科学へジャンプ・全国ネットワーク事務局
特定非営利活動法人サイエンス・アクセシビリティ・ネット
本事業では、現在科学へジャンプで特定のプロジェクトリーダーの先進的なアイデアによって実施されている視覚障害者に対するプログラミング教育を教材化して、今後の科学へジャンプの活動や特別支援学校等で、より多くの教育関係者やボランティアスタッフによって実施できるようにすることを目的としている。
社会のIT化が進む中、視覚障害者にとってもITのスキルは、単に読み書きのツールや学習のためだけでなく、就労を始めとした社会進出の上でも益々重要になっている。また、プログラミングの能力を必要とする分野は視覚障害者にとっても、一般の晴眼者と共に働くことが可能な分野の一つとして有力視されている。
児童生徒など若年層におけるプログラミング教育については、例えば、よくあるパソコン画面でのブロック・プログラミングなどのグラフィカルな教材は視覚障害者は使えず、マウスを使う操作も無理である。また、プログラムでロボットを動かしても、視覚障害がある生徒達はロボットの動きを目で確認することが出来ないため、そのままでは達成感が得られない。そのため視覚障害がある児童生徒達を対象としてプログラミング教育を行うためには、特別の工夫と経験が必要である。
本事業では、視覚障害がある生徒達を対象とした実証講座によってメンター育成を行うと共に、その動画と、指導のねらいや手順をマニュアル化した教材をホームページで公開している。視覚特別支援学校や盲学校には視覚障害の教師も少なくなく、科学へジャンプの指導者の中にも視覚障害者がいる。そのため、教材は視覚障害者や他の読みに困難がある人たちでも実施できるように、点字版と拡大文字版、マルチメディアDAISY版も製作して公開している。
運営主体は科学へジャンプ・全国ネットワークの委員の中のメンバー8名で構成した運営委員会。第1回の実証講座は科学へジャンプ・イン関東2017実施校の筑波大学附属視覚特別支援学校で実施、2回目は視覚障害がある大学生を対象とした教育をしている筑波技術大学保健科学部情報システム学科で実施した。科学へジャンプ・イン関東の実行委員長や、第2回目の講師2名(筑波技術大学准教授)は上記運営委員会の構成員でもある。また、アクセシビリティ助言者として、日本大学短期大学部山口雄仁教授も委員に含まれている。
第1回実証講座は筑波大学附属視覚特別支援学校で2017年12月17日に実施、第2回実証講座は筑波大学保健科学部情報システム学科で2018年1月7日に実施した。11月19日は12月17日の第1回実証講座に向けたメンター講習会であり、12月10日は1月7日の第2回実証講座のためのメンター講習会である。
メンターの募集方法は第1回目と第2回目で異なる。第1回目の実証講座はロボットを使ったブロック・プログラミングと音楽をプログラムするという、楽しみながらプログラミングの考え方に親しむことに重点を置いた内容であったため、生徒達と近い年齢層のメンターを選ぶため、科学へジャンプのネットワークで個別に交渉して大学生4名を選んだ。第2回の実証講座は少しアドバンスドな内容で、実際にプログラムを作ってみるワークショップの内容であり、科学へジャンプ全国ネットワークのメーリングリストや、電子情報通信学会の福祉工学研究会メーリングリストなどで広く募集した。構成メンバーは高専・大学の教師(3名)やIT企業社員(2名)、パソコンボランティア(1名)、フリーのプログラマ(1名)と、多様であった。残念ながら、視覚特別支援学校や盲学校の教師からは応募がなかった。
大学生メンターの募集はこれまでに科学へジャンプの活動に生徒或いは支援補助員として参加した人達の中から、個別に声かけをして募集した。
第2回講座の方は、上記2つのメーリングリストで募集した。科学へジャンプ・全国ネットワークのメーリングリストは全国の視覚特別支援学校や盲学校の教員にも情報が届くが、そちらからの応募はなく、全員が福祉工学研究会のメーリングリストを見ての応募であった。簡単ながら、「プログラムを書いてみる」という内容が難しいと感じられたのかも知れない。
視覚障害者を対象とした講座では、始めに自己紹介などの形で声出しをして誰が参加しているかを確認する、「これ」「それ」などの指示語を使わない、具体的に本人からみて「右、左、手前、〇〇時の方向」などと見えないことを前提とした指示をするなど、晴眼者の指導をしているときには気づかない配慮事項が多くある。そのためメンターには筑波技術大学における視覚障害の大学生を対象として長年授業を実施してきた講師によるレクチャーの講習を受けてもらった。留意点を纏めた教材も作成して、本事業のメンターに読んで貰うだけでなく、誰でも見ることが出来るようにホームページでも公開している。
また、メンターは生徒達を対象とした実証講座に主体的に関わることで実践力を付けて貰う計画であり、それぞれの実証講座の進め方やその中でのかかわり方についての講師及びメンター同士の打ち合わせをメンター講習会で実施した。
メンター用教材(講師用教材)はすべて下のホームページで公開している。
