松江市
松江市は、平成18年度から「Ruby City MATSUEプロジェクト」と称した、プログラミング言語「Ruby」を核とする産業振興に取り組んでいる。主な実績として、プロジェクト開始時の平成18年度と比較して、市内のIT従事者数が1.8倍、IT企業売上高が2.8倍となっている。
「Ruby City MATSUEプロジェクト」は、基盤づくり・ひとづくり・チャレンジづくりの3本を柱としているが、その中でも特に「ひとづくり(人材育成)」に重点を置いている。市内にある島根大学、松江高専でのRuby人材育成に続き、平成21年から、市内のITエンジニアの協力を得て、IT分野に興味のある中学生を発掘する「中学生Ruby教室」を開始し、その後、平成28年からは本市の全市立中学校において、「スモウルビー」を活用したRubyの授業を実施している。
本市では中学校から大学、社会人まで一貫したIT人材の育成を行っているが、現在、市内IT企業は人材不足という深刻な課題を抱えている。そこで、小学校からプログラミング教育を開始することで、プログラミング経験者の拡大と各教育段階における内容の底上げを図ることで、中長期的なIT人材育成を実現する施策を検討していた。
このような中、次期学習指導要領において、小学校でのプログラミング教育が必修化されることとなったことから、既に実施している中学校でのスモウルビーを活用した授業を参考に、小学校におけるプログラミング講座運営と教材の検討、実施にあたってのメンター育成や課題の抽出等を目的に本事業を実施することとした。
実証校の選定にあたっては、松江市(担当:産業経済部まつえ産業支援センター)と松江市教育委員会(担当:学校教育課)で協議の上、市内橋北地区(市街地北部)と橋南地区(市街地南部)の大規模校2校(市立城北小学校、市立古志原小学校)に依頼した。
4月以降、実証校に頻繁に訪問し、校長をはじめとする両校教員とともに実証事業の進捗状況の確認、教材に対する意見交換を実施した。また、教材開発にあたっては両校の5・6年生算数の授業を見学した。
メンター候補として、実証校から教員11名が参加した。
本市はIT企業が多く集積する地域であることから、小学校でのプログラミング教育実施にあたっては、市内IT企業との連携が重要と考え、島根県内約70社が加盟する一般社団法人島根県情報産業協会に協力を要請した。なお、当協会は、本市にはIT人材の確保に向けた取り組み強化を期待しており、教育分野でのプログラミングの導入については、従来より協力的である。
当協会からの呼び掛けに応じる形で、市内4企業の社員(6名)が本実証事業に参加した。
本市には島根大学があることから、同学教育学部にて初等教育におけるICT活用を専門とする教員から助言をいただくとともに、学生1名が本実証事業に参加した。
教材の開発については、Rubyの開発者である「まつもとゆきひろ氏」が所属する株式会社ネットワーク応用通信研究所に委託、メンターの育成については、市内で長年に渡り小・中学生向けのプログラミング講座を実施しているNPO法人Rubyプログラミング少年団に実施を依頼した。
メンターの属性は、以下の3つである。
1)学校の教員
実証校の教員にメンター育成講習会に参加いただいた。参加者には、下記の点を期待した。
・ 小学校でのプログラミング教育のすみやかな実践
・ 参加する児童の学習の到達度や個性に応じた教材開発のための助言
メンター育成講習会には、12名(城北小学校3名、古志原小学校9名)が参加した。
2)ITエンジニア
松江市内のIT企業のエンジニアにもメンター育成講習会に参加いただいた。参加者には、下記の点を期待した。
・ 小学校でプログラミング教育を実践する際のサポート体制の検証
・ 学校内外を問わず、スモウルビーおよび若年向けのプログラミング教育の普及推進の担い手
メンター講習会には、6名(4社)が参加した。
3)島根大学学生
島根大学の学生にもメンター育成講習会に参加いただいた。参加者には、下記の点を期待した。
・ 将来的な小学校におけるプログラミング教育の普及推進の担い手
・ 大学での研究と本市での実践との融合
メンター講習会には、1名が参加した。
1)学校の教員
本市から実証校の校長へ依頼した。
2)ITエンジニア
島根県情報産業協会へ依頼し、協会から加盟する各社へ案内する形で募集した。
3)島根大学学生
