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情報通信21世紀ビジョン
第1章 大競争時代の情報通信の役割
1 大競争時代の到来
2 大競争時代に直面する我が国の現状
3 情報通信高度化の意義
第1章 大競争時代の到来1 大競争時代の到来
- (1) 国境を越えた企業活動の活発化
- 米国は1991年3月以降、第2次世界大戦後10回の景気拡大の中でも3番目に長い拡大が現在も持続している。さらに、従来から「開発途上国」と位置付けられていた国々のうち、アジア及びラテンアメリカ諸国が、近年、先進国を上回る速度で経済成長を遂げている。とりわけアジア諸国の成長は顕著で、1991年以降の年平均実質GDP(国内総生産)成長率は8.7%と、G7諸国の1.9%を大きく上回るとともに、アジア諸国による輸出額が全世界の輸出額合計に占める割合も1985年の10.8%から1995年の18.9%へと約1.8倍に拡大し、G7諸国が50.2%から47.1%に減少させたのと対照的な動きを示している(日本銀行国際局「外国経済統計年報」1996年)。
開発途上国の経済発展の結果、世界規模で需要が拡大する一方、市場へ供給者として参加するプレイヤーが飛躍的に増大し、競争は先進国間を中心とするものからグローバルなものへと質的変化を遂げている。
このような状況の下、投下した資本を他のプレイヤーに先駆けて効率的かつ確実に回収することは、企業がその企業生命を維持する上で至上命題となっている。資本力や情報収集・分析力に優れた企業は、豊富な経営資源を有する他企業との国境を越えた連携を加速させるとともに、低廉で質の高い労働力を有し社会的基盤等の事業環境が整備された国・地域への投資を活発化させており、このような対応ができない企業との格差が急速に拡大している。
「大競争(メガコンペティション)」とは、新たなプレイヤーの登場とプレイヤー間の体力格差の拡大により、一層熾烈な段階を迎えたグローバルな競争状態を表している。
- (2) 情報通信分野におけるグローバルアライアンスの急進展
- 情報通信分野も大競争の例外ではない。
国境を越えた連携を図る企業の通信需要の増大を背景に、世界の大手通信事業者は国境を越えた連携を進め、現在、主に三つのグループが存在している。具体的には、フランステレコム、ドイツテレコム及び米国スプリントは、1996年1月、「グローバルワン」として連携を図ることを発表した。また、ブリティッシュテレコム及び米国MCIは、1996年11月、合併会社「コンサート」の設立を発表した。一方、我が国のKDD(国際電信電話株式会社)も、1993年9月、米国AT&T、シンガポールテレコム等と「ワールドパートナーズカンパニー」を設立している。1998年1月1日に発効予定のWTO(世界貿易機関)基本電気通信交渉合意は、電気通信分野の国境を越えた投資活動をさらに促進することが期待される。
放送分野においては、従来放送サービスとは異業種の事業者が国境を越えて連携を図るケースが生じている。例えば、オーストラリアの総合メディア企業のニューズコーポレーションは、米国Echostar/ASkyB、英国BSkyB、我が国のJSkyBといった衛星放送会社への出資を行っている。また、米国の地域電話会社であるナイネックスは、英国の通信事業者のC&Wの出資するCATV事業者であるC&Wコミュニケーションズへの資本参加を行っている(資料1)。
情報通信は今後世界的に大きな成長が期待される分野であり、市場規模は2010年に我が国を除くアジア地域で1995年の約5倍の約9,900億ドル、世界全体で1995年の約3倍の約5兆6,600億ドルに拡大すると試算される(資料2)。しかし、市場規模の拡大は既存の情報通信関連企業の収益増を約束するものではない。大競争時代には国際的展望に立った経営の巧拙がその企業の命運を決定する。
2 大競争時代に直面する我が国の現状
- (1) 問題を抱える経済構造
- 企業の経済活動は、新たな付加価値を生み出すとともに、雇用を創出し労働分配を実現するという意味で、当該活動が行われている国・地域における富の源泉である。しかし、大競争時代を迎える中で我が国企業の経済活動は低迷し、1991年以降の我が国の実質GDP成長率は年平均1.3%であり、低成長に喘ぐG7諸国の平均1.9%をも下回る水準にある(日本銀行国際局「外国経済統計年報」1996年)。
その原因として、次の二点の経済構造問題が存在するものと考えられる。
- ア 基幹産業の成熟化
- 第2次世界大戦後の我が国の経済は、鉄鋼、化学等の素材型製造業が基幹産業として先導してきた。しかし、近年、これら従来型基幹産業の成長は鈍化し、我が国の経済の先導役を果たし得なくなってきている(資料3)。
- イ 魅力に乏しい事業環境
- 企業の経済活動は要素投入及び産出に還元できるが、企業が市場競争に勝ち抜くためには投入・産出の効率性の高さが必須の条件である。しかし、我が国では、基礎的な投入要素である労働力、不動産、エネルギー、輸送サービス、通信サービス等の価格が諸外国に比べて高く、また、我が国の法人に対する実効税率も国際的にみて高い水準にあるなど、いわば「ハイコストアイランド」とも呼ぶべき状態であり、企業が経済活動を行うのに魅力のある事業環境が整っているとは言えない。
