1 インタ−ネットの機能と可能性
(1) 我が国のインタ−ネットの利用者は、平成7年7月に約160万人、12月に約270万人、 平成8年7月には約500万人と推定されており、特にこの1年間で爆発的に利用が拡大している。 国内のインターネット接続サービス提供事業者(以下「プロバイダー」という。)は、平成8年10月現在1357社であり、前年同期の8倍に達している。平成8年(1996年)10月16日に出された「インターネット上の違法・有害なコンテント」に関する欧州委員会の報告(以下「EU委員会報告」という。)によれば、現在世界の約160か国で約6000万人の利用者がいるものと推定されており、世界規模で急速に利用が進んでいるということができる。
 インターネットの急速な普及に伴い、家庭生活や学校教育においても、電子メ−ルやホームページの 利用が始まっている。また、企業においても、ホ−ムペ−ジの開設やイントラネットの構築の動きが急 速に進んでいるほか、サイバ−シティの建設、各種電子商取引の実験等も開始されている。これに伴い、 ネットワーク上の情報の安全性を確保するための暗号技術の活用や、ネットワーク上で通信の相手方 や通信内容の真正性を確認するいわゆる認証に関する制度の検討等が行われている。
(2) インタ−ネットは、個人の情報発信と情報アクセスの機会を全世界規模で飛躍的に 拡大させる点で、出版、通信、放送といった従来のメディアと大きく異なる特徴を有 しており、政治、経済、社会、文化のあらゆる領域において、情報伝達や世論形成の 仕組みを根本的に変革する可能性を秘めている。
 個人の情報発信、情報アクセスの機会の拡大
 15世紀にグーテンベルグが印刷機を発明して以来、雑誌、新聞、書籍等の印刷 物による情報発信は飛躍的に発展してきた。また、19世紀に発明された電信、電 話等の通信技術は、特定人の間で時間と場所を超越したリアルタイムの情報伝達を 可能とした。さらに、20世紀に入って発展したラジオ、テレビのような放送メデ ィアは、優れた同時性と伝達力を駆使して、不特定多数の人に対する大量の情報伝 達を可能とした。その一方で、特に放送メディアにおいては、電波の有限希少性等 のため、少数の者が情報発信の機会を得ることができるにすぎない。一般に個々人 がこれらのメディアを通じて自由に情報発信を行うことは極めて困難である。また、 情報発信の機会や主体が限定されることの反面として、個人がアクセスすることが できる情報は、多くの場合、マス・メディアによって編集された情報に限られる結 果となる。
 インターネットは、従来の出版、通信、放送といったあらゆる形態の情報発信機 能を同時に併せ持つという特質を有している。個人は、いつでも自由に自ら作成し た情報を発信し、又は第三者が作成した情報を再発信することによってコンテント の提供者となることができる。また、個人は、いながらにして世界中から発信され た情報にアクセスすることが可能であり、このような発信、受信、再発信の繰り返 しによって、個人がアクセスすることができる情報は飛躍的に増大する。こうして、 インターネットは、高度情報通信社会における個人の基本的人権というべき「情報 発信権」、「情報アクセス権」を実現する核となるメディアと位置づけることがで きる。
【参考】
 グローバルな知的社会の構築に向けて−情報通信基盤のための国際指針−
 電気通信審議会答申(平成7年5月)より抜粋
「新たな基本的人権としての「情報発信権」及び「情報アクセス権」の保障
 個人や組織の活動が情報通信に依存する度合いが高まるにつれ、情報面での格差 が、社会・経済面での格差に直結する。このため、全ての人々に対して、非差別的 に、かつ、適切な価格でネットワークを利用して情報を発信し、また、情報にアク セスすることが保障されなければならない。
                 21世紀に向けたグローバルな知的社会においては、これらの「情報発信権」及 び「情報アクセス権」を基本的人権とも位置づけて、その内容の充実を図ることが 必要である。 」                             
 ネットワークのグローバル化
 インタ−ネットは、政府機関や研究機関ばかりでなく、様々な企業や個人によっ て幅広く利用されており、その利用者の多様性、膨大な情報量の点で他に類を見な いネットワークとなっている。インターネット上の情報は、ネットワークを通じて、 瞬時に国境を越えて伝搬・拡散する。インターネットは、個々人が発信した情報を 全世界の人々が瞬時に受信又はアクセスすることができる初のメディアである。

