第1部 情報通信の多面的な展開



第2節 情報通信分野の課題と対応

 世界的な大競争時代を迎えており、一大変革期にある情報通信分野が今後一層の発展を遂げるためには、以下の諸課題への対応が必要である。
 本節においては、情報通信分野を展望し、課題と対応について述べる。

(1) 情報通信産業の展望

 ア 成長牽引役としての情報通信産業
 現在、我が国の経済は、従来型の基幹産業が成熟し、新たな成長の牽引役を担う産業を待望している状況にある。
 情報通信産業の設備投資額は、移動通信産業を中心に拡大を続けており、バブル期以降の日本経済を支えてきた。さらに、情報通信産業は、1997(平成9)年12月に閣議決定された「経済構造の変革と創造のための行動計画」において、「新たなリーディング産業を形成していくものと予想される。」とされているように、成長の牽引役としての役割を担うものと位置づけられている(資料2)。
 1996(平成8)年度の通信・放送産業の設備投資実績は4.9兆円であり、全産業に占めるシェアは11%とリース業を除き産業別で第一位となっており(資料3)、実際上も、産業全体の設備投資の牽引役としての役割を果たしているといえる。また、一方で、新聞、出版等の活字媒体や、直接対面によって行われてきた医療、教育等の分野においても、ネットワークを活用した新たなビジネスの萌芽が見られる。
 情報通信産業の今後の展望としては、「情報通信21世紀ビジョン」(電気通信審議会答申、1997(平成9)年6月)」(以下「ビジョン21」と言う。)において、情報通信分野の市場規模は2010(平成22)年には約125兆円にまで拡大する(1995(平成7)年では約29兆円)と見込まれている(資料4)。
 また、他の産業分野においても、情報通信の広範かつ効果的な利用により、生産性の顕著な向上とコストの削減が期待できることから、その活用方策が重大な検討課題となっている。

 イ 情報通信産業の構造
 情報通信産業は、端末、ネットワークのような情報通信基盤の上に、アプリケーション(具体的な利活用形態)、それを円滑かつ効果的に利用するために不可欠な基礎的機能、コンテントという重層構造になってきている。そして、これからの競争環境の変化の中で、水平的あるいは垂直的方向での企業の合併・提携・参入が活発化してくると考えられる。


図1.1 情報通信産業の構造

 こうした動きの中で、ネットワーク機能を中心とした情報通信産業の動勢、あるいは収支状況や設備投資額といった経済的要素について、統計的に正確に把握し、他の産業分野や国民経済に及ぼす影響等について、定量的に分析していくことが必要である。
 また、これらの情報通信産業からサービス提供を受けて情報化を進めている他の産業分野や個人事業者の情報通信活動、ネットワーク機能を活用した電子商取引等についても、その形態や規模、情報通信ネットワークの利用度合い、ネットワークを流れるコンテント情報の生産、流通、販売などの実態について、統計で的確に把握・分析できるようにすることが、我が国産業経済全体を展望する上でも重要になってくる。
 情報通信分野の中でも放送においては、以上のような産業的な側面のほか、視聴者とともに放送文化を発展させていくマスメディアとしての総合放送としての公共性と、デジタル化などの技術革新の成果を活用した新たなサービス展開をどう調和させていくかという課題がある。

 ウ 他分野への広がり
 今後、様々な社会経済活動が情報通信と関係を深めていくと考えられるが、一般に社会経済活動は、情報の流通を中心とし情報通信により代替される部分が大きい活動(情報通信代替型活動)と物理的活動を中心とし情報通信により代替される部分は限られる活動(情報通信非代替型活動)に分かれる。また、分野的にも教育、金融、マスコミ・出版等のように情報通信に代替される部分が多い分野と、農業、製造業、建設業等のように少ない分野に分かれる。
 情報通信の発展の成果を取り入れることにより、情報の流通を中心とする諸活動は飛躍的に変わりつつあり、今後とも一層の効率化が進むであろう。物理的な活動が中心となる場合においても、例えばCALS(生産・調達・運用支援統合シテム;(注))のように、情報通信は効率や生産性を高める効果があることに留意する必要がある。
  (注) CALS
 文書データ、取引データ、図面データ及び製品データの標準化を行い、調達側と供給側で情報通信を利用してデータのやり取りを円滑化することにより、開発期間の短縮、品質向上、コスト削減等様々な効果を目的とするものである。その概念も徐々に拡大してきており、何の略記であるかについても数度の変遷を経て、最近ではCommerce At Light Speed(光速の商取引)の略とされている。

