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環境・身体・コミュニケーションと融合する
プログラミング

畿央大学教育学部西端研究室・奈良県立奈良養護学校・
フジテレビキッズ・電脳商会・障がい者IT雇用推進機構

H29年度当初予算にて実証実施

1.モデルの概要

1.1 モデルの全体概要

 本モデルの対象とする障害種別は、知的障害・肢体不自由・病弱の重複障害である。特徴は、自立活動六区分(健康の保持、心理的な安定、人間関係の形成、環境の把握、身体の動き、コミュニケーション)のうち、環境の把握、身体の動き、コミュニケーションに着目し、プログラミング教育の基盤にしたことである。
 自立活動の時間は、「個々の障害による学習上又は生活上の困難を改善・克服するための指導」1)を行う時間であり、障害のある幼児児童生徒の教育において、教育課程上重要な位置を占めている。また、自立活動の指導に当たっては、個々の児童生徒の実態を的確に把握し、個別に指導の目標や具体的な指導内容を定めた個別の指導計画が作成されている。さらに、「自立活動の指導の効果を高めるためには、児童生徒が積極的な態度で意欲的な学習活動を展開することが必要である。このためには、個々の児童生徒の実態に応じた具体的な方法を創意工夫することが大切」1)と、特別支援学校学習指導要領解説自立活動編において、明記されている。
 本モデルにおいて、自立活動の時間にプログラミング教育を採用した理由は、新学習指導要領より導入されるプログラミング教育とは、理論を基盤としている点、一歩一歩着実に積み重ねていく点において非常に親和性が高いと考えたからである。特に、肢体に不自由のある児童生徒を対象とするため、自身の「身体の動きに合わせた」プログラミング教育を特徴とした。

1.2 実施体制

 本モデルの実施体制は図1の通りである。

実施体制図
図1 実施体制

(1)畿央大学
 教員養成系私立大学であり、保育士資格、及び幼稚園教諭、小学校教諭、養護教諭、中・高「英語」、特別支援学校の各教員免許課程を持つ。また、学生全員にSurfaceを貸与する、学内基盤システムはすべてクラウド化するなど、全学でICTを活用している。その中で、教育学部西端研究室は、教育現場におけるICT活用を専門分野としている。

奈良養護学校の教材室の掲示板(写真)
図2 奈良養護学校教材室掲示板

(2)奈良県立奈良養護学校
 上肢・下肢・体幹に障がいがある児童生徒、知的障害、病虚弱の障害が重複する児童生徒のための学校であり、初等部、中学部、高等部あわせて児童生徒128人、教職員129人(平成29年5月1日付)在籍している。また、自立活動の時間においては、宇佐川浩氏の「感覚と運動の高次化理論」2)に基づいて教授・学習が行われており、校内には、その理論に基づき、多数の手作り教材が整理されている(図2)。
 さらに、ICTの活用も早くから行われており、タブレット端末を活用したデジタル教材(畿央大学教育学部西端研究室との共同研究で開発)や、これらをデータベース化した「教材共有ネットワーク」
http://www.narayogo.jpn.org/ 別ウィンドウで開きます
がある。

(3)フジテレビキッズ
 子ども向けBSテレビ番組「ポンキッキーズ」(1973〜)を制作している。「ポンキッキーズ」には、「からだでプログラミング」というセクションが設置され、「プログラミングキューブ」と呼ばれる50cm角の立方体の段ボールを使って、子どもたちがプログラミングを行っている。「プログラミングキューブ」には、矢印やひらがな、動物の顔などが「コマンド」として描かれている。本モデルの「プログラミングキューブ」はこの番組を由来としている。
 また、2016年から教育者を視聴対象にした特別番組「beプログラミング」(BSフジ放送)をシリーズで企画制作している。

(4)電脳商会
 1987年、教育・教材分野のデジタルコンテンツのプロダクションとして設立された。様々なプラットフォーム向けに、企画立案・シナリオ作成・素材制作・プログラム開発・ツール整備を行い、デジタルコンテンツに関するコンサルティングを業務とする。

(5)障がい者IT雇用推進機構
 2017年、奈良県生駒市に放課後ディサービス「ツクル」を設置した一般社団法人である。「IT療育を通じて児童ひとりひとりが輝けるよう支援する」を事業理念としている。プロで活躍できるスキルを学び、経済的な自立、精神的な自律を目指し、IT技術習得の支援を行っており、Minecraft、Scratch、Mindstormsなどさまざまなプログラミング環境を提供している。