http://www.jump2science.org/programming/category/teaching_material/
教材は全体でA4通常印刷で72ページあり、すべて拡大文字版(22pt)、点字版、マルチメディアDAISY版も併せて掲載している。講座実施中のビデオを元に編集して制作した動画も同じサイトに掲載している。
第1回実証講座(会場:筑波大学附属視覚特別支援学校)
生徒(中学1年生) | 10:30〜12:00 | 13:30〜15:00 |
---|---|---|
A班5名(点字4名、拡大文字1名) | ブロック・プログラミング | 音楽プログラミング |
B班5名(点字2名、拡大文字3名) | 音楽プログラミング | ブロック・プログラミング |
第2回実証講座(「超入門−プログラミング体験会」)(会場:筑波技術大学保健科学部情報システム学科)
生徒 | 10:30〜12:00 | 13:30〜15:00 |
---|---|---|
中学生5名(点字2名、拡大文字3名) | C# | Ruby |
高校生5名(点字3名、拡大文字2名) | Arduinoボード | C# |
「ブロックでロボットを走らせるプログラムを作ってみよう」
「音楽をプログラミングしよう」(左はメンターによるデモに手をたたく生徒、右はTextScoreの画面)
「コンピュータシステムを作っちゃおう」
「プログラミングで図形を動かしてみよう」
「Windowsソフトを作ってみよう」
実証中に得たフィードバック
移動ロボットがラインとレースしているときに、黒い線を感知したときに出す音が小さくてわかりにくかった。左右のどちらのセンサーが検知したかが分かるようにする必要があると考え、今後の利用に備えて改良を行った。
音楽プログラミングは実証講座修了後にもっと使って見たいという参加生徒からの要望が有り、上の2.2.2の2.で書いたように、ホームページ上に使い方ガイドとサンプル曲、利用申請とログイン方法などを記載した。
1月7日のワークショップの方は、「一通り体験」は出来たものの、更に「自分でいろいろ試す」時間を取れなかったことが指摘された。事後の検討の結果、視覚障害者は一つ一つのステップに時間がかかるため、各ワークショップそれぞれ3時間程度の時間を取る必要があるという意見で一致した。
アンケート結果はホームページにグラフ化して公開している。
http://www.jump2science.org/programming/quistionnaire/
第1回実証講座は関東圏の視覚特別支援学校や盲学校から多くの生徒が参加している「科学へジャンプ・イン東京」の中で実施した。会場となった筑波大学附属視覚特別支援学校は今回のプログラミング教育講座について、非常に協力的で、参加生徒達や保護者への事前連絡や資料配付についても色々とご配慮頂いた。科学へジャンプではこれまで教育委員会へのつながりは殆どなかったため、今回もその連携は出来なかった。今後の課題である。
大学生のメンター達は事前の準備もしっかりとやってきて、ワークショップの中でも非常に重要な役割を果たしてくれた。卒業しても関わってもらえるかどうかは未知数で、学生をメンターにする場合はその点が課題である。
社会人のメンターは、今回はそれぞれに経験が豊かな人達で、1回の講習会で内容を把握し、実証講座でも自発的且つ的確に個別のサポートが出来ていたと思われる。実際に視覚障害の生徒達と接すること自体を楽しいと感じてもらえたようで、ボランティア活動をしてきた人達は今後も支援して頂けると思われる。
今回は、90分ずつの異なるワークショップを2つずつ体験してもらう形式で実施したので、講座で「能力が身につく」ということは元々期待してはいない。日本の視覚特別支援学校では、まだ普段の授業などでパソコンを導入していないので、生徒達はコンピュータを使うこと自体になれていない。そのため、プログラミング体験などでコンピュータを使うことに親しんで貰うこと、楽しさを味わって貰うことに主眼を置いた。アンケート結果の集計結果にも見られるとおり、その点では十分に目的を果たしたと言えると考えている。各講座が終わった後の生徒達の表情にも満足感が見て取れた。各ワークショップは、やさしすぎず、難しすぎず、というレベルになるように作られていて、「少し、難しいところがあった」というコメントがあり、丁度良かったのではないかと思われる。
本来、今回のプログラミング教育事業は視覚特別支援学校や盲学校が中心となって応募すべき事業であると思われるが、申請書にも記載したとおり、日本では視覚障害がある生徒達の数が少なくなっていて、ごく一部の学校を除けば一学年に1人位しかいないという学校が多い。そのため一つの学校でこうした事業を実施するのは無理がある。第1回実証講座の会場校となった筑波大学附属視覚特別支援学校には中学・高校生だけで100名近い生徒が在籍しているので、この学校では日々の授業と関係づけて実施することも可能であると思われ、申請前に一部の先生方に声かけをしたが、筑波大学附属視覚特別支援学校は様々な面で視覚障害者教育の拠点となっていて、すべての教員が非常に多忙で有り、短期間で今回のような事業を計画することは無理があったようだ。今後の連携を図るためには、事前準備に十分な時間をかけられる計画が必要だと思われる。
