第2部 サイバー社会の課題と展望



第1節 サイバー社会とは

 情報通信分野の環境変化(第1部)は、情報通信を活用した諸活動を発展させ、社会経済全般に大きな変革をもたらしつつあり、今後情報通信の高度化によってますますこの傾向が強められていく。このような社会変革は我が国のみならず国際的にも、人々の生活様式の変化や産業構造の変換を促進するとともに、既存秩序の再構築につながる可能性を有している。
 サイバー社会という距離と時間の制約から解放された未踏の領域が拓かれつつあるのである。
 本節においては、このようなサイバー社会の意義を明らかにする。

(1) サイバー社会の出現

 インターネットにおいては、ネットワーク上に電脳空間(サイバースペース)という仮想的な空間が観念され、その空間に仮想商店街(サイバーモール)や企業、会議室等、人々の活動の場が形成され、利用者は机上での簡単な操作で商品の購入、情報の入手、メッセージの受・発信等ができる。
 サイバー社会とは、このように情報通信の高度な利用により、距離・時間の制約を取り払い、現実社会の活動を補完、さらには代替し、全体として新しい社会経済活動が実現している社会である。つまり、サイバー社会とは、距離と時間の制約から解放された新たな領域である。

(注1)サイバー(cyber)の語源
 サイバー(cyber)という語は、生物が自らを制御する機構を機械系にとらえなおして、技術を総合的に研究する学問の分野である「サイバネティックス(cybernetics)」(この語は「舵手」を表すギリシャ語を英語読みして作られた)に由来するものである。
 「サイバースペース(電脳空間)」という言葉は、米国の作家であるウィリアム・ギブスンが1984年に書いたSF小説「ニューロマンサー」で使われたのが最初と言われている。

(注2)高度情報通信社会とサイバー社会
 「高度情報通信社会」とは、「人間の知的生産活動の所産である情報・知識の自由な創造、流通、共有化を実現し、生活・文化、産業・経済、自然・環境を調和し得る新たな社会経済システム」であるとされている(「高度情報通信社会推進に向けた基本方針」(高度情報通信社会推進本部決定(平成7年2月))。
 一方、「サイバー社会」とは、意味内容としては「高度情報通信社会」とほぼ同義であるが、高度情報通信社会のうち、ネットワーク上に展開する諸活動が現実社会の諸活動に大きな影響を与えつつある又は包摂しつつある側面を強調した表現である。


(2) サイバー社会のインパクト

 サイバー社会においては、情報活動が様々な制約から解放され、ネットワーク上での、自由かつ円滑な情報流通を可能にする環境が出現する。すなわち、社会環境のバーチャル化(仮想化)、情報の生産・発信力の向上、行動制約の克服、情報の選択範囲の拡大、高度な情報共有等の情報環境の変化が生じ、これらを通じてサイバー社会においては以下のような現象が生じる。

  個の自己実現の機会の増大
 個人における情報発信力が向上することにより、自己表現の機会が増大し、個人自らが新たな価値観を創造することにより自己実現 の機会が増大する。

  新たな人間関係:バーチャルコミュニティ(仮想共同体)の形成
 ネットワーク上で直接対面に基づかない新たな人間関係が形成される可能性がある。従来は地縁・血縁や、学校・会社等の組織への 帰属に基づく人間関係が中心であったが、時間・距離・組織という障壁をネットワークが取り除くことにより、無数の仮想共同体(バーチ ャルコミュニティ)、すなわち特定の関心事や目標、あるいは必要性を共有する個人の集まりになってゆく。今後、こうした無数の共同体 が電脳空間の内部で大きくなることにより、様々な分野で従来の地域コミュニティの他に新しいバーチャルコミュニティが形成されていく ことになろう。

 従来はマスメディアが提供する情報の共有が、国家や社会の一体感を醸成する大きな要素であったが、個人における情報発信力の向 上や地域、国境を越えた情報の共有化の進展により、国境や従来の社会を越えた新しいサイバー上の一体感が生じる可能性がある。

(3) サイバー社会における社会経済活動

 サイバー社会における社会経済活動の面に目を向ければ、以下のような変化が生ずる。

  生活分野における変化
 ネットワークを介して、世界中の様々な情報が入手できることから、教育、文化面において、人間の知的活動を発展させる。また、 電子商取引等により、生活の利便性が向上するとともに、テレワーク(遠隔勤務)が可能になり勤務形態が多様化する。生活の諸活動の代 替・効率化によりゆとりが拡大し、自己実現型の余 暇活動が促進される。そして、これまで意欲があっても社会参加が実質的に制限され てきた女性、高齢者、身体障害者等の社会進出の可能性が増大する。

  産業分野における変化
 企業内、企業間、企業と消費者との関係を変化させる。企業内の変化としては、企業組織の平坦化、柔軟化、簡素化が促進され、業 務の効率化に寄与する。企業関係においては、ネットワーク化 により、企業の分散立地、業種を越えた連携や国際連携が活発化するとと もにネットワーク上で企業活動を行うバーチャル・コーポレーション(仮想企業)も出現する。
 また、ネットワーク化がもたらす流通コスト等の低下に伴い、電子商取引の展開や、新規参入の活発化が進むことから、市場における競 争が促進され、21世紀型新産業創出が促進される。

  公共分野における変化
 公共機関等への各種行政手続き等を一元的に行うことができるワンストップ行政サービス等の実施により、国民の利便性が向上する とともに、遠隔医療、遠隔教育等により公共サービスの高度化が促進される。また、図書館でも従来の紙資料に加えて電子情報資源が蓄積 され、図書館に来て利用するだけでなく、家庭や職場から情報通信手段を用いて遠隔利用できるようになり、情報入手・利用の利便性が飛 躍的に向上する。

  社会経済活動の全世界化の進展
 国際的な社会経済活動や情報流通が日常化することにより、無国境社会が出現する。このため、国際的な諸制度やルールの重要性が さらに高まることとなる。

(4) 通信・放送の融合を超えた情報通信の展開とサイバー社会

 技術革新による情報通信の高度化により、「通信・放送の融合」が多様化の過程として生じているが、さらに、電子政府、電子商取引等の現実の社会経済活動のバーチャル化(仮想化)により距離と時間の制約を超えた高度な活動が可能になっている。また、電子図書館などの世界的な規模での多様な情報の共有、検索能力の向上によって世界中に散在する情報から必要なものを選択可能になる等の情報環境の変化が生じている。
 このような状況は、情報通信がその利用の深まり・広まりによって現実の社会の様々な分野を取り込みつつあることを示しており、単に情報通信のサービス、ネットワーク、端末、事業体の融合として議論されてきた「通信・放送の融合」を超えた展開として認識されるべき(第1部第2節(3)参照)であり、「サイバー社会」は、このような情報通信の展開を象徴的に捉えたものと考えることができる。









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