 本モデルは、以上の5団体で実施された。
 奈良養護学校と畿央大学教育学部西端研究室は、デジタル教材の製作、教材データベースの開発・管理などで平成24年より共同研究を行っており、ラポール形成はできている。また、奈良養護学校は過去には松下視聴覚教育財団の研究指定を受けており、学校全体としての研究基盤も整っている。
 奈良県教育委員会は、Office365やAdobe Creative Cloudなどの包括契約など、県内のICT環境整備に力を入れており、本事業に関しては全面的に支持した。畿央大学は、教員免許更新講習や、奈良県の教員研修の会場提供および講師を引き受けており、奈良県教育委員会ともラポール形成はできていた。さらに、本事業の公開発表では、奈良県教育委員会提供の「なら教育レポート『まなびだより』」の撮影が行われ、平成30年1月17日に放映された。

1.3 実施スケジュール

 実施スケジュールは表1の通りである。

表1 実施スケジュール
9月から12月までの実施スケジュール

2. 実証内容

2.1 メンターの効果的な育成方法の実証

2.1.1 育成メンターの概要

 対象とするメンターは、プログラミング教育と、特別支援教育の両方に、少なくとも興味・関心のある、教員養成系の学生(含む大学院生)とした。実証授業は、奈良養護学校の自立活動の時間に行うため、本務のある社会人、教員はメンターになりえないと判断したからである。また、教員養成系の大学生は、教育実習、学校インターンシップ、ボランティアなどで、学校現場で活動した経験があるため、学校内での基本的な行動から指導する必要はないと考えたからである。
 メンターの母集団は、畿央大学及び大阪教育大学となった。畿央大学の学生および大学院生は全員、何らかの教員免許取得予定者であり、特別支援学校教諭免許取得予定者も含まれている。特にこの学生たちは、障害特性および自立活動の意義や理論的基盤について知識がある。また、大阪教育大学の学生および大学院生は、教養学部情報科学専攻であり、プログラミングおよびプログラミング教育について知識がある。この二つの母集団を融合させることにより、知識共有をねらいとした。
 当初、メンターの希望者は30人ほどであったが、学生自身の受講する授業時数、ボランティアやサークル活動など個人事由、居住地などから、主として育成するメンターを9人に限定した。しかし、大学で行われるメンター育成講座は自由に受講してよいこととした。しかし、実際に実証授業の授業時間によって、活動できたメンターは6人である。

本事業専用のFacebookページに掲載されたメンター募集の記事(写真)
図3 メンター募集の記事
2.1.2 メンターの募集

 メンターの募集は、学生たちにリーチしやすいよう、FacebookやTwitterなどのソーシャルメディアおよび畿央大学の学内掲示板で行った。期間は、2017年10月5日〜11日までである。また、本事業専用のFacebookページ(https://www.facebook.com/karapronara/ 別ウィンドウで開きます)
を立ち上げ、メンター募集だけではなく、経過報告にも活用した。メンター募集用の記事は図3の通りである。なお、Facebookページの詳細及びその成果については、4.2.3で後述する。

2.1.3 メンター育成研修

メンター育成研修研修は、10月11日(水)〜11月1日(水)まで、8回行った。内容の詳細については表2(次ページ)の通りである。奈良養護学校でのフィールドワークを含む第7回を除き、一斉授業の形式で行った。

表2 メンター育成講習の内容
日時 講師 障がいのある児童生徒への適切な接し方 プログラミング講座の教材・ツールなどの指導方法 内容
(1)10月11日(水)
16:20-17:50
西端律子
(畿央大学)
含む 含む 本事業の概説、畿央大学と奈良養護学校の実践紹介、「からだでプログラミング」の視聴
(2)10月17日(火)
13:00-14:30
竹中章勝
(畿央大学)
  含む 初等教育におけるプログラミング教育についての講義、Scratchの実習
(3)10月18日(水)
13:00-14:30
西尾正寛
(畿央大学)
含む   「プログラミングキューブ」の作成、視覚・触覚に関する実習
(4)10月18日(水)
16:20-17:50
西端律子
(畿央大学)
含む 含む 「プログラミングキューブ」の作成、障がいのある子どもたちの見え方や感じ方に関する実習
(5)10月24日(火)
13:00-14:30
吉田幸世
(障がい者IT雇用推進機構)
含む 含む ITに特化した放課後ディサービス「ツクル」の実践紹介、
Minecraftの実習
(6)10月25日(水)
13:00-14:30
大久保賢一
(畿央大学)
含む   特別支援教育の現状、肢体不自由児の特性に関する講義
(7)10月30日(月)
10:20-11:00
高橋浩
(奈良養護学校)
含む 含む 自立活動の時間の見学、タブレット活用に関する講義
(8)11月1日(水)
16:20-17:50
西端律子
(畿央大学)
含む 含む 「プログラミングキューブ」を活用する肢体不自由児を想定したプログラミング模擬授業と相互評価