(2) 分野別課題と対応

 ア 情報通信基盤の整備等
 光ファイバ網、衛星通信、放送のデジタル化等の情報通信基盤の整備は、今後、情報通信に関連した産業の市場規模を拡大し、多くの新規事業を創出しうるものである。このような情報通信基盤の早期整備は、成長の牽引役としての役割を強めるだけでなく、人間の知的生産活動の活性化を通じ、今後の我が国における豊かな国民生活を実現する上での重要な鍵となっている。したがって、情報通信基盤の計画的な整備に向けて、政府の積極的な役割が検討されるべきである。
 特に光ファイバ網は、経済・産業の社会資本のうち、積極的に整備を推進すべきものの第1位とされており(資料5)、我が国の経済社会活動に不可欠なものとなることが予想される。
 しかし、光ファイバ網の整備は、相当多大な投資を伴うため、早期の整備に向けて施策を強力に推進する必要がある(注)。従来の民間部門の整備の支援を継続するとともに、政府自らが先導的利用者となるなど公共分野等における大規模な需要喚起なども行うことが有効である。
  (注) 光ファイバ網の整備については、「高度情報通信社会推進に向けた基本方針」(高度情報通信社会推進本部1995(平成7)年2月21日決定)」等において、その整備目標として、2010(平成22)年を念頭において早期の全国整備を目指す旨を政府の方針として明確化している。そして、「21世紀を切りひらく緊急経済対策(1997(平成9)年11月18日、経済対策閣僚会議)」 においては、「全国整備の2005(平成17)年への前倒しに向けて、できるだけ早期に実現できるよう努力する」とされている。

 こうした光ファイバ網やデジタル技術の急速な進展等を背景に、多様で高度な利用システムの実現が予想される。
 この際、宅内に様々なサービスが導入され、配線が複雑になることなどから、宅内の各種システムをネットワーク化し、より高度化・効率化する「宅内の高度情報化」を推進する必要がある。
 また、現行の放送は、国民の日常生活に必要な基本的情報を提供するという重要な役割を担っており、放送のデジタル化は、国民生活に多くのメリットをもたらす一方、その導入コストについては、1兆円弱との試算もあるところである。これらのことから、デジタル化が国民全体の利益となって普及が進展するよう、円滑な導入について配慮する必要がある。
 そして、情報通信基盤の整備については、全国的に均衡のとれた発展をするため、国としても地域間における情報格差が生じないような措置を講ずべきである。

 イ アプリケーションの開発・普及
 情報通信の具体的な利活用形態である各種アプリケーションは、 高度情報通信社会での国民生活や企業活動の諸分野において、多大な利便性を提供し効率化を進めるとともに、また様々な新規ビジネスを生み出す可能性があることからその開発・普及は極めて重要な課題である。
 アプリケーションの開発・普及を円滑に進めるためには、まずそのアプリケーションに関する様々な需要を的確に把握することが重要であり、このための調査や実証実験の推進、先進的モデル都市の構築等の積極的な施策が必要である。
 ネットワークを介した様々な情報の提供が進む中、生活に密着した情報の提供の視点も重要であり、時刻表、地図情報、人材情報、図書館情報等の提供・高度化がその例として考えられる。
  先導的利用者としての政府・自治体
 行政分野の情報化は、国民にとって利用しやすい公的手続・充実した公共サービスを提供し、行政過程全体を簡素化・効率化することが期待される。また、政府自体が経済活動の主要な主体であることから、自ら先導的な利用者として、個人情報の保護等に十分留意しつつ、電子情報提供、電子調達、電子申請等の導入に努力し「電子的な政府」を実現していくことは、我が国社会全体の情報化推進の起爆剤とする上でも重要である。また、各種投票の電子化も検討すべき課題であり、医療・福祉等の国民生活に関する公共分野の情報化についても、政府・自治体が先導的な利用者となって進めるべきである。そして、教育の情報化ついても、現在のインターネットに関する教育の一層の充実を中心として進めるべきである。
  民間部門の情報化への支援
 民間部門のアプリケーションの開発・普及においては、民間の創意工夫に依ることが基本的であるが、民間企業による開発・普及の動機付けが働かないものについては、公共部門の積極的な支援が必要である。