【参考】
 郵政省が、平成8年11月8日から11月22日まで、インターネット等を通じて 実施したアンケート調査(以下「利用者調査」という。)によれば、926名の回答 者のうち773名(83.5%)が毎日インターネットを利用している。
 また、郵政省が、平成8年11月16日から25日まで、全国の20歳以上の男女 を対象としたアンケート調査(以下「一般調査」という。)によれば、547名の回 答者のうち52名(9.5%)がインターネットを利用した経験がある。また、イン ターネットを利用したことがない人のうち、293名(71.4%)が今後インター ネットを利用してみたいと回答している。
 利用者調査と一般調査の結果については、本報告書末尾に参考資料として掲載して いる。

2 インターネット上の情報流通の問題点
(1) 1で指摘したように、インターネット上を流通する情報は、政治、経済、社会、文 化のあらゆる分野にわたっており、その大部分は合法的で有用なものである。しかし ながら、インターネットにおいても、他のメディアにおけるのと同様に、犯罪の手段 として悪用されたり、違法な情報が流通したりする可能性があり、現に様々な問題事 例が発生している。我が国では、これまでインタ−ネット上にわいせつ画像を流通さ せたことによって、刑法のわいせつ図画公然陳列罪で検挙された事例が発生している
(注1)。諸外国においても、幼児ポルノ、他人のアドレスの盗用、ハッキング、個 人の名誉や信用の毀損及び誹謗中傷等様々な問題が指摘されている(注2)。
(2) インタ−ネットについては、具体的には以下のような問題点が挙げられる。
 個人の情報発信が容易である反面、出版、新聞、放送等と異なり、発信者にプロ の職業倫理が働かない場合がある。
 放送等と異なり、発信者に匿名性があるため、無責任な情報発信や違法行為が心 理的に容易にできる面がある。
 違法な内容の情報があるサーバーから削除されても、別のサーバーに簡単かつ迅 速にコピーできるため、情報が流通し続ける可能性が大きい。
 ある国が国内法によって違法な情報の流通を禁止しても、別の国で違法でなけれ ば、その情報が世界中を流通する。ある国が違法な情報の世界的流通を制限した場 合には、特定の国の法が情報流通を阻害するという問題が発生する。
 特定のプロバイダ−が違法な情報の発信又は違法な情報へのアクセスを制限して も、他のプロバイダ−を利用することによって、当該情報を発信し、又はアクセス することが可能である。
 したがって、インタ−ネット上の情報流通についてル−ル化を検討する場合には、 ネットワ−クの発信側の入口と受信側の出口に着目する必要がある。また、国際連携 や国際協力を図ることが重要である。

(注1)平成8年2月1日、都内のプロバイダーの会員が、ネットニュースの中から入 手したわいせつ画像を自己のホームページに掲載し、インターネットの利用者が 容易に閲覧できるようにしたとして逮捕され、4月22日、東京地方裁判所にお いて、わいせつ図画公然陳列罪(刑法175条)により、懲役1年6月、執行猶 予3年の有罪判決を受けた(その後確定)。
 平成8年9月30日、広島県内のプロバイダーが、自社のホームページの中に、 会員が作成したホームページへのアクセス回数のランキングを掲載し、ランキン グ部分をクリックすることによって、当該ホームページに接続できるようにリン クを張ったという事案について、プロバイダーの幹部がわいせつ図画公然陳列罪 の容疑で書類送検された(処分未了)。
(注2)EU委員会報告は、違法又は有害なコンテントについて、保護法益によって区 分し、以下のように例示している。
保護法益違法又は有害な情報内容の例
国家安全保障爆弾製造、違法な薬物製造、テロ活動
未成年者の保護不正販売行為、暴力、ポルノ
個人の尊厳の確保人種差別
経済の安全・信頼性詐欺、クレジットカードの盗用
情報の安全・信頼性悪意のハッキング
プライバシーの保護非合法な個人情報の流通、電子的迷惑通信
名誉、信用の保護中傷、不法な比較広告
知的所有権ソフトウェア、音楽等の著作物の無断頒布

  【参考】
 具体的に選択肢を挙げて、インターネットにおいて何らかの対応策が必要と思われる 問題について尋ねた結果、利用者調査では以下のような順であった(複数回答)。
 ネットワーク上の詐欺(63.5%)
 取引に関する誇大広告、虚偽広告(48.1%)
 他人を中傷する情報の流通(44.5%)
 無断転用等の著作権の侵害(42.4%)