 短期間で習熟度を上げるため、また、予習復習のため、さらには万が一育成講習を欠席したときのため、研修のすべての内容(ただし、第7回の奈良養護学校での子どもたちの様子を除く)は、映像で記録し、クラウド上でメンターはいつでも視聴できるようにした。また、提示資料も同様にクラウド上で閲覧できるようにした。
 プログラミングの研修に関する工夫としては、まず、初等教育におけるプログラミング教育について、経緯と現状について概説したのち、ScratchやMinecraftなど実際に学校現場で活用されているプログラミング教育環境の実習を行ったことである。本事業で対象となった子どもたちの特性とは合わなかったため、今回は実際の実証授業では活用することはなかったが、メンター講習を受けた学生たちが教員となり、将来これらのプログラミング教育環境を活用する可能性は非常に高いであろう。
 児童生徒の特性や障害の状況を把握するための講座として、特別支援教育を専門とする教員から、障害の定義、原因、特性、必要な配慮、その他留意点などの講義が行われた。また、実際に障がいのある子どもたちに日々かかわっている放課後ディサービスの指導員からは、子どもたちの様子も交えて講義が行われた。さらに実証校である奈良養護学校に訪問し、自立活動の時間を見学し、対象となる子どもたちとかかわる時間を設定した。

2.1.4 メンター育成教材

 実際に活用した教材の一部を図4〜6に示す。
 図4は、講座(2)「初等教育におけるプログラミング教育についての講義、Scratchの実習」の資料の一部である。そもそもなぜ初等教育においてプログラミング教育が始まったのか、有識者会議の資料、指導要領、指導要領解説などから、その必要性が分析されている。
 図5は、講座(3)「プログラミングキューブ」の作成、視覚・触覚に関する実習」の資料の一部である。実証授業で活用する「からだでプログラミング」(フジテレビキッズ制作)において利用されている「プログラミングキューブ」は、健常の幼児がプログラミングを行うための50cm角の段ボールであるが、障がいのある子どもたちが使えるよう、カスタマイズできるように、実際に制作を行った。持ちやすい大きさにしたり、片手でも持てるようにひもをつけたり、聴覚支援のために中に鈴を入れたり、などの工夫が行われた。また、「プログラミングキューブ」に貼付する「コマンド」の見やすさについても、講義が行われた。

講座(2)で用いたメンター育成用のスライドの一部
図4 講座(2)の資料(一部)
講座(3)で用いたメンター育成用の教材の一部
図5 講座(3)の資料(一部)

講座(5)で用いたMinecraftの実習教材の一部
図6 講座(5)の資料(一部)

 図6は、講座(5)「ITに特化した放課後ディサービス「ツクル」の実践紹介、Minecraftの実習」の資料の一部である。放課後ディサービスそのものについての講義ののち、子どもたちの作品が紹介された。その後、実際にMinecraftの実習を行った。
 教員養成系の大学の学生及び大学院生がメンターであるため、「模擬授業」を取り入れた。図7は模擬授業の様子であるが、「プログラミングキューブ」の並べ方、「コマンド」の書き方などに、グループごとの創意工夫が見て取れる。子ども役、メンター役、特別支援学校教諭役など、役割分担を行うだけでなく、子どもたちの障がいの程度、発達段階を想定したうえで、模擬授業を設計したことは、本事業団体の特徴といえるであろう。模擬授業後は、それぞれに相互評価を行い、実証授業でのメンター役としてのフィードバックが行われた。

  • メンター講座(8)の「模擬授業」の様子(写真1)
  • 「模擬授業」の様子(写真2)
  • 「模擬授業」の様子(写真3)