 ウ コンテント振興
 メディア及びチャンネルの多様化が急激に進展する中で、コンテント(情報資源)への需要もこれに伴って増大している。新しいメディアの発展には、良質のコンテントの十分な供給が不可欠であることから、これからの情報通信の発展においてコンテント振興が極めて重要な課題となっている。
 また、コンテントは、今後の我が国の発展のための知的資源として、文化的・経済的に重要な意義を有すると考えられる。
 コンテント産業は、映画、出版、新聞、雑誌、ラジオ、テレビ、音楽、ゲームソフトなど様々な分野に分かれるが、一つのコンテントを通信・放送分野に限らず映画、新聞、出版、音楽等の分野をはじめとする様々な分野で相互利用する形態が広まりつつある。最も典型的な例として、劇場映画については、ビデオ、衛星放送、ケーブルテレビ、地上波放送等の各メディアによって広く利用されている。
 また、国境はもちろんのこと言語の壁をも越えてコンテントの流通が進展しており、メディア及びチャンネルの多様化によって提供されるコンテントに対する需要の高まりとともに、コンテン   トを取り巻く環境変化が、コンテント産業分野における、メディア間の相互参入や国際的な展開を加速している(注)
  (注) 米国の映画会社であるウォルト・ディズニー社は、テレビ3大ネットワークの一つであるABC社を買収することにより、自社の所有する映像コンテントの配給網の強化を図っている。また、豪のニューズ社は、衛星放送、地上波、ケーブル網等のネットワークを世界に張り巡らせることにより、自社のコンテントを世界人口の3分の2までに到達させることを可能としている。
 一方、このようにコンテントの世界的流通が進む中、ローカル化という相反する動きが生まれつつあり、今後、ローカル的なコンテントで優れたものを作ることが一層重要になってくることに留意する必要がある。
 コンテントの振興のためには以下のような課題がある。

  人材育成
 我が国では、諸外国に比べてコンテントに関する専門的かつハイレベルな教育機関、特に大学等の専門学部が不足している。(資料6)。したがって、諸外国の例を参考として、公的資金を活用したコンテント制作に係る人材育成の制度を確立する必要がある。
  新しいコンテント関連技術の構築
 次世代のネットワーク環境を先取りした先進的なコンテントの制作につながる汎用性のある関連技術等を中心に研究開発し、先導的なコンテントの制作環境整備を図っていく必要がある。
  制作資金調達制度の確立等
 コンテント制作には、一般的に、資金調達に困難を伴う中小の零細企業が携わっていることが多い。
 諸外国では、公的資金を活用した助成金の交付や、投融資等の制度を始め、政府の優遇税制による投資会社の設立による民間資金の導入等も行われており、多様な資金調達方法が存在している(資料7)。
 我が国においても、公的資金を活用した資金調達制度の整備のほか、収入の一部を損金経理の方法によって積み立てる準備金制度等の税制支援について検討するなど、個々の条件に合った多様な資金調達方法の確立が望まれる。

 以上のような課題のほか、コンテントに係る権利処理の円滑化を図るため、権利処理体制全般について整備を行ってゆく必要がある。

 エ ベンチャー企業の振興による市場の活性化
 情報通信分野における急速な技術革新によって、多様なベンチャー企業が出現している。米国では、情報通信分野において毎年多数のベンチャー企業が誕生しているが、店頭銘柄気配自動通報システム(NASDAQ;(注))市場の店頭時価総額の上位に占める割合が高い。また、米国の情報通信分野のベンチャー企業は、経済活性化の牽引車となっていると同時に、大企業から生じる失業者からの雇用や産業構造の転換にも寄与している。ベンチャー企業が米国で多く誕生している背景としては、起業に対して一般的に社会的評価が高く、敗者復活の可能な社会的土壌が存在することも大きい。
  (注) NASDAQ(National Association of of Securities Dealers Automated Quotation)
米国の店頭市場で、銘柄の売買に関する情報を自動表示するシステム
 我が国においても、国民の意識改革により、起業に対する価値観を高め、ベンチャー企業が生まれやすい環境を育てていくとともに、ベンチャー企業によって新規事業の創出、発展が図られるよう、制度的な支援を行う等、国家的にベンチャー企業の振興を図る必要がある。
  ストックオプション制度の活用
 創業・発展期にある企業における優秀な人材確保、勤労意欲の向上には、ストックオプション制度(会社の役員や従業員に対して、将来株価が上昇しても、あらかじめ定めた価額で自社の株式を購入することができる権利を付与する制度)の活用が有効である。
 我が国においてはこれまで情報通信分野の新規事業を対象とした法律等の認定企業のみ認められていたものであるが、1997(平成9)年度の商法の一部改正により一般の企業にも認められたところである。本制度が活用され、情報通信分野のベンチャー企業に優秀な人材が集まることが期待される。
  税制面からの支援
 米国では、個人投資家(エンジェル)を対象に一定の条件の下、資本利得に対する優遇税制や、売却損の通常所得との損益通算を可能にする等、ベンチャー企業への投資を促進するための税制優遇措置が講じられている。
 我が国においても、1997(平成9)年度から個人投資家の中小・中堅ベンチャー企業等に対する投資に係る損失を3年間にわたり繰越控除を認めるエンジェル税制が措置された。
  資金調達の円滑化
 リスクの高い創業段階のベンチャー企業が、資金調達を円滑に行うための支援が重要である。民間の大企業が、ベンチャー企業の初期段階に資金協力等を行ったり、知的所有権等を対象とした担保評価手法の確立等を通じた融資の促進などを図っていく必要がある。また、投資受け入れのためにベンチャー企業自身の情報開示も積極的に進める必要がある。

