篠﨑彰彦九州大学大学院
経済学研究院教授
日本復活になぜ情報通信が必要なのか――これは今年7月に公表された『情報通信白書』の特集テーマだ。白書は、大きく1部と2部に分かれ、全体で5章立てとなっているが、内容的には、「今年の特集」「業界動向」「政策動向」と例年通り3本柱で構成され、第1部(第1章から3章)の特集で冒頭の一文が問いかけられている。
今日のグローバルな経済の混乱は、情報通信技術(ICT)を駆使した金融手法が原因となっているだけに、2001年の「ITバブル崩壊」と重ねあわせて、「そもそも必要ないのでは」と考える向きもあるだろう。確かに、経済危機の震源地となった米国の株価は10年前の水準にまで落ち込み、この間のブームは泡のように消失した観がある。
だが、詳細にみると、新旧交代のダイナミックな動きの中で情報通信の存在感が増している様子も観察される。例えば、株式市場の時価総額上位40社をみると、ICTを駆使した金融工学の応用で事業を拡大させた金融機関が軒並み姿を消し、工業の時代を象徴するGMやフォードなどの常連もランキングから外れてしまったが、その一方で、グーグルなど情報通信関連の新しい顔ぶれが上位に入っている。今回の金融危機で明らかになったように、新技術は使い方や制度の整備を誤ると大変な事態を招きかねないが、必ずしもICTがバブルだと全否定されているわけでもなさそうだ。
なぜ情報通信が必要か――白書では様々な分析がなされているが、ひとことでいうと、日本が抱える種々の課題を解決する手段として、情報通信の影響力と可能性が大きいからだろう。たびたび指摘されていることだが、ICTは汎用性の高い技術(General Purpose Technology)として、あらゆる分野でうまく利活用されてこそ価値がある。
経済の視点でみると、日本は急激かつ大幅な景気後退という短期的な問題と地球環境や少子高齢化に象徴される中長期的な問題に直面している。その中で、情報化とグローバル化の波にうまく乗り、経済活力をいかに再生するかという成長戦略が問われている。
ICTがこれらの問題解決に深くかかわることは、身近な例からもわかるだろう。不況で人びとの生活防衛意識が高まる中、「巣ごもり消費」が話題になっているが、これは、ネットの活用を抜きにしては成り立たない消費形態だ。また、環境問題や人口減少などの制約条件下で、貴重な物的資源を効率的に使い、有為な人材が付加価値を高める個性豊かな活動に専念できるよう、企業、産業、経済の仕組みを整えるのにICTは欠かせない。情報通信の関連分野では、こうした21世紀型社会のニーズに対応した新しい活動の芽が生まれており、それが大きく育てば、重苦しい閉塞感を打ち砕く突破力になると期待される。
ただし、「日本復活」はICTさえあれば自動的にかなうわけでもない。白書では、その実現に向けて取り組まなければならない3つの課題=challengesが「投資」「協働」「電縁」の
キーワードで多面的に検討されている。詳しくは実際に手にとって読んでもらうのが一番で、今年の白書は読者に利活用しやすい工夫が凝らされている。例年、白書では様々なアンケート調査や統計分析がなされているが、今年は、ユーザーが基礎となる調査やデータの原典に容易にアクセスできるよう配慮されているのが特徴だ。
今年の白書は、編集過程で積み重ねられた外部有識者の活発な議論なども踏まえて取りまとめられたが、読者が原典の基礎データに触れ、うまく利活用することで、見落とされていた一面の発見や斬新な視点での分析、それらによる新たな解釈が生まれるのは間違いない。白書はユーザー参加型のポータルの役割も果たしているのだ。読者の積極的な利活用があれば、それに触発されて白書はよりよいものへと進化していく。その意味では、「みんなで使おう情報通信白書」がもうひとつのテーマといえるかもしれない。
経歴
九州大学経済学部卒業、九州大学博士(経済学)。
日本開発銀行(ニューヨーク駐在員、国際部調査役など)、経済企画庁調査局(月例経済報告、経済白書の設備投資分析)、ハーバード大学イェンチン研究所(日米情報化の比較分析)など内外の調査研究機関にて情報経済や企業投資分析に携わり、2004年より現職。
研究分野
主著
- 『情報技術革新の経済効果』日本評論社.(単著)
- 『IT経済入門』日経文庫ベーシック, 日本経済新聞社.(単著)
- 『情報革命の構図』東洋経済新報社.(単著)
- Accelerating Japan’s Economic Growth, Routledge, U.K.(共著)
- 『社会基盤としてのインターネット』岩波講座インターネット6.(共著)
- 『日本経済のグローバル化』東洋経済新報社 (共著) ほか
受賞歴
第1回フジタ未来経営賞・経済賞, 毎日新聞社・フジタ未来経営研究所, 1999年12月
第15回テレコム社会科学賞, 財団法人電気通信普及財団, 2000年3月