第IV章 料金変更命令の在り方

  1. 概要

    (1) 法の趣旨
     第一種電気通信事業者の届け出た料金について、料金の妥当性を確保する観点から、郵政大臣が変更命令を発動することができることとすることを規定したものである。
     なお、料金の設定自体は、事業者が自ら判断して行うことであるので、料金変更命令において、行政が具体的な料金案を明示するのは適当でないと考えられるが、変更命令が発動された場合に、事業者がどのような料金に変更すればよいのかがわかるよう、できるだけその内容が明確であることが求められる。実務的には事業者は、行政が示す変更命令の根拠(対象となる料金の不当性の具体的内容)から、当該料金をどのように変更すべきかを判断することとなる。

    ※ 電気通信事業法第31条第2項
     郵政大臣は、前項の規定により届け出た料金が次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、第一種電気通信事業者に対し、相当の期限を定め、当該料金を変更すべきことを命ずることができる。
     料金の額の算出方法が適正かつ明確に定められていないとき。
     特定の者に対し不当な差別的取扱いをするものであるとき。
     他の電気通信事業者との間に不当な競争を引き起こすものであり、その他社会的経済的事情に照らして著しく不適当であるため、利用者の利益を阻害するものであるとき。
    [料金変更命令の流れ]


    ※ 郵政省聴聞規則第4条

    (2) 基本的な考え方
     今般の制度改正の趣旨は、料金規制を緩和するとともに、市場メカニズムや意見申出制度を活用することにより料金の妥当性を確保しようとするものであることから、行政が料金変更命令を発動するのは、利用者等から意見申出がなされた場合であって、かつ、変更命令という措置を講じないと是正できないと考えられる場合を基本とすべきである。ただし、料金の不当性が明白であると判断される場合には、行政自らが申出によらず料金変更命令を発動することもあり得る。
     また、料金届出制の下では、料金変更命令の対象となった料金であっても、変更されるまでは有効な料金と解されるので、不当な料金に対する返還請求や差止め請求は民法、民事訴訟法に基づいて行われるものと考えられる。
     ただし、こうした不当な料金に対する利用者、事業者の救済措置については、私法に委ねるだけでは不十分であり、何らかの行政上の措置が講じられるようにすべきではないかとの意見もあることから、今後、新しい制度の運用状況を踏まえながら検討していく必要がある。

  2. 料金変更命令の発動要件

     料金変更命令の発動要件として、法律上3項目が挙げられており、その概要は以下のとおりであるが、具体的適用については、今後個別ケースごとに判断していく必要がある。
     なお、本章末尾では、参考として、事業者等からの意見も参考に問題となり得る事例について若干の考察を試みている。これらについては、必ずしも十分議論が行われていない面もあるので、今後、更に運用状況を踏まえて検討していく必要がある。

    (1) 「料金の額の算出方法が適正かつ明確に定められていないとき」
     料金の額の算出方法が適正かつ明確に定められていなければ、電気通信役務の利用者に理解しにくいだけでなく、実質的に公正さや妥当性が阻害されるおそれがあるため、その額の算出方法が、定額又は定率により、適正かつ明確に示されることが要求される。
     具体的には、相対取引のように料金表として料金の支払額が規定されていないものが該当すると考えられる。

    (2) 「特定の者に対し不当な差別的取扱いをするものであるとき」
     「不当な差別的取扱い」を禁止することは、電気通信事業の公共性にかんがみ、電気通信サービスの提供を平等に受けることにおいて利用の公平が確保されるべきであるという観点からきており、「不当な差別的取扱い」とは合理的かつ妥当な理由なく特定の利用者を優遇又は冷遇することである。例えば、大口利用者向け料金、地域別料金、選択割引料金などが「不当差別」に該当しないかどうか問題となり得る。
     合理的かつ妥当な理由があるかどうかは、当該サービスのコスト・効用、公正競争条件の確保、社会政策上の観点、社会通念等に照らしながら総合的に判断することとなる。