 オ 技術開発の推進
 情報通信技術は、今後急激な技術革新が期待される分野であるとともに、リヨン・サミット経済宣言において「よりグローバルな経済発展と情報技術による進歩は、経済成長と繁栄の原動力である」と述べられているように、情報通信技術の発達は、今後の高度情報通信社会を実現していく上で不可欠である。
  一方、パソコン、インターネット関連技術分野において世界市場を席巻している米国等と比較して、我が国の技術開発に関しては、以下のような課題がある。
  国の研究開発
  我が国の情報通信分野の研究開発を米国と比較すると、研究開発費の政府負担額は、米国の30%程度であり(資料8)、また、この開発力の比較では、1991(平成3)年において日本が優位であったものが、1994(平成6)年にはその優劣が逆転している(資料9)。
 また、欧米各国とも、政府が中心となって情報通信分野の技術開発を積極的に進めており、米国ではHPCC計画、EUではフレームワークプログラムが実施されている(資料10)。
 このため、我が国も現在の基礎的な研究開発をはじめ次世代ネットワークの研究開発を積極的に推進していくとともに、欧米の例などを参考に基礎研究分野において国が一層の先導性を発揮しうる方策について検討する必要がある。
  産学官の連携等
  我が国では、政府から大学に対する研究開発費負担割合は米国とほぼ同程度(約1兆円(同62%))であるが、企業に対する研究開発費の負担はわずか約1千億円(研究開発費負担割合1.2%)にとどまっている。また、民間企業は、主要な研究活動を独自に実施する傾向があり、大学に対する研究開発費負担割合が3.6%にとどまっているなど、産学官の連携は米国に比べて希薄である(資料11)。
 これからの大競争時代に向けた我が国の研究開発体制の強化のためには、企業、大学、公的研究機関の産学官の連携の強化を早急に図る必要がある。
  標準化への対応
 米国では軍用技術をはじめとした国による大規模な研究開発の民間転用(資料12)と市場競争を通じてデファクト標準(事実上の標準)化を進めている。また、欧州では官民一体となって欧州標準を策定し、世界に普及させていくための取組を実施している。
 このような状況を踏まえて、我が国においても標準化を念頭に置いた研究開発を推進するとともに、企業と政府が、研究開発から得られた技術についての積極的な標準化活動の展開や、ヨーロッパで進められている地域的な活動に倣い、アジア・太平洋地域各国間における標準化関連情報の交換など標準化活動に係る協調、連携の強化を図ることが必要である。
 また、国際標準を目指したフォーラム(公開討論)活動に対する支援や、海外に普及する技術の開発を行うとともに、PHS技術の海外展開に貢献した、海外への普及促進支援機関(PHS MoUグループ:国内外の事業者、メーカ等が設立)のような組織を活用する等、政府、民間が協力して我が国の技術の普及を図ることが必要である。
  社会意識の変革、人材育成等
 我が国においては、大学生の理工系離れが進展しているとともに、理工系学生の職業意識に関して、米国と比較して、既存の企業や組織で昇進することを希望する傾向が強い。また、研究者の転職経験を比較しても、米国の7割に対して、我が国では2割にとどまる(資料13)。また、我が国においては、研究者は経験を積むとともに、現場から管理部門に異動する傾向にあるなど、日米間において社会的環境がかなり異なっていることがわかる。
 我が国の技術開発力の向上を図るためには、諸外国と我が国の研究者を取り巻くこのような社会環境の違いを十分認識し、欧米の優れた制度や仕組みの積極的な導入にとどまらず、より広い視野から人材の移動性を高めるよう日本の社会環境を変えていく取組が期待される。
 また、技術革新の著しい情報通信分野の人材育成については、大学生の理工系離れ傾向や情報通信分野の大学研究者の低比率等の点も考慮して、現在の教育制度を見直し、豊かで創造的な発想を備えた人材の育成を図ることが重要である。
 さらに、我が国の研究開発力の強化を図るため、国境を越えて世界中から優秀な研究者を確保するという視点も重要になってくる。