図7 メンター講座(8)の「模擬授業」の様子

2.2 児童生徒に対するプログラミング講座の効果的な運営方法の実証

2.2.1 講座の概要

講座はすべて奈良県立奈良養護学校内にて自立活動の時間に行われた。小学部は、10:20〜10:50、中学部と高等部は9:30〜10:00である。対象者は表3、内容は表4の通りである。

表3 プログラミング講座の対象者
  対象児童・生徒 メンター 対象の児童生徒の学年 障がい
小学部 4人 1〜2名 1年生 肢体不自由、知的障害の重複障害
中学部 4人 1名 混在 肢体不自由、知的障害の重複障害
高等部 2人 1名 2年生 肢体不自由、知的障害の重複障害
表4 プログラミング講座の内容
日にち 対象 メンター役割 内容
11月9日(木) 中・高 授業見学、子どもたちとのラポール形成 「からだでプログラミング」視聴
11月13日(月) 授業見学、子どもたちとのラポール形成 「からだでプログラミング」視聴
11月13日(月) 中・高 授業補佐 オリジナルキューブを使ったプログラミング
11月21日(火) 中・高 授業補佐 オリジナルキューブを使ったプログラミング
11月27日(月) 小・中・高 授業支援 自立活動との連動
12月1日(金) 授業支援 自立活動との連動
12月4日(月) 授業代行(一部) 自立活動との連動
12月8日(金) 小・中・高 授業代行(一部) 自立活動との連動
12月14日(木) 小・中・高 授業代行(一部) 自立活動との連動
12月18日(月) 小・中・高 授業代行(一部) 自立活動との連動
2.2.2 プログラミング講座の内容

 本事業団体は「自立活動との連動」を特徴としているため、対象となる児童・生徒の「個別の指導計画」をもとに、プログラミング講座の内容を個別に設定した。例えば、「目と手の協応」「因果関係の理解」「始まりと終わりの理解」「弁別」などである。
 プログラミング講座の内容は、当初(1)「からだでプログラミング」と(2)「Minecraft」を検討していた。

 (1)「からだでプログラミング」は、フジテレビキッズ制作のテレビ番組の1セグメントである。50cm角の段ボールの側面に「コマンド」となる絵、アイコン、矢印などが描かれており、その並べ方によって、子ども自身が「コマンド」に従い、身体を動かすものである。視聴覚教材であり家庭でも学校でも親和性があり、日常的に誰でも利用できるということが採用の理由である。
 障がいや特性に合わせた配慮・工夫として、

  • 番組のリズムと楽しい雰囲気はそのままで、拍の取り方を変え、子どもに応じたスピードにしたこと
  • キューブの大きさ、コマンドの内容をカスタマイズしたこと

があげられる。
 非常に短いセグメントなので、学習の動機付け、授業の隙間時間などで活用可能である。立方体でなくとも日常的な段ボールでも利用できること、またアナログ教材であるため、簡便にカスタマイズできることなどの利点がある。一方、「プログラミング的思考」を教員が意識しながら指導をする必要があることが課題である。
 映像番組の訴求力は非常に高く、奈良養護学校の先生方、メンターが視聴したときには始終笑顔で、本事業への取り組みそのものへの動機づけになったことは否めない。また、「プログラミングといえば、黒い画面に…」という固定概念を打ち砕き、「これなら『自立活動の時間』で取り組んできたことの延長線上にある」という認識を持つことができた。

 (2)「Minecraft」は、マイクロソフト・スタジオらが開発した、「ブロックを設置して、冒険に行く」サンドボックス(世界を作る)ゲームである。牛、鶏など子どもたちに身近なキャラクターが登場する。MinecraftのMakecodeエディタ(コマンドを自身で作り上げる)を活用することにより、ビジュアルプログラミングも可能となっている。
 PCやディスプレイは必要であるが、「からだでプログラミング」の「キューブ」、「Minecraft」の「ブロック」は考え方が近いため、段ボールというアナログの世界から、ディスプレイ内のデジタルの世界への移行がしやすいと考えていた。また、「Minecraft」はキーボード入力が必須であり、そのコマンド入力方法が独自であったため、子どもたちの障がいの特性に応じて入力方法を切り替える必要があった。
 今回は、対象となる児童生徒の担任の先生との協議の上、特性に適合しないという判断のもと、採用を見送った。

2.2.3 実証の様子

実証授業の様子を図8〜10に示す。

  • 小学部での実証の様子(写真1)
  • 小学部での実証の様子(写真2)