    (3) 「不当な競争を引き起こすもの」
     「不当な競争を引き起こす」料金とは、当該料金が設定されることにより、電気通信事業者(第二種電気通信事業者を含む。)間の公正な競争を阻害することとなる料金と考えられ、例えば、不当低料金、差別料金などが問題となり得る。
     公正競争阻害性の判断に当たっては、当該事業者の料金設定の意図や市場支配力、当該料金設定が競争事業者に与える効果等を総合的に考慮して判断する必要がある。この場合の、市場支配力は公正な競争を阻害することができる力として実質的に考えるべきであり、市場シェア、ボトルネック設備支配の有無、親会社の資本力等を総合的に考慮して考えるべきである。
    ※ 英国OFTELが策定した「公正取引条項の運用に関するガイドライン」においては、次のような料金設定は反競争的であるとしている。
    (1) 略奪的料金設定
     平均可変費用を下回る料金及び競争事業者を排除する目的の平均可変費用を上回るが平均総費用を下回る料金
    (2) 過度に高い料金設定
    単独費用(他のサービスを提供することなく、そのサービスのみを提供する場合に必要となる費用の合計)を上回る料金
    (3) 割引料金設定
    次のような料金割引は反競争的であると推定される。
     競争事業者のサービスを利用しないことを条件とする割引
     競争事業者のサービスを利用可能な利用者のみを対象とする割引
     競争サービスと非競争サービスの費用の合計に基づき計算するにも関わらず、競争サービスのみに適用される大口割引
     全利用者に対する費用に基づき計算するにも関わらず、特定の利用者のみを対象とする大口割引
    (4) 「社会的経済的事情に照らして著しく不適当」
     市場メカニズムが有効に機能しないことによる独占的・寡占的な料金設定や社会福祉等の観点から不適当な料金設定が行われた場合についても、電気通信サービスの公共性から、料金の適正さを確保する必要があり、上記(1)〜(3)には該当しないが、社会的事情や経済的事情に照らして、著しく不適当であるため利用者の利益を阻害するような料金が該当することとなる。例えば、不当に高額な料金、利用者の適切な選択を妨げる料金などが問題となり得る。

(参考)料金変更命令の発動要件に係る問題事例

(1) 「特定の者に対し不当な差別的取扱いをするものであるとき」
大口利用者向け料金
 大口利用者向け料金とは、一般に電気通信サービスの利用量が一定以上の利用者に対して、通常の料金表に基づき計算される料金の割引を行うものである。
 大口割引などの料金は、本来、事業者が、利用者のニーズや経営戦略に基づき自由に設定できるようにすべきであるという意見も考慮し、大口割引が不当差別に該当しないと言い得るためには、その割引の根拠について、小口利用に比べ営業費が少なくて済むといったコスト差や次のの増分収支の検証によって十分に説明できるものであるか、または、当該割引料金を含む料金体系全体が社会通念上合理的なものであることが要請されると考えられる。
 なお、社会通念上合理的なものであることを判断するに当たっては、電気通信サービスに対しては、公共性の高いサービスとして、一般の利用者が不利な扱いを受けないようにすべきという社会的期待があることにも十分配慮する必要がある。
 この場合、事業者が、利用者のニーズに応じて多様な料金を設定する自由をなるべく制限しないことが望ましいという観点からは、利用者等から不当であるとの意見申出がない場合は、基本的に当該料金を容認すべきと考えるが、不当性が明白であると判断される場合には、行政自らが申出によらず料金変更命令を発動することもあり得る(例えば、コストから大きく乖離して、大幅な割引を行う場合などが考えられる。)。
 さらに、大口割引料金は、緊急災害時や福祉目的の割引料金のような社会政策的なものとは性格が異なることや公共料金における小口利用者保護の社会的要請が強いことから、少なくともコストに基づく合理的な説明が必要であるといった意見もある。

