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ビスケットによるプログラミング入門
開発と実施が一体となった理想の教材開発

合同会社デジタルポケット

H29年度当初予算にて実証実施

1. モデルの概要

1.1 モデルの全体概要

特別支援教育とプログラミング教育の親和性は可能性レベルでは良く言われることであるが、本格的に取り組むには課題が多く、方法や効果などまだ分かっていないことが多い。文科省が進めている「プログラミング的思考の習得」という目的がそのまま使われるというのも考えにくい。本事業では、特別支援学級担当の教員、特別支援教育研究者、教材開発者、システム開発者がチームを組み、アプリ・教材・指導法のあらゆる観点から特別支援教育でのプログラミング教育の可能性を探る。横浜市の仏向小学校では1回ごとの講座の後で十分な時間をかけて振り返り次の講座の内容を検討する。これを5回繰り返して教材を完成させたのち、愛知県清須市の4校でその効果を実証する。

使用する言語「ビスケット」は使いこなすために覚えなければならないことが少ないことが特徴で、短時間でプログラミングの本質に迫ることができるプログラミング言語である。合同会社デジタルポケットはこのビスケットの開発、教材開発、指導者育成を行っている。

1.2 実施体制

実施体制を以下に述べる。毎回の講座の前に行われた検討会では、特別支援学級担当の教員から普段の児童の様子や各児童がもつ課題の提示があり、それらを参考に教材開発者から教材の提案、システム開発者がその実装上の裏づけと、特別支援教育の研究者からの客観的な価値づけが行われ、実際の講座が設計された。さらに講座終了後には、振り返り、教材やシステムの問題点の修正が行われた。最初の講座を実施する前、最後の講座の実施後に幾つかの発達度のテストを行い、今回のプログラミング講座が各児童にどのような教育的な効果が得られたのかについても測定した。また、構築された教材を普及モデルとして、清須市の4校でおいて実施した。

実施体制図

1.3 実施スケジュール

実施スケジュールは以下の通りである。

  10月 11月 12月
(1)横浜市立仏向小学校 10/5(検討会+講習)
20(1回目)
11/6(2)、10(3)、17(4)、27(5)  
(2)清須市立新川小学校   11/20(1)、21(2)、24(3)、27(4)、28(5)  
(3)清須市立清須東小学校   11/30(1、2) 12/1(3)、7(4、5)
(4)清須市立古城小学校     12/4(1)、5(2-5)
(5)清須市立西枇杷島小学校     12/6(1、2)、8(3、4、5)

2. 実証内容

2.1 メンターの効果的な育成方法の実証

2.1.1 育成メンターの概要

メンターは各小学校の教員である。各小学校において初回の授業に先立って、各校の教員全員を対象に教員研修(1時間)を実施し、本事業の学校全体での理解を得た。横浜市仏向小学校では、実際の授業を担当する教員は毎回の講座設計の段階から関わっていただくことから、特にメンター育成の部分だけ分けた時間というのは用意されていない。清須市の4校については、全体の教員研修の終了後に、実際に担当する教員に対して具体的な教材の説明を行った。

  教員
(1)横浜市立仏向小学校 5
(2)清須市立新川小学校 3
(3)清須市立清須東小学校 3
(4)清須市立古城小学校 2
(5)清須市立西枇杷島小学校 2
合計 15
2.1.2 メンターの募集

各校の校長先生を通じて、それぞれの学校の特別支援級を担当する先生に声をかけていただいた。

2.1.3 メンター育成研修
研修の内容
  • ビスケットの基本
  • ものと情報の違い
  • 人間の得意なことと、コンピュータの得意なことの違い
  • ゲーム入門
受講後のディスカッションの内容
  • 生徒の特性の確認
  • ビスケットを使ったカリキュラムの提案
  • 生徒のレベルにあわせたカリキュラム制作

など

メンター育成研修に関する工夫
  • 仏向小学校でのメンター育成研修の様子(写真1)
    写真1)メンター育成研修の様子(仏向小学校)
  • 仏向小学校でのメンター育成研修の様子(写真2)
    写真2)メンター育成研修の様子(仏向小学校)
  • 仏向小学校でのメンター育成研修の様子(写真3)
    写真3)メンター育成研修の様子(仏向小学校)
  • 新川小学校でのメンター育成研修の様子(写真)
    写真4)メンター育成研修の様子(新川小学校)

最初に、児童が体験する内容を教員に体験してもらい、後は普段の教え方に沿った形で進めていただくこととした。デジタルポケットが普段開催しているビスケットファシリテータ講習は効果的なビスケットの教え方を短時間で伝えるものであるが(平成28年度補正事業の報告書参照)そういった工夫にはこだわらなかった。

2.1.4 メンター育成教材

デジタルポケットがファシリテータ講習で使用している資料として、通常学級の子供に対する指導法を細かく記載した手順書がある。これは「子供たちの驚きや喜びを最大化する」「自らの発見を奪わない」という、デジタルポケットが教える際に大切にしていること(原理)を突き詰めた手順である。これを参考資料としてお渡しはしたが、子供達の反応については先生が一番ご存知なので、特にこれにこだわることなく、参考程度にしていただいた。
(添付資料3点 公開用_1ビスケットランド.pdf、公開用_2情報の原理.pdf、公開用_5ゲーム入門.pdf)

メンター育成に用いたテキスト(一部のページ)

2.2 児童生徒に対するプログラミング講座の効果的な運営方法の実証

2.2.1 講座の概要

講座は各学校で次のように進められた。

(1)横浜市立仏向小学校
10/20(1)、11/6(2)、10(3)、17(4)、27(5)

(2)清須市立新川小学校
11/20(1)、21(2)、24(3)、27(4)、28(5)

(3)清須市立清須東小学校
11/30(1、2)、12/1(3)、7(4、5)

(4)清須市立古城小学校
12/4(1)、5(2-5)

(5)清須市立西枇杷島小学校
12/6(1、2)、8(3、4、5)

  実施日程 メンター数 メンター種別
(1)横浜市立仏向小学校 10/20(1)、11/6(2)、10(3)、17(4)、27(5) 5 教員
(2)清須市立新川小学校 11/20(1)、21(2)、24(3)、27(4)、28(5) 3 教員
(3)清須市立清須東小学校 11/30(1、2)、12/1(3)、7(4、5) 3 教員
(4)清須市立古城小学校 12/4(1)、5(2-5) 2 教員
(5)清須市立西枇杷島小学校 12/6(1、2)、8(3、4、5) 2 教員
合計   15  
  障害種別 人数 1 2 3 4 5 6
(1)横浜市立仏向小学校 情緒障害、知的障害、言語障害 25   1 7 6 7 4
(2)清須市立新川小学校 知的障害、情緒障害、難聴障害 5 1 3   1    
(3)清須市立清須東小学校 知的障害、情緒障害、肢体不自由 5   1 1 1 1 1
(4)清須市立古城小学校 情緒障害、知的障害 6 1   3 1 1  
(5)清須市立西枇杷島小学校 知的障害、情緒障害、肢体不自由 7 1 3 1 1   1
合計   48 3 8 12 10 9 6
2.2.2プログラミング講座の内容