図8 小学部の様子

 小学部(図8)においては、「からだでプログラミング」を視聴後、くるくる回るテーブルを用意し、自立活動の時間では「始まりと終わりの理解」、プログラミング的思考では「順次」「繰り返し」の理解を目的とした。最初は何をすればよいのかわからなかった様子の児童も、実証授業を重ねることにより、理解が進んだように見受けられた。また、写真右の高橋先生は、興味・関心を維持させる、さまざまな教材を毎回制作していた。小学部では、児童の実態に応じ、「プログラミングキューブ」は用いなかった。

  • 中学部での実証の様子(写真1)
  • 中学部での実証の様子(写真2)

図9 中学部の様子

 中学部(図9)においては、「からだでプログラミング」を視聴後、生徒の実態に応じた「コマンド」をメンターが制作し、「運動」を行った。生徒の障がいや特性に合わせて、キューブを組み立てる生徒、「コマンド」にそって「運動」をする生徒などの役割分担が見られた。また、「コマンド」を実施するために、ボールを一緒に運んだり、車いすを動かしたりなどの協力体制が見られた。中学部では、藤川先生が「プログラミング」という言葉を用い、生徒に意識づけを行っていた。また、中学部のみ、オリジナルの「プログラミングキューブ」に近い大きさの段ボール(メンター自作)を利用した。

  • 高等部での実証の様子(写真1)
  • 高等部での実証の様子(写真2)

図10 高等部の様子

 高等部(図10)においては、生徒の特性に応じ、「プログラミングキューブ」を10cm角にし、両サイドにひもをつけ、生徒自身が片手でも持てるようにメンターがカスタマイズを行った。また、高等部の二人は就労を意識し、「コマンド」は、身体を動かすものより、何か別のもの(写真右では色のついたバトン)を動かすものとした。また、2本のバトンを組みあわせた図形が「コマンド」として描かれているため、二人で協力して「コマンドを実行」した。自立活動の時間としては「手と目の協応」「弁別」であるが、プログラミング的思考でいえば「条件分岐」である。また、聴覚が苦手という実態に即し、藤原先生が2分の1の速さで「からだでプログラミング」の音楽を演奏し、録音したものを授業では利用した。 高等部のメンターは、「プログラミングキューブ」のカスタマイズ、バトンの制作などを行った。

2.2.4 講座参加者の声
「プログラミング学習は楽しいです」(写真)
図11 生徒の声
(1)児童生徒

 本事業の対象となった児童生徒は言語でのコミュニケーションに支援を要するため、アンケートは実施しなかったが、実証授業公開日に奈良県教育委員会制作の番組内で行ったインタビューでは、「難しかったですね。けど、やれた時のあの喜びは忘れないですね。」と高等部の生徒が発言している(図11)5)

(2)メンター

 独自に提出してもらったアンケートより、メンターの声を一部抜粋する。

  • 「からだでプログラミング」のような形では、自分で動きや並びを考えられるので、子どもがアレンジしやすいと思いました。
  • 児童生徒がプログラミングキューブによる成功体験をしたことで、よりプログラミングに主体的積極的に取り組めるようになったのではないかと感じる。今後、本格的なプログラミング教育を実施しやすくなるのではと考えた。
  • 教材の素材や形状や音等、実際に試してみることで作る時には見つからなかった改善点を見つけていくことができました。
  • 模擬授業では段ボールの並べ方や小さいカードを作る等、それぞれのグループで違った意図を見つけることができました。
  • 特別支援教育に関しては、専門的な知識を有していなかったが、特別支援教育の講義のビデオや模擬授業を通して、障がい者の不自由さと、配慮をどこまでおこなえば教育的に有効であるかを知ることができた。特に本実践に参加する前には、例えば、右手がうまく動かない児童生徒に対して、右手を使わない配慮のある授業をおこなう必要があると考えていたが、むしろ、右手を使う練習ができる配慮もあるのだと知ることができた。
  • 特別支援教育には障がいや特性への個別対応が必要で、デジタル化と親和性が高いことを再認識した。
  • 今回は特別支援とプログラミング教育を組み合わせていて、体感的にプログラミングを学ぶことを知ったので、小学校の授業でもこのようにプログラミングを学べると思いました。
  • タブレットでも操作できるアプリを作ってみたい。
(3)実証校校長