また、一般調査では以下のような順であった(複数回答)。
 他人を中傷する情報の流通(73.3%)
 ネットワーク上の詐欺(66.5%)
 わいせつ情報(66.5%)
 取引に関する誇大広告、虚偽広告(60.3%)

3 インターネット上の情報流通に関する論点
 インタ−ネット上の情報流通に関しては、表現の自由や通信の秘密の保護の観点から 規制すべきではないという意見、他方、違法又は有害な情報の流通の禁止やプライバシ −保護の観点から規制を求める意見があるが、当研究会では以下のようにインターネッ ト利用に関する論点を整理した。
(1) インタ−ネットに対する現実社会のル−ルの適用
 インターネット上で展開される仮想社会は、現実社会から切り離された特別の空間 であり、現実社会のルールが及ばないとする意見もある。しかしながら、仮想社会と いっても現実社会とのリンケージなく捉えることは不可能であり、インターネット上 の情報の流通に対しても、現実社会のル−ルは当然適用されると考えられる。具体的 には、現実社会で違法なものは、インターネット上の仮想社会でも違法であるという べきである。
 諸外国においても現実社会のルールがそのまま適用された例が見られる。アメリカ では、パソコン通信上で州を越えてわいせつ画像を流通させた者に対し、わいせつ物 頒布罪等を適用して有罪とした連邦控訴裁判所の判例、イギリスではインターネット 上に男児のわいせつ画像を掲載した神父が懲役6年の実刑判決を受けた例がある。
 なお、具体的な現行法の適用に当たっては、例えば、刑法175条の「わいせつの 文書、図画その他の物」に、有体物ではない「わいせつ情報」そのものが該当するか 等様々な問題点が指摘されている。このような現行法の適用上の問題や現行法制度の 再検討を行うことも今後の課題である。
【参考】
 EU委員会報告の序論においても、「インタ−ネットでの『違法なコンテントの流 布』については、『既存の法律を確実に適用するのは、加盟国の責任』であることが 明確である。『オフラインで違法なものは、オンラインでも違法であり』(What is illegal offline remains illegal online) 、既存の法律を執行するのは、加盟国の 責任である。」と述べられている。
 また、利用者調査においても、ほとんどの意見が刑法、民法をはじめとする現行法 の規制がインターネットに及ぶことを前提としており、インターネットに現行法の規 制が及ばない旨を明確に述べた意見はなかった。
(2) インタ−ネットの法的位置づけ
 情報を伝達するメディアは、歴史の一定の段階で発明され、それぞれ独自の歴史を 歩んできた。それとともに、それぞれの時代においてそれらに対応する法的枠組みが 形成されてきた。今日、主要なメディアとなっているものは、歴史的には、印刷・出 版、通信、放送の順に登場し、それらに関する法が発達してきた。近年の情報通信技 術の発達により、これらのメディアは、競合・融合化の方向にあるが、そのような中 で新たにインタ−ネットが登場してきた。
 インタ−ネットは、公衆網や専用線を用いた通信形態の一種であり、プロバイダ− も、第一種電気通信事業者又は第二種電気通信事業者であるので、電気通信事業法を はじめとする通信法体系によって規律されている。
 他方、インタ−ネットにおける情報を見ると、電子メールのような特定人の間の通 信のみならず、ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)のホームページのように不特定 多数の利用者に対する情報発信、ネットニュースのような不特定多数の利用者間の反 復的な情報の受発信等、発信者が情報内容を一般に公開することを意図している場合 がある。そこで、インタ−ネットの有する情報提供形態に着目すると、現行の通信・ 放送の法体系とは別に、「公然性を有する通信」といった第三のカテゴリ−を設ける 必要があるという意見がある。
【参考】
 「電子情報とネットワ−ク利用に関する調査研究会」報告書(平成6年6月)に おいては、パソコン通信に関して、「電子掲示板及びフォ−ラム・SIGのように、 個人が自由に情報の送受信を行えると同時に、1対1の情報の送受信を行う電話と は異なり、公然性を有するサ−ビスにおいて発生している課題について検討を行う」 とし、「公然性を有する通信」という概念が用いられている。