 プログラミング講座は、15分程度で実施できる小さな単位に分け、それらを進行する先生に選択していただいて授業を構成するという形をとった。内容は、28年度補正事業で実施した5つのプログラムをベースにせずに、各回を最初から設計し直した。意識した点は、課題を小さいステップに分け、それを何度も題材を変えながら繰り返し提示して、飽きさせずにテクニックを習得できるようにした。

概要は次のとおりである。

A〜Jの10の題材の概要紹介

A. お弁当作り

「お弁当作り」の画面の表示

タブレットの使用法に不慣れな児童のために、絵を並べるだけの課題として一番最初に行う。とても人気で、最初の回だけでなく、毎回の導入に何度も使用した学校もあった。

この課題の実現のために、不要な機能(絵を動かすためのメガネ、絵を描くための鉛筆ボタン、作品を保存するための送るボタン)を隠せるように、ビスケットのアプリが改造されている。

B. ビスケットランド

「ビスケットランド」の画面の表示
「ビスケットランド」の講座の様子

 テーマにあった絵を描いて、それを自由に動かし、全員で一つの画面に共有させて大きなスクリーンで鑑賞する課題。最初にすぐに絵を描かせるのではなく、最初は方向性の無い用意された絵を使用して動かすということだけに集中し、徐々に難しい動きに発展し、最後に自由に絵を描かせて動かした。
 テーマは海を使用する場合が多いが、背景色を変更することで応用が可能であるため、クリスマスのシーンなども行った。ビスケットの基本的な操作の習得だけでなく、自立活動につなげるために児童同士でコミュニケーションをさせたいという課題に対して、児童同士に相談してテーマを決めさせる(夢の中、大空など)といった応用も可能である。

C.進む方向

「進む方向」の画面の表示

 ビスケットは、最初の段階では適当にプログラムを作って絵を動かすことで十分であるが、この先より高度なこと(ゲームなど)に挑戦するためには、絵を動かす方向を意識的に捉え、より厳密に絵を動かす訓練をすることが必要である。この課題は、あらかじめステージに配置されている2つの絵に対して、一つの絵を動かしてもう一つにぶつけるというものである。たとえば、この図ではロケットを真上に動かして、土星にぶつけるようにする。正確に真上に動かすことができれば爆発した絵が表示される。ゲーム性があるため、成功したことが自分自身で判断できる。8方向の動きが用意されているが、上級者向けとして、目標が横に移動するものがあり、これは動く方向だけでなくちょうど良いタイミングでぶつかるように動く速度も調整しなければならないというのがある。

D.絵の変化

「絵の変化」の画面の表示1(リンゴの絵と食べられたリンゴの絵など)

2コマのアニメーションを教える前段階として、1つのメガネで絵の変化を習得した。あらかじめ、時間の前後が容易に判別できる2つの絵(リンゴの絵と食べられたリンゴの絵など)を用意し、一つのメガネで前の絵が後の絵に変化するというのを作成する

「絵の変化」の画面の表示2(電気が点いたり消えたりする)

次に、時間的な前後関係がない2つの絵(電気が点いている、電気が消えている)を用意し、二つのメガネをつかって、絵が交互に切り替わる(電気が点いたり消えたりする)アニメーションを作成した。

「絵の変化」の画面の表示3(普通の顔から,笑った顔に変わる)

この課題の後に実施したビスケットランドでは、あらかじめ一つの顔の絵を用意しておき、児童が違う表情の顔の絵を描いて、2つの表情が入れ替わる(普通の顔から、笑った顔に変わる)といったアニメーションに発展させることも可能である。表情を使うというのは打ち合わせでの教員からのアイデアであり、また特別支援教育研究員からは、顔の表情を読み取ることが苦手な子供へのよい活動になるのではないかという指摘があった。

「絵の変化」の画面の表示4(たくさんの顔)

E.触るとでてくる

「触るとでてくる」の画面の表示(画面をタッチすると指が触れたところに星が出現する)

ビスケットによるインタラクティブ(人間の操作によって動作が変化する)プログラミングの第一歩である、「指マーク(画面を触ったら)」という機能の導入の課題である。メガネの左側に指マークを入れ、右側にあらかじめ用意された星の絵を入れる。実行画面に切り替えて画面をタッチすると指が触れたところに星が出現する。

この課題では、これまでに習った「絵が動く」、「絵が変わる」という機能をすぐに応用した児童が現れ、実施側が想定していなかった、一見してどのように作られているのかがわからないほどのプログラムも作られた。

「触るとでてくる」の画面の表示

これは、画面を触ると黄色の星とピンクの星が同時に生成され、それらは上下に位置を変えながら黄色・ピンクを入れ替えるアニメーションをする。児童たちの潜在能力の高さを知った瞬間であったし、実施する側がさらに高度なことに挑戦するきっかけにもなった。

F.触ると変わる

「触ると変わる」の画面の表示1

あらかじめ用意されている「草むら」の絵が最初から沢山配置されている。新たに草むらに隠れていそうな虫の絵を描いて、草むらを触ったら虫に変わる、というプログラムを作る課題である。最初の配置が全員同じであるため、実行画面にすると誰の作品かが分からなくなるため、草むらを探してでてきた物を驚く楽しみがある。この課題は一般の幼稚園でも何度か行った実績がある。
これに対して、実際の講座では「草むらに隠れている虫」という縛りを緩めて「宝物」というテーマに変更して実施した。

「触ると変わる」の画面の表示2

これによって、各児童独自の世界が表現され窮屈ではない講座になった。児童の普段の生活や興味に習熟している教員であるからこその修正であった。

G. 触ると消える

「触ると消える」の画面の表示1

あらかじめ、魚と泡の絵は用意されており、魚が泳ぎながら口から泡を出すプログラムも作られている(見えない)。これに対して、出てきた泡が上にゆらゆら進むプログラムを作り、次にその泡をタッチすると消えるというプログラムを作った。

つぎに、あらかじめ横顔の絵が動かない状態でメガネに入っているものを全員に配布し、

「触ると消える」の画面の表示2

それに対して、シャボン玉が次々と生まれ、それがゆらゆらと飛んで行くプログラムを作ってもらう。これを作る際に横顔が動いてしまったりするのを防ぐため、横顔の絵には移動できない属性が付けられている。これによって常にあらかじめ横顔が置かれた位置からシャボン玉が生成されるプログラムを簡単に作れるようになる。

次に、シャボン玉をタッチするとそれが割れて中から自分の宝物が出てくるというプログラムを作ってもらう。この例は、将棋が好きな児童が「名人」の称号が欲しいという作品である。

H.シューティングゲーム

以下3つは進行が早かったクラスのための課題である。このクラスは2回でAからFまで終了してしまい、さらに、ここには乗せていない追加の課題「情報のシミュレーション」(28年度補正報告書参照)も実施済みであったことから、残り3回の講座として設計された。
 まず、あらかじめ作成されたゲームで遊んでもらう。ただし、このゲームを作るには何種類の絵が必要で、どのようなプログラムが必要であるかということが隠された状態で児童の一人一人のタブレットに渡してある(実際には4つの絵と、4つのメガネが必要)。