 カ 国際化への対応
  我が国からの情報発信力の向上
 我が国からの情報発信で、海外でも高い評価を得ているものは、アニメーション、ゲームソフト、漫画本が中心であり、全体としては、我が国からの情報発信は十分とはいえない。
 また、衛星デジタル多チャンネル放送の積極的な展開等、放送の国際化が進展する中で、我が国の放送番組では、NHKの音声国際放送、映像国際放送、NHKテレビ番組の全世界に向けた配信、民放テレビ番組のアジア地域等に向けての配信等が行われている。例えばJET(Japan Entertainment Television)は、衛星を利用して我が国の地方局を含めた民放の番組ソフトを、アジア・オセアニアの10ヶ国・地域向けに、日本語、中国語、英語及びタイ語により放送を行っている。
 さらに、郵政省では、海外への情報発信の推進事業として、現在、(財)放送番組国際交流センター(JAMCO)における放送番組の翻訳事業を支援するとともに、アジア地域における放送番組国際共同制作ワークショップを開催している。
 しかしながら、国内衛星通信市場が開かれていない国、宗教上の理由で道徳的価値について規律が厳格な国、歴史的経緯から日本語放送を禁止する国等、我が国から情報発信を行う上で障害となってくる規制も各国に存在する。
 今後、各国の文化、言語、宗教等へ配慮しつつ、映像国際放送や番組配信の充実など、我が国からの情報発信力の向上を図っていく必要がある。そのための環境整備として、各種言語による放送番組の量的・質的充実や、各国の需要を考慮したコンテントの制作、国際共同制作の一層の推進等が考えられる。特に、映像国際放送は、国際相互理解に効果的かつ重要であると考えられ、この各種言語による放送についても充実を図る必要があるが、このような放送番組の充実にあたっては、人材の確保や経費の問題などの課題がある。
  我が国のアジアにおけるハブ(情報集散拠点)化の推進
 世界各国のインターネット通信は米国に集中していることから、アジア各国から日本経由で米国との通信が行えるよう日本と韓国、台湾、シンガポール等との間の回線設置を一層促進するなど、インターネットのアジアにおける情報集散拠点化を推進し、日本発着通信量の増大、通信料金の一層の低廉化という好循環の仕組みを構築することが望ましい。
 このような情報集散拠点化を推進するためには、通信料金の低廉化のみならず生活・物流コスト等の日本全体の低コスト化も重要であり、引き続き検討を進めるべき課題である。
 我が国とアジア・太平洋地域との結節点という地理的特性を有する沖縄県において、所用の財政・金融上の支援措置を講ずることにより、光ファイバなどの情報通信基盤の整備、この上に展開する先進的アプリケーション、コンテントの振興・集中等を行う「マルチメディア特区構想」が推進されている。
  国際協力
 現在、先進国のみならず開発途上国の多くでも情報通信基盤整備計画が策定されているが、通信の双方向性にかんがみ世界全体として均整のとれた形で情報通信基盤の整備が行われることが重要である。
 開発途上国における情報通信基盤の整備はこれまで主に公的資金により行われてきており、我が国も政府開発援助(ODA)を行ってきた。しかし、近年、情報通信基盤整備計画の中でBOT(Build-Operate-Transfer)方式等により、民間主導で行われるものが増加している。政府としても、支援策を検討することが重要である。
 また、1995年2月の「G7情報社会に関する閣僚会議」においては、世界的な情報基盤整備のための原則と、その具体的行動としての11の国際共同計画が合意された。そのうち、例えば電子図書館に関する計画においては、多数の市民がネットワークを通じて利用できる全世界的な電子図書館システムの構築に向けて、各国における図書館関係の電子化計画等の調査を日仏の主導により実施しているところである。今後もこのような世界規模の共同計画を積極的に推進すべきである。
  国際化に対応した環境整備
 国際的な事業の合従連衡や世界的規模での競争の流れ(資料14)の中で、情報通信産業は今後の経済成長を牽引する重要な戦略的産業であるという認識の下、欧米各国では、国際戦略を構築している。
 国境を越えた市場の拡大に対応した競争環境を整備するため、世界貿易機関(WTO)、経済協力開発機構(OECD)等の国際機関において取組が行われている。WTO基本電気通信交渉は、音声電話等の基本電気通信サービスに関し、国際的な競争促進を通じて、料金の低廉化やサービスの多様化を図るための自由化の枠組みを確立することを目的として行われ、1997年2月15日に合意が成立し、1998年2月5日発効した。今後、各国は、本合意に基づき着実に自由化を進め、競争の一層の促進を図る必要がある。
 今後とも世界市場の一層の自由化を促進するため、我が国において、事業者間の公正有効競争を確保しつつ、国際公専公接続の完全自由化による競争の活性化等の競争促進政策を積極的に展開するとともに、諸外国に対しても透明、公正かつ競争促進的な市場環境の整備について積極的に働きかけを行っていく必要がある。
 また、中軌道周回衛星(MEO)、低軌道周回衛星(LEO)を利用した全世界的な衛星パーソナル移動通信サービス(GMPCS)等国境を越えて全世界を網羅する情報通信手段も進展している。このようなメディアの計画には我が国の企業も積極的に参加しているところであるが、技術面の協調だけではなく行動規範の協調も重要な要素である。また、各国の法制度の整合性も必要であり、我が国としても国際電気通信連合(ITU)において現在進行中の、衛星携帯電話端末の越境利用を可能とするための覚書の作成作業など国際的政策協調に貢献すべきである。