地域別料金
 地域別料金とは、自社の同一業務区域内において、地域ごとに料金に格差を設けるものである。
 地域別料金については、まず、そのサービスがユニバーサルサービスに該当するかどうかが問題となり、仮に、ユニバーサルサービスに該当するとすれば、基本的には、地域格差を設けるべきではないと考えられる(「マルチメディア時代に向けた料金・サービス政策に関する研究会」報告書『ユニバーサルサービスの新たな確保の在り方』(平成10年6月22日)参照)。
 また、ユニバーサルサービスに該当しないサービスであっても、当該地域別料金が不当差別に該当しないと言い得るためには、コストの差など合理的な理由に基づくものであることが明確であることや当該事業者の料金体系全体の中で整合性がとれていることが求められよう。
 さらに、電気通信サービスは、一般に、ネットワークサービスとして、都市や過疎地域を結び等しくコミュニケーションの機会を提供するものであることから、同一の事業者の同じ業務地域においては、地域格差のない料金体系とすることに対する国民の期待も強いものと考えられる。
 したがって、地域別料金格差が認められるかどうかについては、単にコスト面で合理的に説明できるか否かという観点だけでなく、広く社会政策や地域政策の観点からの検討も踏まえて判断する必要がある。
 ただし、これに対しても、上記と同様、コスト的に説明できる場合又は利用者間に極端な不公平をもたらすと判断されない場合は、地域別料金は不当差別に該当しないとする考え方もあり得る。
※ 米国では、連邦通信法第254条(g)により、長距離通信サービス事業者が農村地域及び高費用地域の加入者に課す料金は、当該事業者がその都市地域の加入者に課す料金より高いものであってはならず、また、州際電気通信サービス事業者は当該サービスを各州の加入者に対して、他のいかなる州の加入者に課す料金より高くない料金で提供しなければならないとしている。
 英国では、BTの免許条件17において不当な差別について規定しており、17.1には、「特定の者又は特定の種類の者(特に、農村地域の者を含む。)に対し、不当な優遇又は不当な差別を行ってはならない。」とあり、地域的に平均化された価格で提供することを要求している。
選択割引料金
 選択割引料金とは、利用者自らが利用形態に応じて、当該料金を選択することが有利かどうかを判断して選択できるようにしている料金割引メニューのことである。
 これまでの認可制の下では、選択割引料金の設定が、通常料金の利用者に負担増をもたらさないこととするため、増分収支検証(ネットレベニューテスト)を満たすことを条件に、その設定を認めてきている。
 今後、届出制においても、通常料金の利用者に比べ、特定の利用者が有利となるような選択割引料金については、その内容如何によっては、「特定の者に対する不当な差別的取扱い」に該当するものとして料金変更命令の対象になり得ると考えられる。
 具体的な選択割引料金が「不当な差別的取扱い」に該当するかどうかについては、個別ケースごとに判断していくこととなるが、少なくとも、増分収支検証を満たす選択割引料金であって、一定の利用態様に該当する利用者であれば誰でも利用可能なものであれば、「不当な差別的取扱い」には当たらないと考えられる。
※ ネットレベニューテスト
 選択割引料金を設定する場合において、その料金の設定によりサービス全体の正味収入(ネットレベニュー)が増加することを証明するための検証。
[その料金設定による増分収入]−[その料金設定による増分費用]≧0
(2) 「不当な競争を引き起こすもの」
不当低料金
 事業者が意図的に短期的利益を犠牲にして、競争事業者を排除又は弱体化させるため、不当に低廉な料金を設定すること(いわゆる「ダンピング料金」)は、競争を阻害することとなり、結局は利用者の利益を阻害するおそれがあり、一般には、「不当な競争を引き起こす」料金であると考えられる。
 例えば、競争事業者が提供していない他の電気通信サービスや電気通信以外の分野で得た利益によって、競合サービスの料金を原価を下回る水準に設定し、競争事業者を排除するおそれがある場合などである。
 なお、具体的な不当低料金となる料金水準については、個別具体的な事例に応じて原価との関係を見る必要があるが、市場価格を下回り、かつ原価を下回る料金であることが一応の目安になると考えられる。ただし、単に料金が市場価格や原価を下回れば直ちに不当になるものではなく、例えば、新サービスの立上時期の場合については、一時的にコスト割れになっても公正競争阻害性があるとはいえない場合があるなど、当該料金を設定した事業者の意図や市場への影響力などから総合的に判断すべきと考えられる。
※ 英国OFTELの公正取引条項の運用に関するガイドラインでは、当該サービスを提供するのに要する費用の平均可変費用を下回る料金であれば、略奪的料金であるとみなされるとしている。
不当な競争を引き起こす差別料金
 合理的理由に基づかず、競争事業者を市場から排除することを目的に競争事業者の既存又は潜在的利用者をターゲットとして差別的な料金を設定することは、公正な競争を阻害することとなり「不当な競争を引き起こす」料金であると考えられる。
 例えば、自社サービスへの乗り換えを促すため、競争事業者の利用者に対してのみ割引を行う料金は差別料金に該当する可能性がある。
 また、競争事業者の業務区域のみを対象とした割引料金も、コスト差、設備の準備期間等により合理的に説明できない場合等、その態様如何によっては、差別料金に当たる可能性があると考えられる。
 さらに、異なるサービスや異なる事業者の利用料金を合わせて割り引きを行うといった合算割引については、コスト差等の合理的かつ妥当な理由があれば認められるが、例えば、異事業者間の合算割引において、市場支配力を有する事業者が特定の事業者とのみ合算割引を行うことは、差別料金に該当する可能性があると考えられる。
 なお、公正競争阻害性はない料金設定であっても、2(2)の観点から「不当な差別的取扱い」に該当することはあり得る。