「シューティングゲーム」の画面の表示1

十分に遊んだ上で、児童に答えさせ、実際に作ってもらう。必要なプログラムはそれぞれ、「発射台を触るとビームに変わる」「ビームは上に進む」「宇宙人は横に進む」「宇宙人とビームがぶつかると爆発する」というもので、「...ぶつかると」についてもすでに知っている。

「シューティングゲーム」の画面の表示2

どの児童も課題をよく理解し、オリジナリティ溢れるゲームを作ることができた。想定した以上にある子はメガネが18個にもなる複雑なプログラムを作っていた。

I. 鍵のかかった扉の迷路

この課題は「通路に沿ってしか動けない」というビスケットの少し難しいテクニックを必要とするので、最初にその部分だけ最初に全員に指導する。

「鍵のかかった扉の迷路」の画面の表示1

その後、Hと同様に事前に作ってあるプログムの内容を見せないゲームで遊んでもらい、アイデアを膨らませて制作してもらった。

「鍵のかかった扉の迷路」の画面の表示2

プログラミングの能力的にはとても高い児童が集まったクラスであったが、コミュニケーションに課題を抱えていた児童が多かったため、作成されたゲームは2名ずつペアになってお互いにプログラムを解説しあう時間をとった。普段、他人の話を聞くことが困難な児童も、プログラムの中身という共通の興味がある内容だからか、真剣に話し合う様子がうかがえた。

J. ひっかけゲーム

5回目となり、すでに教えるべきプログラミングのテクニックもそれほどない状態となってしまったため、プログラミングのテクニックではなく自分の作ったゲームで遊ぶ人のことを考えるゲーム作りを課題とした。例題として用意したのは「ひっかけゲーム」で、タッチした方向とは違う方向に進むキャラクターと、障害物のように見せかけた絵とゴールのように見せかけた絵が置かれているが、実はゴールと障害物は逆であるというひっかけが入っている。クラス全体でゲームセンターを作り、最後はお互いに遊び合うという進行で、他人をひっかけるゲームだけでなく、自由なテーマで制作してもらった。

「ひっかけゲーム」の画面の表示

2.2.3 実証の様子

各学校、クラスごとに人数、学年構成、時間、児童の特性、教員のスキルなどが異なるため、用意された教材をそれぞれの状況に応じて選択して進められた。

学校・クラス別に実際に行われた課題は次の通りである。

横浜市
仏向小学校
 特別支援学級 A、B、C、D、E、F、G
 通級指導教室 A、B、C、F、G、H、I、J

清須市(すべて特別支援学級)
 西批杷島小学校 A、C、D、B、E、F
 古城小学校 A、B、C、D、E、F
 新川小学校 A、B、C、D、E、F
 清洲東小学校 A、B、C、D、F

  • 仏向小学校で教員がメンターとなって児童の制作を指導している様子(写真1)
  • 仏向小学校で教員がメンターとなって児童の制作を指導している様子(写真2)

教員がメンターとなって児童の制作を指導している場面。(仏向小学校)

  • 仏向小学校で児童が作成したゲームでお互いに遊びあっている様子(写真1)
  • 仏向小学校で児童が作成したゲームでお互いに遊びあっている様子(写真2)

児童が作成したゲームでお互いに遊びあっている場面。コミュニケーションが苦手だと思われていた児童が自分で作ったゲームを友達にプレイすることを勧める場面が多く見られた。(仏向小学校)

  • 仏向小学校でタブレットの画面を隠すための台紙により、児童が教員の説明に集中している様子(写真1)
  • 仏向小学校でタブレットの画面を隠すための台紙により、児童が教員の説明に集中している様子(写真2)

また、今回実証時の工夫として、メンターである教員が操作説明等をする際に、タブレットの画面を隠すための台紙を導入した。タブレットの画面が見えると集中できずに話を聞くことができない児童の様子もみられたため、3回目のプログラミング講座時から使用した。当初よりも集中して教員の話を聞く様子が伺えた。
(台紙のデータA5サイズ:添付資料 cover_viscuit.pdf)

2.2.4 講座参加者の声
(1)児童生徒(学年/性別)

4-9-2 あなたは今後もプログラミングを続けていきたいと思いますか。どうしてそう思いましたか?
「続けたい」「自分が思ったゲームを自由に作れるから」(5/男)
「続けたい(とても)」「ふつうのゲームはシナリオなどで、範囲が決まっているけど、プログラミング(ビスケット)は工夫次第でどんなゲームでも作れるし、満足なゲームを”自分”でつくることができるから。友達の作ったゲームなどをみんなで見ることができて、話し合うことができるから」(4/男)
「続けたい」「わかりやすくてみんなで笑ったり困ったり、そんなことが楽しかった。泣いていてもみんなでタブレットをやると楽しい気持ちになります。」(6/男)
「続けたい」「自分で絵を描けたり、自分で弁当をつくるのが面白かったです。」(3/男)
「続けたい」「どんどんビスケットのおかげであたまもよくなったしそうぞうもよくなりましたのでまたビスケットを続けたいと思いました。」(4/男)

2-2 「プログラミング」をやってみて、面白かったところ、もっとやってみたかったことはありますか?当てはまるものをすべて選んでください。また、他に面白かったところがあれば、「その他」の枠の中に自由に書いてください。
「卵が割れて、ロケットが飛び出して、UFOを打つと爆発するゲームを完成させたい。」(2/男)

(2)メンター

3-5 研修を受講してよかった点(今後、自分が指導するにあたって、研修で最も印象に残った点や役立つを思った知識など)について、具体的に教えてください。
「コンピュータによる人工知能が身の回りに溢れている今の社会に生きる子供達へ、それらが人の手によって作られたプログラムで動いているということを伝え、知ってもらう必要があるということ。非常に納得し、印象に残った。」(清須東)
「プログラミング教育について難しいと思っていましたが、研修を受け、少しハードルが低くなったようにもいます。一つずつの小さな指示によって、指示の積み重ねによって、複雑な動きにつながることが分かりました。」(清須東)

5-4 指導するうえで工夫した点やうまく指導できた点を具体的に教えてください。
「特支学級担当と連携して指導方法を工夫したこと」(西批杷島)
「特別支援の担任と連携をして授業を行った。」(西批杷島)
「・毎回の進み具合をもとに次回の講座内容を開発者と相談した。・機器の置き場所を決めたり、説明を聞く時の約束事を決めたりした。」(新川)
「取り組む気持ちにさせるために、私が操作しているのを手元でみることによって、意欲をつなげられる子もいた。」(仏向)
「・指示の出し方を短く、確認しながら進めたこと。・児童の視点になって説明がわかるようにT1、T2の動きを考えたこと」(仏向)
「子供のつまずきを想定した準備や環境を工夫した」(仏向)
「発達障害の特性によるつまずきを予想してコミュニケーション力や学習意欲を高める効果的な指導ができた。」(仏向)
「児童が自分からやりたいことも尊重してやらせてみたことで児童なりの発展方法や達成感がより高まったような気がしました。」(古城)