 また、「21世紀に向けた通信・放送の融合に関する懇談会」報告書(平成8年 6月)においても、「公然性を有する通信」の概念が用いられており、「従前、公 然性を有する電気通信は、公衆に対する情報発信として、主として放送と位置づけ られてきたが、近年、それ以外にも新たに公然性を有する電気通信が出現している。 すなわち、情報発信力の向上、情報蓄積の高度化等により、パソコン通信の電子掲 示板、インタ−ネットのホ−ムペ−ジ等通信としての基本的特性は有しながら実質 的に通信内容の秘匿性がない、いわば、『公然性を有する通信』が登場している。」 としている。

(3) インタ−ネットにおける通信の秘密の保護
 通信内容の秘密
 従来、インターネット上の情報については、電気通信事業法が保障する通信の秘 密(4条)として保護されてきた。電子メールのような特定人に宛てた通信につい ては、電話による通信と同様に、通信内容の秘密が保護される必要がある。しかし ながら、インタ−ネットのホ−ムペ−ジのような「公然性を有する通信」について は、発信者が不特定多数の者に対して通信内容を公開することを前提としているの で、発信者には通信内容を秘密にする意思がない場合が多いと考えられる。
 そこで、インターネットの利用形態に着目して、通信内容にどこまで秘密性を認 めるべきか検討する必要がある。
 発信者の匿名性
 電気通信事業法の通信の秘密については、通信内容ばかりでなく発信者の氏名等 一定の範囲の外延情報についても保護の範囲に含まれると解されている。インター ネットにおいても、発信者の氏名、発信地等は通信の秘密に属する事項であると考 えられる。また、今後「公然性を有する通信」という概念を導入し、通信内容につ いては公開されたものと考えるとしても、発信者の住所・氏名等の通信の構成要素 は秘密であるとする考え方もある。
 インタ−ネットの利用者は、通常、ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)のホー ムページの発信者名、ページのアドレス(URL)、電子メールやニュース・グル ープのアドレスによって特定される。しかし、これらを匿名で利用することも可能 であると指摘されている。
 一般に匿名による発信を許容することは、個人の情報発信の自由を確保すること に役立つと考えられる。例えば、社会的弱者や少数者が、多数者による圧迫や制裁 を回避して、意見表明の機会を保障するためには、匿名による表現は有用である。 しかし、匿名による表現が濫用されると、無責任な情報発信が助長され、個人の情 報アクセス権や自由で的確な世論の形成を阻害する要因となる可能性がある。特に ホームページ等によって、不特定多数の者に対して情報を発信する場合、情報自体 は公開されていることやその影響力の大きさにかんがみると、匿名による表現の自 由は制約されてもやむを得ないという意見もある。
 今後、発信者の匿名性について、インターネットの利用形態に着目した保護の在 り方を検討していく必要がある。また、例えば、匿名による表現によって、名誉を 毀損された者が発信者を特定することを可能とする手段を設けること等、具体的な 利益衡量によって、発信者の匿名性を制限することの是非についても検討する必要 がある。
【参考】
利用者調査及び一般調査においても、発信者の匿名性に関する意見があった。

(4) インターネット上の情報流通に関するルール化と表現の自由の保障
 インタ−ネット上の情報流通のル−ル化を検討する際、特に注意しなければならな いのは表現の自由の保障との関係である。
 一般に、インタ−ネット上の情報流通についても表現の自由が保障される。これを 前提として、自由な情報の流通と名誉・プライバシ−の保護、青少年保護等他の利益 の保護とのバランスをどのように図るかが重要である。すなわち、インターネット上 の情報流通における表現の自由は、無制限に認められるものではなく、他の人権の保 障と同様に、他の利益との関係で必要最小限の制約を受ける。表現の自由が保障され る場合と制約される場合との間に、一般的基準を設けることは容易ではない。したが って、具体的なル−ル作りに当たっては、個々の課題に即して、どのような保護法益 に基づき、どのように対応するかについて、社会的なコンセンサスを得ながら進める ことが重要である。
 また、インタ−ネットの場合、情報が国境を越えて流通することから、国内的なコ ンセンサスのみならず国際的なコンセンサス作りが不可欠となり、問題がさらに複雑 化している。