実証校校長からのアンケートから一部を抜粋する。

  • 児童生徒、教職員ともに学びの場となる期待感があった。本校では一部の教員がスクラッチなどのプログラミングを取り入れた授業を実施したということを認識していたが、実際にプログラミング教育とはなにか、何を学ぶのかということについて、多くの学びがあるのではないかと期待した。
  • メンターと教員、メンターと児童生徒のコミュニケーションが大切

3. 実証の成果と課題

3.1 発見・成果

3.1.1 実証校・教育委員会・地域の団体等との連携体制の構築

 本事業を始める前より、畿央大学−奈良養護学校−奈良県教育委員会とのつながりはあったものの、さらなる連携体制が出来上がったといえる。特に、奈良県教育委員会が制作しているプログラミング教育に関する映像教材においては、畿央大学において、事業代表である西端がプログラミング教育について解説を行い、奈良養護学校での授業風景も取り入れられるなど、本事業の成果を奈良県下の学校に共有するものになるであろう(平成30年2月現在編集中 4月各学校に配付予定)。
 また、放課後ディサービス「ツクル」、「ツクル」に在籍する児童の保護者、事業代表の西端との連携関係も始まり、平成30年5月には関連団体のイベントで西端が登壇予定である。

3.1.2 メンター育成

 特別支援教育>プログラミング教育である畿央大学の学生と、プログラミング教育>特別支援教育である大阪教育大学の学生を組み合わせることにより、知識や経験の共有が行われた。

3.1.3 プログラミング講座

 実証講座を担当した先生らからは、以下の意見を聞くことができた。

  • とても楽しそうに、意欲的に生徒たちが取り組んでいる。
  • コマンドの選び方で、生徒の考えが可視化されるようになった。
  • 教員が「あれしましょう、これしましょう」ということなく、すべきことを、キューブを確認しながら主体的に学べるようになったので、他の学習場面においても自発的な学習を促す指導法の一つになるだろう。

3.2 課題・改善点

3.2.1 実証校・教育委員会他との連携体制の構築

 奈良県下には、肢体不自由を対象とする特別支援学校がもう1校あるので、そちらとの連携をまずははかりたい。また、実証講座の公開には大阪府下の特別支援学校の先生や、遠くは宮城県からも見学があったため、各地の支援学校とのネットワークを整備すべきであると考える。
 特に、今回の10地区の事業だけでも、成果発表会より前段階において、情報交換できる仕組みが必要であったと考える。

3.2.2 メンター育成

 本事業が採択され、本格稼働が始まったのが10月に入っていたため、学生メンターの確保が難しかったことが課題である。特に、教員養成系大学の学生は、授業の空き時間には、ボランティアや学校インターンシップに行くことが推奨されており、基本的に平日日中に「空き時間」はない。ボランティア先やインターンシップ先は、9月に2学期が始まるため、予定は9月に決まってしまう。事業の開始時期については、教員養成系大学の学生をメンターとする限りにおいては再考が必要であろう。

3.2.3 講座内容

 特別支援学校にはさまざまな家庭環境の子どもたちが在籍している。その中には、その子どもがその学校にいることすら明らかにしないでほしいという保護者からの要望もある。今回、実証授業の実施にあたって、障害の程度や特性だけではなく、保護者からの承諾によって、通常とはちがうクラス編成を行った。これは、教員はもちろん、子どもたちにも負担であったといえるであろう。

4. 実証モデルの普及に向けて

4.1 実証地域での継続実施の可能性

4.1.1 メンター育成

「3.1.1 実証校・教育委員会・地域の団体等との連携体制の構築」に記載したが、奈良県教育委員会制作のプログラミング映像教材に出演する、奈良女子大学、奈良教育大学の先生方に本事業をご理解いただいたため、これらの大学からもメンターを育成することが検討される。

4.1.2 講座の構成、教材

 本事業で制作したプログラミングキューブやバトンについては、すでに自立活動の時間に活用される「教材室」に保管され、奈良県立奈良養護学校のほかの先生方が活用できるようになっている。

4.2 横展開の可能性、普及のための活動

4.2.1 メンター育成

 メンター育成講座に活用した資料はまとめてパッケージ化している。また、および本事業の主たるプログラミング教材「からだでプログラミング」については、特別版を制作したため、これらをそのまま活用することができる。
 事業代表である西端は、教員養成系の他大学の非常勤講師も務めているため、これらの大学でのメンター育成も可能である。