6-4 講座全体を通して感じた、児童生徒の変化について具体的に書いてください。
「最初は「プログラミング」やタブレットに不安をもっていたが、楽しく取り組めたことで次の意欲につながった。」(西批杷島)
「正解がある授業ではないので、子供たちがよりリラックスして取り組めていたような気がしました。」(古城)
「タブレットを使って学習することに慣れ、興味関心が高まった。自らめがねツールを使用し、思い通りに動作したときに大きな喜びを得た。主体的に取り組む楽しさを知った。」(新川)
「家庭でも取り組むなど、主体的にプログラミングと関わろうとする姿が見られた。」(仏向)
「自分の描いたキャラクターが動かせるのはとても魅力です。複雑な指示がなくても「こういったことができる」と感じられた子がいて特別級児童にとって良い経験になった。家でもやっている子がいます。」(仏向)
「時間を見通して活動に取り組めるようになった。ビスケットを通して、友達と交流する姿が見られた。」(仏向)
「子供の思いや願いを叶える指導を行い、生きる力、夢に向かって進んでいく力がついた。」(仏向)

7-2 講座全体を通じて、児童生徒がつまずくことなくスムーズに学べていたポイントについて具体的に書いてください。
「実践前にあらかじめタブレットに触れておいたことでスムーズに指導に移ることができた」(西批杷島)
「事前にタブレットに触ったことで楽しく取り組めた」(西批杷島)
「まずはやってみることで、わかるようになったりできるようになったりしていたので、つまずいても何かしら進めることができるという内容がよかったのではないでしょうか。」(古城)
「めがねツールで指定した方向に動かすこと」(新川)
「スモールステップで技を学べ、短い時間に定期的に開催したことで自分のものになっていた。」(仏向)
「ひとりひとりのつまずきや困りにチームティーチングで対応することで、安心して取り組んでいる姿が見られた。」(仏向)

7-3 講座全体を通じて、印象的だった児童生徒の反応やエピソードについて具体的に書いてください。
「「もっとやりたい!」「こうやったらどうなるかな?」「もっとこんなふうに動かしたい!」という言葉。つぶやき」(西批杷島)
「授業の後に「もっとやりたい」や「次は何をやるの?」と積極的だった。」(西批杷島)
「ある児童が、教師が伝えたやり方以外でやってみたいと言ってきて、その通りにまずはやらせてみたら予想以上に高度なプログラムを考えて進めていたので、おどろきと共に嬉しかったです。」(古城)
「「お祭りだ」と喜び、作品に意欲的に取り組んでいた。」(清洲東)
「複数のめがねツールの働きが合成されて出力が見られたこと。2つのオブジェクトが合わさった条件のプログラミングができることを知った時、アイデアが生まれた。」(新川)
「絵の苦手な子が「これは〇〇」「これは〇〇」と自分のイメージを投影した線や棒が動くのを楽しんでいた。」(仏向)
「「たまごがうまれる」=>描いたものを変身できるね、という喜びを味わっている。イラストが動くこととは別で楽しめたようです。」(仏向)
「描画がうまくいかず泣き叫んでいた1回目から、最後の回では「あ、もうすぐ時間だ」と切りかえながら取り組んでいた。」(仏向)
「友達とのコミュニケーションが苦手な子が、4人用のゲームをプログラミングし作成して、様々な人に自分から声をかけ、一緒に楽しんでいた姿に感動した。」(仏向)

(3)保護者・見学教員

3-2 児童生徒の様子で気づいたこと、発見したことがございましたら自由にお書きください。
「パターン化されたプログラムを思った以上に早く理解できていた。ロケットで宇宙船を爆発させるというプログラムを見て、自分でも〜〜なゲームも作りたいという思いをどの子も持っていた。」(新川)
「指でタブレットをタッチすることで画面が変わることに喜びを全面に出していた。ふだん見られない姿を見ることができた。」(新川)
「楽しんでいた。習った後、毎日のようにまたプログラミングの学習がしたいと言っている。」

(4)実証校校長・教育委員会

2-3 2-2でお答えいただいた以外に、児童生徒の様子で気づいたこと、講座開始当初と終了時で変化・進歩したことなどがございましたら自由にお書きください。
「児童の様子:思った以上に興味を持って取り組んでいました。また、できていました。自由な発想を認めてもらえるので、のびのびしていました。」(新川小学校)
「子供達の個性や特性がよく理解できました。特に、今までの学習や生活の中では気づくことができなかったことが分かり大きな収穫でした。何と言っても6人とも生き生きと活動する姿が見られたことが素晴らしいと思いました。」(清須東)
「表情がとてもよく楽しんでいる様子が伝わってきた。回を重ねるごとに見通しを持って、次の活動を期待することで、待つことや話を聞くことへの切り替えがスムーズになった。」(仏向小学校)

3-2 講座全体を通じて、児童生徒がつまずくことなくスムーズに学べていたポイントについてご自由にお書きください。
「担当の方の準備が万端だったことと親切な教え方。事前準備の大切さがよくわかりました。」(新川小学校)
「操作が簡単で分かりやすいので戸惑うことなく進めることができたと思います。視覚的にとても分かりやすいと思います。」(清須東)
「学習のステップが丁度良く、一人一人が理解した上で、次の学習へ行けるので、スムーズに行えたと思います。」(古城小学校)
「スモールステップでの働きかけ。パターンとして繰り返される流れ。豊かな色彩。自分で描いている動かしているという実感。」(仏向小学校)

3-3 講座全体を通じて、児童生徒の印象的だったエピソードや校長先生ご自身の感想についてご自由にお書きください。
「子供達が喜んで取り組んでいたこと。微笑ましい姿が見られたことが一番よかったと思います。私自身も楽しく活動できたので子供も楽しい。」(清須東)
「自分の作成したものが画面上に映し出されると、歓喜し、一人一人が自信を持ってその説明をしていました。とても生き生きとした表情で、達成感を味わっていることが感じ取れました。」(古城小学校)
「職員研修もしていただけたので、学校全体の取り組みとなってよかった。大学の先生とも連携し、前後のアセスメントを取れたのも、興味深い取り組みになったと思う。」(仏向小学校)

3. 実証の成果と課題

3.1 発見・成果

3.1.1 実証校・教育委員会・地域の団体等との連携体制の構築

(1)横浜仏向小
 本事業のプログラミング講座を終了後に引き続き、国語の教科のスイミーの教材でビスケットをつかったアニメーション制作を行った。さらに横浜市の特別支援級合同発表会において、そこで作られたアニメーションを背景にしながら、児童たちの朗読劇が披露された。
 また、通級指導教室では、毎週ビスケットによるゲーム作りを通じたコミュニケーション指導が行われている。

スイミーの1場面をイメージしたアニメーションの画面
写真)スイミーの1場面をイメージしたアニメーション

(2)清須市

 3学期も引き続き実施を希望され、市のICT支援員の協力により市内の他校へも展開される予定である。

3.1.2 メンター育成

 ICTに苦手意識をもっていた教員が、ビスケットの利用を通して苦手意識が改善された。教科の中でも意欲的にプログラミングを活用しようという意識が芽生えてきた様子。また、「できない」と思っていた児童が積極性をもってビスケットに取り組んでいる姿をみて、多面的に児童を見ることができるようになった。