大学生のメンターは、十分な時間を割いて事前準備をして貰うことが出来たが、卒業後も含めた将来のかかわり方については難しくなる可能性が高いと感じている。
一方で社会人の方は大学教員や企業などに勤務している人達は多忙な場合が多く、人材の確保は難しい。ボランティアの経験がある人達の中で、更に人材を求めていく必要があると思われる。視覚特別支援学校の教員自身がプログラミング教育に積極的になってくれれば、教員の中からメンターを育成することも可能であると思われるが、今回の事業でのメンター募集では教師のメンターは確保できなかった。今後の課題である。
各講座は既に科学へジャンプや、筑波技術大学での授業実践などのバックグラウンドが有り、よく練られた内容で、安心感を持って見学できる内容であった。しかし、既に述べたとおり90分で完結する形のワークショップでは、「導入」のレベルで終わってしまう感じが有り、せめて90分×2コマ位の時間をかけると、「自分なりの工夫で楽しむ」というレベルまで出来るのではないかと考えられる。今後の展開では、その点を配慮して計画を立てていきたい。
今回の事業は一つの学校での実施ではなく、1回目の実証講座は関東地区一円の視覚特別支援学校・盲学校(15校)から生徒達が参加する、科学へジャンプ・イン東京で実施した。2回目の実証講座も関東地区の視覚特別支援学校や過去の科学へジャンプ・サマーキャンプ参加者などに呼びかけ、広い範囲から参加者を募集して実施した。そのため、「実証地域での継続可能性」と「横展開の可能性」は余り区別がない。従ってこの欄への記載は省き、次の欄に纏めて記載する。
科学へジャンプでは、3泊4日の合宿によるサマーキャンプ(隔年開催)と、全国を8ブロックに分けて各地域で開催される日帰りキャンプ(毎年)を継続して開催している。それらイベントでは、ものづくりや理科実験、数学、ITなどのワークショップを実施している。その中にプログラミング教育のワークショップを取り入れて実施していくことは可能であり、そうしたワークショップを継続的に実施していくことで、更なるメンターの育成も可能であると考えている。
今回の講座はすべて教材化してホームページに掲載している。ねらいや手順などをマニュアル化してあり、誰でも閲覧可能である。新たにプログラミング教育を考える教師や指導者の参考にしてもらえると考えている。実証講座の進め方の様子が分かる動画(ビデオ)も掲載されており、科学へジャンプだけでなく、各地の視覚特別支援学校や盲学校でもこれらを参考にしたプログラミング教育が実施されていく可能性はあると思う。
また、視覚特別支援学校には視覚障害者の教員も多く、科学へジャンプの指導者の中にも視覚障害者が何人もいる。そのため、教材は通常印刷の他、拡大文字印刷、点字データ、マルチメディアDAISYなどの形式の教材も作成してホームページに掲載している。高倍率の拡大文字が必要な重度の弱視の人や視野が非常に狭い人達の場合、文字を読むのが非常に遅くなり、印刷文書だけでは長い文書を読むのが困難である。そのため教材はマルチメディアDAISY(読み上げ音声付き電子データ)版も制作した。マルチメディアDAISYは視覚障害者だけでなく、ディスレクシアなど学習障害による読み困難の人達にも利用されている電子書籍形式である。また、今回の講座の内容は視覚障害者だけでなく、通常の目が見えている生徒達でも「親しみやすい」教材として意義があると言えるものばかりである。そのため、今回の実証講座の教材は、今後他の障害がある人達に対する教材としても利用して頂ける可能性があると考えている。
ホームページで教材や動画などを公開して広報するほか、科学へジャンプの活動を通じて、広く全国の視覚特別支援学校や盲学校に周知をはかっていく。科学へジャンプの地域版は、各地域とも毎回数十人の特別支援学校や通級の先生などが参加するので、科学へジャンプ・地域版で広報していくのがよいと考えている。また、学会等での発表も検討して行きたい。
項目 | 支出額 |
---|---|
Ⅰ.人件費 | |
1. プログラミング教材開発 | ¥736,560 |
2. メンター講習会 | ¥135,000 |
3. 講座実施 | ¥501,709 |
4. 報告書・成果発表会 | ¥371,520 |
5. 事務・スタッフ人件費 | ¥696,600 |
Ⅱ. 物件費 | |
6. 機器・教材等(購入、レンタル等) | ¥975,032 |
7. 通信費 | ¥27,901 |
8. 出張費・交通費 | ¥1,321,290 |
9. 消耗品費 | ¥256,755 |
10. その他費用(振込手数料等) | ¥14,094 |
合計 | \5,036,461 |
総コスト:\5,036,461
参加児童生徒の延べ人数:20名
児童生徒ひとりあたりのコスト:\251,823