 インタ−ネット上の情報流通に対する法規制については、諸外国において、憲法上 の問題が発生している。アメリカでは、平成8年(1996年)2月、1996年電 気通信法502条によって改正された1934年通信法223条(以下「改正通信法 223条」という。)に、インタ−ネット等における特定の情報の流通を規制する規 定を設けた。これに対し、アメリカ市民自由連合(ACLU)を中心とした市民団体 や大手パソコン通信事業者等は、改正通信法223条のうち、「下品な(indecent)」 及び「明らかに不快な(patently offensive)」情報を規制する条項が憲法修正1条 (表現の自由)に違反するとして提訴した。ペンシルベニア州東部地区連邦地裁は、 6月11日、「下品な(indecent)」及び「明らかに不快な」(patently offensive) というう文言は、明確性に欠け違憲であるとして、執行を一時的に差し止める決定を 下した(注)。司法省は、7月2日、この連邦地裁決定を不服として、連邦最高裁に 上告した。また、ニュ−ヨ−ク州南部地区連邦地裁も、7月29日、同条項の執行を 差し止める決定を下した。連邦最高裁は、平成9年(1997年)初めから審理を開 始し、判決は夏頃になる見込みである。
 我が国では、インタ−ネット上の情報流通の在り方について、まだ本格的議論が開 始されたばかりであり、新たな法律による規制に関しては、今後、諸外国の動向を引 き続き注視し、慎重に対処すべきであると考えられる。
(注)同条項は、規制の対象となる情報として、「下品な(indecent)」、「明らかに 不快な(patently offensive)」のほかに、「わいせつな(obscene )」、「淫らな (lewd)」等を挙げているが、「indecent」、「patently offensive」以外の部分 については、そもそも訴訟の対象となっておらず、憲法違反の問題は指摘されてい ない。
(5) インターネット上の情報流通に関する具体的ル−ル化の問題点
 インターネット上の情報流通について具体的ル−ル化を検討する場合、前述したよ うに表現の自由の確保との関係があり、制約が許容される具体的基準を定めることは 容易ではない。また、インタ−ネットは全世界規模のネットワークであることから、 国際的な基準を作成する必要があるが、わいせつの定義一つをとっても、各国の文化 ・歴史によって異なることを考慮すると、基準を作成することには困難がある。
 したがって、具体的にル−ル化を検討する場合、どのような情報を対象とすべきか を明確にする必要がある。その際、「刑事処罰の対象となるか又は民事上不法行為を 構成する等の違法な情報」と「違法の程度に至らない有害なコンテント」に区別して 議論する必要があると思われる。
 何が違法なコンテントに該当するかは各国の法制度によって異なる。したがって、 ある情報について、国内でも諸外国でも違法、国内では違法であるが一部の国では合 法、あるいは国内では合法であるが一部の国では違法といった法制度の比較検討、実 際の裁判例の比較検討を行うこと等を通じて、各国共通の最低基準を構築する等、国 際的な連携や協力を確保することが最大の課題である。
 例えば、幼児ポルノについて、欧米諸国では、児童虐待の一類型であり子供の人権 に対する重大な侵害と考えられている。英米では、従前から一般のわいせつ物頒布罪 に加えて、幼児ポルノの頒布等を独立した犯罪として処罰している(注1)。また、 他のヨーロッパ諸国でも、スウェーデン、ベルギー、ドイツ等で既に幼児ポルノの頒 布を処罰する規定を設けているほか、最近発生したベルギーの幼女誘拐殺害事件を契 機として幼児ポルノの取締りについてコンセンサスが形成されている。平成8年(1 996年)8月には、ストックホルムで「子供の商業的性的搾取に反対する世界会議」 が開催され、「宣言」及び「行動計画」が採択された。
 これに対し、我が国では、現状では、幼児ポルノを単なる性風俗と考えており、幼 児虐待、子供の人権侵害という認識が乏しいと言わざるをえない(注2)。このよう な点も含めて国際的に意見交換する必要があると考えられる。
 一方、違法の程度に至らない有害なコンテントに関しては、表現の自由の確保と密 接に関係するとともに、違法なコンテントと比較しても、文化・歴史の違いにより、 各国の受容程度がいっそう異なる分野であることから、さらに慎重に検討する必要が ある。