3.1.3 プログラミング講座

 協力者の特別支援教育研究者からの提案により、プログラミング教育がどのような効果を持つのかを客観的に計測するために各種のテストを講座の事前、事後に実施した。(横浜市立仏向小学校のみ)

  • 認知能力:DN-CAS、 CAB
  • こころの理論:サリーアン課題
  • 子供の支援度:CSA
  • 社会生活能力:S-M社会生活能力検査
  • 社会的スキル:SST尺度
  • 自己有能感:児童用コンピテンス尺度

 まず試験結果に基づいて量的に変化した部分について考察をする。事前事後の結果を比較するとCABテストにおける心的回転力に児童全体で量的に大きな変化が見られた。心的回転力とは、物体を心的に回転させて比較する能力のことであるが、ビスケットの命令の作り方が絵の位置関係によることが関係している可能性がある。学校カリキュラムの中で心的回転力を向上させる学習ツールはほとんどなく、その特異性が今回児童の心的回転力の向上に大きく寄与したと考えられる。それ以外の結果については全体として変化したものは見つからなかった。教員の印象として自閉傾向の強い児童において検査項目に伸びが高い傾向があったが、検査対象が少数であるので断定できない。

 以下は、児童一人一人に焦点を当てた質的な考察である。

横浜市立仏向小学校 通級指導教室
Hくん(小3男):

ASDの診断がされているが、ADHDの傾向も見られる児童。通級指導教室への意欲は高い。生活のメリハリができてる。2017年夏に小学校でビスケットのワークショップに参加している。家庭でもゲームをよくやっている。支援級では意欲はたかい一方、CSAにおける支援度は高い。サリーアン課題を実施した際には非常に迷っている姿がみられた。学校では毎日トラブルが多く、支援級でも離脱する傾向がある。周りの状況、相手の状況を理解しているにもかかわらず、自分の行動をとめられない傾向がある。

結果:他の児童と関わりながら授業に参加できたのがよかった。あらかじめ、ビスケットの授業で何を作りたいかを決め授業に臨んでいた。一方で、授業前半の練習の時に「お手本通りやるんだよ」と先生が声かけしたことにたいし、お手本通りにやっていない自分に傷ついた様子を見せる場面もあった。

 自分で行う各授業での目標設定は回を重ねるごとに自分のことから周りのことへと対象が広がっていた。つまり、自分だけにフォーカスしていたものが、最後はみんなで楽しむことへ焦点をおいたものになっていた。みんなで楽しむことを感じさせられるのはビスケットの良さだと思われる。

 各回の作品の中に長いストーリーがある。それがビスケットでは簡単に実現できるのがHくんにとっては相性がよかったのだと思われる。ゲーム性よりストーリー性が重視されている。授業中はずっとしゃべりながら作っていた。一方で、授業の最後のテーマは「ゲームセンターをつくろう」だったのだが、Hくんの作品はゲームではない。どんな風に遊んで欲しいか、ということを書いてもらう仕掛けをいれると他者視点についてわかるかもしれない。これは、最後の回のチャレンジ目標が「みんなのゲームをやりたい」だということからもわかる。

 1ヶ月という短期間の積み重ねが効果的にでていると思われる。児童にとっての自信になっていると思われる。Hくんは数値の面では短期間で能力があがっている。しかし、他者に遊んでもらう、というところまではいたらなかった。コンピテンスでは自己価値は事前事後であがってないが、社会性はあがっている。ゲーム作成にはいたらなかったが、他者と良い関係を気づくことについては本人の中で手応えがあったのではないかと思われる。

 本事業が終わったあとは、切り替えがはやくなった様子がみられている。うまくいかない自分と向き合って切り替えができるようになってきているのか、と担当教員から観察されている。

 ビスケットの授業では逸脱行動がなかったことは、Hくんにとって今回の事業において非常によかった点だった。これは授業中の自分がやるべきことが終わったあとも、自分の作品に対して工夫を重ねられるビスケットの良さにあるとおもわれる。ビスケットの授業では非常に集中しているため、毎回の授業のあとは「非常に疲れている」と保護者の方からご報告をいただいた。疲れるため、夜ぐったり寝ているとのことである。

Y君(小5男)
指導の内容:不安や強迫観念を軽減し安心して学習し持っている力を発揮できるように個別指導を想定。
主な手立て:
1)無理のない形で母子分離を図り、安心して他者と関わることができるように促し、本児が取り組みやすい学習を設定する。
2)本児の得意なゲームや図工などの活動を取り入れ、主体的に学ぶ姿を引き出す。
3)工作やプログラミング学習など、作る活動内容を中心に取り入れ、本児の発想力や想像性を引き出す。

結果
DN-CAS プランニング文字の変換、CABの目と手の適応能力、パターン認知力、心的回転力において優位な向上が見られた。
保護者、教員からは、本事業において、「ビスケットのおかげで将来救われた」と報告があった。本人からも「自分の将来にはいいことがない」という発言が過去にあったと言われている。コンピテンスのテストにおいても総じて数字が低い。しかし、授業の最後には犬猿の仲の児童の一人と仲良く自分でつくったゲームで遊びあっていた姿が確認されている。また、Yくんは人と接することについて恐怖心をいだいているにもかかわらず、授業のなかでは2人対戦、4人対戦のゲームをつくっていた。人と関わりたいという気持ちがビスケットを通してでていると感じられた。この気持ちは授業でゲームを作らなければ、教員もその気持ちに気づくことができなかった。授業を重ねる中で、初回の授業では人から離れて歩いていたところが、最後の授業では他の人のゲームを見に自分から人のところに授業中に向かっている姿が見られた。

一般級に通っている一方で、他教科の特別授業には全て参加していないなかで、ビスケットのみが参加できている授業になっている。通級指導教室では個人指導であり、他の子供と一緒に活動できるのはビスケット授業だけである。

本事業後、Yくんに関しては多くのビスケットを使用したゲームを開発している。教員とのやりとりの中でクイズで利用できる「早押しマシーン」など実用的なアプリケーションをつくっている。担任を含めた教員から開発の依頼をすることで、Yくんのアプリケーションを媒介にしたコミュニケーションを実現していく可能性があると感じられた。一方でこのように根気強く様々なものが作れる傾向は他のものには見られないと教員から報告を受けている。また、自身でもアプリケーションを作り上げたあとは「ぼくがんばった」と発言していると報告を受けている。

Iさん(小5女)
ASDの診断。知的な遅れはないが、細部にこだわり、行動や作業ペースがゆっくり。時間内にやりとげることができないと、パニックになりがち。「時間内にやり遂げる」「困った時は相談する」を目当てにして、プログラミング授業に参加した。

結果
ビスケットの授業に参加することで自立活動について変化がみられた。徐々に、終了時間を見通して時間内にゲーム作りをやり遂げられるようになったり、わからないときに援助を受け入れながら落ち着いて取り組めるようになった。プログラミング授業を経験することで、自分の目当てを意識しながら、場に即して適切に行動することができるようになった。

