情報を探知・開示しても、「通信の秘密」保護義務違反に問われないこととする規定を整備することが可能ではないか。

    (2) 「不適正利用対策機関」による開示
     電気通信事業者等による発信者情報開示を可能とするだけでは、結果的に、開示可能な場合であっても開示されない場合も想定し得る。このような場合には被害者の救済に欠け、電気通信利用の秩序維持の要請に十分に応えることができないおそれがある。
     他方、電気通信事業者等に、開示可能な場合の開示義務を課すことは、
     電気通信事業者等が一方当事者とのみ契約関係等を有する場合には、開示の判断の中立性に欠けるおそれがあること
     開示を適正に行うために、開示の手続として、権利利益侵害の有無に関する事実関係の調査、利害関係者である発信者への告知・反論の機会の付与を義務付けることが必要であると思われるが、これらは相当の作業が必要であり、本来そうした行為を業務内容としていない電気通信事業者等にそれを義務付けることは不適当と考えられること
    といった問題点が指摘されよう。
     したがって、電気通信事業者等とは別に、「不適正利用対策機関」(仮称。以下「対策機関」という。)を設置し、当該機関を経由させて発信者に関する情報を開示するしくみについて検討することが必要である。
     なお、対策機関の設置を検討するにあたっては、発信者側の権利にも配慮した適正手続(告知・反論の機会の付与等)を定めること、電気通信事業者等への情報提出要求の権能を与えること、守秘義務等を課すこと、加えて機関内の審査体制を整備すること等を検討の論点として挙げることができる。

  6. 発信者情報開示の要件・手続等
     対策機関において発信者情報開示を行う場合の要件及び手続については次のように考えることができるのではないか。
    (1) 開示の要件
     開示の要件の考え方としては、「他人の権利利益を侵害した場合」が想定されるが、例えば次のような行為について具体的に定めることが必要であろう。また、要件の設定の際には、開示すべきでない相当の理由がある場合を除くことができるようにすることに留意する必要がある。
     反復継続した発信又は大量若しくは大容量の発信を行う行為。
     他人の個人情報を、その者の許諾なくして不特定又は多数の者に受信しうる状態に置く行為。
     他人の名誉を毀損する事項を不特定又は多数の者に受信しうる状態に置く行為。
     他人を侮辱する事項を不特定又は多数の者に受信しうる状態に置く行為。

    (2) 開示の手続
     開示の手続としては、次のようなものが考えられる。
     申立てによる開示手続開始
     能動的に特定の通信の発信者を調査することは適切とはいえないため、発信者情報の開示は、被害を受けた者の申立てを待って行う受動的なものであることが望ましい。
     発信者情報開示前に取るべき措置
     発信者情報の開示が制度化された場合には、安易に行われ、又は濫用されることのないようにすることが求められよう。したがって、発信者情報を開示しなくとも被害者が救済される(又は納得する)場合には開示を行わず、発信者情報を開示することによって当事者間の解決に委ねる以外には被害救済の方法がない場合にのみ開示すると考えることが適当ではないか。
     したがって、対策機関が取る措置としては次のようなものが考えられる。
     申立者に対し、不適正利用を防御するサービス・技術等の助言を行う。
     機関が仲介することにより、匿名のままで紛争の解決に努める。
     発信者に対し、自発的に発信者情報を開示する意思があるかどうかを確認する。
     発信者への告知・反論の機会付与
     上記措置を取っても紛争が解決しない場合には、開示の要件に合致するか否かの審査に入ることとなるが、申立者が虚偽の申立てを行う等の可能性を考慮し、また発信者の意図を明確にするため、発信者への告知・反論の機会の付与が必要となろう。
     開示
     対策機関は、前述の手続に基づき、法定の要件に該当する場合には、申立者に対し発信者情報を開示することとなる。

    (3) 対策機関による調査
     対策機関が発信者情報を開示するためには、被害者からの発信者情報開示の申立てがあった場合、電気通信事業者等に申立てにかかる通信履歴の保存・情報提供請求をすることができる、とする権能が与えられる必要があろう。また、制度の実効性を高めるために、電気通信事業者は正当な理由がなくこれを拒むことができないとする義務づけが検討されるべきである。ただし、電気通信事業者以外の者(企業・大学等)については、情報提供義務を課さず、発信者情報が提供されない場合には当該企業・大学等の名称を開示し、自営通信設備の管理責任について、被害者と責任の有無の交渉あるいは訴訟をするとの考え方もあり得る。

    (4) その他
     対策機関が得た情報については、電気通信事業者に対する「通信の秘密」保護と同様の守秘義務を課すことが必要と考えられる。

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