 キ 地球環境問題と情報通信
 地球温暖化やオゾン問題等の地球環境問題は、人類の生存基盤を脅かす深刻な課題であり、様々な国際会議が開催され議論されている。1997年12月の「地球温暖化対策京都会議(COP3)」では、CO2等の温室効果ガス削減の数値目標等が盛り込まれた京都議定書の採択等の取組がなされている。
 このような環境問題との調和を図り、持続可能な成長を実現させていくためには、以下のように情報通信を活用し、環境への負荷を低減した新たな社会経済の仕組みを構築していくことが重要である。
  環境問題への理解と参加の促進
 地球温暖化など地球環境問題を現実感をもって伝え、世界の人々の理解と認識を高めることが対策の第一歩である。この課題に対し、米国ゴア副大統領は早くからインターネットの活用に着目し、世界の子供たちが観測したデータをインターネットで集約し、分析・処理を加え最新の地球環境映像を復信する「GLOBE計画(環境のための地球規模の学習及び観測計画)」を1994年に提唱し、この計画に1998年3月現在、我が国を含め(注)世界60以上の国が参加している。
 地球環境問題への対応には、このようなインターネット等の情報通信ネットワークを活用した環境情報の提供・交流により共通認識を深め参加の機運を高めることが重要である。また、温暖化シミュレーションなど効果的な教育・啓発や、開発途上国への環境対策技術の移転を図るためにも情報通信ネットワークを有効に活用していく必要がある。
  (注) 我が国においても、教育現場において、生徒が様々な環境の測定とネットワークを通じた環境問題への世界的貢献を体験的に学習するという取り組みが見られる。
  環境への負荷の少ない循環型社会経済に向けた変革
 情報通信がもつ時間と空間を超越するという機能を活用することにより、人の移動や生産流通活動の効率化、交通流の円滑化、資源再利用の促進等を通じて環境と調和した循環型の社会経済の仕組み・生活様式を実現していくことが期待できる。
 このため、情報通信手段を活用して在宅しながら勤務するテレワーク(遠隔勤務)の世界的普及、高度道路交通システム(ITS)の開発・普及等を推進するとともに、循環型社会に必要な資源再利用の基盤となる情報通信システムの開発・普及を図る必要がある。
 また、環境負荷低減をより効果的に発揮するため、省資源、脱紙利用等の視点を踏まえた機器やシステムの開発も重要である。
 なお、その際、社会経済活動の情報化がもたらす活動量の誘発効果など負の側面も考慮する必要がある。
  光・電波を活用した環境計測
 最新の情報通信技術を活用した遠隔計測技術は、大気、海洋、河川等の全地球的な環境計測の他、野生生物の研究、森林開発の監視等に貢献しており、これらの技術の一層の活用が必要である。
  地球環境の計測、研究ネットワークの構築
 国際的、学際的な協力が不可欠な地球環境の観測と研究を効率的に推進していくためには、世界の研究機関を情報通信ネットワークで結び、容易に情報の交換、分析、発信ができる協調型の仮想研究所(マルチメディア・バーチャル・ラボ)の構築が必要である。

 以上のような効果を実現していくためには、関係省庁との連携や国際的な連携を進め、あらゆる社会経済活動の基盤となっている情報通信の高度化を一層推進していく必要がある。
 地球環境保全をさらに進めていくためには、1997年6月の「国連環境特別総会」や、同年12月のCOP3等の国際会議でおこなったように、今後とも我が国から世界に向けて情報通信の機能の積極的な活用方策を提案していく必要がある。
 また、広く世界市民全体が参加する開かれた国際会議という考えのもとに、インターネット技術を駆使した事務局直接の広報手段の確保を図るため、CC:INFO計画がCOP3において実施された。我が国においては民間企業から成る「日本COP3情報支援システム推進協議会(CCIJ)が設立され、官民協力のもとに会議運営に多大な貢献を行った。今後ともこのような取組を促進することが必要である。