Nさん(小4男)
ASDの診断。知的な遅れはない。他者と適切にかかわることができず、対人トラブルになりがち。「直接言わないで、嫌なことは先生に伝える」を目当てとした。もともと「目当て」とはなにかを理解していなかったため、まずはその理解を十分に促し、目当てを達成できたという成功体験を積む必要があった。相性を考慮した座席位置や二人組で確実に相手とのやりとりができるような事業内容の調整を行うなどの支援を行った。

結果
ビスケットの授業に参加することで自立活動について変化がみられた。苦手としていた相手ともゲーム紹介を相互に行ったり、一緒にゲームを楽しんだりでき、人と適切に関わる経験を積むことができた。事前に取り組むことができなかったCABの「心的回転力」にも自信をもって取り組み最高点をとる結果を示した。

特別支援学級
Sくん(小3男)

コンピテンスは総じて低い。3年生になると同時に支援級に入り、仏向小学校に転校した。それまでに辛い思いをしてきたのではないかと思われる。ASDの診断だが、ADHDの傾向が強い。座席に座って学習することは苦手。

結果:
事前テスト時に調子が悪い様子はなく、荒れていたこともなかったにも関わらず、教員が予想したよりも値が低かったことに教員が驚きを見せていた。事後の試験では値が上がっていた。授業が実施された1ヶ月の間に毎回いろんな人にみてもらって、自分の表現を見てもらい、ほめてもらったことが、本人にいい影響をあたえたのだと思われる。週に1時間の活動だったが、それ以外の活動にも張りがでていたと思われる。プランニングも上がっている。専門家の視点でもこのように数字が上がることは珍しい。

知的には低くないのに、コンピテンスが低いのはこれまでの間に辛い思いをしてきたのではないかと予想される。一方でアイデアは豊富な児童であり、自分が自由にやれることが保証されていて、それをみんなが認めてくれることが彼の意欲を引き出したのだと思われる。思い通りにならないといらいらする児童だが、ビスケットは思い通りにできなくても、よい感じに実行されるのが、よい緩衝材になって児童にマッチしたのだと思われる。この点に関しては特別支援級の誰にでも言えることで、意図通りではなくてもなんとなく動いてくれる、というリアクションは、この児童達にとっては楽しく活動できる大きな要素だったと教員から意見があった。

しかし、やっている間が非常に自信があった一方で、終わると少し気が抜けていると報告があった。充足できる刺激が継続的にあったほうがいいと思われた。

Oくん(小6男)
ゲームが大好きな児童。最初の回がおわったときの感想に「自分でかいた絵が動かせることがこんなに愉快だとは思いませんでした」と日記に書いていたと報告があった。活動の前に一番心配されていた児童である。自分を表現することが非常に苦手な児童であり、絵を書いて動かすことができるか心配されていた。しかし、授業ではすんなりと描いていた。

Hくん(小5男)
最後の事後アンケートでプログラミングを仕事にしたいですか?を「いいえ」にしていた。「なんで?」と聞いたら、「将棋を仕事にする(と決めている)からだ」、と言っていた。傾向として、将来の仕事にしたくないという子はもう仕事が決まっている子だと思われる。アンケートにおいて、他は「たのしい」だが、そこだけ「仕事にしたくない」という人はそういう傾向がある、という報告が教員からあった。

Nさん、Aさん(小4女)
知的障害で印象に残った児童である。この二人は絵を描くこと自体が難しい児童である。この二人には、絵はとても稚拙だが描くことができ、またそれを動かしたことに非常に満足している様子が見えた。つまり、大人の視点、また、絵として正しい視点から「ちゃんと書きなさい」ということは言ってはいけないと我々は確認した。裏を返せば、日常生活、学校生活の中でも自分が表したものを動かせるというものはなかったため、そういった児童の表現の仕方を教員が確認できなかったと思われた。また、ビスケットランドの制作における特徴として、自分で作ったものを手元で確認して、自分で満足してからランドに送るというところがこの満足の原因だと考えられた。参加者はそれぞれが自分の手元で、自分で満足しているため、共有画面に表示されたときに、本人はなんらかの意味づけができているため、自分にゆとりをもって鑑賞ができる。そして、送信すると、自分が満足したものが他人に見てもらえる、喜んでもらえるというのが嬉しいのではないだろうか、と思われた。

教材の評価
自分の描いた絵が動くという点を教員は評価した。

知的障害の児童にプログラミングの授業を実施することができる教材としてのビスケットが評価された。また、実施が可能なだけではなく、高度なプログラミングを実現している児童もいたことも驚きがあった。これらの事実から、ビスケットによるプログラミングの授業は他の学級でもできるということが確認された。

障害のある児童がパニックを起こしたり、授業から離脱したりすることなく、ビスケットの授業に臨める要因としては以下の点が考えられた。

  • ビスケットは思い通りにできなくても、よい感じに実行される。メガネによって、たとえ意図通りではなかったとしても、いい感じに実行されるというリアクションは、障害のある児童にとっては楽しく活動できる大きな要素だったと教員から意見があった。これはビスケットが具体的な絵の配置によって命令することによる曖昧性に起因すると思われる。
  • ビスケットは提示された課題が終わってもやり込める要素がある。発達障害を持つ児童は何もすることがない隙間の時間があると、離脱行動を起こすことにつながる。

また、ビスケットランドとしての作品発表時の多様性に注目が集まった。これについてはビスケットのお絵描き画面で色がランダムに選択されるようになっていること、また、ペンの太さが太めに設定されていることに起因していると考えられる。また、それぞれの作品について、他の児童と比べなくてもいい、勝ち負けがない、というところが評価された。授業では優劣がつきがちだが、ビスケットはそれがなく、多様性を認めてくれるのがよい。動き、絵、いろんな方向で、一人一人が自分にあったやりかたをしていくことができていた。

授業の構成として、講義の部分が少なく、児童の活動量が保証されていた点も評価を受けた。しかも、受動的ではなく自分が能動的に参加できることが児童にとっては嬉しいし、自己有用感につながっていると指摘を受けた。

保護者アンケート
通級指導教室では保護者の方々へ講座終了後に独自に自由記述のアンケートを実施した。回答は下記の通りであった。すべてで11の回答があった。本文中、個人が特定できる記述は削除した。

<回答1>
1、プログラミング授業に参加後、お子さんの家庭や学校での様子について、変化したところをお書きください。
「家でもビスケットを利用してゲームを作っています。」
2、プログラミング授業を参観して、保護者の方のご感想をお聞かせください。
「以前のプログラミングでは怒ってしまいましたが、前々回では先生方の助けもあり、なんとかこらえ、前回は時間に余裕がありました。」
3、学校や家庭で、プログラミング授業で学んだことに関する話を話したり、ビスケットで遊んだりしたことはありましたか。
「家で、ゲーム(?)を作っています。」
4、プログラミング特別授業について家庭でも取り入れてみたいことは、ありましたか。
「片付け(パソコン起動から終了まで、自分でやってほしい)」