本事業に協力いただいた島根大学教員へ依頼し、教員から学生へ案内する形で募集した。
●実施形態
2時間の実証講座の見学の後、講座の振り返りを行う形式で実施した。研修では、メンター候補によるロールプレイングを実施した。
●研修にかけた時間
10時間 (実証講座の見学:計8時間、振り返り:計2時間)
●習熟具合をはかる仕組み・工夫
1日目の午前中の実証講座を見学後に研修を実施し、午後からは受講する参加児童を代えて、再度同じ講座を行った。午前中の講座・研修の内容を踏まえて、午後からは、参加児童に対して必要な助言等ができるようになった。
スモウルビーの使い方を学ぶ「スモウルビー基礎」、小学校5年生・6年生「算数」の3種類の講座を実施したことから、メンター向けにも3種類の教材を開発した。教材は、児童向けのテキストに解説を記載した内容であり、すぐに学校で実践できる内容を目指して作成した。
メンター候補からは、「スモウルビー基礎」の教材は、すぐにでも実践できる内容だと評価を得た。
会場 | 城北小学校 | 古志原小学校 | 松江オープンソースラボ |
日程 |
1日目:7月24日(月)
2日目:7月27日(木) |
1日目:7月25日(火)
2日目:7月26日(水) |
11月3日(祝) |
主なねらい |
メンターの育成
小学校で実施する際の課題抽出 |
メンターの育成
教材開発のフィードバック 小学校で実施する際の課題 抽出 |
メンターの実習 |
学年 |
AM:6年生
PM:5年生 |
AM:6年生
PM:5年生 |
4~6年生 |
募集方法 | 小学校にてチラシを配布し、とりまとめ | 小学校にてチラシを配布し、とりまとめ |
一部の市内小学校へチラシを配布
webサイト |
人数 |
6年生:20名
5年生:23名 |
6年生:20名
5年生:19名 |
AM:21名
PM:13名 |
講座進行
担当者 |
NPO法人Ruby
プログラミング少年団 |
NPO法人Ruby
プログラミング少年団 |
メンター研修を受けた
市内IT企業エンジニア |
参加
メンター数 |
9名 | 10名 | 6名 |
<城北小学校>
<古志原小学校>
<松江オープンソースラボ>
企業名等 | カテゴリー | 掲載日 |
山陰中央新報 | 新聞 | 7月6日、28日 12月27日 |
中国新聞 | 新聞 | 7月29日 |
毎日新聞 | 新聞 | 8月22日 |
NHK松江放送局 | テレビ | 7月28日 |
BSS山陰放送 | テレビ | 7月28日 |
山陰ケーブルビジョン | テレビ | 7月28日 |
全日本教育工学研究協議会 | 論文 | 11月24日 |
読売新聞 | 新聞 | 11月30日 |
(※画像割愛)
・「最初難しいかなと思ったけど、思ったより簡単にできて楽しかった。」
・「こんな授業だったら、学校でもたくさん勉強したい。」
・「初めてのプログラミングだったけど、楽しかったです。自分でももっと勉強したいと思いました。」
・「プログラミングを教えること自体はそんなに難しいと感じなかった。一方で、普段子どもたちと接している先生と違って、一人ひとりの子どもの特徴をつかんでいるわけではないので、実際に授業でサポートをする際には、もう少し工夫が必要だと思った。」(ITエンジニア)
・「予想以上にスモウルビーを使いこなしていて驚いた。」(実証校教員)
・「子どもによって習得の差が大きいと感じた。」(実証校教員)
・「指導していないことも積極的に取り入れている児童がたくさんいた。」(実証校教員)
・「子どもたちは意欲的に楽しい時間を過ごしていた。」(実証校校長)
・「児童に変化があったかどうか判断するのは難しいが、児童は楽しく取り組んでいたように思う」(実証校校長)
・「実際に学校で実施する場合は、めあてを明確にする必要がある」(教育委員会)
NPO法人Rubyプログラミング少年団が松江市内で実施しているプログラミング講座に参加したことのある児童がいたが、大半は「よく知らない」「聞いたことがない」であった。
全員が「講座」「プログラミング」ともに楽しいと回答した。
特に、2日目の「算数」の教材が難しかったと思われる。
多くの児童がアプリやゲームの動きが理解できていた。
ほとんどの児童が自分のアイデアや工夫をしてプログラミングをしていた。
ほとんどの児童が自分のアイデアや工夫をしているので、作品も自分なりのものができていると認識している。