(3) 通信・放送の融合

 ア 状況と考え方
 19世紀に登場した電気通信は、伝送容量や技術的制約を伴いながら、情報活動の中で一定の役割を果たしつつ発展してきた。電気通信の中で、テレビに代表されるように、「公衆によって直接受信されることを目的とする」電気通信の送信を「放送」と位置づけ、それ以外の電気通信と区別して制度化したものである。
 しかし、その後の技術革新により、いわゆる「通信・放送の融合」現象が進展してきている。
 「通信・放送の融合」とは、通信と放送がサービス、事業体、ネットワーク、端末の各面で生じている次のような現象、   通信と放送の中間領域的サービス(注)のような「サービスの融合」
  同一の伝送路を通信にも放送にも使えるという「伝送路の融合」
  ケーブルテレビ事業者が通信サービスも提供するなどの「事業体の融合」
  テレビ受信機を利用したインターネット端末のような「端末の融合」
などを指して呼ぶことが多い。
 これらの側面は互いに関連性はある(は特に密接に関連する)が、それぞれ性質が異なっており、対応の方法も異なるものもある。いわゆる「融合」の問題を論ずる際には、どういう側面が対象となっているのかを明らかにしておくことが重要である。
  (注)通信・放送の中間領域的サービス
  例1: パソコン通信の電子掲示板、インターネットのホームページ上で動画像・音声を提供するいわゆる「インターネット放送」等、通信としての基本的特性は有しながら実質的に通信内容の秘匿性がない、いわゆる「公然性を有する通信」
  例2: VICS(Vehicle Information Communication System:道路交通情報通信システム)におけるFM多重放送等、放送としての基本的な特性は有しながら、限定された視聴者に対してのいわゆる「限定性を有する放送」
 例えば、中間領域的サービスにおいて、専門放送については、番組審議機関の設置義務等、従来からの放送に対する規律の在り方を検討し(注1)、また、従来の放送以外の情報流通形態についても、電子掲示板やインターネットのホームページのような場合には、「通信の秘密」の特例規定の整備を検討するなどの特別な扱いが必要か否かを議論する必要が生じてきている(注2)。また、今後は通信・放送の概念についても、番組規律などとの関係で従来とは異なった観点から検討していくことが考えられる。伝送路の共用については、回線提供者と放送事業者の関係の整理(注3)、回線提供(チャンネルアクセス)の公正性(差別禁止)(注4)などの議論が必要である。このように問題となる側面により対応の方法が異なってくる。
  (注1) 「21世紀を切りひらく緊急経済対策」(1997(平成9)年11月18日経済対策閣僚会議決定)に盛り込まれている事項を措置するものとして、放送する番組の内容からみて放送番組準則に抵触するおそれが客観的かつ明白に少ないものとして具体例が示され、放送番組審議機関の設置義務、放送番組基準の策定義務及び放送番組の保存義務の適用除外の措置がなされている。
  (注2) 「高度情報通信社会に向けた環境整備に関する研究会」報告書(1998(平成10)年3月)では、融合サービスに限定した議論ではないものの、「利用者間での苦情の解決には、電気通信事業法上「通信の秘密」とされている発信者情報の開示が前提となるが、
(1) 受信者は迷惑通信の内容を了知しており、通信内容の秘密を保護するために発信者情報をも保護すべきという考えは妥当しないこと
(2) 発信者のプライバシーについては、受信者の静穏な生活という同等の価値をもつ利益を害してまで保護すべきものとはいえないことから、 迷惑通信から派生する紛争を簡易・迅速に解決するという重要な利益を実現するために必要な限度において、発信者情報を公正な苦情対応 機関に開示する立法措置をとることが考えられる」としている。
  (注3) 「通信ネットワークの放送事業への利用に関する研究会」報告書(1998(平成10)年2月)では、ケーブルテレビ事業者による通信ネットワーク利用の制度的位置付けに関し、「放送施設の管理運用責任を負うことなくケーブルテレビ事業への参入を容易にするため、
(1) 通信事業者によるケーブルテレビ事業者へのハードの提供を現行の衛星放送のような受委託制度として制度化
(2) 通信事業者によるハード提供を、通信・ケーブルテレビの共通のプラットフォームとして位置付け、これに基づく設備提供として制度化等のハード・ソフト分離の考え方について、その制度化の可否を含め検討が必要」としている。
  (注4) 例えば、米国通信法第628条では、「ビデオ番組配信における競争及び多様性の実現」を定め、同653条「オープンビデオシステム」では、番組事業者への差別を禁止し、チャンネル保有数の制限等を定めている。
 我が国においては、電気通信の自由化(1985(昭和60)年)がなされた直後からケーブルテレビネットワークを用いた通信サービスが開始され、放送と通信の中間領域的性質(注)を有するオフトーク通信(1988(昭和63)年開始)やダイヤルQ2(平成元年開始)などの一方向型情報伝送の通信サービスも開始されており、いわゆる「融合」現象は、既存の制度を前提としつつも、技術革新と事業者の意欲により既存のものに加えて新しいものが登場する形で進展してきた(表1.2)。
 最近においてはインターネットの爆発的な普及と放送のデジタル化の急速な進展を背景として、いわゆる「融合」の傾向が一層強まって来ている。こうした状況は、従来の通信・放送業を超えて出版業をはじめとする幅広い業態のネットワーク上での事業展開と参入を促すものであり、ネットワークを発展させつつ、情報通信サービスの多様化、事業形態の多様化による市場の活性化を通じて、国民の利益になるものであり、今後とも促進していくベきである。