<回答2>
1、プログラミング授業に参加後、お子さんの家庭や学校での様子について、変化したところをお書きください。
「ビスケットに強い関心を示し、家でもやりたいと言っていました。また、次回の指導をとても楽しみにしていました。」
3、学校や家庭で、プログラミング授業で学んだことに関する話を話したり、ビスケットで遊んだりしたことはありましたか。
「まだダウンロードしていませんが、楽しかったことや家でやりたいという話をしていました。」

<回答3>
1、プログラミング授業に参加後、お子さんの家庭や学校での様子について、変化したところをお書きください。
「兄弟でビスケットを使ったらこんなゲームができないか、、、など、楽しそうに話し合っていました。」
3、学校や家庭で、プログラミング授業で学んだことに関する話を話したり、ビスケットで遊んだりしたことはありましたか。
「学校のクラブ活動で使用した「プログラミン」との違いなど教えてくれました。」

<回答4>
1、プログラミング授業に参加後、お子さんの家庭や学校での様子について、変化したところをお書きください。
「「プログラミングができる」という自信がついたようです。」
2、プログラミング授業を参観して、保護者の方のご感想をお聞かせください。
「子供が楽しんで学んでいたと思います。プログラミングが思ったより簡単に理解できるものだと思いました。」
3、学校や家庭で、プログラミング授業で学んだことに関する話を話したり、ビスケットで遊んだりしたことはありましたか。
「学校では話していないようですが、家では、授業のあと、ビスケットでゲームを作っていました。ゲームの内容やプログラミングの説明をしていました。」
4、プログラミング特別授業について家庭でも取り入れてみたいことは、ありましたか。
「家でも、プログラミングを学んでみようと思いました。(ビスケットで子供が楽しんでいるので)」

<回答5>
1、プログラミング授業に参加後、お子さんの家庭や学校での様子について、変化したところをお書きください。
「自分で作ったもので人が遊んでくれ、褒めたり楽しんでくれることの喜びを感じているのがわかります。それにより『この方面は向いているかも』と思えるようで、少しだけ未来のことを話すのも受け入れる余裕が本人の中で生まれた感じがあります。(以前は、話すことも嫌がった)」
2、プログラミング授業を参観して、保護者の方のご感想をお聞かせください。
「本人が楽しんで作り、それが実際遊べる内容のレベルのもののため、”ほめる”きっかけになっていてよかったです。本人も家族が自分の作品で笑顔で遊び、お世辞ではなく褒めてくれることを感じ取れているようで<プラス>な面が多いと思いました。しかし、夢中になりすぎ、やめること、やめさせることという相方のストレスもあります。」
3、学校や家庭で、プログラミング授業で学んだことに関する話を話したり、ビスケットで遊んだりしたことはありましたか。
「この機会に、子供用のタブレットを購入したので『ビスケット』を家でも利用しています。在籍校の担任の先生にも、プログラミングをしたことを毎回母から伝えるため、そこから本人が内容を話しています。(実物がないため、話をふくらめせにくく、サラッと話は終わりますが)」
4、プログラミング特別授業について家庭でも取り入れてみたいことは、ありましたか。
「本人が作ったゲームで遊んだり、本人にリードしてもらいながらそのゲーム内のキャラ作りを家族がやったりしています。」

<回答6>
1、プログラミング授業に参加後、お子さんの家庭や学校での様子について、変化したところをお書きください。
「プログラミングそのものが楽しいと分かり、機会があればまたやりたいと意欲的です。」
2、プログラミング授業を参観して、保護者の方のご感想をお聞かせください。
「積極的に取り組んでおり、楽しんでいるのがよく伝わりました」
3、学校や家庭で、プログラミング授業で学んだことに関する話を話したり、ビスケットで遊んだりしたことはありましたか。
「多少当日の流れを教えてくれることもあります。「楽しかったよー」で終わることも多いです。」

<回答7>
1、プログラミング授業に参加後、お子さんの家庭や学校での様子について、変化したところをお書きください。
「特に変化は感じられません。」
2、プログラミング授業を参観して、保護者の方のご感想をお聞かせください。
「自分でゲームが作れて、とても喜んでいました。本人は得意な方ではないようですが、他のお子さんの個性がよく出ていてよかったです。ゲームを通じて交流できていたり、目当ての習得もできていて、素晴らしいと思いました。」
3、学校や家庭で、プログラミング授業で学んだことに関する話を話したり、ビスケットで遊んだりしたことはありましたか。
「学校・家庭でビスケットを使って遊ぶことはなかったですが、よく話題に出ていました。とても楽しかった。嬉しかったようです。」
4、プログラミング特別授業について家庭でも取り入れてみたいことは、ありましたか。
「家庭でもビスケットで遊んでみようと思ってはおりますが、本人のフリータイムが少ないこともあり、なかなかできません。」

<回答8>
1、プログラミング授業に参加後、お子さんの家庭や学校での様子について、変化したところをお書きください。
「初回の授業の後は、数日、プログラミングの話をすることが多かったです。特に変化は感じられませんでした。」
2、プログラミング授業を参観して、保護者の方のご感想をお聞かせください。
「他では経験できないので、素晴らしい経験をさせて頂いたと思いました。私が思ったより、本人がその後興味を示さなかったので家での環境かな?と思いました。」
3、学校や家庭で、プログラミング授業で学んだことに関する話を話したり、ビスケットで遊んだりしたことはありましたか。
「初回の授業後、2~3日、プログラミングとは?のような話をしていました。ビスケットもパソコンで調べていた様です。」
4、プログラミング特別授業について家庭でも取り入れてみたいことは、ありましたか。
「授業の様子から、これからパソコンでやってみたいと言い出すのでは?と思いましたが、家にパソコンが無いため、フェイドアウトしてしまいました。」

<回答9>
2、プログラミング授業を参観して、保護者の方のご感想をお聞かせください。
「周りの子のペースについて行けず、焦りを感じて楽しめなかったようです。ゲームをするのは好きですが、作るのはそれほど興味が湧かないようでした。」

<回答10>
1、プログラミング授業に参加後、お子さんの家庭や学校での様子について、変化したところをお書きください。
「iPadを使う楽しみが増えた。弟に教えるようになった」
2、プログラミング授業を参観して、保護者の方のご感想をお聞かせください。
「もっと騒いで進行を中断させたり、飽きて投げ出したりするのかと思ったが、こちらが考える以上に真剣に取り組む姿が見られて嬉しかった」
3、学校や家庭で、プログラミング授業で学んだことに関する話を話したり、ビスケットで遊んだりしたことはありましたか。
「弟にやり方を教えて二人で楽しんでます。」
4、プログラミング特別授業について家庭でも取り入れてみたいことは、ありましたか。
「家族皆でゲームの作り方を習って、いろんなゲームをしてみたいです。」