例えば、1996年度年次経済報告(経済企画庁)によると、製造業全体の賃金を日本とOECD(経済協力開発機構)諸国及び韓国で比較した場合、米・独・仏は日本と同等かやや上回るがその他の国々は我が国を下回っており、我が国の不動産賃貸等価格についてはOECD諸国平均の約1.6倍、燃料・電力価格は約1.6倍、輸送サービス価格は約1.4倍となっている。
大競争時代は企業自らが最も有利な事業環境を選べる時代であり、より安いコストを求める企業の海外流出は国内産業の空洞化を招いている。
- (2) 豊かさを実感できない社会
- 我が国の国民一人当たり名目GDPは、1995年には米国の約1.4倍で、G7諸国中第一位となっている(日本銀行国際局「外国経済統計年報」1996年)。しかし、このような国としての経済力は生活の豊かさに必ずしも結びついていない。例えば、欧米主要都市(ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリン)に対する生計費ベースでの東京の内外価格差を見ると、ここ数年、東京はいずれの都市に対しても割高な水準で推移している(資料4)。
また、1996年に発表された「国民生活に関する世論調査」(内閣総理大臣官房広報室)によると、普段仕事や家事、学業などに精一杯で時間的なゆとりがないと感じている者が国民全体の約4割を占め、日頃の生活の中で充実感を感じていない者の割合も年々増加している。また、今後の生活の見通しについて、生活が悪くなっていくと考える者の割合が約17%あり、これは年々増加傾向にある。このように、国民は真の豊かさを実感できず、将来に対する不安を覚え始めている。
さらに、我が国では、高齢者・障害者及び育児や介護等の家族的責任を有する者なども等しく社会参加できるような社会基盤の整備が不十分であり、国民の一人一人が持てる能力を最大限発揮できない状態にある。
- (3) 全般的な変革と創造を要する経済社会システム
- 以上の経済的・社会的問題に加え、それらを包含する我が国経済社会システムにも問題が存在する。
経済企画庁「財政・社会保障問題ワーキング・グループの報告」(1996年)によると、租税負担率及び社会保障負担率に一般政府財政赤字比率を加えた我が国の「潜在的国民負担率」は、1994年には39.2%であったものが、2010年には52.0%まで増加すると見込まれている(資料5)。また、過剰な行政関与が市場原理の有効な機能を阻害するケースが発生している。
このため、行政、財政、社会保障、経済、金融システム及び教育の六大改革の推進により、行政自らも自己変革を図り、経済社会システム全般にわたる変革と創造を進めることが急務となっている。
3 情報通信高度化の意義
- (1) 変革のツールとしての情報通信
- 情報通信は、企業、国民、政府等あらゆる経済社会主体の活動を従来とは異なった形に再構築することにより、我が国経済社会システムを横断的に変革するツールとして、次のような重要な役割を果たすことが期待される。
- ア 企業、国民等にとっての新たなフロンティアの創出
- 近年、ハードウェア価格の低下に伴ってパソコンの普及が進展し、また、インターネット利用者も急増する等、企業や国民が情報通信を利用する機会は増大する傾向にある。
距離や時間といった制約を克服し、便利で豊かなコミュニケーションと多種多様な情報への効率的なアクセスを可能とする情報通信は、今後、大競争時代を生きる企業や真の豊かさを求める国民に対し、従来のようなマスメディアからの一方向の情報の享受にとどまらず、双方向での多彩な情報交流を可能にすることを通じて、個人の主体性の確立を促すとともに、新規市場、高い生産性、時間的なゆとり、多様な機会等の新たなフロンティアを創出する。また、情報通信により、企業等組織体における意思決定メカニズムの徹底的な効率化が促され、ひいては組織構造の再編成が導かれる。
このように、情報通信は企業、国民等の活動の活性化をもたらすものである。
- イ 政府の六大改革の推進
- さらに、情報通信は、政府が行政改革等の六大改革を推進していく上でも大きな原動力となるものである。
まず、行政改革の目的は、国民が国に対して求めるサービスを最小のコストで提供し、経済社会の変化に柔軟に対応できる行政を創り出すことである。行政への申告・申請手続きの電子化・ペーパーレス化や、行政事務手続きへのワンストップサービスの導入は、国民が行政サービスを受ける際の利便性を向上させる。また、行政の情報化は行政上の意思決定メカニズムの効率化を促し、行政が状況の変化にさらに的確に対応することを可能とするとともに、ネットワークを介した情報流通の促進が「縦割り行政」の是正に寄与する等、情報通信は行政改革に大きく貢献する。
財政構造改革については、行政の情報化による行政組織のスリム化が財政支出の削減につながることが期待されるとともに、企業にとっての新たなフロンティアの創出に伴う企業活動の活性化は一定の税収の確保に貢献するものである。
患者の病歴・薬歴を電子的に記録するICカードシステムの導入等、医療・福祉分野における情報通信の導入は、国民が負担する社会保障費用を最大限効率的に使用することを可能とし、社会保障構造改革を促すものである。
さらに、金融改革に関しては、電子マネー等の新たな金融サービスの創造や情報通信を活用した金融システムの効率化などが日本版金融ビックバンを加速し、また教育改革に関しては、小中学校へのインターネットの導入等を通じた教育の多様化をもたらす観点から、情報通信は金融システム改革及び教育改革の一助ともなる。