 イ 「融合」と「多様化」
 「通信・放送の融合」を、「融合」という言葉の意味から単純に、以上の4つの類型において通信と放送が融合して全体として同一化・均質化される過程であると考えてはならない。
 実際は、以上の4つの類型において、通信と放送の区別が比較的明瞭であった従来の形態に、情報通信の高度化によって生じた形態が新たに加わってきているのであり、情報通信全体としては従来より多様化が進んでいる。
このように、いわゆる「融合」が、情報通信全体の多様化の過程の一部として進みつつあることから、規律についても、「融合」によって一元的・包括的な規律が要請される方向にあるのではなく、むしろ反対にそれぞれの特性に応じた規律が要請される方向にあると捉えるべきである。
 さらに技術革新を背景とする情報通信の高度化は、電子図書館などの世界的な規模での多様な情報の共有や、現実の経済活動をネットワーク上で行う「電子商取引」など、単なる「通信・放送の融合」を超えた展開を見せている。したがって、サービス、伝送路、事業体の各々の側面から論じられてきた従来の制度論だけでなく、第2部で述べるように、ネットワーク上での社会経済活動の実態も踏まえた議論が必要となってきている。
 OECD等の国際機関においても、いわゆる「融合」に関する議論が行われつつあるが、各国の制度的・歴史的な背景や担当行政機関等が異なることから、一カ国あるいは一機関の立場に偏った議論がなされないように配慮しつつ多角的かつ均衡のとれた議論を深めていくことが望まれる。

表1.2 我が国における通信・放送の融合への取組
サービスの融合
(中間領域的サービス)
  • 電話回線の空き時間を利用して情報センターからの地域情報等を提供するサービス(オフトーク通信)の開始(1988(昭和63)年)
  • ダイヤルQ2 サービス開始(1989(平成元)年)
  • FM文字多重波を利用した道路交通情報システム(VICS)の制度化(1996(平成8)年)
  • 「公然性を有する通信」に関するルール検討(注1)
  • 通信衛星を利用した通信・放送の中間領域的な新たなサービスに係る通信と放送の区分に関するガイドライン(1997(平成9)年12月)
伝送路の融合
  • 通信衛星を用いた放送(CS放送)について制度創設(1989(平成元)年)
     <業務認定者数76社;1998(平成10)年3月現在>
  • FM放送の周波数を利用した通信サービス(ページング)を導入するための事業化方針及び技術基準策定(1995(平成7)年)
  • 地上テレビジョンデータ多重放送(通信を利用した視聴者参加番組等)制度創設(1996(平成8)年)
     <29社;1998(平成10)年4月現在>
  • 移動通信と放送の周波数共用の技術的検討(注2)
  • ケーブルテレビ事業者による通信ネットワーク利用に関する検討 (注3)
  • 家庭内配線の高度化に関する検討(注4)
事業体の融合
(兼営・相互乗り入れ)
  • 第一種電気通信事業の許可を受けたケーブルテレビ事業者は現在37社<1998(平成10)年3月現在>

(注1) 「電気通信における利用環境整備に関する研究会」(1996(平成8)年12月取りまとめ)
「電気通信における情報ルールに関する研究会」 (1997(平成9)年12月取りまとめ)
(注2) 電気通信技術審議会諮問第55号(1998(平成10)年3月答申)
(注3) 「通信ネットワークの放送事業への利用に関する研究会」(1998(平成10)年2月取りまとめ)
(注4) 「マルチメディアホームリンクの研究開発に関する研究会」(1998(平成10)年4月取りまとめ)
電気通信技術審議会諮問第97号(1998(平成10)年6月答申予定)







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