<回答11>
1、プログラミング授業に参加後、お子さんの家庭や学校での様子について、変化したところをお書きください。
「自分の意見、アイデアの他にも「ほかにどんなのがある?どうしてる?」と家族の考えを聞いたりする場面がありました。」
2、プログラミング授業を参観して、保護者の方のご感想をお聞かせください。
「本人の作品への集中力も良かったですが、他の子の作品で遊ぶ楽しさや「どうやって作ったの?どう遊ぶの?」と進んでコミュニケーションをとる姿がとてもよかったです。」
3、学校や家庭で、プログラミング授業で学んだことに関する話を話したり、ビスケットで遊んだりしたことはありましたか。
「自宅のタブレットで遊びました。姉にいろいろなパターンのプログラミング、遊び方を教え、アイデアを出し合っていました。」
4、プログラミング特別授業について家庭でも取り入れてみたいことは、ありましたか。
「プログラミング一つ一つの作業が後に結果で目に見えて分かる(遊べる・動く)ので、段階のある予定の説明に取り入れることができそうです。」

3.2 課題・改善点

3.2.1 実証校・教育委員会他との連携体制の構築

横浜市仏向小学校では校長先生の理解を得ることをでき、学校として今後もビスケットをつかったプログラミングの授業を継続しておこなうことになっている。また、清須市では平成28年度補正予算で実施した本事業の育成メンターが清須市の教育委員会と交渉しビスケットをつかったプログラミング授業を実施するための機材の購入や、次年度の本事業への参加を目指してクラブ的な活動を実施できるように用意をしている。
一方で、より大きな活動にしていくためには、立場のある人物を巻き込んだ活動にしていく必要を感じている。具体的には本実証事業に近隣の学校、また、教育委員会の方々に見学、または、参加していただける機会をつくることができたらよりよいものになったと感じている。また、参加や見学するのが難しい人でもこの活動の良さを理解してもらえるようなウェブ、または、紙での資料があるとよかった。

3.2.2メンター育成

本事業では仏向小学校において、実践と授業設計とメンター育成を一緒に実施することで普及モデルをつくり、その普及モデルを用いて清須市で実践をおこなった。
仏向小学校でのメンター育成においてはあらかじめ用意されたものに従ってメンターを育成したのではなく、メンターや参加する児童の特性を考慮して一緒になって特別支援級・通級での理想的なプログラミングの授業を考えたため、合同会社デジタルポケットのメンバーにも様々な発見があり、双方に成長がもてるメンター育成だったと感じている。一方で、こういった一方的に育成するのではない、双方向での成長モデルを実践できる企業、団体は多くないと思われる。こういった双方向で子供達に最適なものをつくっていくやり方自体への理解を広げ、また、実施できる団体が増えることが期待される。
清須市では全体での1時間の研修の上で、メインメンター、サブメンターにあたる教員へ個別に指導をするメンター育成方法をとった。その後、28年度補正事業での育成メンターに各校への指導をメインに担当してもらい、事業実施のサポートをおこなった。デジタルポケットがメインで育成するのではなく、我々が育成した人材が地域の先生を育成するモデルは、実施が普及する点で非常にうまくいったと感じられた。一方で、28年度補正事業でのメンター育成よりもビスケットの授業の肝であったり、ビスケット自体の設計の思想であったり、哲学的な部分は十分に清須市のメンターには指導することができなかったかもしれない。今回は特別支援学級での実施ということもあり、デジタルポケットのノウハウというよりも、現場の先生のノウハウを活かす内容で実施をしたが、事業を通して、さらに興味をもった先生がいらっしゃった場合、より深いビスケットの知識を教えられる場所が用意されていることが望ましいと感じた。
こんアンケートでは10人中9人(1人回答なし)が「今後もメンターとしてプログラミング教育の指導をしていきたいですか」という質問に対して「指導していきたい」と答えていることから、継続した情報提供、または支援が必要だと感じている。

3.2.3 講座内容

特別支援学級でビスケットの授業を行うにあたり、「お弁当作り」や、ロケットを使っての方向の繰り返しの練習や、メガネによって絵を変化させることを様々な絵を使って繰り返し練習する教材を作成し、特別支援学級に最適なプログラミングの授業を探ってきた。
また、仏向小学校で先生方と授業を作り上げていく中では、デジタルポケット単独では気づかないような授業への指摘があり、それを授業の中に取り入れた。例えば、デジタルポケットはビスケットの三角の動きを教える時に、「三角をステージに置く」「メガネを出す」「メガネに三角を入れる」「動きを確認する」の順に教える。これは最初に動いてない三角を確認した後で、三角が動き出した方が児童が動きに対して驚きを覚えるからだ。対して、仏向小学校では「メガネを出す」「メガネに三角を入れる」「三角をステージに置く」「動きを確認する」の順に行った。これは先生から特別支援級の児童は視野が狭く、視点がステージ・メガネ置き場・ステージと行ったり来たりするのが難しいという指摘があったからだ。最初にメガネを作ることによって視点の移動がメガネ置き場・ステージのみになる。
他にも、児童を先生の話に集中させるために、話を聞く時にタブレットを置くところを机の上に明示的に示したり、タブレットの画面を隠す用紙を用意し活用する場面が見られた。
このように特別支援級でのビスケットの実施にあたっては現場の先生方の支援・指摘によって内容が改善されていった。従って、新たな授業・課題を作り上げていく時には現場の先生方の参加が不可欠だと感じられた。一方で、現場の先生方が多忙であることは周知の事実であり、事業者が授業内容を指導するだけに止まるのではなく、一緒に考えるスタイルがどこまで受け入れていただけるかが課題だと思われた。

4. 実証モデルの普及に向けて

4.1 実証地域での継続実施の可能性

4.1.1 メンター育成

清須市においては、平成28年度補正および本事業を経て、次回の事業についても実施を検討している。中心になっているのは、平成28年度補正事業で育成したメンターである。

4.1.2 講座の構成、教材

継続して使用できるような環境を提供している。また、メンター育成研修時に配布した、ビスケットの基本授業の手順書と環境を無償公開しているため、メンターが他の教員などへ講習する際に教材等を配布可能である。

4.2 横展開の可能性、普及のための活動

4.2.1 メンター育成

特別支援教育者向けの研修を計画している。ただし、今回の活動がどこまで一般化できるのか不明であるため、もう何回か同じようにしっかりと教員と関わる活動を続けることが先決である。

4.2.2 講座の構成、教材

本事業で開発した授業で汎用性の高い7つのコンテンツ(5回分の授業)については、実証を経てブラッシュアップした授業の流れや目的などの詳細が記載されている資料と環境を無償公開する。この環境はアカウントなしで使用でき、タブレットやパソコンおよびインターネット接続環境があれば実施可能。
(添付資料:公開用_もっとやさしいヒ゛スケット資料.pdf)

4.2.3 普及のための活動

講演等で、本事業の成果を宣伝している。来年度のLD学会において、本事業の成果をシンポジウムで発表予定である。

5. モデル実施のコスト

5.1 実施コストの内訳

児童一人1台のタブレットとインターネット接続環境が用意されていれば、それ以外については今回の事業と同じコンテンツに関しては無償で使用できる。今後、追加されるコンテンツについても安価で提供する予定である。

5.2 児童生徒ひとりあたりのコスト

全てソフトウェアであるため、タブレット等の機材以外のコストはかからない。

6. 参考添付資料

実証講座で使用した教材・プリント

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