(注1)アメリカでは、わいせつ物の頒布罪(合衆国法典18編1465条)に加えて、 児童の性的搾取罪(合衆国法典18編2252条)の中で、インターネット上の 情報流通を含む幼児ポルノの頒布、販売、陳列について、10万ドル以下の罰金 若しくは10年以下の懲役又はその併科に処している。イギリスでは、わいせつ 物の頒布等を規制する法律(Obscene Publications Act)に加え、児童の保護に 関する法律(Protection of Children Act )の中で、幼児ポルノの頒布、販売、 陳列を3年以下の懲役に処している。 (注2)我が国では、刑法にわいせつ物頒布罪(175条)が規定されているが、幼児 ポルノの頒布等を独立して処罰する規定はない。平成8年(1996年)9月、 在日イギリス大使館に勤務していた外交官が、日本で収集した多数の幼児ポルノ ビデオを本国に密輸入したとして、イギリスで禁固3年の実刑判決を受けた事例 がある。
【参考】
EU委員会報告においても、「違法・有害なコンテントといっても、違法(illegal) なコンテントとそれ以外の有害(harmful) なコンテントは、区別すべきである。この ように、カテゴリ−の異なるコンテントは、根本的に原則の異なる問題を提起するも のであり、法律的・技術的に極めて異なる対応を必要とするものである。・・・中略 ・・・明確に優先順位を定めて、最重要問題、すなわち、幼児ポルノグラフィ−や、 犯罪のための新技術としてのインタ−ネットの利用を取り締まる等犯罪的なコンテン トと闘うことに取り組むことに資源を結集すべきである」としている。
(6) インタ−ネット上の情報流通に関する責任と対応
 インタ−ネット上の情報流通について誰が責任を負うべきかを検討する場合、情 報発信者、プロバイダ−、情報受信者が考えられる。
 情報発信者の責任
 インタ−ネットは、前述したように、個々人が不特定多数の人に向けて自由かつ 容易に情報発信ができるという従来の新聞、放送等のメディアと大いに異なる特性 を有している。情報発信者としては、原則として、発信した情報に関する法的責任 を負うことを十分認識する必要がある。また、従来のメディア以上にインタ−ネッ トを利用する際の利用者のモラルの向上が不可欠であり、社会的にコンセンサスが 得られた基本的ル−ルを遵守する意識を一人一人の利用者が持つことが重要である と考えられる。
 プロバイダ−の責任
 多くのプロバイダーは、利用者との契約約款等において、公序良俗に反する行為、 他人を誹謗中傷する行為等に対し、プロバイダーによる警告、情報の削除又は利用 の停止がありうる旨を規定している。特定者間の通信では、通信の秘密の保護の観 点から、電気通信事業者が通信内容に関与することは許されないが、「公然性を有 する通信」では、通信内容は公開されたものとの考え方をとれば、こうした約款に 基づくプロバイダーの対応も違法な情報の流通に対する一つの有効な対策として評 価することができる。プロバイダ−の責任に関しては、「違法な情報の存在を知り ながら一定期間放置した場合、情報発信者の犯罪の幇助罪に問われる可能性がある」 (刑事責任)、「一定期間放置した場合、故意又は過失が認められれば、被害者に 対して損害賠償責任を負うことになる」(民事責任)との見解がある。
 いずれにしても、違法な情報の流通に対して自主的に対応したプロバイダーが、 情報内容を放置したプロバイダーに比べて、かえって重い責任を負うことにならな いよう留意する必要がある。アメリカにおいては、プロバイダーの責任について、 改正通信法223条において、違法な情報であることを知りながら許容した場合の 刑事責任を規定する反面、未成年者によるアクセスを防止するための適切な措置を 誠実に執った場合等は刑事責任は免れるとの規定、さらに、わいせつ性、暴力性等 があり、好ましくないと判断した情報へのアクセスを、誠意をもって自主的に制限 しても、その情報が憲法上保護すべきものか否かにかかわらず、責任を問われるこ とはない等の民事責任の制限の規定を設けている。我が国においても、このような 立法例を参考としながら、検討していく必要があると考えられる。
 情報受信者の対応
 発信者の表現の自由を尊重しつつ、受信者の適切な情報選択の機会を確保するこ とが重要である。他方、自己が嫌悪する情報を遮断する自由も尊重されなければな らない。今後、家庭のみならず、全国の小中学校がインタ−ネットで接続される場 合、児童・生徒が、インターネット上のわいせつ情報等特定の情報にアクセスする ことを防止するために、受信者側で選択的に特定の情報をブロックするフィルタリ ング・ソフトウェアを活用すること等が考えられる。