(3) 「社会的経済的事情に照らして著しく不適当」
不当に高額な料金
 電気通信分野においては、一定の競争の進展が見られるものの、規模の経済性、ネットワークの外部性により市場メカニズムが有効に機能しない要因があるため、カルテルや市場支配力の行使により料金水準が原価を不当に上回るものとなる可能性がある(上限価格方式対象役務の料金については、「基準料金指数」以下であれば、通常、不当に高額な料金という問題は生じない。)。
 これらの社会的経済的に望ましい合理的な料金水準を大幅に超える料金は「社会的経済的事情に照らして著しく不適当」な料金に該当すると考えられる。
 具体的な不当に高額となる料金水準は、個別具体的な事例に応じて原価との関係を見る必要があるが、少なくとも単独費用(※)(他のサービスを提供することなく、当該サービスのみを提供する場合に必要となる費用)を超える料金は、不当に高額であると推定される。
 なお、不当に高額な料金が問題となるのは、市場支配力を有するプライスリーダーたる事業者が高い報酬を見込んだ料金を継続的に設定している場合や事業者どうしの共謀などにより、料金が高止まりしているといった特殊な場合であり、通常の競争市場においては、不当に高額な料金を設定する事業者は、市場メカニズムにより、競争力を失い市場から駆逐されることとなると考えられる。
※ 前掲OFTELの「公正取引条項の運用に関するガイドライン」参照。
利用者の適切な選択を妨げる料金
 抱き合わせ料金や過度に頻繁な料金改定など利用者の誤認を招くような料金については、利用者が自らの利用形態に応じた最適な料金・サービスを選択することを困難とすることから、利用者の利益を阻害するものであり、「社会的経済的事情に照らして著しく不適当な」料金に該当する可能性があると考えられる。
 なお、このような料金が2(2)の観点から、「不当な競争を引き起こす料金」に該当することはあり得る。


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