ほとんどの児童ができており、試行錯誤をすることに教材が役立っている。
ほとんどの児童が積極的に取り組めている。
講座中に「周りですでにできている友達がいたら参考にしよう」と伝えており、友達との協力は多かった。
今回の講座では、一部の児童の作品を取り上げることはあったが、全員が何らかの発表をする機会はなかったことが影響していると考えられる。
試行錯誤の結果、最終的にプログラムを動かすことができた児童が多かった。
ほとんどの児童が意欲的になっている。
プログラミングのどこに誤りがあるのかを自分で確認しながら進めることができていた。周囲に大人が多数いたが、答えややり方を聞いてくる児童は少なかった。
多くの児童がプログラミングを続けたいという結果だった。
全ての方が理解できている。一定のコンピュータのリテラシーがあれば理解できる内容であったと考えられる。
研修内容の理解と実際にメンターをする自信は、一致していない。
教員を除くメンターについては、日常からITやプログラミングに関わっていることから、内容については理解度が高い。
一方、日常児童と関わることが少ないことから、どのようにして児童に指導をすればよいか、児童とどのような関わりをもつといいか、という点について不安を抱いており、結果として実際に学校で指導をするとなると少なからず不安を抱いているようである。
概ね予定どおりできている。
当初予定どおりに実施できたとしつつも、難しさを実感しているメンターが多い。
うまく実施できたところは、時間配分や教材の使用など、事前に準備ができていた部分が多く、当日にならないと分からない、児童とのやりとりの部分については、自己評価が低い傾向にある。
Q5.3の逆の結果。講座の内容ではなく、児童との関わり方が上手く実施できていないと認識している。
全員が引き続き何らかの形でプログラミング教育に関与したいとの意向であった。
4月以降、実証校には頻繁に通い、教員との意見交換や授業の参観などをした。「Face to Face」の関係を継続することで、一定の信頼関係を構築できた。
実証校のうち、城北小学校では、研究授業として、総合的な学習の時間において今回の講座の一部を実施し、本市は学校のPC環境の整備等協力をした。もう1校の実証校である古志原小学校においても、プログラミングを用いた授業の検討を進めており、本市と連携して進めていくこととしている。また、実証校を通じて、教員の自主的な研究会である松江市メディア教育研究部、島根県メディア教育研究会とも連携することができた。
本市におけるプログラミング教育は、「Ruby City MATSUEプロジェクト」を主管する産業経済部が先行して進めており、既に実施している中学校でのRubyを活用したプログラミング授業も同様である。今回も産業経済部を中心に進めつつ、最終的には学校教育の中でプログラミングを実施することが目標であることから、本市教育委員会とは密接に連携しながら事業を進めた。
実証校、教育委員会等と協力し、11月24日〜25日に開催された全日本教育工学研究協議会全国大会において、本市でのプログラミング教育の取り組みを発表した。
メンター育成講習会に参加した教員自身が、小学校においてプログラミングの授業を実施するなど、一定の成果を得ることができた。
また、IT企業から参加したメンターも、プログラミング講座を実践し、不安はあるものの、引き続きメンターとしてプログラミング講座に関わりたいという意向を持っていただいた。次年度以降のプログラミング教育の普及推進にあたっては、今回のメンターの力が不可欠であり、大きな成果と考える。
「スモウルビー基礎」については、わずか2時間余りですべての児童が操作可能になるなど、児童にとっては利用しやすいツールであることが分かった。学校での実際の時間数を考えた際にも、2時間程度で自分の思いどおりにプログラムを動かすことができるまで進めることができる、適当な内容だと思われる。児童の満足度が高いことも、評価できる。
「算数」については、従来の算数の授業とは一線を画す内容であり、児童の関心を引くことができた。通常の算数の授業では少ない、試行錯誤という取り組みがプログラミングの活用によって可能になることが発見できた。応用やまとめとして活用できるのではないか、という教員からの意見ももらった。