このように、既に述べたような企業にとっての新たなフロンティアの創造による経済構造改革の推進とあいまって、情報通信は以上の六つの改革を推し進めるツールである。
- (2) 諸外国における取組
- 諸外国においても、このような変革のツールとしての情報通信の役割に着目し、情報通信高度化に向けて積極的な取組がなされている。
- ア 米国
- 米国では、1992年の大統領選挙等を契機として、米国産業の競争力強化のために全米をカバーする「情報スーパーハイウェイ」を構築するというNII(National Information Infrastructure: 全米情報基盤)構想が推進されている。
クリントン大統領は、1997年2月4日に発表した一般教書演説の中で、インターネットによる教育・医療の改革を打ち出している。具体的には、2000年までにすべての教室と図書館をインターネットで接続することにより誰でも12歳でインターネットを使えるようになること、すべての病院をインターネットで接続することにより医者が専門家と患者データを共有できるようになることを促している。
1998年度大統領予算教書では、高性能コンピュータ通信(HPCC: High Performance Computing and Communications)計画の一環として、現在のインターネットの百倍から千倍の速度を持つ「次世代インターネット」の開発のため、今後3年間に毎年1億ドルの予算を計上することとしている。
また、連邦政府の取組に加えて州政府レベルでも情報通信基盤の整備が進められている。例えば、ノースカロライナ州では、「ノースカロライナ情報ハイウェイ(NCIH: North Carolina Information Highway )」、アイオワ州では「アイオワ・コミュニケーションズ・ネットワーク(ICN: Iowa Communications Network)」といったネットワーク構築とアプリケーションプロジェクトの推進を図っているほか、オレゴン州では教育用コンピュータ端末の購入に今後7年間で4,400万ドルを充てる予定である。
一方、1996年2月の通信法改正で、長距離通信サービス、地域通信サービス及びCATVサービスの市場相互参入を可能にする法的枠組みが整備された。これにより新しい市場に参入する既存事業者が既に登場しており、今後競争の激化が予想される。(資料6)
こうした取組とともに、米国では、マルチメディア、インターネット関連を中心に多数の情報通信ベンチャー企業が誕生し、店頭銘柄気配自動通報システム(NASDAQ: National Association of Securities Dealers Automated Quotation)市場における株式公開を経て高い成長を遂げている(資料7)。また、米国における情報関連投資も1990年から1995年にかけて5割近い伸びを示している等、情報通信分野が米国の経済成長の牽引力となっている(資料8)。
- イ アジア
- アジアでは、情報通信を自国の経済成長の起爆剤と位置づけ、情報通信ハブ基地化を目指す国々が近年多く出現している。
例えば、シンガポールは、1991年8月に発表した情報通信技術を活用したインテリジェントアイランド化を目指す「IT2000構想」の実現に向け、1996年6月、「シンガポール・ワン計画」を発表した。これは、シンガポール国内の情報通信インフラ整備や計画に参加する国内外の情報通信関連企業に対する税制優遇措置等を包括的に推進する計画である。
マレイシアは、1995年8月、「マルチメディア・スーパー・コリドー計画」を発表した。これは、2020年までにマレイシアを先進国入りさせるという国家ビジョン「ビジョン2020」の達成に向けて、現在の首都クアラルンプール市内に建設中のシティセンター、同市郊外に建設中のプトラジャヤ新行政府、新空港を結ぶ地域に光ファイバを敷設する他、国内外の情報通信関連企業を誘致するための各種優遇措置を実施し、ビジネスや研究開発の拠点を創設しようとする計画である。また、マルチメディア・スーパー・コリドーの円滑な発展を図るため、近く「サイバー法」を制定する見込みである。
また、1987年にマレイシアが政府による電気通信サービスの独占的提供の民営化を図って以降、他のアジア諸国でも民間資金の導入や複数事業者による競争が進んでおり、外資の導入とも併せて、電気通信サービス市場の活性化が進行している(資料9)。
- ウ 欧州
- 欧州では、WTO基本電気通信交渉合意の発効スケジュールに合わせて、電気通信サービス市場への参入の完全自由化を1998年1月1日までに実施することを目指している。
また、1992年に署名されたEU(欧州連合)条約(いわゆる「マーストリヒト条約」)に規定された汎欧州ネットワーク(TEN: Trans-European Networks)の実現に向け、汎欧州ISDN(Integrated Services Digital Network)や各種アプリケーションの開発のため、1993年から1996年の間に、EUとして、欧州投資銀行による53.6億ECUの融資、欧州地域開発基金による4.7億ECUの補助金等の手当を講じてきている(資料10)。