4.2.2 講座の構成、教材

 上記の特別版「からだでプログラミング」のほか、自作のキューブやバトンについては、その展開図、形状などをWeb上の教材データベース3)に掲載し、誰でもどこからでも参照可能な形にしている。
 実証授業の小学部を担当した高橋は、全国各地で「感覚と運動の高次化理論」に基づいた自立活動について、講演やワークショップを行っているため、特別支援学校ベースでの横展開が可能である。

4.2.3 普及のための活動

 畿央大学からは、通常の学生に対する授業のほか、地域の人、教員、高校生対象の公開講座、教員免許更新講習などが頻繁に行われているほか、事業代表の西端は、特殊教育学会に代表される特別支援系、教育システム情報学会や情報コミュニケーション学会などの情報系の学会などでの発表を行う予定である。また、西端は同時に、Microsoft MVP for Windows and Devices for IT、Windows Insider MVP, Microsoft認定教育イノベータ―などを受賞しており、これらをベースとした世界規模のコミュニティ活動での登壇が予定されている。
 奈良養護学校では前述の通り、自立活動に関する研究会や講演での普及活動が展開される予定である。
 フジテレビキッズは、プログラミングイベントを開催する予定である。
 このほか、Web上では、前述の「教材共有ネットワーク」(登録ユーザ 478人)、Facebook公式ページ4)(フォロワー 150人)で情報を公開している。
 また、事業代表の西端のもっている、教育系ネットニュースでの連載や、奈良養護学校、フジテレビキッズ、畿央大学連名での書籍の執筆などの可能性があげられる。

5. モデル実施のコスト

5.1 実施コストの内訳

 本モデルにおけるプログラミング講座の実施コストは、プログラミングキューブ(大・小)やバトンの制作費(63,258円)である。プログラミングキューブの試作段階において、段ボール紙から試作したり、包装パッケージを利用したりしたが、定型のキューブさえ確保すれば、キューブを差し込むスペース、キューブを持ちやすくするための取っ手、視覚支援をするためキューブ内に仕込んだ鈴などはいずれも百円均一ショップで購入でき、安価に実施することができる。
 今後のモデル実施に際しては、今回制作した映像教材と音楽を使用できる。

5.2 児童生徒ひとりあたりのコスト

 本モデルの実証講座に参加した児童・生徒は合わせて10名である。よって、児童生徒ひとりあたりのコストは、63,258円/10名 =6,326円となる。
 しかし、この試算には前述した通り、試作品も含んでいるため、実際より割高になっている。例えば、ミニキューブ(取っ手付き)×8個の場合、画用紙やマジックは既存のものを使うならば

  • ナチュラルボックス(10個) 523円(税込)
  • 取っ手用紐 108円(税込)
  • コマンドを入れる袋 108円(税込) 合計739円

で制作することができる。また、コマンドさえ書き換えれば繰り返し使用可能である。

6. 参考文献・参考URL

1)文部科学省「特別支援学校学習指導要領解説自立活動編(幼稚部・小学部・中学部・高等部)」
PDFhttp://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/18/1278525.pdf 別ウィンドウで開きます
2)宇佐川浩(2007)「感覚と運動の高次化からみた子ども理解」学苑社
3)「教材共有ネットワーク」TMSN(Teaching Material Shared Network)
http://www.narayogo.jpn.org/ 別ウィンドウで開きます
4)「『自立活動の時間』に応用可能な教育モデルの開発」
https://www.facebook.com/karapronara/ 別ウィンドウで開きます
5)奈良県教育委員会「なら教育リポート まなびだより」
http://www.nps.ed.jp/nara-c/it/multi/month/bangumi.html 別ウィンドウで開きます

7. 参考添付資料

メンター育成講座の動画(お問い合わせください。)

  • movie(第1回)本事業の概要と今後の計画
  • movie(第2回)初等教育におけるプログラミング教育の導入
  • movie(第3回)プログラミングキューブの制作
  • movie(第4回)プログラミングキューブによるプログラミング
  • movie(第5回)障がいのある子どもたちへのプログラミング教育
  • movie(第6回)肢体不自由児の特性と必要な配慮

実証講座で使用した動画(お問い合わせください。)

  • movieからだでプログラミング(全身運動編)
  • movieからだでプログラミング(上半身運動編)
  • movieからだでプログラミング(カラーバトン編)

そのほかの資料・文書

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