教員の業務は多忙であり、また学校の授業も年間の割り振りがほぼ決まっていることから、プログラミングなど新しい取り組みをしようとする場合は、必ず学校及び教育委員会との調整が必要となる。この課題を解決しなければ、より良い教材開発や講座運営の改善を進めることができない。
次期学習指導要領の改正では、英語の必修化が含まれており、学校における優先課題としてプログラミング教育は決して高くないのが実情である。既存の授業にプログラミングを加えることで、子どもの学びが深化するのは、どんな教科のどんな単元なのかなど、教育現場とのより密接なすり合わせが必要である。
最終的な目標として、学校の授業においてプログラミング講座を実施するためには、教員のメンターを多く育成することが必要であるが、現状では不十分である。前述のように、学校現場におけるプログラミング教育の優先順位は低い状況にあることから、まずは興味・関心のある教員に研修を受けてもらい、学校で実践していただくことが重要だと考える。
IT企業のメンターについても、さらに育成する必要があるが、仕事との兼ね合いもあることから、市内IT企業経営者へのさらなる協力依頼と連携の強化が必要である。
今回「算数」にプログラミングを活用する教材を開発し、講座を実施したが、学校で実際に活用するには不十分であると感じた。
特に、小学校の各科目、各単元にはめあてが決まっており、プログラミングがめあて達成にどのように寄与できるのかを踏まえながら、最も適切な教科、単元は何であるのか検討する必要がある。さらに、プログラミングを実施する際には、小学校では習わない概念(x軸/y軸、マイナス など)を取り扱う場合があり、その際児童にどのように教えるべきか十分に考慮する必要がある。
今回のプログラミング講座は参加希望者を募り実施しているため、全体的にプログラミングに一定の興味・関心を持つ児童が多いが、そうではない児童もいる学校の授業においてどのように進めるべきか、また学習のスピードが速い児童と遅い児童がいる場合どのように進めるべきか、という課題がある。これらの課題を解決していくためには、現場の教員の協力が不可欠であり、教育委員会・学校・教員と一緒になって講座内容を検討する必要がある。
スモウルビーの操作を学ぶ「スモウルビー基礎」のメンター育成については、プログラミング講座を見学し、教材の確認と実際にスモウルビーを操作してみるだけで十分に可能であったことから、モデルの横展開は容易に可能である。
スモウルビーは、オープンソースソフトウェアであり、自由に利用することができることから、教材を新たに購入する必要はなく、横展開は可能である。また、「スモウルビー基礎」の教材のもととなった教材「一日Rubyプログラミング体験教科書 はじめのいっぽ」も公開されているので、容易に活用できる。
「算数」の教材については、内容の精査、充実が必要であり、現状では横展開は難しいが、「スモウルビー」がオープンソースソフトウェアである特徴を生かして、例えば、各地域において改良してもらうことを目的に、全国へ教材を配布、横展開することは可能になると思われる。
松江市内において、普及推進のための研修会を開催する
松江市、松江市教育委員会、市立小学校、島根大学、IT企業等とともに、プログラミング教育の普及推進と教材開発に向けた検討会を設置し、課題の明確化と解決策の模索、学校での実証、メンターの育成に取り組む
「Ruby City MATSUEプロジェクト」の一環として、各種メディア等を活用しながら、本市の取り組みを情報発信する
1.今後の地域のプログラミング教育推進コーディネーターとしての役割
教育委員会、小学校、大学、IT企業、NPO法人Rubyプログラミング少年団など本事業を普及・推進のため関係者との調整役として役割を果たしていきたい。
2.学校のICT環境に対する課題と提言
パソコンの台数の少なさ、モニター等の不足等を感じた。
一方で、これらの課題は、教育委員会等と協議・連携し、主体的に解決すべき課題だと認識している。
3.実証モデルが教育課程内/課程外のどちらを意識して設計したか
教育課程内を意識して設計
4.メンターに必要な資質
教育課程内で実施すると想定した場合は、教育課程に一定程度精通するとともに、対象となる児童の特徴を理解している方が望ましい。そういう観点に立つと、やはり学校の教員が相応しい。
教員以外のメンターの場合は、児童とのコミュニケーション能力、児童がやりたいことを引き出す能力などが必要な資質だと思われる。